アンドロイドの秘書第三部

天童彰彦

瑞穂を初めて見かけたのは、友人の出版記念の会場だった。

私はこれまで、出版社のパーティなどで何人ものモデルや俳優と会ってきた。

中には世界有数の美女と言われる北欧人もいた。

しかしこれほど心惹かれる人に会ったことはなかった。これほどの活力と知性を秘めている女性はいなかった。

長身というほどではないが、なぜか周囲の人より背が高くみえる。

高貴でも、高慢でも、孤高でもない。決してとびぬけた美人というのではないが、どうしても目が離せなくなった。

大きな目、まっすぐでしっかりと通った鼻、きりっと結ばれた唇、見方によっては堅く冷たい印象なのに、全く笑ってはいない目元に何か温かみを感じてしまう。

少し離れた位置から、先方も私のことをじっと見ている。

二人ともかなり長い間立ち止まっていたのに急に気が付いた。

思わす一歩踏み出しそうになってこらえた。

こちらを見つめたまま、彼女の唇がちょっと開いたように見えた。

後ろから声をかけられたのか、急に振り向いて歩き去った。

濃いオレンジ色のドレスと、栗色の髪が残像のように残った。


二度目に見かけたのは別のパーティ会場だった。私が探していた、と言うのが正直なところだ。

同じ服装で、何人かと楽しそうに談笑していた。

先日の表情とは違う暖かい笑顔が輝いて見えた。

今回は義理で出席したようなもの。私は付き合いが悪い方なので、一人でカウンターで飲んでいた。

隣に濃いオレンジ色のドレスが座った。振り向くと、大きな目が正面から見つめてきた。

先方から話しかけてきた。


「先日、お見掛けしましたね」

「ああ、青山君の出版記念会でしたね」

「作家の方ですか?」

「ええ、まあ」

「素敵ですね」

「あなたは?」

「法律関係の仕事です」

「弁護士とか?」

「資格は持っていますけど、知財関係なので」

「特許などですね?」

「はい、著作権を主に扱っています」

「じゃあ、私の仕事にも関係がありますね^^」


たわいない会話から始まったが、二人とも会話を続けたいと思っているのが伝わった。

その日はそのまま分かれたが、すぐにアドレスを交換し、食事を共にするようになった。


・・・・・・・


「また瑞穂さんでしょ^^」

私が通話を終える度に君子が意味ありげに、にこにこする。

君子の顔に瑞穂の端正な顔が重なってしまう。

君子を抱いていても、いつものように没入することが出来ない。


「また瑞穂さんのこと、考えてる^^」

「え?」

「わっかりますよー、いいことじゃん。彰彦さん、女のひとと付き合ったことないでしょ」

「からかうんじゃない」

「もう、したの?」

「そんなのじゃない!」

「あら、残念ね、素敵な人なのに」

「知ってるのか?」

「有名な方よ。キャリアウーマンのお手本みたいな人」

「おお怖い」

「あはは^^、がんばって!」


君子に言われるまでもなく、何度か会っているうちに、瑞穂の個性と知性に完全に魅せられてしまった。

でも会話がいくら進んでも、ロマンチックなムードからはかけ離れていく。

文化、宗教、科学などについて、真剣に議論を始めてしまうこともあった。


今日は、思い切って郊外へデートに誘った。名所でも観光地でもない、議論の対象のなさそうな辺鄙な街だ。

だれもいない駐車場に車をおき、近くの丘に登った。

南向きの枯れ草の斜面に、並んで座った。すすきの穂の向こうに遠く海が光っている。

会話が途絶えたまま、じっと並んでやや傾いた西日を浴びていた。

仰向けに草の中へ寝転んだ。両手を頭の後ろに組み、目を閉じる。

と、瑞穂も静かに並んで横たわった様子。かすかな風が枯れ草を鳴らしてゆく。

半身を起こすと、瑞穂を見た。瑞穂は両手をまっすぐに身体に沿って伸ばし、心持ちあごを突き上げて仰向いたままじっと目を閉じている。顔に日ざしが一杯に当たっている。

良く見えるように動くと枯れ草が音を立てる。瑞穂はじっと身動きしない。

滑らかな額、閉じたまつ毛、まっすぐな鼻筋が小鼻の巾より少し高く形よく突き上がっている。

柔らかいハの字型に並んだ鼻孔に日が当たって美しい。

ふっくらと緩んだ頬、薄く開いているようにわずかに反った上唇、すっきりと伸びた喉。

普段は近寄り難いような活気が溢れている瑞穂の、目を閉じて仰向いただけで別人のようになってしまった穏やかな可愛い寝顔を目の前にして、どきどきする悦びと、気恥しい胸騒ぎを覚えながらじっと見つめ続けた。


