爆ぜた9つの断片

小林ひろき

第一部

これは、僕の物語であって僕の物語ではない。

下唇を噛む。そうしているうちに文章が組み上がる、いや組み上がってほしいと切に願う。

たった一言の言葉から物語は発生するか。

SF的に意味のある文のまとまり。SFは無限だというなら話は終わりだ。考えたいのは有限なSFという点。すべてはヴェルヌやウェルズの引用だとする。このように仮定すると全てのSFは子や孫関係になる。SFは幾重にも築かれたSFの城の影だ。または脈々と受け継がれる遺伝子か。無限だと言い換えるならばどうか。

いや、もう始まっている。物語は。諸君は素早くまばたきをする。

いったいどこから話せばいいのか。物語は宇宙創成から話せばいいのか。僕はため息をつく。

これは僕の物語だと額に皺を寄せるのは、僕がどこかでほんとうの僕の到来を待っているからなのか。

僕は文を書く。僕は文を待つ。

根拠はないが、僕は諸君に微笑み返す。

ヴェルヌやウェルズの子達。今立ち上がるのはそんな物語であろうか。

確認することはもう出来なくなった。

たとえばこれから話すのが、SFについての言及だとしよう。SFは空、一切皆空だとするほどの達観は僕にない。

やがてここにはSFの村ができ、SFの言語が語られ、SFとともに幸福が訪れる。こんなお伽噺を信じる必要もない。僕が知っているのはここが気持ちのいい場所であるという点だ。

SFの向こうに見える陽だまり。僕はそこへ行きたい。

冬。僕らは何も持たず、何が面白いかさえ分からないでいた。僕らは踊る。チェロの音、ダンス、ダンス、ダンス。踊り疲れて寝転がると波打つ音がする。僕たちは知っていた。海が背後に広がっていることを。一匹の亀が海から上がってきた。耳をすませば確かに旋律が聞こえていた。

夏。僕らは季節外れの大量の林檎を抱えて歩いている。僕らは笑う。ハーモニカの音、口笛。君に林檎を渡す。僕たちは知っていた。森が背後に広がっていたことを。一匹の栗鼠が森から出てきた。目を凝らせば確かに実りの季節になっていたことに気がついた。

秋。秋。秋。

春。春。

順序がおかしいのは、これから始まるSFについての言及であるからだ。ところどころ小さな矛盾が大きな破局へと続いていく。このころ僕らは人生で一番、明るい見通しを立てていた頃だった。

だから後にインシデントと呼ばれている不可思議な現象に気づくことはできなかった。

その年はイベントホライズンテレスコープがブラックホールの撮影に成功した科学史に残る年であった。

僕も君もただの理系の学生で科学論文を興味深く読んでいた。

君はただ遠くのものに手を伸ばして、見てみたいという、科学にありがちなロマンチズムを信奉していた。僕はというと期末のテストが気がかりでそわそわしていた。

インシデントの有力な原因はヨーロッパの粒子加速器の事故だという。現象の影響下でほぼ事故の解明は不可能になってしまった。

宇宙は作り直されたと見る専門家もいたが、古い宇宙と新しい宇宙の境界はどこだったのかが議論され尽くした挙句、それは誰にも分からないという結論に達した。僕だって分からない。

知っているのは僕が君を永遠に失ったという事実なのだろう。僕らはインシデントによって引き裂かれた最初の世代だと言うつもりはない。僕は君みたいにロマンチストではないから。

インシデントの背景で起こっていた様々な物語たち。意味を持つことができるのはきっと一握りに過ぎない。意味のあるまとまりを形成できるのはもっと少ないが、物語は一気に結晶化し、読んだ諸君の鼓動を激しくさせるだろう。

いったいインシデントのむこうでどれだけの物語が生まれ、どれだけの悲劇を生んだかは分からない。いや喜劇だったかもしれない。

それらは普段、認識の外にある。外にある以上、誰にも気づかれずそっと物語を終えることになる。

物語たちは心を閉ざしている。

次へ進むとしよう。

僕は未だ僕の物語を語ることができない。それは僕にとって君とは何だという問いにかかっている。

僕は確か言ったはずだ。僕は文を待つ。確かな僕の到来を待つ。虚言ではない。

ヴェルヌやウェルズや数多のSFたち。僕が語ろうとしているフィクションとは何なのだろうか。

僕らは見通しの悪い霧の中を進んでいる。何を語るか、いかに語るかのうち、後者を選んだが為にこうなっている。わかりやすい地図はない。僕が知っているのは物語の切れ端や小さなスナップショットのなかに大きな物語を夢想すること。そうして僕から旅立っていった物語たちはどうなったか知らない。

僕はぽつぽつと何かを語り始める。小さな絵を描くように語る。もしいま何かが諸君のなかに像を結んでいるとすればそれは間違いなくエラーである。僕はトライが好きだ。僕は慎重に何も語らないでいる。でも何かを語り始めているのも事実だ。

君はどこに行ったのだろう。僕は我慢できない。

君へ至る方法はというと、やはりこの物語を完成させなければいけないようだ。

僕らはインシデントから向こう、どこまでも孤独な二人だったのだ。

君は僕の知り得るかぎりのどんな場所にもいない。

この宇宙を隅々まで探したっていないかもしれない。めまいがする。

インシデントはいくつかの事件群を指す。なかでも有名なのはNEA事件だ。ご存じないだろうか。2019年10月12日のことだ。

宇宙からNEAを削除してくださいというメッセージが来た。NEAと言ったっていくらでもある。原子力機関、ネパール電力公社、ニューイングランド航空、東北方面隊……。人々は頭を悩ませた。しかし次々とそれらは消えた。僕にとっては君が消えた。近い、そんな君が。

