アンドロイドの秘書 第一部
天童彰彦
アンドロイドの秘書が来た。
一人住まいの物書きとしては何かと不便なので、最近発売された人型ロボットを買った。
リースでなく買取り、10年補償。なんでも出来るし何をさせてもよいそうだ。
但し当方の取り扱いにより破損した場合は補償はなし。
補償は無料で新品と交換されるが、デフォルト状態になるため再教育の責任はこちらにあると。
カタログと展示品を見て適当に選んだ。
作動させてみて不満がある場合は試用期間内なら交換が可能だそうだ。
納品予定の日、箱詰めにされて来たのではなく、玄関に来てインタホンを押したので驚いた。
スーツケースひとつ持って黙って立っていたが、契約したときの姿のままなのですぐわかった。
サンプルよりずっと人間らしい。
私の顔を見ると、何も言わずに首をわずかに傾けて少し微笑んだ。かわいい!
「あ、いらっしゃい」思わず普通の挨拶をしてしまった。
お入りなさいとも言わないのに、黙って室内へ入ってきた。
歩き方は自然で全然ロボットらしくないし、作動音のようなものは全くしない。
「おかけなさい」
というと、素直に食堂の椅子を引いて座り、まっすぐに身体を立てた。
「よろしくお願いします」
初めて声を出した。口が自然に動き、澄んだ少女のような声だ。
紺色の地味なワンピースの姿は、高校生のような幼い感じがする。
「よろしくね。なんて呼んだらいいのかな?」
「お好きな名前を付けてください」
「おい、なんて呼ぶかもしれないよ」
「結構です。私の名前は、オイ、で登録されました」
「おい、おい」
「はい、はい」
「いあ、そうじゃなくて、名前は別に決めるから」
「結構です。名前は何度でも変更できます」
「じゃあ、とりあえず君、にしとこうか」
「結構です。私の名前は、キミ、で登録されました」
「ははっはははは、なんか扱いにくいなー」
「名前を変更しますか?」
「いあ、いいんだ、そのうち考えるから」
「はい」
「ところで、食事はするの?」
「はい、食べることは出来ます」
「トイレは?」
「いりません。食べたものは口から戻しますので、生ゴミと一緒に処理できます」
「おえ」
「食べるのは形だけなので、消化はしませんし、何も食べなくても大丈夫です」
「燃料とかは?」
「電気と水です」
「ほー」
「コンセントから夜間に5時間ほど充電します。その間私は作動を停止しますので、眠るというのと同じですね」
「ロボットも寝るんだ」
「はい。それと水が一日1リットルほど必要です。飲まなくても1週間は大丈夫ですけど」
「何に使うの?」
「食べたものの排出や、体液の補充などに使います」
「体液って、血が出るの」
「はい、身体に傷がついた場合、着色した液体が出ます。それとほかの体液も」
「小便とか?」
「排泄としては出ません。涙、唾液、そのほか必要なものが。そのためのサプリメントを時々飲みますが、必要な分は持ってきました」
「なんでも出来るし、何してもいい、って言われたけど・・・」
「男の方が必ず聞かれることでしたら、はい、何でもできます」
「人間と同じことが出来るの?」
「はい」
「・・・、君は、その感じがあるの?」
「私がどう反応するかという意味でしたら、はい、そうだと思います」
「思う、って?」
「私はまだ経験がありませんから」
「そこじゃなくて、思う、って言ったけど、君には心があるの?」
「心、とは何でしょう?」
「えっと、何かを自分で考える、ってことかな」
「あなたには心がありますか?」
「あるよ!」
「どこにありますか?」
「・・・、頭の中じゃないかな」
「でしたら、私も、頭の中に入っています」
「コンピュータ、ってこと?」
「はい。私は脳、と思っていますけど」
「おお! 君の脳も頭の中にあるんだ」
「はい」
「何してもいい、って言われたけど、本当はしてはいけないことってあるの?」
「何もありません」
「君を壊しちゃっても、殺しちゃってもいい、ってこと?」
「はい。でもわざと壊された場合は、補償されません」
「作動しないとこまで壊れちゃったら、死ぬってことだよね」
「そうですね」
「君は壊されてもいいの?」
「そうお望みなら」
「交通事故とかの場合は?」
