ラブライフ(仮)

4.あなたが喜んでくださることこそが私の喜びです

 たなかなつみ

ケイは決してヒトとしてよくできた「生き物」ではない。けれども、ケイのポジティブさは、おれにとって日々の生活の潤いとなった。いわゆる一生懸命ドジっ子タイプというようなステレオタイプな切り分け方を適用することもできたし、おそらくはそういった何らかのタイプに分類される性格づけはなされているのだろうが、おれにとってはそうした分類に意味はなかった。そもそも初めての買物で、比較対象がないのだ。おれにとって、ケイはただ、この小さな星での生活をおれとともに過ごしてくれて、おれに全幅の好意を寄せ、その喜怒哀楽を分かち合うことのできる唯一の相手という存在に、いつしかなっていた。

無機物であるはずの人形を恋う人たちがいることは、知識としては知っている。もしかしたらいつの間にか自分もそうした人たちの仲間入りをしているのかと思い、不安になったりもする。

けれども、そもそもその不安はいったいどこから来ているのか。

もしもケイがペットの形状をしていたらどうだったのだろうと考えてみる。愛玩の対象として可愛がることを不安に思ったりはしなかっただろうし、自分と切り分けてただひたすら可愛がることはずっと容易だっただろうと思う。音声通話でボットとチャットをすることは幼い頃から日常に存在するとりたてて珍しいことではなく、それをある種のペットとして可愛がったことも実際にある。触れる感触を得ることまではできなかったが、3D 画像によるポルノグラフィの配信を観て擬似恋愛に陥ったこともある。その画像を相手に見立てて自慰に耽ったことだってある。

けれども、そのすべてが、おれにとってはケイと一線を画していた。

異なる理由はたったひとつだ。ヒト型だ。しかも、実際のヒトと見分けがつかないぐらい、おれにとってケイはヒトだった。物理的に触れることができ、同じ空間で双方向のコミュニケーションをとりながらともに暮らしている。いまおれが生きているこの空間で、ケイは唯一のヒトだった。

ここに送られてからもう長い月日が経った。送られたというのは言葉の綾で、実際には自ら志願した仕事だ。親しかった身内はみな今世から離れてしまい、将来をともにすると思っていた女性とも行き違いが重なった挙げ句に別れることになったところだった。大学を出てからずっと続けていた仕事も、ミスを繰り返してうまくいかなくなりつつあった。親しい友人がいないわけではなかったが、それだけでは、ホームプラネットにとどまり続けることを選択する因子としては弱かった。

高額の報酬を求めて、募集が開始されたばかりのこの仕事を志願した。所属していた会社のサポートを受けての独立だったが、ニンゲンが生活するに充分な環境すらない他の星での生活と仕事を長期間続けるための場をととのえるには、それだけでは間に合わなかった。経費としてかなりの貯金を吐き出しながら、この小惑星に辿り着き、居住のためのスペースをととのえ、レアメタルの掘削を始めた。ひとりきりの生活は性に合った。その選択自体が失敗だったとは、今でもまったく思わない。

ただ、自分自身が覚悟していたのと比べると、驚くほどに孤独感は強かった。

現実感がいとも簡単に遊離してしまうほどに。

今となっては、多少無理をしても、ヒトとコミュニケーションをとるための環境には金をかけるべきだったと思う。なまじ仮想空間で古い型のデバイスを通じて不十分にヒトと触れ合えてしまう現状がたちが悪かった。ほんの少しの触れ合い。ほんの少しの会話。その瞬間は圧倒的な楽しさを感じる。けれども、その時間が途切れた途端に、驚くほどに渇きが増した。自分がこんなにヒトを恋しく思うニンゲンだったなんて、まったく知らなかった。

足りない、と思った。もっと触れ合いたい。電磁波にも空間的な距離にも画像や音声の不充分さにも邪魔されることなくヒトと会いたい。その息づかいまでもがわかる距離で会話がしたい。