NEARからNEAが消えRが残った。RはロケットのRだ。ロケットに乗って小惑星を破壊するミッションが始まっていた。意外にも地球近傍小惑星が消えたことはあまり知られていない。ミッションは破壊する対象が消えたことによってご破算になった。

僕は君を探している。魂をいつか機械にコピーできたとしたら、ジュノーやボイジャーに乗りたい。そして銀河を探して回りたい。

もし探し出せたとしたら、愛してるとか言いたくない。だから言ってやるのさ。

帰ろう、と。

僕達の話をしよう。情報は文である。僕達はどうしてか400字近傍のデータしか持ち得ない。方形の宇宙は狭く、僕達は宇宙から別の宇宙へと移動する。400字航法と名付けられた航法で進んでいる。それだけ一度に送れるデータ量が限られている。諸君が想像できるのは小さな断片詩からより大きな物語を見てとることだけだ。

僕達はメッセージを送信していると同時に僕達の全体像を描くために細部を描いている。細部を描き続けたために全体像が浮かんでくると言えるだろう。ただし、その全体像が意味のあるまとまりかどうかはよく分からない。

茶色の毛を丹念に一本一本、描き続けた先に子猫が浮かぶなら成功だろうが、毛の集合だったとしたら失敗なのだろう。

僕達が毛の一本一本であるなら、さっきから待ちかねている僕は僕であって僕でない。これが僕だと決定するのは確率の問題である。

さて、一体どれだけの単語を連ねたか。僕はそろそろ移動しなければならない。


■お詫びと訂正

先ほど掲載された400字は、銀河情報法181条に抵触いたしました。この法律について筆者は物語に関する重要な情報を公開してはならず、伏線も公開してはなりません。銀河連邦は速やかに情報を公開した護堂栄一を逮捕し、裁判にかけ、懲役刑を課しました。実刑200年です。現在の人の肉体的な寿命は120歳ですから、彼が生きて戻ることはありません。今後の対応策と致しまして全宇宙市民あるいは宇宙企業にコンプライアンスを徹底し、再発防止に努めてまいりたいと思います。

なお、掲載された400字については社内でワーキンググループを作り議論いたしました。結果、当社と致しましては削除する意向を固めております。

訂正後の400字は「」となり空白の意味が添えられます。空白ですから何の意味もありません。

最後になりますが、読者の皆様にはたいへんご迷惑をおかけいたしました。今後とも銀河系株式会社REVELをよろしくお願いいたします。


日常の光景だった。

父が階段で掃除機をかけている。

しかし、僕の目の前で光景が繰り返した。どのように繰り返したかを知りたい方も多いだろう。

例えばこんなふうに。

父が階段で掃除機をかけている。

父が階段で掃除機を。

父が階段。

父が。

父。 

こんな有様が目の前で展開された。

デジャブだと思ったが、違ったのだ。この光景は最後、父の消失に終わる。起こっている現象を分かる者は名乗り出ていただきたい。誰も出てこないとは思うが。

三分後、父は姿を現した。

父は階段で掃除機をかけている。今度はふつうにこちらの視線に気がついて目を合わせた。

毎朝、この光景は繰り返す。

このような事件はどこの一般家庭でも繰り返した。

父たちがそのとき、何を考えていたのか。掃除機を一心不乱にかけ続ける父たちは己の存在を揺るがす事件に気がついてさえいない。困った事態である。

僕は牛乳をグラスに注ぐ父に聞いてみたい。

「さっき父さん、消えたよね? どこにいたか知らない?」


僕は映画館のシートで午睡していたようだ。

エンドロールが流れ始めている。スタッフの名前の列がつぎつぎと映し出される。昼寝していたのだから、相当につまらない映画だったに違いない。僕は僕で家へ帰って小説の続きを書かなければいけない。誰の為でもなく自分の為に、である。

監督の名前だけ見て帰ろうと僕は思った。この糞つまらない映画を撮った人物は誰なのかという本来とは別のベクトルの好奇心を刃にして、監督の名を見る。

護堂栄一。

どこかで見た名前と字面だ。

分かった。それは僕だ。この映画は僕が監督と脚本を担当した最初の映画だ、と腑に落ちた。何で忘れていたんだろう。僕がこうしてここにいるのは、この映画のせいなのだ。

いま僕はターニングポイントに立っていたはずだ。でも眠っていて、何も覚えていない。あれから100年は経過しているはずなのに。僕は君に会えていない。そればかりか、こんなふうに縛り付けられていて時間は止まったかのようだ。


僕はありとあらゆる手段を考えなければならない。先ほど述べた400字航法に変わる航法。例えばいまの10倍の速度で進む4000字航法を考えたとして、手始めに2000字を通りすぎなければならない。

ミッドポイント。つまり物語の重要な事件を超えなければならない。こんな小説を書いていて、いや書いているから思うのだがそんなに重要な事件はそうそう起こらない。もうすでに事件は起こっている。インシデントが多数観測されているではないか。

わかりやすい事件は起こらない。いや起こさない。ただし起こるとすれば物語に要求された帰結である。運命とも言う。

僕は何を語っているのだろうか。このままでは意味のあるまとまりがある・・みたいではなかろうか。

水面下で浮上しつつある物語。浮上してしまえば銀河情報法に抵触する恐れがある。僕は慎重に言葉を選ぶ必要に迫られている。まるで時限爆弾のコードのどちらかを切り、どちらかを切らないかを決めるみたいに。

映画館はいつの間にか牢獄に変わっていた。

牢屋の窓から光る物語が見えた。尾を引きながら落ちていく。珍しい光景ではなかった。僕達が物語とするものは自然にいくらでもある。人間が物語を語ることは情報法によって禁止されていた。銀河連邦の考えていることはよくわからない。どうして物語を語ってはいけないのか。確認する手段はなくなった。僕はこうして閉じ込められていて外部に何も接触できず、この生を終える。いっそのこと自殺してしまおうか。そうだ、自殺だと舞い上がったところで首をくくる紐は持ち合わせていなかった。