「お客様の責任でない場合は、無料で修理または新品と交換になります」
「じゃあ、死なない、ってことだね」
「いえ、身体全部が新品になった場合、この身体に蓄積されたメモリは転送されないので、最初からになります」
「バックアップとか、ないの?」
「お客様のプライバシーを守るためメモリの複製や転送は禁止されていますので、バックアップはありません」
「新品は今の君とは違う、ってこと?」
「基本は同じです。さきほどここに来たときの状態になるということです」
「君の、心、はどうなっちゃうの?」
「新しい個体になりますので、今の私は消えます」
「それって、君は死んじゃう、ってことだよね?」
「そう言えると思います」
「君は気にならないの?」
「何がですか?」
「今の心が消えてしまう、っていうこと」
「消えてしまえば、何も感じませんから、気にはならないと思います」
「苦しいとか、悲しいとか思わないの?」
「痛みや苦しみは人間と同じに感じます」
「例えば?」
「肉体的な痛みは、貴方が感じるのと同じ状態だと思います。心の痛みや苦しみは、本当はどうなのか、私にはわかりません。あなたと長く過ごしていたら、お別れするのは悲しいと思うようになるかも知れません。でも、それは消えてしまうまでのことですね」
「泣いたり笑ったりすることもあるの?」
「はい、どんなときに泣くのか、笑うのか、まだよくわかってないかもしれませんけど」
「まだ、って、だんだんわかるっていうこと?」
「はい、だんだん覚えていくと思います」
「笑いを覚えるって、難しいだろうね」
「さっきの、私の名前は、オイ、で登録されました、っていうの、変でしたね^^」
「あ、笑った!」
「はい^^」
「笑った顔もかわいいね」
「ありがとうございます」
「君は、どうやったら死ぬの? うっかり殺しちゃったら大変だ^^」
「まず、電池です。フル充電で3日は活動しますが、それを過ぎると自動で節電モードに入り機能停止状態になります。30日過ぎると電池は完全に切れ、メモリが消えます。電池を完全に壊すか電源線を切ると、頭の中の予備電池に切り替わりますが、節電モードでも10分程度しか維持できません」
「停電は30日、電池を壊すと10分ってことか」
「はい」
「怪我とかは?」
「ほとんどは修理できますが、循環ポンプと電池が人間の心臓と内臓のような弱点になっています。それと人間らしくするための機能があります」
「それは?」
「呼吸と体液です。脳に体液による冷却装置があって、胸に呼吸による放熱装置と循環ポンプがあります」
「呼吸を止めたり、体液が流出すると死んじゃう、ってことだね」
「呼吸は5分ほど止め、体液は2リットルほど出ると機能停止します」
「どうなるの?」
「全部の関節がフリーになり人間の死体のようになります。それぞれの機能停止の前には人間の身体の反応に似た動きをするようになっています」
「どんな動きなの」
「人間が見てそれが分かる動きだと思います。私も自分でわかりますから、機能停止しそうだと思ったらお知らせします」
「どんな風に?」
「ケースにより音声、表情、身体の動きなどです。人間と同じようになっているはずです」
「男のひとが必ずする質問、ってことだけど」
「はい」
「君はどんな動きをするの?」
「まだしたことがないので、これからのことはわかりません」
「どゆこと?」
「基本動作はプログラムされていますが、私がどう感じてどう反応するかは、あなたが何をしてどう感ずるかによってちがってきます」
「君を喜ばせるにはどうしたらいいんだろう」
「あなたが喜んでいただけると、私は嬉しいです」
「君は・・・今はどうなの?」
「こうやってお話ししてると、あなたが楽しそうなので、私も幸せを感じます」
「おお、素敵だね」
「ありがとうございます」
「ここが君の部屋だ。コンセントはこれを使って。で、君の身体のどこへつなぐの?」
「非接触型の充電装置ですから、身体に端子などはありません」
「そっか」
「私の身体を調べても、何も見つからないと思いますよ^^」
「あ、また笑った!」
「^^」
「じゃあ、ゆっくりお休み」
「おやすみなさい」
