世紀末教授の嘆き

doru

「ふっふっふっふ」白衣の老人が不気味に笑う。

そして老人の目は精気に満ち、凄じい光を放ちながら全裸の女体にそそがれている。

「ようやく、苦節50年、わしの念願がかなえられる。」老人(今世紀最大にして最後の天才科学者として世界にその名を轟かせている世紀末教授、彼は日に平均100件もの人間を手術し、成体の鹿と馬を麻酔なしで生きたまま手術、結合、世界で初めて天然特殊動物となった鹿馬を誕生させ、その後鹿馬の雄1頭と鹿と馬の雌各1頭による本能にまかせた下半身同士の接合の結果、遺伝障害のまったくない立派な鹿馬が生れたという話題で世間を騒がし、NATOU(納豆と呼ばれる非常に優れた科学者達の同好会)の実験にも携わり、いつかは滅びる人類のために、教授自ら細胞を提供してどこでも生きられる究極の飛行生命体をつくったのは世間を騒がすことのなった事実である。

蛇足になるがこの究極の飛行生命体は地球を離れ宇宙に放流された後、世間で未確認飛行物体と呼ばれるかたちで里帰りをしているらしい。)は皺だらけの拳を天に向けた。

不気味な笑顔を浮かべ続け教授は、感動で震える手でそっと女体に近づける。

「いかん、発作だ」教授は女体の身体にふれる瞬間手を引き、叫んだ。

「うおおおおおお」雄叫びをあげると、いきなり腰を大きく前後に振った。

もう一度腰を振る。

さらにもう一度・・・同じ行為が何度も続けられた。

腰を振る教授の様子は「かっくん、かっくん」と表現ができるような可愛いものではない。

老人にはあるまじき激しい動き。腰を動かすたびにみしみしと筋肉がなり、ぼきぼきと骨がなる。

教授の動きは空前絶後、支離滅裂、阿鼻叫喚、鬼気迫るものがあり、気の弱い女性であるならば泡をふいて倒れ込むほどのものであった。

そんな腰の振りを何度も何度も何度も繰り返す教授・・・・・死なない方がおかしい。

強靭な頭脳と強靭な肉体を合わせ持つ教授だけが、この発作に耐えることができるのだった。

だが、心身ともにずば抜けている教授にも欠点というものがある。教授は手術の成功率が悲しいことに99%の壁を破ることができないのだった。つまり教授の手であちらの世界に招待される患者は日に1人いるということである。

患者をあちらの世界に招待した直接の原因が、教授の腰振りの発作であることは、天才科学者である教授が直々厳選の医師・看護婦などの必要最小限の人間でしか知られていない。

その直々厳選の医師・看護婦たちでさえ、教授がある一定の状況下、苦節50年の念願の結果をちらりとも考えると発作が起きるものとは誰1人として気がつかなかったのも事実である。

この間にも教授はマシンガンのように激烈に腰を振り続けていた。

教授の姿を誰か見ているものがいれば、それは下半身中心の下品な行為をしているとしか思えないだろう。実際下品である。

眼、耳、鼻、そして口、顔中の穴という穴から血を吹き飛ばしながら発作を起こし続けいる教授は苦しんでいるかと思えばそうではないらしい、その証拠にときおり、「うおおおおおお」と雄叫びの間に、「うっ、うっ、うっ」と小刻みに声をあげ、恍惚の表情を浮かべている教授は、どうみても行為そのものを楽しんでいる変態のように見えた。

「うっ」教授は叫び、今までにない大きな腰の振りを2度前後に揺らす。

後方90度反り返る。ぼきっぼきっ、背骨が砕ける音がした。



             空 白




            「はあーーー」



教授は長いため息をつき、筋肉だけで支えられている腰を朝のラジオ体操をするように軽く捻った。

ぼきっ、ぼきっ、同じ音がした。

そして教授は背筋を延ばし、とんとんと叩く。

どうやら軽く腰を捻ることで砕けていた骨が元に戻ったようである。さすがは、世紀末教授、常人には真似のできない芸当である。 発作の方はといえば、教授が果てると同時におさまったようだった。

「年甲斐もなく今日も張り切って、汚れてしまった」教授は顔についた血糊を拭きつつ、血でないもので汚れている下半身を見て苦笑する。

教授は再び女体に近づいた。

今ここに、今世紀最大にして最後の天才科学者である世紀末教授の隠された禁断の実験が始まろうとしていた。


教授は女体にふれる。

女体の肌は冷たく、生命のいぶきが感じられないにもかかわらず女は美しかった。

身体は太りすぎてなく、細すぎもなく、やや幼児体と思われる身体つきは嫌みがなく、愛らしく、女の子たちに好まれ、そして女の子たちとは正反対である一部のおじさんたちからも好まれるという不思議な美しさを持っていた。

