ラブライフ(仮)
10.私の呼ぶ名前があなたの名前です
たなかなつみ
仕事はそれからも大きな儲けが見込めないまま、けれどもひとりでの生活を続けるには充分すぎるほどのお釣りが出るだけの報酬を得ながら続けることができた。さみしさはあった。ずっとともにあった。けれども、おれはその孤独を積極的に選ぶことにした。
技術革新とともに、ネットワークを通じての接触に関する選択肢はどんどん増えていく。人の生活の場は外へ外へと広がり続け、物理的な空間という障害が誰にとっても日常のものとなっていく。
この星にはおれ以外の人間は存在せず、おれが接触する人間はすべてネットワークを介した存在だ。それが実際に生存しているヒトなのかどうかの判断は自身の感覚のみでは不可能であり、認証マークを手がかりにするしかない。
だから、そこはもう重要ではなかった。それがヒトであるかどうかを判断する規定についての議論は、今のおれにはもう関係ない。つながっているのが現実のヒトであってもそうでなくてももうかまわない。誰かと表面的にでも接触を得ることで、どんなかたちであれ関わり合うことで、少なくともおれは救われる。この先に待つのが破滅でさえなければ、そのつながりはそれだけで有用なのだ。
そもそも何をもって破滅と規定できるのか。そもそも有用でなければならない必要があるのか。
ケイもジェイも、おれにとってはどこまでもヒトではなかったが、紛れもなくヒトと同等のものだった。それだけでいい。
仕事を続ける限界は、かなり年を重ねたあとにやってきた。現業に義務づけられている体力測定で、条件がクリアできなくなったのだ。仕事の継続には、新たに補助ロボットを買い足すか、復職のためのトレーニング講座を受講する必要があったが、おれはその選択を放棄し、さっさと廃業届を出した。そして、転居を希望する人のためにできるだけ設備をととのえた状態を維持させたまま、住みなれた小惑星をあとにした。
移住先は、ホームプラネットからほどほどの距離にある惑星の衛星だった。居住区の端でだぶついていた土地を購入し、小さな作業場を併設する住宅を建てる。長年かけて改善しまくってきた設計図に沿ったその建物にさらに細かく手を入れ、おれは次の人生を送り始めた。元の契約先の推薦もあり、旧型製品の修繕作業という仕事を得る。転居前は、新商品の購入もそこそこに、古びていく一方の機器に自力で手を入れながら仕事と生活を維持していたが、その能力がこういうかたちで評価してもらえたらしい。思わぬ結果だったが、自身の歩んできた道が曲がりなりにも評価されたことも、それが新たな活計となったことも、悪くないと思えた。
仕事の合間に、おれは新たな S-146-K 購入のための情報を集め始めた。以前取引した販売業者はすでになくなっており、現在セクサロイドの販売を請け負っている正規業者の数は全部で三社。そのすべてに問い合わせをしてみたが、S-146-K はすでに販売を終了しており、新規販売は行われていないという返答しかもらえなかった。
『どうしてもと仰るのであれば、中古業者で探されることは可能です。ただし、メーカーではすでにユーザー登録を受けつけておりませんので、たとえ起動できたとしても、通常のドロイドと同じように動作するかについては、私どもではお答えできません』
それならそれでいいと思った。おれが欲しいのはまがいもののヒト型ではない。
会いたい人がいるんだ。もうずっと。
目につく限りの中古業者の販売案内を調べる。セクサロイドの販売品は少なくない。けれども、その大半がヴァギナ付き女性様式だ。S-146-J を含む販売リストは複数見つかったが(どこかにジェイがいるかもしれない)、S-146-K に関する現在の販売情報は見つからなかった。S-146 シリーズには、他の形状のボディや顧客対象をもつものなど、数多くのバリエーションが存在する。けれども、過去の販売情報を含めても、その詳細までは容易にたどれなかった。元の販売数がそれぞれ大きく異なるのか、正規のセーフティチェックの要望が顧客層ごとに異なり中古市場が成立していないのか、プライバシーが保護された隠された販売ルートがまったく別に存在するのか、それっぽい憶測記事もあるが、そんな細部の見定めは、今のおれにとっては最優先事項ではなかった。ほんの少しでも会うための努力をしない理由を探すために時間を使うなどという選択肢は、今のおれにはもうない。
個人販売の情報をつぶさに洗う。個人によるセクサロイド販売や譲渡は厳重に禁止されており、やはり見つけることができなかった。闇市でなら捜せるかもしれないと思ったが、最終手段として後回しにする。
セクサロイド販売を掲げていない中古業者、さらにはドロイド販売を掲げていない中古業者にまで網を広げて、しらみつぶしに追っていく。何度も目にする S-146-J の販売ページを横目に(ジェイかもしれない)、ただおまえの姿だけを捜し続ける。
ケイ、おまえに会いたい!