「眠ったの」

目を覚まさせるのを恐れてそっと囁く。

指で瑞穂のほほに軽く触れる。思ったよりずっと柔らかい感触にびっくりして指を引く。

思い切って鼻の頭をちょっと押してみる。柔らかさに頬とちがった弾力がある。

かすかに角のある鼻の先と心持ち膨らんだ小鼻がとてもかわいい。

若いころに戻ったような温かい感情が溢れ、親指と人差し指で瑞穂の鼻をつまむ。

鼻孔が塞がり、指の間に柔らかく挟まれた小鼻の厚みが心地よい。

急に瑞穂がぷっと吹き出す。私は手を放す。瑞穂は澄んだ声で笑い出す。


「息ができないじゃないですか^^」

「ごめん・・」


笑ったまま二人の目が合う。徐々に笑いが消え、じっとお互いの目を見つめる。

瑞穂の大きく見開かれた眼に日が当たり、きらきらと光る水滴のような透明な眼球の奥にやや薄い色の瞳が美しい。

瑞穂の肩の横に手を突くと、正面から少し顔を近付けて瑞穂の唇を見る。

少し開いた唇の間にかすかに白い歯の先が見えている。

瑞穂がふっと唇を閉ざす。見上げると目も閉じている。

これは、キスしてもいいという合図なのだろうか。

顔を少し傾けると、瑞穂の唇に口を近付けてゆく。

瑞穂の鼻の先が私の頬に触れる。

瑞穂はじっと動かない。唇が触れる。乾いた、柔らかい暖かさが私の唇に伝わってくる。

瑞穂が首をかすかに振ると唇を開く。私も唇を開いて瑞穂の唇を包む。

私の頬に押されてつぶされた瑞穂の鼻が息をする度に小さなやさしい音を立てる。

頬を片寄せると瑞穂の鼻が押し上げられ、鼻孔が塞がる。


「ん・・・」

息が出来なくなった瑞穂がかわいい呻き声を上げる。

私の頬に押しつけられた瑞穂の鼻から息が漏れる。

瑞穂が息を吸うと私の頬が瑞穂の鼻孔に吸いつけられる。

私は両手で瑞穂の頭を抱えるとしっかりと唇を押し当てる。

急に瑞穂が動き出す。身体を捩り、両手で私を押し退けようとする。

離れないようにしっかりと押さえ続けていると、瑞穂が急に動かなくなる。

はっと顔を放す。瑞穂はじっと目を閉じて動かない。

胸も動かない、呼吸が止まったままになっている。


「ねえ」

瑞穂の肩をそっと揺さぶる。瑞穂の顔がぐらりと横を向いてしまう。

私は慌てて瑞穂の顔を仰向けにする。瑞穂は口を半開きにしてじっと動かない。

瑞穂の鼻をつまむと口から息を吹き込む。

放すと微かな音を立てて空気が流れ出して来るが、瑞穂はじっと仰向いたまま、息をしない。

私は瑞穂の鼻をつまんだまま、息を吹き込んでは放す動作をくり返した。

瑞穂の呼吸は止まったまま。

ふっくらとした瑞穂の乳房の下に耳を当ててみる。規則正しい鼓動が続いている。

半身を起こすと、じっと息をしないで仰向いている瑞穂を見下ろす。

瑞穂が身動きすると急にふうっと息をついて目を開き、笑い出す。


「止めたらだめじゃないですか。死んでしまったらどうします^^」

「本気で心配するとこだったよ」


急に瑞穂が身体を起こすと、驚いたことに自分から唇を合わせてきた。

瑞穂との初めてのキスは、変な形で始まったが、年齢に似合わず意外に幼い感じの瑞穂の動作は愛らしく好ましい。

唇を離し、胸を合わせ、しっかりと抱き合う。そのまま、長い間じっとしていた。

何も言わなくても、お互いに惹かれ合っていることがはっきりと分かる動作だった。


・・・・・・・


今日は瑞穂の初めてのピアノ演奏会。

いくつかの小品の後のメインプログラムは「瑞穂の国の四季」という、彼女自身の作曲だ。

明るいワルツ風の春、躍動感のある夏、旋律が美しい秋、そして圧巻は冬だった。


低音のトレモロとアルペジオが、迫りくる嵐を予感させ、高音から駆け下りてくる漣のような流れは吹雪の前触れか。

どこまで続くのかと思われたクレッシェンド。突然十本の指が和音を連打し、激しく雷鳴のような音を叩き出す。

ペダルを踏んだままの余韻を追って、左手が飛ぶように低音域を走り周り、空気を震わす。

右手は最高音から中音域へと展開しながら駆け下っては飛び戻り、押し寄せる雪嵐のように激しく、厳しく響き渡る。