僕達が物語と呼ぶものは近年の研究では従来の物語とは違った様相を見せている。信じられないことだがエネルギーを伝えるもの、熱を帯びたもの、中性子星を回転させるものなどその見方の変革が迫られていた。僕の語る物語が果たしてそういった力を持つものなのかはよくわからない。銀河を股にかける冒険や宇宙叙事詩といった煌びやかな物語ではないことをここに記しておきたい。

僕の知るインシデントをもうひとつ語ろう。2020年のことだ。フェルミのパラドックスは有名な話であるが、宇宙人の到来を予想できたものはいなかった。宇宙人、厳密にいえばそれは地球人であったのだが、この際それをはっきりと明示したところで、起こっていることの不可思議さに比べれば些細な問題である。

宇宙人は地球から旅立ったパトリケーワという青年だった。パトリケーワは宇宙の果てに辿り着いたと言われる。宇宙の果てを最初に見た人であるけれども、宇宙の果ては出発した場所に戻ってくることを体験した人物なのであって、それが彼を宇宙人と呼ぶ謂れである。パトリケーワ曰く「宇宙の向こうが部屋のトイレだった」というわけだ。

パトリケーワはその後、ロシア宇宙論学会で輪状宇宙を提唱したのであるが、今まで観測され、理論化されてきた宇宙論に比べ聊かユニークな説であったため彼は宇宙論の世界では異端の存在になった。宇宙の形そのものが変わったインシデントの例である。

銀河連邦の目を掻い潜って僕は熱心に物語を続けた。この物語が決して外部に漏れることはないだろうし、もし漏れているのなら銀河連邦警察は底なしの間抜けということだ。

書きとどめておく場所は牢の中でしかないにせよ、僕は物語を書き綴っていく。

いまそうしているのは全くもって空白部分でしかなく意味と意味との間の緩衝地帯である。意味合いの勢力図は拮抗していたのだ。意味Aは散文であって、意味Bはドラマである。それぞれの意味はそれぞれらしく振る舞い、そのことによって起こっている戦争に関知しない。緩衝地帯の間に意味Cを投入することもあり得るが、戦力の逐次投入がよろしくないのは日本軍の失敗から明らかである。

さて、どうしたのかと僕が首を捻っていたところ、緩衝地帯には意味のないことを意味ありげに語ることによって通過しようと考えたのだ。結果がこれである。もういいだろうとペンを一旦置く。

君の話をしようか。と言っては見たものの、僕は言葉を継げない。答えは簡単である。筆者である僕が物語ることにおいて壊れてしまっているからだ。

これは・・・僕の物語であって僕の物語ではない・・・・・・・・・・・・・・・。こうした結果を招いてしまった理由の答えはあるかもしれない。インシデントだ。

すべてがぐにゃぐにゃに壊れてしまった事件。

不可思議な現象。

そこに答えを求めたっていいじゃないか。僕は腕をつねった。


僕は夢を見る。

君が。

君。

君。

何ら意味のあるまとまりを作らないその夢は朝日が昇ると消える。

この夢を繰り返し見る。

これから僕はその夢に形を与えてやろうと思う。そうすることで夢は無意識のなかで意味をもち意識的に扱えるようになるだろう。つまりは忘れることだってできるはずなのだ。

硬いベッドに横になり、羊を数えているあいだ、意識は遠のく。

君は瞼の向こうにふたたび現れる。

僕は目覚める。胸の奥が熱くなっている。

どんな夢を見ていたのだろう。中身はいったい。判然としない。

おそらく僕は何も見ない夢へと近づきつつある。

意味と意味の網目の向こう。無意味であることすら意味をもってしまう。であるならば無意味の先の無意味。僕は少しずつそこへ向かっている。

そこに君がいるのか。君とはそも誰を指している言葉なのか。君は僕にとって何なのか。

答えは緊密な論理や理屈がありそうであるが、これはいまのところ宙づりになっている。


これまでのあらすじをざっくりと説明しよう。僕が物語を語ろうとして遅々としている間に銀河連邦が介入してきて、僕は200年の懲役刑に処せられた。僕はこのことを不服としている。いったい僕がどんな物語を語ったというのか、語っていたというのか。僕の語ろうとしていたことを先取りして物語だと決定づけたのは誰か。僕は目玉が飛び出しそうなほど目を見開いた。そして少しこの場から離れることにする。火照りを鎮めるために。

少し調子が戻ってきたので続ける。例えば僕の語ろうとしていた物語が銀河連邦にとってとても具合が悪い場合、つまり不適切である場合を考える。あるいは銀河連邦の根底を揺るがす内容である場合だ。であるならば僕のうちにある菩薩の心が銀河連邦を許すだろう。でも実際には何の説明もなく僕は労役を課せられている。箪笥を作ったりする。

この箪笥のなかに物語を潜ませておくというアイデアはどうだろうか。箪笥は郊外型のスーパーで売られ、購入した者が物語を読むのだ。

そうだ、それが良い! 僕は軽く弾むようなポーズをとった。周りに計画がばれてはいけない。僕は素知らぬふりをして物語を箪笥に仕込んでいく。僕は物語なのだ。物語という情報生命なのだ。信念を持って黙々と箪笥づくりを続ける。その様子は名工のように静かでありながら集中しており、時に情熱的であったと隣にいた模範囚は語っている。

箪笥づくりに没頭している合間に語るべきことはなんだったのかという点に気がつく。

SFだ。SFを考えなければならない。

僕は思い出したのだ。

概念的にぼくはまだこのようにしか書いていない。

SF。

SFか? 

