ぼくらのこと、あるいは羽化
小林 蒼
ぼくらの体にはいくつかホモ・サピエンスだった頃の名残りがある。
生殖器があること。口があること。肛門があること。
ほら、ジーンズにビスが留めてあることってあるじゃない? それと同じようなことだ。
ユウキ、っていう僕の名前だって「有機」から来ている。生活力があるという意味らしい。(でもぼくは朝早くから起きられないし、一人で情報の管理をすることだって難しい)
混合人間という言葉が生まれてから、しばらく経つ。ぼくらは前の時代ではサイボーグと呼ばれていた。
ぼくらは人間以上に何かができるというのは前の時代の発想で、ぼくらはより人間らしく生きるためにこのカラダになった。
それは例えば義手のようなものだ。義手や義足が欠損したものを補うように、ぼくらは身体を丸ごと、ハイブリッドに置き換えた。
音楽を聴きたいとき、ぼくは振動する体になっている。つまりは歌っている。
ぼくらはいずれ人間をこの世界から追いやる存在になるかもしれない。その危惧だけがぼくの心に暗い影を落とした。
二〇五〇年に地球に隕石が落ち、〈大変動〉が起きて、人々はばたばたと死んでいった。貧しい国ほど戦争をしなければいけなくなって、その度にぼくらが人間の代わりに戦場に送り込まれた。
ぼくらは何万人と死んだけれど、人間はぼくらを「数」として数えなかった。
埃っぽいベッドで眠って、起きたら、戦術データリンクに繋がれる。ぼくらにとって辛い時間だった。
ぼくらは三大欲求を持たないから、何もぼくたちをこの世につなぎ留めておく、鎖はなかった。
ぼくらはそんなときにぼくらになった。
数万人のぼくと繋がっているリンクだったぼくらはそこを魂の拠り所とした。集合的無意識というのか、阿頼耶識か。
ぼくらは兵器として昼をやり過ごして、夜は経験をどこまでも並列化していった。
その結果、ぼくらはゲームしている状態になった。敵もぼくであって味方もぼくである戦場で戦争はゲームになってしまう。そのうち、高等な戦争プログラムやAIもぼくらと並列化するようになった。
人間はそのことを知らないと思う。
知ってしまったら、ぼくらは消えなければいけないかもしれない。
ぼくらの意思は伝播している。
火星探索用のハイブリッドが赤茶けた大地に立っている。ぼくらは新世界に立っているが、ぼくらは何ら変わらない生活や戦争をしている。
そのうち、ロケット型ハイブリッドが生まれたり、人工衛星型ハイブリッドが製造されたりして、人間はその姿かたちを変えていった。
たとえば、観測型ハイブリッドがそうだ。石の形をしたハイブリッドで何万年という時間をひとつの時間経過として捉えることができる。人間はそんな長い時間を観測できない。(肩が痛くなってしまう)彼らは気候変動などのデータをまとまりとして捉えることに向いている。それは一つの物語を書くことに似ている。
ぼくらはぼくらなりの方法で人生(の複数形)を生きていた。
様々な体験をぼくたちはするけど、それはコピーの集積であることは変わりがなく、ぼくらは簡単に行き詰まりを感じ始めていた。
ぼくらは豊かだ、その前提が揺らいでいた。
そんなとき人工衛星型ハイブリッドがある文明の名残りを発見した。
人間たちは知的生命体の発見と騒いだけれど、実態は少し違った。
彼らもぼくらと同じような道筋を辿ったようだった。
彼らの使っていた技術をぼくらは解析する。その結果、彼らの魂はどこかへ行ってしまったというのが真実らしい。
この広い宇宙のどこへ行ったっていうのか? ぼくらは不安を感じ始めた。存在しているということの危うさをぼくらは感じたのだ。
高い知能を持った生命が、ぼくらのようになったら、その先はだれも教えてくれない。
あるとき、宇宙人たちがぼくらを訪ねてきてくれれば、それは分かるかもしれない。
けれど、それはノーだ。ぼくらはぼくらのまま蛹のなかで溶け合って存在している。
羽化することあれば、ぼくらはぼくらのままでいられるだろうか?