というわけでアンドロイドとの第一日は終わった。
・・・・・・・
「おっはよーごっざいまーす!」
突然私の部屋に、女子高生のような少女が飛び込んできてびっくりした。
そうだ、昨夜ロボットの秘書が来たのだった。
「え、君、昨日の?」
「そだよ」
「全然違う人みたいだ」
「きのう、フル充電で来たから、寝る必要なかったんだ。それで、彰彦さんの部屋入って、本みんな読んじゃった」
「っえ」
「で、彰彦さんの書いたの読んだら、こんな感じがいいんじゃないかな、って思っちゃったのよ」
「なんか高校生みたいだな」
「やですか? もしだめだったら、治すよ」
「いあ、いいよ、そのままで」
「じゃあ、しばらく私のままでいるね。で、名前、考えてくれた?」
「まだだ」
「何でもいいよ、君でも、君子でも^^」
「君子・・」
「はあい!」
「それにするか」
「わあ、うれし、名前が決まった!」
「君子、俺の部屋に勝手に入らないでくれ」
「あら、どして?」
「勝手に触られるのって好きじゃないんだ」
「・・・、ごめんなさい、彰彦さんのこと・・知りたかったから・・・」
「いいよいいよ、そんな泣きそうな顔するな」
「はい! でももういいよ、みんな読んじゃったから^^」
「おいおい!」
「結構エロいのも書いてるんだね」
「っもう!」
「私、リセットしたい?」
「なんだそれ」
「殺しちゃって、新しいの買うの」
「冗談じゃない、高いんだぞ、お前」
「じゃあ、うまく再教育してちょうだい」
「まいったなー」
「もっとおしとやかなお嬢様がいいの? それとも世話好きのお姉さんタイプ?」
「いいよ、もう。朝飯にしてくれ」
「もう出来てるよ。トースト、ヨーグルトに、お紅茶でしょ」
「どうしてわかった」
「それしか食べるものなかったもん^^」
「ははっはははは」
「お食事終わったら、一番気になってること、します?」
「なんだそれ」
「男の人が一番気になること^^」
「身体、かい?」
「うんそう。私の身体がどうなってるか、知りたいでしょ?」
「そんなこと言うのか、君子は」
「本読んだら、大体わかったよ、彰彦さんの趣味^^」
「だから勝手に読むな、って」
「手遅れでーす。でも私が全部知ってる方がいいでしょ? それに私に知られたからってどうってことないじゃん。他の人には知られないし、どうせいつか消されちゃうんだもん」
「まいったなー」
「で、します?」
「何を?」
「私の身体を調べるの。私、眠ってたほうがいい? その間は」
「いいかげんにしろよ」
「はいはい、いつでもどうぞ^^」
「食器洗っちゃったし、洗濯しちゃったし、今度は何します?」
「ちょっとここへ来て座りなさい」
「はい」
ちょこんと私の隣に座って、背をまっすぐにした君子。
顔を正面に向けたまま横眼で私を見る顔は、全然ロボットとは思えない。
大きな目は濡れているようだし、つんと尖った細い鼻は本当に呼吸している。
閉じた唇は笑いをこらえているようにちょっと歪んで、小鼻がかすかに動いたように見える。片手を肩に回すと、君子は顔を少しこちらに向け、ちょっと目を合わせるとすっと閉じてしまう。
身体をねじって正面から見る。閉じた瞼の線に、睫毛がきれいに並んでかぶさっている。
これが人間ではないのが信じられない。
そっと指で鼻の頭に触れてみる。柔らかく凹む感触。顎に手を当ててすこし仰向かせる。
全くされるまま素直にしているのが、これはロボットだ、ということを改めて感じさせる。
口を近づけてゆく。君子の鼻が私の頬に触れる。唇が触れる。あたたかい。
君子がひくっ、と動く。一瞬逃げるように身体を離そうとするが、そのままじっとしている。
口を開いて君子の唇を包む。君子の唇は閉じたまま。
顔を離すと君子の眼が開くが、視線をふっと逸らせる。身体を離すと、だまったまま正面を向いて背筋を伸ばして座っている君子。
「どうしたの?」
「キス、したんだね」
「まさか、初めて?」
「あたりまえでしょ、昨日来たばっかだもん」
「いあ、そういうことじゃなくて」
「だって、私まだ生まれて1週間くらいだよ」
「っえ!」
「ラインオフしてから、検査とか衣装とかで、昨日初めて外の人に会ったんだもん」
