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「――虫たちの姿は見えない。空は急速に晴れ渡りつつある。風も微風まで収まった。船外活動を行う上での支障はいまのところないようだな」
「了解。想像があたっていればすくなくとも船体が乾いている間はゴキブリたちは現れないでしょう。不思議なのは豊富な水がこんなに間近にあるのになぜ『サガ』にあんなに夢中で飛びついてきたかだけど……」
「地球にいた羽虫と同じじゃないのかな? 少量の露で乾きを潤す習性があるんだろう。直接水面に落ちて羽が濡れたら飛び立てなくなるだろうからね」
「そうかもしれない。でもそれにしてはミツバチのように集団でなにやら組織的に動いているようにも見えたな」
「そんなこと言うから、いまミツバチみたいに巣に群れるゴキブリを想像してしまったよ――ぶるぶる。恐怖以外のなにものでもないな。何にしろやつらとはあまりかかわりあいたくはない。タンポポのほうがはるかに心和む」
「タンポポ?」
「ちょうど目の前一メートルも離れていないところに小ぶりのタンポポの綿毛みたいなのがあるんだ。色は根本が白で先端は薄い紫。花かもしれないな――まるで歓迎してくれているようだ。モニターを通じてきみにも見えるだろ?」
「見えるわ。チャイブにも似ているな。異星への第一歩としては上々ね。でも油断禁物。一見可愛い花が突然牙をむいて襲いかかってくるかも知れないわよ」
「まさか――B級ホラーじゃあるまいし」
「わかんないわよ。タンポポに似たモンスターの触角かもしれないじゃない。とにかく用心に越したことはないってこと」
「やれやれ、これだけ完全武装してなおかつ石橋を叩いて渡れと?」
「当然の配慮だと思うけどな」

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