肌の色は血が通っていないのではないかと思われるほど白く、その肌触りは陶器のように滑らかだった。

そして、何よりその女体を特徴づけているのはその頭部であり、髪は流れるような金髪、焦点の定まっていない瞳でさえ星の輝きを漂わし、ちょこんと可愛い鼻、愛らしい天使の微笑みを浮かばせているピンク色の唇など、その素晴らしさをあげればきりがないほど美しく輝いていた。

世紀末教授は女体の身体に自分の舌を這わせた。

「ふむ、異常なしか」そうつぶやくとするすると舌を引いた。最後の検査が終わったようである。

忙しい殺人的なスケジュールの合間を見つけては計算したコンピューターシュミレーションの結果、この美しき女体に命を吹き込む最上の物質をおもむろにとりだした。

最上の物質、それは生命を吹き込む鍵となるもの、科学の進んでいない昔であれば、かのフランケンシュタイン博士が使った雷であったもの。だが今は違う。雷は原始的であり、それに野蛮である。今は科学万能の時代、わざわざ危険でいつ落ちるかわからない雷を待つよりはもっと安全でスマートなものが、世紀末教授の叡智を持ってここに暴かれようとしている。

教授の手によってスーパーの袋から取り出された。

それは420円(内消費税20円)もの値段がついている高級プラトニウム入り地球に優しい海豚マーク入りの単3電池だった。

たかが単3電池だといって馬鹿にしてはいけない。今世紀最大で最後の天才科学者で完璧を目指す世紀末教授は、単3電池ひとつ選ぶだけに星占い、手相、血液占い、夢占い、トランプ占い、タロットカード、水晶占い、陰陽道その他諸々のありとあらゆる占いをすべて取得し、(後年世紀末教授は占い好きだといわれ続けていた原因はここにあった)場所、時間、上から何番目のものを買うのかまで詳細に計算し、その計算だけに1年もの歳月を費やしたのは当然の結果といえるだろう。

教授は最上の物質、単3電池を指定の場所に置き、スイッチを入れた。

ぴっぴっぴっぴっぴっ、教授のまわりで機械がけたたましく鳴る。

教授の目前で女体が大きく反り返った。

うぃぃぃぃーん、教授に変化が起きた。教授の眼球は飛びだし、口からは長い舌が出、耳は床につくほど大きく延びた。

教授は女体の体内で起こっている変化をも見逃さないように、女体に生命が吹き込まれるときのために一部の感覚器官をあらかじめ教授自らの執刀でサイボーグ手術を施していたのだった。

当然「ぴき、ぴき、ぴき、ぴき」女体の中で神経繊維が張り巡らされる音や「どくん、どくん、どくん、どくん」女体の中で血液が移動する音は教授の聴診器がわりとなって女体に密着している長く延びた舌、そして舌と同調している耳を通して教授の脳にまで響き渡った。

心臓を中心にして陶器のような白い肌にも赤みが入り、唇にも弾力がつき、瞳には潤いが出てきた。そして、電子顕微鏡でも見えないような女体の金色に輝く初毛の成長でさえも、教授は知ることができた。さすがは世紀末教授やることにぬかりはない。

女体は今、生命を得た。

(生命を得たものに女体という言葉は不謹慎なので今後彼女と呼んでいくこととします)

「すばらしいっ」教授は叫んだ。

彼女は大きく背伸びをした。それは初めてこの大地に生を受けたものの動きだった。

そして横たわったまま教授の方に視線を向けた。

教授は、彼女が誕生したことを確認し、サイボーク化された感覚器官をノーマルの状態に直している。

虚な瞳が潤いを増していき、教授に焦点を合わす。

彼女は首を傾げ、何だか判らないといった顔をしていたが、目の前に立っているのが教授だとわかると最上級の微笑みを浮かべた。

今世紀最大で最後の天才科学者、世紀末教授は、腰振りの発作で死亡した患者の脳の細胞を一部とりだし、細胞のクローン&ミクロ化、そして培養中に睡眠学習も成功させ、完全な人格を彼女の脳に埋めこんでいたのだった。