繰り返し砕ける轟音の波、激しく動き回る両手に圧倒されていると、いつのまにか全体の音量が低下している。

激しい指の動き、駆け回るアルペジオはそのままに、音だけが徐々に小さくなってゆく。

速度を全く落とさずに踊り回る両手とは反対に、音はどんどん小さくなる。

しかし全ての音が、激しく走り回るまま、はっきりと聞こえている。

恐ろしい速さで飛び交う両手の下で、音は徐々に、どこまでも小さくなってゆく。

消えてゆく音に懸命に集中するが、やがて全く聞こえなくなり、瑞穂の動きが突然静止し、両手が鍵盤の上で凍り付いたようになる。

会場を、耳が圧迫されるような静寂が包む。そのままホール全体が凍りついた時間が続く。


瑞穂の眼を閉じた顔が、わずかにかくり、と前に折れ、静止していた瑞穂の両手から力が抜けて鍵盤に落ち、ピアノが小さく和音を鳴らす。

一瞬の間の後、爆発的に拍手が沸き、会場は大きな歓声に包まれる。全員が立上がって声を上げる。

立ち上がった瑞穂の顔には全く笑みが見えず、こわばった表情のまま深く礼をすると、すぐ退場した。

観客には友人知人が多いとはいえ、全員が立ったまま拍手を続け、瑞穂は何度もステージに呼び戻された。


楽屋に戻り、ドアを閉めて二人きりになると、瑞穂は頬に両手をあてて、私をじっと見詰めた。

「おめでとう」

「ありがと^^」

「よかったよ、でもすごく緊張してたみたい」

「ほんと、何度か倒れるんじゃないかと思った」

「もういいよ、倒れても」

「ええ、なんだか、ほんとに力が抜けていくみたい。まだ脚が震えてるの」

「おいで」

「あ、わたし・・、あ・・・」


瑞穂を抱き寄せようとすると、どん、と瑞穂の頭が私の胸にぶつかり、反動でがくんと横へ倒れ、大きく喉を伸ばして仰向けになる。

私の両腕から上半身が少しずり落ち、私の腕で腋の下を支えられた両手が横にだらりと開く。

私は膝の下に片手を回して抱き上げる。

瑞穂の胸がそり返り、頭が真下にぶら下がって振り子のように揺れる。


ソファに横たえる。閉じた瞼を指でそっと開けると、澄んだ瞳がじっと私を見詰めてくる。

私は微笑み返す。

しかし突然その目に全く意識がないことが分かる。

指を放すと瞼はゆっくりと下がって閉じる。

舞台用に濃い化粧をした瑞穂の意識を失った顔は、貴婦人のような高貴な美しさを持っており、この間の日ざしを浴びていた健康的な寝顔とは別人のようだ。

シャドウを濃くいれた瞼、すっと伸びた睫毛。わずかに桜色を帯びた白い頬は丁寧に作られた人形の美しさ、鼻筋から小鼻へかけては壊れやすい彫刻のように繊細できれいな形を作り、口紅を濃く塗った唇は口付けを誘う柔らかな愛らしさではなく、香りに溢れたバラの花の美しさであった。

こんなに美しく素晴らしい人が、私のことを愛してくれているという幸せを溢れる程感じながら、瑞穂の仰向いた寝顔を見詰め続けた。


・・・・・・・


「こないだの演奏、素晴らしかった」

「はずかしい、あの後の楽屋^^もう安心して休める、って思ったら身体中の力が抜けて。少しは分かってたのよ。あ、映画のシーンみたい、って思って」

「なんだ、演技してたのか」

「ううん、本当に力がぬけちゃったの。それからすごく気持ちよくなって、すうっ、て眠っちゃう感じ。とっても幸せだったわ。もうこのまま死んでもいい、って思った位」

「かわいかった。いい年して、気絶しちゃうんだもの」


「昔の女の人って、しょっちゅう失神してたじゃないですか」

「そういえば」

「急に目、つむって、ふらあっと後ろへ倒れちゃう。横の男性が腰のあたりを支えると、仰向けに身体をあずけて、顔を反らせてぐったりするの」

「あれ、コルセットがきつくて呼吸困難ですぐ失神しちゃうんじゃないの」

「なんか安心してる、って気もします。必ず誰かいるとき、特に男の人がいるときなんですもの」

「演技だっていうの」

「いいえ、本当に気が遠くなるんでしょう。自己暗示みたいなものかしら。意識がなくなった自分を男の人に介抱してもらいたいっていう気持ちもあると思う。そういう時しか見せられないでしょ、そんな姿、恥ずかしいし。失神なら堂々とぐったりして抱いてもらうこと出来るもの」