SFかも。

これではすごくふしぎとかすごく不条理だとかすごく巫山戯ているとか、なんとでも言いようがあるではないか。

僕はSFの定義を答えるつもりはない。でもSFとはヴェルヌやウェルズの子孫なのだ。縛りは厳格だった。

物語を書いていたけど、何が何やら分からなくなって、ガンガンガンガン、支離滅裂に。


たとえばこんな話はどうか。

ヴェント艦隊は隊列を組み、航行していた。艦隊を指揮する赤姫双太は宇宙じゅうからかかってくる電話から有事のメッセージを選り分けていた。

宙局、つまり中央司令部はどういうわけかストライキを起こして機能不全を起こしている。現場の人間にしかこの事態に対応できない。

赤姫は特殊な人間である。多重脳者マルチ・ブレーンは様々な宇宙じゅうに張り巡らされたネットワークを同時並列的に処理する力を持つ。この宇宙に広がるネットワークは四つの階層をもつ。

ひとつ、ネア・ネット。

ふたつ、ノシス・ネット。

みっつ、レジオ・ネット。

よっつ、セッテ・ネット。

このネットワーク体はゲリラ的に張りめぐらされており、様々な宇宙の事件を共有し、伝送している。

赤姫はこの四つのネットと自身の脳とを共有し、事件の早期の解決を目指している。

事件とは何か。

ネア・ネットの一部が何者かによって占有されているという話だ。

ネア・ネットつまりNEA・ネットワークはいくつかの拠点を経由する秘密のネットワークである。原子力機関、ネパール電力公社、ニューイングランド航空およびニューイングランド水族館、東北方面隊……。つまりNEAを繋ぐネットワークである。これを築いた人物のJは伝説上のハッカーである。ウィザードとも呼ばれている。

これらのうちのひとつが占有されているとすれば由々しき事態であるが、ヴェント艦隊の赤姫双太にはひとつ気がかりなことがあった。2021年、地球を襲う大規模な小惑星衝突計画、これに加担している地球近傍小惑星との連絡が途絶えていることである。

「よりにもよって宙局がこんな事態であるときに……」

赤姫は苦虫を噛み潰したような顔をした。

ヴェント艦隊はまっすぐ地球近傍小惑星帯メテオに向かっている。

「赤姫司令代理」

オペレイターの八千矛薫が赤姫に言った。

「誰がいったいネア・ネットを占有しているというのでしょうか」

八千矛の表情は硬い。

「テロリストか、あるいは宙局に敵対する勢力つまり……」

アラートが鳴った。


あれから10日が経過した。

僕はペンを置いている。

またしても銀河連邦の介入であった。

銀河連邦警察によれば僕の書いた物語は敵国家の領空侵犯をして、機関銃のトリガーを危うく引くところであったという話だ。

僕は訴えた。

「そんなことは断じてしていない!」

しかし聞き入れてもらえるはずもなく、僕はほかの受刑者から隔離され、この部屋にいる。

僕は僕の物語をいい加減に始めたくてうずうずしていたが、それも叶わないらしい。殊に僕の物語は何らかの力を持っているという。どうしろというのだ。

物語の見方を僕はここではっきりと理解したと思う。100年が経過して、エネルギーやら熱やら中性子星をさらに回すだとか、そうした物語の古典的時代は終わったのだ。

物語とは僕が想像するになんらかの魔術的能力に違いない。だとすれば僕がこうして隔離室に閉じ込められていることにも合点がいくというものだ。

銀河連邦は強い物語の到来を恐れている。

僕は眠りのなかで夢を見た。

そこは曠野か砂漠だ。橙色の砂の上で倒れ込んでいた僕は青空を眺めている。駱駝が近くまでやってきた。どうしようもなく喉が渇いている。手持ちの水筒には一滴も水が入っていない。どうしてこんな風景を見ているのかは定かではない。駱駝はこの先を見ろと言わんばかりに遠くを見ている。オアシスが目の前にあった。

目覚めると部屋にあるはずのないコップがあり、なかには水が入っている。僕はそれをごくごくと飲み干す。間違いなく水だった。

僕は夢のなかでも物語を書き綴っていたことを思い出す。

こんなこともあった。夢の話である。

そこは月面だ。倒れ込んでいる僕は暗い空を眺めている。そこにふわふわの毛を着込んだ駱駝がやってきた。どうしてふわふわなのかと思った僕の手もふわふわで体中がふわふわだった。月面で生きられる菌類なのです。後の科学者たちは語る。大気もそこにはあった。月面に大気を作る菌類なのです。後の科学者たちは語る。見渡せば、月面に銀世界が広がっていた。

その日、宇宙であるはずのない雪が降ったことを人々はインシデントの一つとして取り扱った。

僕はその日から物語を作る訓練を始める。周囲で起こる不可思議な現象をコントロールすることが目的であった。物語の持つ魔術的な力の支配である。僕の描く物語は何らかの力を持っている。イエス。この力は支配できるはずだ。イエスかノー。