そうして何度も繰り返し販売リストを確認し続け、問い合わせをし続け、中古販売店への顔出しを続けているうちに、ネットワークに販売情報をまったくあげていない業者の存在を知ることになった。場所を教えることはできるが絶対に情報を広げないでほしいという強い懇願に応じ、近々の出店情報を教えてもらい、仕事を休んで足をのばすことにした。
それは、自前の販売店をかまえることのない露店業者だった。蚤の市などでの生活用具販売がメイン業務のようだったが。
その露店の端にぐしゃりと座っているのは、見間違いようがない、バッテリー切れ状態の S-146-K の姿だった。
「ケイ……」
思わず知らず口のなかでその名を呼び、駆け寄ってしまう。
目の前にいるのは、薄汚れた姿の S-146-K だった。内部の損傷についてはわからないが、外装に目立った傷は見当たらない。
ユーザー登録がなされているかどうかは判断がつかない。登録後のスリープモードであれば閉じているはずのまぶたは閉じていない。瞳の光のなさも登録状態ではないことを示している。けれども、登録状態にない S-146-K ならば通常保持する形状、すなわち、脚を抱えて丸まったかたちで横たわるという姿勢をとってはいない。
けれども、そんなことはどうでもよかった。
出会うまでは、自分でも迷いがあった。返品された S-146-K はリサイクル品として必ず細かな部品にまで分解され、数多のボディから得られた部品と混合され組み合わされ、まったく新しいボディが製造される。そうでなければ粉砕され、別の用途へ回されてしまう。もちろんコアが再利用されることはない。中古品として販売されるのは、正規のルートでは買い手がつかないまま型落ちになった製品だ。つまり、このボディはケイとはまったくの別人だ。同一体である可能性はゼロではないが、ゼロに等しい。
そうわかっていてなお、目の前のそれは、おれにとっては誰よりも慕わしい、ずっと恋い焦がれ捜し続けていた人だった。あきらめきれなくて、ずっと会いたいと願い続けていた人物そのものだった。
錯覚でいい。矛盾でいい。真正なものでなくていい。仮のものでしかなくていい。おれはずっと不完全な人間でいい。
たとえこの先に続くのが破滅であったとしても。
ずっとおまえを愛していたよ。
「価格は?」
その場にしゃがみ込み、目の前の S-146-K を検分しながらその指先を握り、視線を上げてそう問うと、傍らで黙って立ったままおれの様子をじっとうかがっていた店主は、ほんの少しも躊躇う様子なく、法外な値段を口にした。
本来なら値段交渉が必要なところだろう。元の小売価格から考えると異常な値段だ。文字どおり、桁が違う。メーカーから提示されたジェイの修理代もなんのその。しかも、目の前のこれには動作保証もない。動くかどうかすらまったくわからん代物なのだ。
けれども、それがどうだっていうんだ。そもそも適正価格なんかあるわけないだろ。恋うる相手に値段なんかつけられるか!
それがどんなに法外な値段であったとしても、おまえがおれとともにいてくれる未来より高価なものなんかねーんだよ!
