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 彼がいま着用しているのは完全循環式の気密服。通常着用する軽便な解放式――二酸化炭素を外部に捨ててしまうタイプではない。宇宙開発初期に開発された船外作業用宇宙服が遠い祖先でいわば身体に密着した宇宙船とも言える。しかしいかにもかさ高く身動きが不自由なのでシーカーたちの評価はかんばしくない。それでもカシルは新世界への第一歩を印そうとする夫にその着用を強要した。
 巨大な昆虫がサナギから羽化しようとでもするかのようにじたばたもがきつつエアロックから這い出しウィリアムはようやく宙に浮かんだ。取っ手を頼りに慎重にふりむくとすぐ目前に濁った水の壁が佇立している――理由もなく突然それが頭上に雪崩落ちてくるのではないかという本能的な恐怖がちらりと心をかすめた。微風にかすかに震える巨大な水球といっしょに虚空に浮かんでいるというイメージはあまり居心地のいいものではない。いや、自分はいま水生植物の繁茂する沼地の上五十センチに腹這う形で浮かんでいるのだ――彼は頭のなかの座標をむりやり転換してより安心できる映像を思い描くようにした。
 いったんそうと考えると、なるほどそこにはごくありふれた光景がひろがっていた。あちらこちらに絡まった水苔のような浮島がある。その上には葦のようなすらりとした植物も生えていた。浮島の間の水面の大部分は小振りな蓮に似た植物の葉でおおわれ、そこからさきほど間近に見たのとおなじ直径二センチほどの綿毛の玉を乗せた細い茎が無数に伸びている。噛みついてきそうな気配はまるでない。それでも彼はグローブの指を伸ばして慎重にその『花球』に触れてみた。驚いたことにそうすると綿毛はちょうどオジギソウの葉のようにゆっくり根本の方向に倒れていき、やがてぴたりと茎に重なった。
「おやおや、この世界の花はシャイらしい――煎じて誰かさんに飲ませたくなったよ」

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