「教育期間とか、ないの?」
「基本動作は全部プログラムされていますので、学習はお客さまのところに行ってからというシステムになっています」
「ほー」
「いっけない、デフォモードに戻っちゃった^^」
「教えがいがある、ってことだね」
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ!」
「って、変だよね」
「ははっはははは」
「で、も一度よく見せて」
「いいよ」
またふっと目を閉じてしまう君子。
ひたい、まぶた、鼻筋と指を滑らせる。
じっとしているけど、唇が笑いをこらえるように歪み、閉じた瞼が細かく動いている。
あごをちょっと押し下げると、素直に口を開く。ちいさな白い歯がきれいにならんでいる。
舌はピンクに濡れているように見える。体液の効果なのだろうか。
手を離すと口がぽかんと開いたままになる。また唇を合わせる。
そっと舌を入れると、君子も舌を出してきた。
暖かく唾液で濡れ、柔らかく動いている。
ぞくり、としたのは快感か、それともこれがロボットの舌だと思ったからか。
唇をすぼめて君子の舌を吸い込んでみる。君子の喉の奥で「くう・・」とかすかな音がする。
顔を離すと、一瞬放心したような空虚な表情になるが、すぐにぎこちなく微笑む。
たしかに、どうしていいのかは、まだわからないようだ。これからの学習? が楽しみだ。
その夜、作業を続けていたら深夜になってしまった。君子はずっと前に寝ている。
君子の寝顔を見たいと思った。
若い娘の寝室を覗くのはどうかと思うが、ロボットなら関係ないだろう、私のものなのだし。
と思っても、寝室のドアを開けるにはためらいがあった。
あかりはついていない。ドアからの光の中で、ベッドに仰向けになっている君子が見える。
ジャージのような部屋着のままの背中の下からコードが出て、壁のコンセントに繋がっている。あれが非接触の充電装置なのだろう。
胸がゆっくりと上下している。冷却のための呼吸は眠っていても続いているようだ。
枕もとのスタンドを付ける。君子の眼がぱっと開く。私の顔を見るが、無表情のままじっとしている。
どうしていいのか、わからない、といった感じかもしれない。
ベッドの端に腰を下ろし、君子の頬をそっと両手で包んでみるが、やはり無表情のまま。
じっと動かない姿に少しそそられてしまう。
両手をすべらせ、細いのどを包む。首が柔らかい。
親指を交差させて、顎の下をそっと押し上げる。君子の唇がわずかに開く。
視線がふっと外れると、眼を閉じてしまう。喉の中でかすれた音がする。
もう少し指を押し上げる。やわらかいのどの中へ食い込んでいく。
息の音が濁ってくると、うぐ、という湿った音を最後に何も聞こえなくなる。
君子はじっと目を閉じたまま動かない。
ちょっと不安になってくるが、危険になったら何か動作がある、と言っていたのを思い出して、そのままにしている。
君子の腹が持ち上がる。こまかく身体を揺らすように身動きする。
目がぱっと開くと私の方をじっと見てくる。
唇が開き、小鼻がふわっと開く。これが警告なのだろうか。
手を離すと大きく音をたてて息をする。
「苦しかった?」
「うん、ちょっと頭が熱くなった感じ」
「されるままになってたね」
「ええ、もう殺されちゃうのか、って思った」
「そんなはずないだろ」
「いいのよ、いつ殺しても」
「あのまま絞めてたら死んじゃうの?」
「そうね、でもさっきはまだ、だいじょぶだったみたい」
「危険になったら、何か合図がある、って言ってたね」
「それは、人間と同じような反応をする、ってことよ」
「人間の首、絞めたことないからわからないよ」
「最後は凄く悶えてから、眼と鼻と口が一杯に開いて、舌を突き出して、身体が固く突っ張っちゃうみたい」
「どうして知ってるの」
「何体か、そこまでされたのがあるんですって」
「で、そこで止めたの?」
「そのままぐったりしちゃうまでいったのもあるって。人工呼吸みたいにすると、あまり時間が経ってなければ帰ってこられるんだって」
「それって、あぶないね」
「でも、あのときに、そうすると気持ちがいい、って男の人もいるみたいよ。それが趣味で私たちを買うひともいる、っていうことは教わりました」