「君のぐにゃぐにゃになった身体、抱いたとき、少し興奮しちゃった」

「結構楽しんでたんでしょ」

「君だって、すごく安らかにおやすみになりましたよ」

「死んでしまうときも、あんな感じだったらいいな」

「・・・死ぬときは一緒に、ね?」

「・・・それ、もしかして、プロポーズ?」

「そうかも^」

「死が二人を分かつまで、でなく、死ぬのも一緒に^^」

「あ、それってOKってこと?」

「私、最初からそんな感じがしてたんです」

「パーティで会ったとき?」

「いいえ、その前に、どなたかの出版記念会でお見掛けしたとき」

「あのとき、挨拶もしなかったじゃないか」

「でも、お顔見た時のショック、すごかったの。お名前分からなかったので、あの後、またお会いできるかと思って何度か同じドレスでパーティへ行ってました。はじめてお傍に行ったとき、覚えてます?」

「あ、あのとき、僕も君を探してたんだ!」

「まあ! ・・・赤い糸、って、本当にあるんですね・・・」


・・・・・・・


二度目の本格的なデートは、瑞穂がビーチサイドのホテルを予約した。もうすっかり秋は過ぎ、寒い時期だが、温水プール完備の高層ホテルだ。


「その水着、新しいの?」

「ううん、おととし買ったんだけど、着なかったの」

「かっこいい」

「ありがと。でも少し小さすぎでしょ」

「泳げるようになったの?」

「まだなのよ。息がつけないの」

「練習しろよ。船が沈んだりしたら溺れちゃうぞ」

「船が沈んだら少しくらい泳げたって死んじゃうわ」

「湖なんかで、ボートがひっくり返るかも」

「ボートなんか乗らないです。それに乗るならあなたと一緒だから、助けてくれるでしょ」

「でも、泳げない人って、しがみついてくるから一緒に溺れちゃうぞ」 「いいわ、あなたと一緒に溺れるんなら」 「また。真面目に聞けよ」 「あら、真面目よ」


「溺れたら、人工呼吸、してあげるから」

「また鼻つまむんでしょ」

「鼻から息吹き込んでもいいんだよ」

「・・・・、口の方がいい」

「自分じゃなにも感じないんだから同じだろ」

「でも、何だか変」

「練習しようか」

「やだ、誰か来るわよ」

「じゃあ、部屋へ行こう」

「あ、それ、下心丸見えだぞ」

「だめ?」

「うーん、なんだか全然ムードがないのね」

「僕たちに合ってるんじゃない、こんなのが」

「いいわ、・・・そのつもりで日を選んで、こんなホテルまで来たんだし」

「うわあ、ほんと。最高!」

「・・・よろしくお願いします・・・」

「えっ」


「わあ、きれいな海」 「・・・」 「ねえ、カーテン閉めて」 「ここ、14階だぜ、どこからも見えないよ」 「だって、明るすぎる」 「なんだよ、今更」 「このまま、すーって気絶出来たらいいな、恥ずかしくなくって」 「あれ、そのつもりで来た、て言ってたじゃない」 「うーん、でも、ちょっと怖いの」 「何が」 「あなた、なんともない?」 「え、うん、それは、すこし緊張してるけど」 「私、すごくどきどきしてる。本当に失神しちゃうかも」