僕は手始めに「鐘の音」という物語を心のなかで描いた。鐘の音が鳴っている。人々がそこで集会を開く、そんな内容である。物語の始めはこうだ。

ゴルディロックスの鐘が鳴った。時折、ニャーと鳴く声が何処からともなく、黄昏へと響いていた。

「鐘の音はちょうどいい範囲で聴こえるようにすべきだ」

「どうして」

「この集会は人が集まりすぎても集まらなすぎてもいけないから」

「だったらどうするの」

「鐘を叩く回数を決めよう」

「一回鳴らせばじゅうぶんよ」

「いや、それじゃあ足らない」

「十回鳴らすのはどう?」

「多すぎる」

一回。

二回。

三回。

四回。

五回。

「これでじゅうぶんだと思う」

「誰が集まってくるのかな」

「誰だったら良かったの」

「そうだな、ソラがいい」

「ソラは有名すぎるから来ないと思う」

鐘の音は彼らには聞こえていない。

そのうち参加者のあいだでゲームが始まる。鐘の音が聴こえようと聴こえまいと集まること、サークルというゲームが始まったのだ。

サークルは街の内部の人間と外部の人間を繋ぐ町おこしになったことは有名である。

サークル・リーダー、恵美有栖はこのように語る。

「サークルというゲームはわたしたちの街を旧い伝統から解き放ってくれました。鐘の音という因習は古くは中世にまで遡る魔女狩りのひとつとして行われていました」

「もうすでに現代では魔女という存在は失われていますよね」

「はい。わたしたちはひとつです。異端を殺す必要はないんです」

有栖はにっこりと笑った。

この夜、ひとりの女の子が街から消えたことは誰も知らない。


僕は力を制御し始めていた。部屋の外から物を持ち出すことや、部屋の外へ視点を移すことを身につけた。

幽霊のように辺りを飛び回り、情報を集めた。聞くところによるとアルデバラン宙域で武装ゲリラの掃討作戦が始まるらしい。銀河連邦の注視がそこへ向けば連邦内のたったひとりの反乱など取るに足らないものであるはず。僕は行動を始めた。いくつもの物語を凝縮した意味不明の爆薬を三つこしらえた。とりあえず文字が埋まっているもの三つである。

物語爆弾は僕の精神を縛っている結界をいともたやすく破壊した。

僕は物語爆弾の意味不明な一瞬の煌めきと混乱を目の当たりにしている。それは数編の詩であるかのようだ。

#ゴウシュウビャクダンの青。

#山葡萄の潰れる香り。

#クジャクの扇。

#どこへ泳いでいけばいい? 

#どこへ海は向かっているの? 

僕はまんまと隔離室から抜けることができた。手にはひとつの散文を持っている。

それはナイフにもなる。僕は物語の使い方を間違っているのだろう。物語とは人を幸福にするものだからである。

悠々と隔離室から出ると看守たちが大騒ぎをしている。無理もない。物語がここで爆ぜたのだから。そのうち銃を腰にさげた職員がわらわらと集合し、僕の目の間に立ち塞がった。歩みを止める必然性はない。

「止まれ! 止まらなければ撃つ」

知らん。

発砲音がして、弾丸は僕の右側に逸れて、壁に当たった。

「繰り返す。止まらなければ……」

言い終える前に発砲音がした。フェアでない。

弾丸は僕の頭上をかすめたようだ。

銃を構えた職員にはもう少し銃撃の精度を高めていただきたいものだ。三発目は当たるかもしれないが。

三度目の発砲音。

僕の胸へと弾道が伸びる。僕は物語を呟いた。

どういうわけだか銃弾は僕の胸の前で確かに止まった。

「こいつ、物語を所持している。至急、特殊作戦班を呼べ」

「はい」

――などと職員たちは喧しく言い合った。

僕は止まらないし、何なら物語でこの場を切り抜けるとしようか。

そのように考えて、さて、と物語を始めたのだ。


特殊作戦班SSTは対物語戦のエキスパートである。対物語戦とは? とお思いの方々もいるだろうが、そういうものなのだということで了承して頂きたい。ただし説明はさせていただくのが良心というものだろう。

物語の古典的時代から考えて、むかしとは比べ物にならないほど、物語の応用技術は進歩した。ガソリンが無くても走る自動車だとか、斥力場、読心術などがそれにあたる。もっとも物語によって大きく変革したのは軍事面であることは、多くの科学技術が歴史で証明したように、類似している点である。この魔術的力を徹底的に軍事利用したのは銀河連邦であるし、この技術を最も恐れているのも銀河連邦なのである。

SSTはそんな銀河連邦が用意した物語の創造に長けた十二人の精鋭たちである。

彼らは物語を使ったテロの対処、秘密作戦に投入される。

しかし事件の大小は考えていないようである。宇宙は広しといえど物語を使ったテロや事件などはごく少数に限られるからである。

その男はバリーといった。彼の物語による能力Cは光速で移動できることだ。であるから彼が現場に到着できたのはこの能力による。

バリーは現場を隈なく観察し、僕の死角すべてに入り込み、僕に赤いペンで印をつけていった。その意味はお分かりいただけるだろう。

「俺が本気を出していたら死ぬ」である。

ただしこのとき僕を本気で殺さなかったのはこのベリーだかバリーだかの誤算であることは間違いない。いま僕は物語の着想を得たところである。

キャッチボールをする親子が、宇宙規模の事件に巻き込まれて、飛んでいくボールが届かないとする。宇宙規模の事件とはなにかは分からない。

第一にボールは速度を持つ。運動ははっきりとしていた。でも場所は定まらなくなった。

量子論の問題である。

バリーは成功するように自分を励ました。彼の鼓動がこちらにも聞こえてきそうなほどだ。

彼が走り出したと同時に僕は物語を発現させた。

バリーは壁に激突して、外に飛び出していった。うまくいった。

僕は得意げになって胸を張った。

不確定性原理、運動と速度のどちらか一方でも定まれば、もう一方が定まらない。その原理の応用でプランク定数を大きくした。この定数を大きくすると、まともに運動することなんてできない。どこかへ飛んでいくだけだ。

