死者の灰

doru

世界のどこかに死者を生き返らせる力がある神秘の灰が埋められている。

そんな言い伝えが一族の間にあった。彼女はなんとしてでもそれを見つけだし永久の眠りについた彼を呼び戻すことをひたすら願っていた。

彼は一年前、宿敵の罠にはめられて居城の一室で悲惨な死を迎えたのだった。 彼女はそのとき死者の灰で彼を必ず生き返らせてみせると決心した。

山を登り、谷を下り、川を渡り、海を越え、困難な冒険の連続で幾度も挫折しそうになったが、 そのたびごとに彼女は死の床にある彼の姿を思い起こし、勇気を奮い立たせてそれらの試練を乗り越えてきた。

そして彼が死んで一年後、ようやく死者の灰があるという伝説の谷底を見つけた彼女は、 そこから運び出した灰をさらに幾多の困難を乗り越えた末、彼が眠る古城に大切に持って帰ると棺のなかに眠る遺体の周囲に注意深くまいた。

しばし彼女が見守って待つうち、言い伝えのとおり死者の灰は男を蘇らせた。

彼女は感涙にむせびつつ歓喜の声をあげた。

「目をさましてちょうだい、あなた。わたしがあなたを死の世界から呼び戻したのよ!」

棺のなかに横たわった男はゆっくりと目を開いた。 そして端正なその顔に浮かぶ表情を微かに歪めたかと思うと、突然跳ね起き、たったいま自分を復活させた彼女におそいかかってきた。 

「どうして俺を起こした!」

悪鬼のような形相で迫りくる男の腕から素早くすり抜けて部屋の入り口まで退いた彼女はにこやかに相手に笑いかけながら言った。

「永久の眠りから目覚めた気分はいかが?」

「最悪だ!」

男はあらんかぎりの憎しみをこめて叫んだ。

「あの安らかで満ち足りた虚無…死はすべての苦悩からの救いだったのに。 くそっ! おまえのためにまた癒されることのない飢えに苛まれつづける惨めな日々に舞い戻らされてしまった!」

彼の胸にはまだヴァン・ヘルシング教授が突き立てた白木の杭が刺さっていた。

「おあいにくさまね! あなただけに安楽な死を迎えさせるわけにはいかないわ」

彼女が嘲りの笑い声をあげるとむき出された二本の白い牙が見えた。

「わたしをこんな身体にしておいて、ひとりだけ安らかな死を迎えられると思ったら大間違いよ!  幾度あなたが殺されようと、わたしは必ず生き返らせてやるわ。 そうして永遠に日の光に脅かされ闇のなかをはいずりまわりながら、果てしない血への渇望に苦しめられるがいいんだわ!」

男は狂おしい怒りの衝動にかられて自らの胸から白木の杭を力まかせに引き抜いて叫んだ。

「おまえこそ覚えているがいい!  もしもおまえの胸に白木の杭が突き立てられることがあったなら、今度はこの俺がおまえをこの世に呼び戻してやるからな!」

ドラキュラ伯爵は憎憎しげに彼女カーミラを睨みつけるとたちまち巨大な蝙蝠に姿を変え古城の窓から夜の街に飛び立って行った。


このようにして吸血鬼たちは安らかな永久の眠りを妨害する真の敵のために、未来永劫滅びることはないのである。