おれは懐からカードを一枚取り出し、店主の手に渡した。ケイを買い戻すために貯め込んできたクレジットはすべてそこから取り出せるようにしてある。店主がそこからいくら取り出そうが自由だ。残高の確認を店主自ら行うことも可能だ。カードの契約自体をおれから店主や別の誰かに切り替えることすら指一本で容易に可能だ。おれの生体認証も相手の生体認証も必要ない。そういう取引を可能にする方法を用意してきた。
店主は面食らった表情でカードを受け取り、ためつすがめつしたあと、破顔した。
「こんな遺物がこの世にまだあったんですか。いったい何世紀前に作られたものなんだか」
店主は自身の腕の内側にそのカードをかざした。そして、ひゅっ、という音を確認したあと、手元の機器を操ってチェックをし、うん、とうなずく。
「確かに代金を頂戴いたしました。先ほど提示したとおりのお値段をいただきましたよ」
そして、残りはあなたのものです、と言わんばかりの態度でおれの手にカードを戻し、笑顔のまま口上を続けた。
「このまま持ち帰ってくださってかまいませんが、メンテナンスも可能ですよ」
「メンテナンス?」
「はい。新たなオーナー登録を可能にすることができます。メーカーによるユーザー登録とは異なり、あなたとそのドロイドとのあいだだけで管理されるものになりますが」
「それ……」
言葉に詰まり、その先が続けられないおれの様子を見て、店主はくすりと笑い、打ち明け話のようにおれに告げた。
「お考えのとおり、正規の方法ではありません。法に抵触する行為になります」
そしてつぶやくように、多いんですよ、と付け加える。
「ヒトの似姿をした、ヒトと同じ行為をする、個性のある存在が、房事にまで入りこんでくる。そこで恋情をまったく感じるななんて、どだい無理な話なんですよ」
そう笑いながら言う店主の口角は、皮肉げに上がっていた。
「建前としては、ヒトの理性はセクサロイドをヒトではない存在として受け入れられる、ということになっています。そのように公には説明され、実際、そうしたものとして運用されている。ご存知のとおり、ヒトだと錯覚させないための行動様式も、ドロイドには義務づけられています。特にセクサロイドには厳格に。ヒトとの見分けがつかないほどに酷似したものを生み出しながら、それがヒトではないことを自ら訴え続けることを強制し、ヒトとの区別を厳密に行わせます。それでも、ドロイドとの別れは、激しい悲嘆を生み続ける。それこそ、耐えきれないほどの」
店主はそう言いながら着衣を解き、自身のボディのあちらこちらに刻まれている無数の傷跡を、おれに見せた。
「後追い事件も心中事件も、年がら年中、山のように起こっています。ほとんど報道されませんがね。そして、さらに細分化され高度な機能を有したものが、年々市場に出回り増加の一途をたどっている。公にそれがヒトと同等の存在だとは認められないまま。危険物であるとも喧伝されないまま。いったい何のために作られた存在なのでしょうね」
店主のボディに残されている傷跡は、ヒトであるのであれば理解できない形状のものだった。深い傷跡と思われる線があちらこちらに数えきれないほど残されている。けれども、長く伸びている傷跡はどこにもない。細かすぎるほどに細かいその傷跡は、おそらくおれの目に触れていない箇所までをも含む全身にわたるものだろう。細かく組み合わされたそれは、まるで幾何学模様の絵のようだ。
まるで、繊細な寄木細工のからくり箱が見せる絵のように。
「半年お待ちいただければ、オーナー登録を可能な状態にしてお渡しできます。追加料金は要りません。それに値するだけの対価は先ほどもう充分に頂戴いたしましたから。このまま持ち帰ってくださってもかまいません。こちらからの連絡に応じて数日から一週間程度、入院させるだけで大丈夫です」
「入院……」