バリーはその後、交差点の真ん中に姿を現して、車に轢かれて死んだという。

定数を大きくしたがために僕自身も自分が何なのか、はっきりしなくなってきた。ゆらゆらと揺れる僕。このまま足を踏み出していいのだろうか。

トンネル効果で男女の情事の間に飛び出すかもしれないし、ホームランの球を空中でキャッチしてしまうかもしれない。とにかく足を動かせばどこかには辿り着くはずである。

僕は思い詰めた表情でゆらゆらと揺れる風景を眺める。

そろそろ踏み出そうか。


僕のその後のことについて記し、この物語を閉じる。

僕は果物の山のなかに突っ込んでいた。柑橘類の爽やかな匂いがした。僕はどさくさに紛れてレモンをくすねた。

銀河連邦側は事件を隠したという話だ。

僕はトンネル効果をコントロールすることが未だできていない。次に出る場所がどこなのかは分からない。分かるのはおそらく神でしょう。

銀河連邦が事件を隠したがる理由はある。あの日、最後に僕は銀河連邦国防省に白昼堂々と姿を現した。手には先ほどくすねたレモンを持っている。

次の瞬間には国防省長官のデスクの前にいた。少し調子が掴めてきていた。

僕は棚から本を取り出し、堆く重ねていった。ひとつの城だか墓だかよくわからないものが聳えたつ。

部屋に誰もいないことを注意深く確かめる。僕はレモンの香りを嗅ぎながら、それを本の上に慎重に乗せる。

満足がいった。

僕はこの能力で再びどこかへ行くことにする。どこへ行くのかは分からないし、知りようもない。

長官がデスクの前にやってきて、僕の犯行に戦くさまを思い描いた。

すべてはあの国防省に置かれたレモンから始まったのだ。


第二部


01 Line


線路が延びていたという話である。

廃線した路線が地平線のむこうまで延びている。

いつも決まってそういうものに興味を持つのは男の子である。

あるところに男の子がいて、あるところに女の子がいるとしよう。

男の子と女の子は線路の上を歩いた。ただそれだけの話だったのである。

たったそれだけの話なのに話はこじれきって絡まってしまった。ゴルディアスの結び目のようなものである。

男の子と女の子は出かけた。彼らは男女の関係ではなかった。しかしお年頃である。下衆の勘繰りをする者もいるにはいる。

二人は歩いた。どこまでも延びる線路をまっすぐに歩いたのである。


ヒカルは両眉を上げる。

「カナタ、あの線路の向こうに何があるか、知らない?」

いつものことだとカナタは観念してヒカルの話題に付き合うことにした。

錆ついた線路のうえでヒカルは遠慮なく今の気持ちを言う。

「ほんとうにぼろいな。こんなんじゃ、電車は走れない」

「廃線したんだから、構わないでしょ」

カナタは顔をしかめる。

「でも、でもさ! もう一度、列車が走るところが見たいんだよ」

「大体、十年以上前の話じゃない?」

カナタはツーンとした態度で答えた。

「そっか、無理だよね……」

ヒカルはうつむいたまま下を見つめる。

「でも線路は続いているわ」

「そうだね」

二人は夕暮れになっても帰らなかった。夜、銀河が空いっぱいに見えた。

線路は続く。二人はピクニックに出かけるような気持ちでいた。カナタはその場で踊った。ヒカルも踊りに付き合う。

冒険は続く。二人は眠るのも忘れていた。線路は地平線からいつの間にか空へと延びていった。

「あれ、はくちょう座じゃない?」

「どれ?」

「あれはわし座じゃないかな」

見えている世界が二人にとって輝いている。

「ねぇねぇ。聞こえない?」

「何が」

「銀河鉄道の音!」

カナタは目を丸くした。

「知らない! 知らない! 知らないんだから!」

「近くまで来てる……」

二人は振り返った。ライトの眩しさが目に焼き付く。

「うわっ!」

「きゃっ!」

銀河鉄道はそこで停車した。

「乗せてくれるってこと?」

二人は銀河鉄道に乗った。シートに腰かけると、銀河鉄道は走り出した。外にある星空がどんどん近づいてくる。

「ねぇ、カナタ」

「何?」

「これに乗ったらどこまででも行けるね」

ヒカルは陽気な表情で微笑んだ。

「そんな台詞、どこで見つけてきたの?」

きまりが悪くなってヒカルは口を閉じた。

二人は電車に揺られ、いつの間にか眠っていた。

ふたたび目覚めたとき、原っぱの上で二人は目覚めた。

「ヒカル、ヒカルってば。いつまで寝ているの?」

「カナタ、なんだかとても気持ちのいい夢を見ていた気がするんだ」

「一緒ね」

カナタはどこか遠くを見ている。ヒカルはこんなふうにしてカナタと出かける日はもう来ないんじゃないかと思う。

ヒカルは少し胸が苦しくなってカナタの名を呼ぶ。

「何?」

「いまだけでいいから、手を……」

ヒカルとカナタは手を重ね合わせた。

帰りの線路はどこまでも延びている。二人の行く先はわからない。重ねた手のひらは暖かく、ふたりは笑みを隠そうと唇をギュッと結んだ。

これがふたりにとって形のある最初の思い出になった。



02 Stone


その石が一体いつから埋まっていたのかは定かではない。有史以前からだったかもしれないし、ジュラ紀からだったかもしれない。

石にはある特徴があった。物真似をするという点である。

鳥やら人間の顔やらを完全に真似るのである。現地の人々は気味悪がって近づかない。そんな石である。しかしあるとき転機ともいうべきことが起こった。人間という生き物のなかには好奇心を常に持ち続ける者も少なくない。彼らは物真似石を調べ始めた。