「パパー」彼女は声を出した。しかし彼女の声は舌足らずで教授と想像としていたものと違い幼児のものだった。

がっくり肩を落とす教授。

「パパー」彼女は肩を落としている教授を喜ばそうとその幼い声を張り上げて言った。

教授はその無邪気で愛らしい彼女の様子を見て思わず微笑んだ。

「お名前は」背を屈んで優しく聞いた。

彼女は答える。

教授は満足けに肯いた。

彼女の答は満足のいくものだったようだ。

「お年は?」

彼女は眉をよせて考える。眉をよせる顔もまたラブリーだった。

10秒後、彼女は指を5本出した。

「15才かな」教授は聞いた。

彼女は首をふる。

教授は答が気にいらなかったようだ。

今度は教授が眉をしかめた。眉をよせる顔はラブリーじゃなかった。

「5才かな」

彼女は肯き、ラブリーじゃない顔で彼女を眺めている教授に言った。

「パパーは、わちゃちのこと、きゃいなの」泣きそうな顔だ。

教授は破顔した。

「そんなことないよ、パパは大好きだよ。ただ少しだけ計算が違ったようなんだ。パパが悪いのだから心配しなくてもいいよ。」小指で頭を撫ぜた。

教授はそんな彼女を見ながら、5才からじっくり教育してみるのもそれもまた一興だなと考え直して大きくなったときのことを考えて微笑んだ。

瞳をきらきらさせて教授を見ている彼女を見る。彼女は裸だった。

「女の子がそんな格好じゃだめだね。パパが用意していたお洋服をあげよう」教授は、デパートから買ってきたセットの封を切り、彼女に渡した。

「わーい。パパーありがとう」彼女は5才にしては魅力的すぎる足を延ばして着た。

ドキン、世紀末教授は胸が高鳴った。父親が娘に思ってはいけないこと-あんなこととかこんなこととかを考えてしまうスケベな教授だった。

最初は優しい父親として接して、嫌がる彼女に禁断の・・・そう考えるだけであの発作が起きそうになったので、教授は腰を振るかわりに首を大きく180度回して思いを断ち切った。顔を大きく振りすぎて鼻血という副産物が出たが、激烈に腰を振って生れてまもない無邪気な彼女を脅えさすよりはましだろう。こう見えても世紀末教授は己を制御できる立派な理性派男性であった。

パンツを着たまま、彼女は何やらいいだげに教授を見ている。

「どうしたの」鼻血をタオルで拭きながら、気を取り直して聞く教授。

「このお洋服いやー」駄々をこねる彼女。

「デザインが気に入らないのかな」

彼女は首を振る。

「ごわごわするの」

そうだな。元々彼女用に作られたものではあるが、生きている彼女のためではないということを嫌そうに着ている彼女を見、ふむふむと首を振って納得した。

「後でパパが特別に作ってあげよう。だけどこれだけでも着ていなさい」教授はかねてより学生を脅して集めていた洋服の中でも特別お気に入りのブロードの光沢が美しいお出かけ用ドレスを彼女に与えた。

「うん」彼女は気にいったのだろう。ドレスを着た後も嬉しそうに自分の服を見ている。

「さあ、パパと何して遊ぼうか」

「んーと、んーと」指を加えて、悩む彼女。

「さあ、早くいってごらん。何をして遊ぼうかな」顔を近づけて微笑む教授。2人の間に、愛情の光が輝いた。その限りない愛情を光であらわすことができるのは世界広しといえどもこの2人の他にはいないだろう。なんという素晴らしい親子愛、これも今世紀最大にして最後の天才科学者、世紀末教授であるから可能な光景である。

「じゃあ、かくれんぼ」彼女は言った。

「そうか、パパが最初に鬼になってあげよう。ひとーつ、ふたーつ・・・・」教授は壁に両手をあてて数え始めた。

「・・・にじゅーう。どこに隠れているのかなあ」教授は笑いながら部屋の中を探しまわった。

世紀末教授が探してもなかなか彼女は見つからなかった。

教授は努力を怠ることなく探した。

ぷちっ、彼女を探す教授の足元で異様な感触が襲った。

まさか、自分の足を見る教授の顔がひきつる。

ゆっくりと足を退かす。

「ああああ・・・・」教授の顔は哀しみに歪んだ。

自分の足の下にあったものを両手で抱え、顔にすりすりとほおずりした。

たちまち教授の顔が血の色にそまる。

教授はいつまでもすりすりを続け、いつまでも泣き続けた。


『教授の初恋の相手、研究の対象、我が国最初の生きた人造人形である「リカちゃん」はその生みの親である教授の足によって、その短い生涯を閉じた。これは歴史の教科書にも載らないが実際に起こった最大の悲劇である』