ラブライフ(仮)

2.拡張機能はございません

 たなかなつみ

販売業者と直接やりとりをしたところで何の解決にも至れないということをすぐに思い知ったおれは、即座に消費者サポートセンターに連絡した。センターにあいだに立ってもらい、法律ガン無視契約への対応を任せることにしたのだ。クーリングオフさせろ。

最終的な目標として、返品と返金を求めるのか、商品の交換を求めるのかと問われ、おれはしばしのあいだ考えた挙げ句、商品交換の選択肢にチェックを入れた。元もとは、期待していたほどの量のレアメタルが掘削できず、結果的に実入りが少なくなっている、単調な仕事だけの生活に潤いが欲しくて選んだ商品だ。求める潤いが一直線に性欲の解消に向かったという事実は、自分でもどうかとは思うが、そんなことで見栄をはっても仕方がない。生活をともにしてくれて性欲の解消もしてくれるロボットが純粋に欲しい。それぐらいのことを望むくらいは許してくれ。お願いだ。

購買先の選択肢はそう多くない。性欲解消用のドロイド販売を手がけている企業は数が少ないのだ。同じ値段でおれ相手の奉仕が可能な機種との交換が可能なのであれば、もうそれだけで充分だった。

しかし、セクサロイドにおそろしいほどの細かな機種の切り分けがあるということ自体を知らなかったのは失敗だった。そして、その結果として、いちいち高額すぎるとは。まったく、大いなるニンゲンの欲め。

消費者サポートセンターは、おれの実際の生活には踏み込まないまま、淡々と対応を進めてくれる。ありがたい限りだ。

実はその前におれは、送られてきたセクサロイドと話し合いの場をもった。というか、販売業者と折衝するのは時間も削られるし精神的にも疲弊するのが目に見えていたので、自分の手元で解消できる不具合なのであれば、それがいちばんいいと思ったのだ。

早い話が、目の前のヒト型ロボットを、おれ相手の奉仕型として充分な仕様に変更できれば、それでもう何も困ることはないと思ったのだ。そもそも高額であること自体は問題ない。見た目は間違いなく充分すぎるほどにおれ好みだし、それだけの金額を出してもこいつが欲しいと思って選んだのは、おれ自身なのだ。

けれども、目の前のドロイドは、優しい笑顔でおれの話を聞いたあと、申し訳なげな表情を見せた。

「残念ながら、私には拡張機能はございません。低価格帯のマシンですので」

この値段のどこが低価格かとは思ったが、実際に商品を選ぶ際に低価格順にソートしたのも、ろくにスクロールもせずにすぐに目に飛び込んできたこいつをとっとと選んでしまったのも、おれ自身だ。

目の前のドロイドの説明に応じて、空間に取扱説明書を展開しながらボディを細部まで確認してみたが、なるほど、見た目重視の構造のせいか、物理的な端子はほとんどない。ネットワーク接続機能はあり、ある程度の学習機能はついているが、拡張のためのプラグイン等は用意されていない。不具合修正のアップデートは提供されているが、大幅な動作変更はできない。つまり。

おれの目の前にいるこいつは、日々のコミュニケーションを通じて緩やかに個性を獲得していく仕様ではあるが、肝心の性行為については、危険性回避のために、何がどうあっても、出荷時の設定を超えるような行為、つまり、ヴァギナを有さなかったりペニスを保有していたりする個体相手への性的奉仕は学習できないように設定してあるらしい……

そんなあほな話があるのかよ! 機種の細分化にもほどがあるだろう……

いや、いま目の前にこいつが存在しているということ自体が、動かしようのない事実なわけだが。ロボットの設計には、作成者であるヒトの思考やありようが否応なしに組み込まれているということを、おれはあらためて思い知らされた。

「例えば購入者が女性だったとしても、あんたのやり方が嫌だと思う人だっているだろ? そういう人があんたを購入しちゃったとしたらどうすんの」

そう尋ねると、目の前のドロイドはやはり柔らかな微笑をたたえたまま、首を振った。

「想定動作の範囲内におけるお好みの問題でしたら対応可能です。また、私の製品仕様自体については、カタログで事細かに説明されており、ご購入時にもひとつずつ特徴等をご確認いただかないとお支払いまで進めない仕様になっております。そのため、今回のように危険性回避のためにご奉仕困難な状況に立ち至るのは、たいへんレアなケースとなっております」

そうね。そうでした。説明書を斜めに読むことすらせずに、外見だけで判断してとっとと注文してしまったこと自体は、どう言い訳しようとも、おれの過ちでしかない。

つまるところ、クーリングオフ不能という点だけが向こうの不手際だ。畜生め。

とにかく、おれの性欲解消のためにこのドロイドを使うのは無理だということは、もうはっきりわかった。だとしたら、次のステージへ進もう。そもそも欲しかったのは癒しなのだ。性欲解消がいちばんの欲求だったことは否定しない。けれども。