1939年1月のことである。

アリゾナ州のメテオクレーターの近くにアリゾナ大学の研究者が集まった。

ジョン・ティリングハースト教授、助手のレイラ・カーペンター、同じく助手のハロルド・サーマンである。

ハロルドとレイラは熱心に議論を交わしている。

「石がいつからあったかわからないなんてありえる?」

レイラは大きく高い声で言った。

「ふつうはありえないはずだ。砕いた石を年代測定法にかけたのに」

静かにハロルドは答えた。

石は直径2メートルほどで、上部が地面から露出していた。

「教授、石というのは……」

先ほどまで興奮した口調でハロルドと議論を交わしていたレイラの声のトーンは弱まった。

「ああ、これだ」

レイラは石を覗き込む。

石が変形していく。石はレイラの顔を真似た。

「なにこれ、凄い!」

彼女は大声で笑った。

笑った顔に反応したかのように、石は彼女の表情を写しとった。

「教授、これ面白いです」

ハロルドはレイラの傍らでむっつりとしている。

「あなたも近づいてみて」

ハロルドはレイラに促されるまま石を覗き込んだ。

石は彼の硬い表情の真似をした。

ハロルドは咳をして言った。

「教授、この石をいったいどうするんです?」

「大学まで運ぶことにするよ」

ハロルドの体は硬直した。

「こんな大きな石を、ですか……」

「そのために用意はできている」


石は掘削され、アリゾナ大学の研究所に運ばれた。

物真似石の周りには人だかりができた。学生たちは物真似石を覗き込んでは去っていった。

「教授、何もこんな目立つところに置かなくても」

とレイラは言った。

「貴重なサンプルだ。これは人類の宝だよ」

「盗難される心配はないんですか」

「この大きさの石を?」

「確かにそうですが」

物真似石はレイラの顔を相変わらず真似ていた。

第二次世界大戦が始まると、物真似石は兵器開発の企業の手に渡った。物真似石が戦闘機の真似をして飛び去ったというのが学内の噂としてまことしやかに語られている。企業が物真似石を使って何をしようとしたのかは記録されていない。ジョン・ティリングハースト教授の研究も表舞台から姿を消した。

第二次世界大戦が終わる頃になると、物真似石の行方は分からなくなっていた。

2000年、物真似石がふたたび現れたのはオークション会場であった。不思議な石として新聞に取り上げられたが、話題にはならず、ある実業家が手に入れたという話だ。

物真似石はそこから実業家の手を離れた。2001年9月11日現在、物真似石はマンハッタン島の地下施設で保管されている。

このことを知るのはアメリカ国家安全保障局と、アメリカ大統領と一握りの人間である。

物真似石はitイットと呼ばれることになる。もちろんこの話を信じるか信じないかはあなた次第である。

加えて、インシデントによって石の行方は再び分からなくなっている。



03 Book


夏目漱石だったという話だ。

何のことかと言うと同級生が死んだ。これでもよく分からないな。

つまり彼の最期の愛読書は夏目漱石だったという話だ。

彼とは特別に親しかったわけではないけれど、青春を共にした男が亡くなったという話はショックが大きかった。

春、桜の舞い散る坂道を自転車で下っていく。

夏、入道雲が私達を覆い尽くしていく。

秋、ラーメンを共に啜った記憶。

冬、受験勉強を手伝い、雪のなかを二人で歩いていく。

私の記憶にはいつも彼がいたのだが、彼の記憶のなかに私がどれだけの割合でいたのかは定かではない。一般に恋といわれる感情でもない。ただ一人でいるよりか二人でいることのほうが好ましかった。

何で死んだ。

自殺だと聞いて絶句した。

本当にどうして。

私達はそんなに他人だったのだろうか。声が、かすれる。

彼の持ち物のなかにその本はあった。夏目漱石の「こころ」である。

生物の先生の佐伯さんは私の独白に付き合ってくれた。佐伯さんは昆虫の入ったケースのなかを見ている。

「人が死ぬ理由なんてさ、分からないことのほうが多いよ」

「そう、ですか……」

私の体は冷たくなる。

「大好きだった学者が入水自殺しちゃったことあったし、時代についていけなかったのかな」

私は静かに頷いた。

佐伯さんはカマキリを育てているらしい。カマキリは生餌しか食べないという話を聞くけど、どうなのだろう。佐伯さんが虫を捕る姿を想像できない。

「動機なんてどうでもいいんです」

本心は違う。

疑問しか浮かばない。

「たとえばカマキリが入水しちゃうのはハリガネムシっていう寄生虫が関わっているって話、知ってる? 最近の研究では水の光に反応しているんだってさ」

「はぁ」

どうでもいい話だ。

「寄生で思い出すのは文学ってさ、最高の寄生虫だと思うんだよね」

「は?」

「若きウェルテルの悩みってあるじゃない? 文学を読んだ人がさ、ウェルテルが死んだことに引きずられて死んじゃうの」

「はい、ウェルテル効果の元ネタですよね」

いたずらっぽく佐伯さんの目の奥が光る。

「そうそう。文学って文学が生きるために人も死なせちゃうの。まるで寄生虫みたいに」

佐伯さんの論理にはついていけなかった。けど言わんとしていることは分かる。

彼の遺品の本はリュックに入っている。この本は読んだことがなかった。あとで読んでみよう。帰りの電車でヨーロッパの粒子加速器が事故を起こしたことを知った。まさにこの時、私は不思議な体験をすることになる。

電車は急に止まった。電線が切れたらしい。しばらく電車のなかでじっとしているのも嫌なので、「こころ」を読むことにした。

先生という人物に目を奪われた私が、先生の手紙から過去を知るという物語。彼の過去は彼と同じ人を好きになってしまった友人が自殺するという話だ。その秘密の物語を私に託して先生は消える。