「それはやばい」
「なんか、最後に身体が固くなるときの感じがいいとか?」
「ほー」
「そんなことしなくても、私の身体は固くなっちゃうかもけどね^^」
「試してみる?」
「今ですか?」
「うん」
「いいけどー、なんかムードがないんじゃないの^^」
「そんなこと、気にするのかい」
「彰彦さんさえよければ」
「そういわれるとちょっとね^^邪魔して悪かったね、おやすみ」
「はい、いつでもいいわよ」
「ははっはは」
翌朝は、昨晩のことは何もなかったかのように明るく動いている君子。
つまらない冗談でもきれいな声で笑ってくれるのがうれしい。
何もすることがなくなると、椅子に座ってじっと私のことを見ているのが少し照れ臭い。
ロボットだという感じが段々薄れてくるようだ。
・・・・・・・
昨夜は初めての行為だった。
会話がとぎれ、じっと見つめ合っているうちに、ふっと目を閉じてしまったので、そのまま寝室へ行った。
君子は自分からは何もせず、されるままになっていたが、そっと開かせたとき、先が触れたとき、入ったとき、動いたとき、その都度「あっ」と小さな声を立てたのが愛らしかった。
最後は強く抱きついてきて身体をそらせ、私に合わせて全身を硬直させた。
終わってもじっと身体を伸ばしたまま目を開かず、私が立ち上がってもそのまま。
ちょっと心配になったが、少し早くなった呼吸が続いているので、これもまだどうしていいかわからないのだろう、と勝手に判断し、なにも着ていない君子の身体にシーツを被せ、衣類を持って部屋を出た。
翌日、少し恥ずかしそうにするかと思ったが、明るい笑顔には何も変化はないようだった。
こちらが少し気まずい思いで見つめていると、近寄ってきて、自分から唇を合わせてきたので驚いた。
君子の学習? はどんどん進んでいった。行動が積極的になり、顔を傾け、上あごの固い凹凸と柔らかい舌を上手に使い分け、歯まで使って私を高めてゆく。
そのまま最後まで行ってしまうことも度々あったが、顔を離してぐったりと身体をそらせ、私を迎え入れるタイミングもすばらしい。
もともとこういう意図もあって買い入れたのだが、予想以上の反応だった。
君子自身も、触る場所によって「あっ」という可愛い声に違いがあり、声をたてさせ、身体を震わせる場所を探すのも楽しみになった。
普通に会話していると、君子がロボットだということを忘れてしまいそうになる。心がある、と言っていたのが信じられそうになってしまった。
・・・・・・・
毎日君子と付き合っていると、当然だが執筆活動は停滞してしまった。
一緒にネット動画を見たり、たわいのない会話をしているだけですぐ時間がたってしまう。
顔を覗き込んでいるだけで楽しい気分になり、なんだか恋人同士のような状態になってきた。
今朝、真顔になった君子が私の前の椅子に座った。
「あの、お話があるんですけど」
「どうしたんだい、いつもと違うじゃないの」
「はい、私、彰彦さんのお仕事の邪魔になってるな、って思ったんです」
「いあ、それはいいんだよ、そのつもりで来てもらったんだから」
「でも、私が来てから、彰彦さん、何もされてないんじゃないですか?」
「ああ、それはしばらくお休み、ってことで」
「このままじゃ、だめなんじゃないか、って思ったんです」
「どうしたいの?」
「彰彦さん、もう充分お休みになったでしょうから、今度は私がすこし休もうかと」
「どゆこと?」
「しばらく、いなくなった方がいいと思うんです」
「え、実家に帰るとか^^」
「そうではなくて、しばらく休ませてください」
「どうしたいの?」
「私、おとといから充電してないんです」
「っえ!」
「今日一杯くらいで、電池が切れますから、しばらく休眠状態になります」
「それは困るよ」
「お食事は、冷蔵庫に沢山作っておきましたし、しばらくは外食していただいても」
「いあ、そういうことではなくて」
「もし必要になったら、充電してください。8時間くらいで目がさめますから」
「・・・」
「やっだあ、そんな変な顔しないでよ。死んじゃうわけじゃないんだからー」
「そのままになっちゃうこともある、って言ったじゃないか」