好みの外見をもっていて、会話も可能で、触れることもできる動くヒト型と、ただ一緒に暮らすだけでも、おれのこの孤独すぎる現状に多大な癒しをもたらしてくれるのではなかろうか。

というか、今現在その姿を目の前にしているだけでもう、気持ちがほんわかしてしまっているのだ。肌の質感などは、ぱっと見、どこがヒトと異なるのかわからないぐらいきめ細やかで、ただのロボットとして元のとおりに畳んで箱に詰め直すのは、逆に非道なことのようにまで思えてしまっているのだ。だとしたら、性行為抜きでともに暮らすという選択肢も断然ありだろうと思ったのだ。そもそも。

ほんの少しだけストレスから解消されて癒されたかっただけなんだよ、おれはー! ほんの少しでいいから癒されさせてくれよー! 

ところが。

「あのさ、性行為以外には何ができんの、あんた」

躊躇いながらも勢い込んで口にしたその問いに、平然と驚きの答えがかえってきた。

「何もできません」

「……何も?」

「はい、何も」

「……ここの居住区の家事や隣接する植物園の手入れを任せたりとか、掘削の補助を頼んだりとか、そういうのは……」

「そういった機能はまったく備わっておりません。先ほどご説明したとおり、ある程度の学習機能はございますから、あまり複雑ではない動きを覚えることは可能です。しかし、何分、私は低価格帯のマシンですので、一定程度の荷重がかかる仕事を含め、初期仕様で可能となっている会話と性行為以外の複雑な動きを学習することは非常に困難かと存じます」

「……それ、つまり、元もとの機能と容量と耐久性の問題のせいで、最終的に最低限の家事や仕事の補助ができるところまで学習できるかどうかすらもあやしいと……」

「仰るとおりです」

「ええと…… つまり、機能どおりだとしたら、あんた、居住区でにこにこして会話することができるだけで、ここではそれ以上のことは……メインの仕事であるはずの性行為も含めて、まったく不可能な可能性が高いと……」

「仰るとおりです」

緩やかなほほえみをたたえた、おれ好みの外見の持ち主が、自分には性行為以外のことはできず、かつ、おれはその対象にすらならないと、あっけらかんとした態度で何度も繰り返し説明してくれる。

目の前のこれは単なるドロイドでヒトではない。要するに今の状況は、そのドロイドが、自分は単機能しか想定されていないマシンで、できることには限りがあると、ただそう繰り返し説明してくれているだけだ。自身の機能を誠実に、それこそ機械的に説明してくれているだけのことなのだ。

なのに、いちいちショックを受けている自分が辛すぎる! これは癒されない。まったくもって癒されないぞ。

そして、そもそも日常生活を送らせること自体にすら無理があることも、そのスペックを順に確認し直している際に気づいた。バッテリーを満充電にしても、それだけでは一日分の活動が送れない仕様なのだ。

実際、話し合いを続けているあいだに、すぐにバッテリー切れ直前状態になり、ぐったりとした様子になってしまった目の前のドロイドが説明することには。

「元もとご奉仕の時間分の動作をすることのみ想定したバッテリーしか保有しておりません。ロングモードであればひと晩は動作可能ですが、通常モードであれば長くて二、三時間です」

って、ファッションホテルの制限時間かよ! 

「おまえ、それ、おかしいだろう。ここの重力はほとんどないに等しいんだから、おまえがつくられたホームプラネットに比べたらバッテリーの持ちはだいぶん良くなるはずだろう? だったら作動時間はずっと長くなるはずだよな? なんだってここでも数時間でバッテリー切れになってんだよ」

「ですので、こちらの小惑星向けに初期仕様と同じ作動時間を確保した適切な容量のバッテリーが組み込まれております。何分、私は低価格帯のマシンですので」

「なんだってそんなとこだけ初期仕様のまんまじゃねーんだよ!」

「バッテリーはいつでもどなたでも交換可能な汎用機が使用できる簡単仕様ですので、出荷時に出荷先の環境に応じたバッテリーが組み込まれることになっております」

目の前のドロイドはやはり悪びれた様子などなく、笑顔でそう言いきってみせた。

ふっざけんなよー。力を入れる方向がまったく違うだろうがよー。

低価格帯低価格帯って、結局コストダウンのためならなんでもありなんじゃねーか! 安物買いの銭失いってのは、つまりこういうことかよ! 

しかし、日常生活すらともにすることが想定されていない単機能の低額セクサロイドを選んで購入してしまったのは、何度も繰り返すが、おれ自身なのだ。あぁあ。

(続く)