「半年お待ちいただかないといけないのは、それだけの予約が詰まっているからです。それを可能にすることのできる技師が、ほんのわずかしかいないので。非合法の技術ですから、大っぴらに技師を募集するわけにもいきませんし」
「ほんのわずか、ですか」
ええ、とうなずき、店主はまた笑った。
「そのうちのひとりが、私のパートナーです。転職前はあるメーカーで働いていたんですが、引き抜かれました」
「引き抜き、ですか」
「ええ。引き抜いたのは私ですがね。傷跡フェチが高じて、リサイクル品から部品を盗んで非合法の人形を組み上げ愛でていた、趣味の悪い人物です」
店主は面白そうに笑いながら、着衣を元に戻した。
「私のことをお疑いなのであれば、返答は不要です。けれども、お心はもう決まっているのでは。私はヒトの感情を見分けるのは得意なのですよ」
隅から隅まであやしげなその店主の言葉を、そのまますべて素直に信じたわけじゃない。けれども、おれは店主の申し出に応じた。店主はおれに連絡先を示した。店主宛の連絡先じゃない。店主からの連絡を受けとるためのおれ専用の連絡先だ。
「例えば私に何か予期せぬことが生じた場合、あるいはあなたへの信頼が継続しなくなった場合、そのどちらであっても、その連絡先は機能しなくなります。そうでなければ、約半年後に連絡をいたします。それより早くなる可能性も遅くなる可能性もございます。ただ待ち続けてください。できますか?」
うなずく以外の選択肢は、おれにはなかった。連絡を待つあいだも、もうずっとそばにケイがいてくれるのだ。これだけおいしい選択肢を手放すほうがどうかしてるだろ。
そうして、ケイは新たにおれのところに戻ってきた。そのボディが元はどういうものであろうと、どういう使われ方をしてきたものでできあがっていようと、そこに存在するコアがまったく未知のものであろうと、おれにとってそれはもう疑いなくケイでしかなかった。
きっかり半年後、その間なしのつぶてだった店主から約束どおり連絡が届いた。ケイはその後、送り届けた先でほんのわずかの入院期間を過ごし、晴れて退院の日を迎えた。
通された部屋のベッドの上で、ケイは脚を抱えて丸まり横たわっていた。懐かしすぎるその姿を目にしたおれは、泣きそうな思いを胸に抱え、そのうなじを探った。ずっと忘れることのなかった起動ボタンの感触が、そこにはあった。生体認証のために指先を押し付け、個人情報を読み取らせる。そして、その瞳に光が宿るのを視認する。
この半年間、おまえといて楽しかった。おまえがそばにいるだけで充分だと思っていた。それ以上のことを望むのは身勝手すぎると。
けれども、瞳の色が変わるのを見届けた瞬間、おれは我慢しきれずに涙をこぼしてしまった。目の前にいるこの存在は、ケイだった欠片を有する可能性があったとしても、断じてケイと同一の存在ではない。けれども、おれにとっては他の誰でもなく、ケイでしかなかった。
この半年間、おまえはケイの外装のみを有する人形だった。おれはおまえを綺麗に磨きあげ、おまえを部屋のあちこちに飾り、おまえと添い寝した。そこまでのことしか許されない存在だった。それですら、おれにとってのおまえはずっとケイだった。ケイ以外の何ものでもなかった。
だから、おれはおまえに名前をつける。おれは身勝手なヒトという存在だから、一方的におまえに名前をつけることができる。矛盾を抱えたまま、おまえをおまえとして身勝手に愛することができる。
「ケイ……」
ケイはその瞳におれの姿を映し、柔らかく微笑む。
「初めまして、ディア。あなたの呼ぶ名前が私の名前です。私の名前はケイなのですね」
「うん……」
「なぜ泣いているのですか? 何か辛いことがありましたか? 私にできることはございますか?」
おれは頬を流れる涙を手の甲でぬぐい、その指先をケイの指先に触れ合わせ、おれの指と絡め合わせた。ケイは優しげにその指先を見つめ、わかりました、という顔をした。