「・・・」


「待って、自分で脱ぐ」

「水着のあと、ついてないね」

「よかった」


瑞穂は、全裸のまま、ベッドに仰向けに横たわった。

目を閉じ、少しあごを持ち上げて口を半開きにし、両手をだらりと脇に揃える。

乳房が形よく左右に盛り上がっている。


「身体、真っ直ぐにして」

「はい、・・・」

「もっと楽にして」

「はい、・・・」


なんだか、診察か手術を待つような姿、本当にこの歳まで未経験なのかもしれない。

私も君子以外には経験が多い方ではないので、どう扱ったらいいのか、自信はない。

しかし本当に未経験なら、なまじ余分な行動をとらない方がいいのかもしれない。

ふっくらと左右に開いた乳房を両手で包む。手が触れた瞬間、瑞穂の肩がひくっ、と動く。

そのまま手を胸、腹、腰とすべらせてゆく。柔らかく滑らかな瑞穂の肌の感触が、手が震えそうになるほどの快感。

瑞穂は何も声を出さない。呼吸すら音を立てないように努力しているようだ。本当に緊張しているのか。

すらりと伸びたすねに両手をあてて押し、そっと下肢を開かせる。

瑞穂の太股の両脇に膝をつき、先端を柔らかな腹部に乗せ、滑らせて少しずつ下へ、瑞穂の股間へとずらせてゆく。

丘を越えてゆくときに繁みに擦れる裏側に刺激が強すぎる。少し下がると、濡れた暖かいものが先端に触れる。

瑞穂がきゅっと脚を閉じてしまう。強く挟まれて動けなくなるが、すぐにゆっくりと開いてくる。

静かに押し出すと、先だけが濡れた感触に挟まれる。私の動悸が激しくなる。

少し進んでみる。狭いものに擦れる感じがして、先端が押し入ってゆく。

瑞穂が、初めて、あっ、と声を出す。先から激しい快感が沸き上がり、太股から腹部へと広がる。

そのまま深く押し入りたい欲望が高まるが、穏やかに目を閉じた瑞穂の顔を見て我慢する。

上体をかぶせて顔を近付ける。

私の鼻で瑞穂の小鼻を横から押し、少し顔を傾けて唇を重ねる。

ぐったりと力が抜けて溶けるように柔らかい瑞穂の唇を私の唇ではさみ、そっと噛む。

瑞穂が身動きする。きゅっと脚が強張り、先端だけ入ったものが押し出されそうになる。

私は急いで入れる。合わせた唇の間から瑞穂がうめく。


「うくっ・・・」

「これから、いくよ」

「あ・・、あ・・、」

「大丈夫、楽にして、力を抜いてて」

「! ・・、! ・・・」

「まだ・・。今、これから」

「あ、あっ!」

瑞穂の膝が少し上がるが、すぐに戻る。ゆっくりと押し込んで行く。

固く挟まれた間を押し進み、いくつもの門を通るように瑞穂の中を越えてゆく。

やがて先が壁のようなものに突き当り、私の腰骨が瑞穂の太股に触れた。

体を預けると瑞穂の上にぴったりと覆い被さる。

腹から胸にかけて二人の身体が密着し、瑞穂の乳房が私の胸でつぶされる。

屈めた両手を瑞穂の身体にそって当て、ひじから先を瑞穂の背中の下に回し、しっかりと抱きしめる。

と、瑞穂も両手できゅっと抱きついてくる。身体を結び合わせ、互いに強く抱きあったまま、二人ともしばらくじっとしていた。


そのままの姿勢で私は腰を少し引く。瑞穂が細い悲鳴をあげる。

痛い? とささやく私に、瑞穂は強く顔を振って答える。

ゆっくりと腰を前後させる。すぐに強烈な快感が襲ってくる。

数回腰を動かすと、なんの前触れもなく突然私に発作が起きた。息が止まり、無言のまま背を丸め、顔を瑞穂の頭に押し当て、両足を突っ張って繰り返し痙攣する。

最後の長い突っ張りが過ぎ、私はぐたりと平たくなると激しい息使いが戻る。

瑞穂は一段と強く私の背中を抱きしめる。

弱い痙攣を数回くり返してから動かなくなった私の頬に、瑞穂が自分のほほ、鼻、唇と愛おしそうにすりつけ、満ち足りたため息のような音を立てる。


「ありがと」

「私こそ・・・」

「痛かった?」

「ううん、少しは痛かったのかもしれないけど、うれしかった」

「・・・・」

「・・・あなたの、あれ、よかった・・・熱くて、幸せなものが一杯になって」

「なんだか、私だけ一方的に行ったようだ」

「訴えてやろうかな、犯されましたって」

「このー、殺しちゃうぞ」

「・・・、いいわよ・・・」