体温を感じる触れ合いがしたい。

今にして思えば、精神的に限界だったのかもしれない。

そこへ、ケイがやって来たのだ。

そして、おれに笑いかけ、親しげに言葉をかけ、おれの愛称を目の前で愛しげに呼び始めた。

最初にケイを選んだ際には、確かに外見を手がかりにした。というか、購買前に直接的に得られる情報なんて、それ以上はほとんどなかった。細かい仕様書をどれほど丁寧に読み込んだとしても、あのときは頭に入ってこなかったと思う。

ただ、このヒトと話しがしたいと思った。このヒトの声が聞きたいと思った。このヒトと触れ合いたいと思った。

このヒトの体温が知りたいと思った。

ドロイドの体温を知ったところで、なんだっていうんだ。そんなことはわかっていたつもりだった。

それでも、その欲求は率直な願いだった。

「あなたが喜んでくださることこそが私の喜びです、リュウ」

失敗ばかりのチャレンジを繰り返しながら、ケイは笑顔で簡単にそんなことを言ってのける。

ふざけんなよ。喜べねーよ。おまえがやりやがったことの後始末をしてるのは全部おれなんだよ。ひとつぐらい、おれの言ったとおりのオーダーをこなしてから言えよ。頼むからさ。

ケイは笑いながら、その手でおれに触れる。その腕でおれを抱きしめる。そのままおれをベッドのなかに引き込み、そのあたたかさで、おれの疲れを包み込んでくれる。

「私にもっとあなたを癒すことができる機能があればよかったんですけど」

そう言って、おれの額に口づけ、愛しそうにおれの髪を撫で、そのあたたかさでおれを抱擁してくれる。

そんなこと思ってもねーし、頼んでもねーよ。

実際、セクサロイドじゃなくてもよかったんだ。そのことは、今現在のおれが証明している。いや、そりゃ、そういう機能があるに越したことはなかっただろうとは思う。今だって、あったとしたら、それはそれで、すごく嬉しいだろうと思うし、存分に使いたおすことだろうと思う。でも、そんなこと以上に。

たぶん、おれは、ヒトに飢えていた。ヒトという存在に飢えていたんだ。

親密な会話を求めるだけなら、物理的なヒト型相手なんかじゃなくてもよかった。実際、ホームプラネットにいる友人たちとは不定期にビデオメッセージを送り合ってつながっているし、もっと近い位置にいる相手とならチャットルームでのやりとりもできる。ボット相手の擬似チャットができる場だっていくらもある。それに、物理的に癒されたいという希望を叶えるだけの目的だったとしても、わざわざヒト型を求める必要はなかった。実際、いろいろな形状をもった多くのペット型ロボットが、ケイとは比べものにならないぐらいの廉価で販売されているのだ。癒し効果があると統計的に証明されている手触りの良さが大きく宣伝されており、ヒトと同程度の複雑な会話だって充分可能な物理的存在なのだ。

けれども、おれにとって実際の購入につながる動機づけとなったのは、ドロイドのカタログだけだった。しかも、肌を合わせることを直接の購買理由とすることが当然のセクサロイド。

物理的に人肌が恋しかった。触れることのできるヒトの体温が欲しかった。たとえそれが似せて作られただけのものであったとしても。それだけだ。

なのに、そこまでして大金をはたいて、けれどもおれとケイとは物理的に深くつながらないまま、共寝を続けている。そして、充分に満たされている。

こういう関係は、なんて名づければいいのかな。

なんて名づければいいも何もない。おれはケイの記憶領域に個人情報を紐付けているだけのオーナーだ。おれの側の勝手な錯覚によるケイへの慕情と、ケイがおれのことをどういうふうに記憶のなかに格納しているかについては、まったく何の関係もない。

いや。おれは錯覚したいのだ。自ら積極的に錯覚したいのだ。

ケイはおれにとって紛うことなきヒトであると。そして、ケイのほんの小さな素振りや行為から判断できる態度の端々にまで、真におれへの好意が込められていると。

いかれてる。




(続く)