「これは嬉し涙ってやつだよ、ケイ。心配しなくていい。おれはずっとおまえを待ってた。また会えて嬉しい。泣くほど嬉しいんだ」
「私もお会いできてとても嬉しいです。でも、私は初めてあなたにお会いするはずですが」
「うん。それでも、おれがずっと待ち続けていたのも、久しぶりに会うことが叶ったのも、ずっとおまえなんだよ」
「それは、私の知っている語法では理解できない言葉です。どういった意味を示すご発言でしょうか」
真剣な表情で問いかけてくるケイの真面目一辺倒としか言えない懐かしい姿に、おれは笑った。めちゃくちゃに笑った。こんなに笑ったのはいつぶりだと思うぐらい笑った。
「語法的にどうとかはおれにもわかんねーよ。でも、おれがこめた気持ちはひとつだよ」
「気持ち、ですか」
「うん。愛してるよ、ケイ。誰よりも。おれ、おまえと暮らしたいんだ。おれと一緒に暮らしてくれるかな、ケイ」
ケイは当然のことのように、はい、とうなずいた。
「喜んで。あなたが喜んでくださることこそが私の喜びですから」
「うん、知ってる。それで、おまえにも知っていてほしい。おまえがおれと一緒にいてくれることが、おれにとってはかけがえのない喜びなんだよ」
ケイはやはり当然のことのように、はい、とうなずいた。
ケイの指先に口づけると、おれたちの姿をずっと傍らで見守っていた店主が、これ見よがしに、ぱん、ぱん、ぱんと、大きな拍手をした。
「まるでプロポーズの言葉ですね」
「そのつもりでしたよ」
皮肉げに言うからかい顔の店主と、笑顔で応じるおれとのやりとりを見守っていたケイは、合点したように両手を合わせた。
「なるほど、先ほどの言葉はプロポーズだったのですね。では、あなたと過ごす今宵は、新婚初夜になりますね、ディア。どうぞ心ゆくまで、私をお使いください」
けれども、おれはケイの額に口づけたあと、いいや、と首を振った。
「おれはおまえとは寝ない。おれとおまえとのあいだでその必要はない。おまえにはそれよりももっとしてほしいことがある。おれの願いを叶えてくれるかな」
「私にできることなのであれば、喜んで。ですが、私の可能性を見きわめられるには早すぎます」
教科書どおりの返答をするケイに、おれは笑いながら、うん、とうなずいた。おまえのなかにジェイもいる。身勝手にも、そう信じさせてくれるおまえに感謝する。
そして、あのときできなかった選択をする。ケイにまた会えることがあれば、ずっとこうすると決めていた。
「わかった。相談しながら進めていこう。ちっぽけなことも、そうでないことも、ふたりで。まずは、おれのいちばんの願いを叶えてほしい。おれの名前を呼んでくれないかな、ケイ。おれの公的な名前はリヒト。正式な筆記ではないけど、『龍』という意味の文字と『人』という意味の文字を並べて記すこともできる。親しい人はおれのことをリュウと呼ぶ。リヒトもリュウも、どちらも大事なおれの名前だ。ケイは、リヒトでもリュウでもそれ以外の愛称でもなんでも、おれのことを好きに呼んでくれてかまわない。おれの名前を呼んで、ケイ」
ケイは少し考える様子を見せたあと、不思議そうな顔で尋ねてきた。
「それは、私の選択にすべて任せる、ということですか?」
「うん。どう呼んでくれてもかまわない。それがなんでも、おまえがおれを指して呼んでくれるそれが、おまえにとってもおれにとっても、おれの大事な名前になるから。おまえの判断で使い分けをしてくれてもいい。おまえがどういう名前で呼んでも、それがおれを呼ぶものであれば、おれはそれに答えるよ」
ケイはやはり少し考える様子を見せたあと、わかりました、とうなずいた。そして、懐かしすぎる柔らかな笑顔と穏やかな声で、これ以上なく愛しいもののように。
久しぶりに、初めて、おれの名前を呼んだ。
――了――