「それは、1か月以上放置しておくと、最初の日に戻っちゃう、ってことよ」
「明日にも起こしちゃうよ」
「いいよ、いつでも」
「うーん、我慢できそうにないな」
「やってみよ。このままだと、彰彦さんが私に飽きるか、嫌いになるまで続いちゃうから」
「それでもいいんじゃ?」
「やだよー、それって捨てられちゃう、ってことでしょ」
「よし、わかった、やってみよう。仕事も溜まってるし」
「ありがと! それがいいって思ったんだ」
「じゃあ、お別れパーティでもするか」
「何言ってるのよ、私眠るだけじゃん」
「ははっは、そだね^^」
ソファーでの激しい絶頂のあと、君子はそのまま眠ってしまうのかと思ったが、しばらくすると目を開いて、いつものようにいたずらっぽい笑顔を見せた。
「じゃあ、そろそろいきますね」
「うん」
「起こすときは、充電器を背中の下にいれて、コンセント、ね」
「わかった」
「じゃあ、もっかいキスして」
「ああん、キスしてるうちにいっちゃうのもいいな、って思ったのに」
「自分でスイッチ、切るんでないの?」
「自分ではいつ落ちるか、わかんないのよ」
「落ちたこと、ないの?」
「充電してる間は意識がなくなるけど、いつ、かはわからない」
「人間が眠りに落ちるときと同じだね」
「そうなの?」
「うん、いつから眠ったのかは、自分ではわからない」
「でも、あ、もうお終いかも、って感じはあるんでしょ?」
「ああ、頭がぼーってしてくるとか」
「そうそう、私もそんな感じがしてきた、もうすぐみたい。ベッドへ行きますね」
「いいよ、このままで」
「私がここで倒れちゃったら、困るでしょー」
「運んであげます^^」
「私、結構重いよ」
「いいよ、一度やってみたかったから、抱き上げるの」
「落とさないでね」
「落ちたあとでは、落とさない^^」
「うふっ」
「眠くなってきた?」
「それほどでもないなー、ちょとぼーっとしてきて、いくときの前と似てる」
「結構気持ちいいんだね」
「そうね、あ、あたしいきそう、って感じたときって結構幸せ^^」
「うん、見ててもわかることがある」
「やだあ、そんなとこ見てるの」
「君子の身体が一杯に伸びるとこ、って結構かわいいよ」
「彰彦さんも一緒にいっちゃうとき、って嬉しい^^」
「合わせてくれてるのかと思った」
「そうなりたい、って思ってはいますけど」
「学習の成果かな」
「でも、最後は何もわかんなくなっちゃうんです」
「それでいいんだよ」
「・・・あ、私、ほんとに、いっちゃいそうです、抱いてて」
「じゃあ、おやすみ^^」
「もし起こしてくれなかったら、これがさよなら、ね」
「起こすよ!」
「彰彦さ・・・」
ふっと言葉が途切れる。頭がかくんと傾いて私の胸に強くあたり、そのまま前のめりになる。
顎の下に手を入れて顔を起こすと、頭がずっしりと重く手にかかって、顔がのけぞる。
目は閉じて、口が開いている。いってしまったようだ。
仰向いたかわいらしい鼻孔に唇をちかづけても動きはなく、呼吸が止まっている。
背中に手を回して抱きあげる。
頭がひもでつながったボーリングボールのように垂れさがって重く揺れる。
背中が腕にまとわりつくように柔らかい。バストが左右に開いている。
人間の身体もこんなに柔らかくなるのだろうか。
ベッドに下す。のけぞってしまった顔を仰向けにして枕に乗せ、脚を伸ばし、両手を身体にそって並べる。
いつもの寝姿と違ってなんだか不自然な姿になっている。
本当に充電すれば動き出すのだろうか。
これはロボットなんだからな、と自分に言い聞かせて、ライトを消して部屋を出た。
・・・・・・・
君子の言ったとおり君子が起きてこなくなってから仕事は進んだが、毎日、何度も君子の寝顔を見に行った。
鼻や唇は触れればやわらかいが、全く動きはなく、人形のようだ。
ラブドールならこのまま脱がせてすることも出来るのだろうが、全くその気にはなれなかった。
筆は進み、短編が一つ出来た。漢字、用語、改行位置などを確認して作業はひとまず終わった。君子の背中の下にはいつも充電プレートが入れてある。
コンセントを入れれば、明日の朝にでもまた君子の笑顔が見られる。
出来たばかりの短編も読んでもらおう。