・・・・・・・


ここしばらく、君子との行為はご無沙汰になってしまった。

君子のような積極性も動きもないが、いつも知的で会話がはずんでいる瑞穂が、ベッドでは別人のようにおとなしくなってしまう、その対照が新しい感動を生んでいた。


今日も長いキスの後、二人は全裸で抱き合ったままベッドへ倒れ込んだ。

瑞穂の腹に固くなった私を押しつける。

柔らかい瑞穂の肌との触れ合いが心地好く、身体を擦り合せて二人の間に挟まったものを揺り動かす。

私が腰を引くと、先端が瑞穂の脚の間に落ち込む。瑞穂が少し腿を開く。

手を添えることもせず、先を瑞穂に押し当てる。

あ、と瑞穂が小さな声をあげ、先端が茂みを超えて、やや凹んだ部分に触れる。

私は静かに腰を突き出す。瑞穂のものにはさまり、押し当てられて止まる。

瑞穂がわずかに逃げ、脚が開き、腰が浮いて私を迎え入れるように回る。

先端が下へずれ、柔らかい中へ入り込む感じが伝わってくる。

お馴染みになった始まりの感激が私を襲う。瑞穂の中へ入っていくのだ、という感動。


少し戻しただけで急激に発作に襲われそうになり、慌てて私は動きを止める。

瑞穂を見ると、眉をしかめて目を閉じ、歯をきつく咬み合わせたままで開いた唇がめくれるように動きながら突き出され、顔を反らしあごを突き上げ、仰向いた鼻孔が広がり、小鼻がひくひくと動く。

ああ、初めて瑞穂が、こんなになった。私は嬉しさで一杯になる。

激しい苦しみに耐えているように歪んだ瑞穂の顔は、何故か可愛らしく、愛おしく感ずる。

これが英語で言う、小さな死を迎える美しき苦悶、なのか。


瑞穂の下腹部が細かい喘ぎと共に波打っている。

私はまた奥へ入る。先が突き当り、根元近くが瑞穂に強く挟まれる。

中で頭の周りがひくひくする別の動きで覆われる。

ゆっくりと腰を引く。上部が細かい襞を擦って引き出されてくる感じが素晴らしく、また発作に襲われそうになり、途中で止める。


快感の高まりをじっと堪え、入る、戻る、入る、戻る、をゆっくりと大きく繰り返す。

頭の中がじーんと鳴りだし、私は呼吸を止めていたことに気付き、深呼吸する。

これではすぐいってしまう、私は動きを止め、身体を少し起こすと、瑞穂の顔を見詰める。

瑞穂の喘ぎがだんだん激しくなる。

私が動いていないのに、瑞穂は高まり続け、ひくひくと波打つ動きは次第に広がって、私の全体を襲った。

瑞穂の顔が強くのけ反ってあごが突き上がる。

口が大きく上下に開いてゆく。瑞穂の最期が近いようだ。

私は堪えていた快感を解き放つ。腰を強く前後させ、瑞穂を繰り返し突き上げる。

あと一回、あと一突き、私は最後の瞬間を引き延ばそうと懸命に堪える。

あ、あ、あっ、あっ、と可愛い悲鳴を続けていた瑞穂の喘ぎが、はっ、はっ、はっ! ・・、

はっ! ! ・・・、はくっ! ! ・・・・、と深く、強くなり、間隔が長くなる。

突然、

「ぐあーう」

低く重い呻き声を出して瑞穂の悶えが止まる。

「げぼ・・・」

瑞穂の喉に唾液が流れ込んで濡れた音がした。

私の背中に食い込んでいた指が離れる。太ももが固く突っ張って震えている。

腹部が丸く盛り上がり、反った背中がベッドから離れ、私の身体が持ち上げられる。

あ、瑞穂がいく! 押し寄せる大きな嬉しさと感動の中で、私は快感の発作に身を任せる。

固くなった瑞穂の細い身体をしっかりと抱き締め、背中を丸め、下肢を突き伸ばし、2回、3回と突き上げ、次第に間隔が長くなり、最後の脚を震わせた長い痙攣の後、ぐたりと瑞穂の上に伸びる。

と同時に瑞穂の身体も柔らかくなり、二つの肉体は同時に息絶えたようにベッドへ沈み込む。

私が瑞穂の中でひくっ、ひくっと痙攣し、その度に私の下半身が弱々しく突っ張るが、やがて静まり、私の頭が瑞穂の顔の横に落ちた。


瑞穂が急に身動きすると、私の頭を両手ではさみ、私の眼、鼻、口と激しく唇を押し付ける。

震えながらしがみついてくる。また私の顔中にキスを繰り返す。

ぐったりと力の抜けた身体で一生懸命愛を表現しようとしているようだ。

愛おしさが一杯になり、私も思い切り強く瑞穂の身体を抱きしめた。