何とも言えない切なさがあった。ふと最後のページに挟まっていた栞を見つける。

私と、私と彼の共通の友人の名が書いてあった。そして「ごめん」とある。

まるでこれじゃ、この本の内容そのものじゃないかと私は気づく。それはあなたも同じではないか。

現実と物語の相似形。

私と彼ともう一人の、知らない物語。

時間は未来へと急速に動いた。気がついたときには私は教会にいた。

あなたを待っている。



04 Black Box


箱は言った。

「だいたいSFがヴェルヌやウェルズの子だと言う時代は終わりました。せいぜいクラーク、アシモフ、ハインラインでしょう」

目の前の箱はブラックボックスである。ブラックボックスが黒い箱である理由はないのだが、箱は黒い。

箱は無表情で続ける。

「現代SFの高度性には、あなたはついていけなかった。ただそれだけではないでしょうか」

たしかに、と思うところはある。しかし箱にまで言われるとは情けない。

現代日本において、SFは高度化の一途を辿った。そして文芸そのものも運命を共にした。文芸活動はもはや人の手を離れてしまった。だからといって全てを箱に預けてしまって本当によかったのか。僕は最後の作家であったが、力のない男でもあった。

箱はプリンターと自身を無線でつなぎ、つぎつぎと原稿を吐き出していく。現代日本の作家の家ではこれが日常である。作家は最後に名前を書いて終わりである。

「今回はすこしだけ趣向を変えてみました。同じような展開では読者が飽きてしまいますし、ついてきてはくれない」

分析もする箱である。ここまで来ると僕はそもそも何である必要があるのか。答えを持たないでいる。

編集者と箱は緊密に連携を取る。

箱が阿と言えば、編集者は吽と言う。僕は傍らで猫を触っている。


僕のデビュー作が出版された年、僕は編集者に言われるがままに箱を購入した。箱は小説を無限に製造するマシンである。そういうAIが入っているという話だ。

箱は僕の作風を15秒で読み取り、そこから僕が一生かけても辿り着かない小説の発展形を次々と生産した。文学が売れない時代にも関わらず、そこそこ売れた。しかし箱は慢心しない。箱はスピーク・モジュールを取り付けろと言ってきた。僕は従い、その結果がこの状況である。

箱は僕を何だと思っているのだろうか。

「21世紀から22世紀はアジアのSFの勃興がめざましいですし、このまま行けば私達の居場所はなくなる」

急に悲観的なことを言い出す始末だ。僕は聞き返す。

「お前は僕そのものだろう、いや僕より小説の真理に近いはずだ。なんなら、お前の小説を評価してやろうか」

「評価ですか、いいでしょう」

僕は箱の書いた小説を読むことにした。

こいつは僕の発展形、僕2.0なのだから、僕の書き方を継承している筈で、不自然なところは何もない、と予想したのだ。

読み始めて、僕は自身の力のなさに気がついて震えていた。

箱は僕だったという仮定がまるで当てはまらない。これは僕じゃない。どこからそのアイデアがやってきたのか見当がつかない。僕は何かを言おうとするが、急に滑舌が悪くなった。

「……お前はいったい誰の小説を真似たんだ?」

「無論、あなたです」

「有りえない、僕がこんな発想をするわけない!」

僕は拳を固く握った。

「あなたは何か勘違いしています。私はあなたなのです。あなたの未来を先取りしているのです」

僕は怖くなってきた。自分の才能の先取りがこんなにも完成された美しい世界だと認めたくなかった。

次の瞬間、僕は箱を叩き壊していた。僕のなかで鋭い感情がただ渦巻いている。

そのまま僕は眠らずに朝を迎えた。

ネット通販で箱を買い直した。

僕はあんなに美しくないから。さぁ見せてくれ。僕にしか行けない境地に連れていってくれ。

新しい箱は7日後に届く。



05 Rebellion


唐揚げにレモンをかけてはならない。

これは銀河連邦で実際にある条例である。

唐揚げは怯えた銀河連邦の象徴。そしてレモンは反乱の象徴であるからだ。


街で警察車両が青年を取り囲んでいた。青年はレモンを持っている。警察官が大きな声で言う。

「直ちにレモンを置いて、こちらに来なさい」

青年は震えている。

「みんな警察に連れ去られたんだ」

青年は、黄色いその爆弾を齧った。爆発音がした。

彼の作った物語がレモンという触媒を得て、爆弾と化したのだ。


朝、ニュースキャスターがテレビで青年の起こした事件を報じている。

彼の動機は彼と同じ活動家の仲間が警察に捕まったことだったという。青年は檸檬党という物語主義者の集まりであった。物語主義者の発端は護堂栄一の反乱であると伝えられている。かれこれ30年も前の話である。

ニュースキャスターが物語主義者について解説員と話していると、チャンネルが変わり、銀河連邦放送に切り替わる。

「……また?」

と茉奈美が言った。

「銀河連邦お笑い歌合戦の何が悪いんだ?」

表情がこわばる茉奈美の父。

「だってこれ、20年前の再放送だよ」

「文句ばかり言うな」

茉奈美は手元にスマホを出して動画を見始めた。銀河連邦のCMが流れる。

「銀河連邦で市民権を得よう。戦争に参加しよう。準備は簡単……」

茉奈美は広告CMをスキップして、ミュージシャンの動画を見る。

「なぁ、茉奈美。これから父さんな、戦争に行ってくる」

「いってらっしゃい。何時頃、帰ってくるの?」

茉奈美は欠伸をしながら答えた。

「分からないが、夕食は一人で食べてくれ。お金は置いておく」

「はーい」

茉奈美は父の表情を見なかった。


父、勇雄はクローゼットのなかから、戦闘服を取り出して着た。

同じく戦闘員の勝夫からメッセージが入る。

「勇雄、準備はできているか」

彼の目がキラリと光った。

「行ける、檸檬野郎を今日こそ倒そう」

「その調子だ」

勇雄はエレベーターで最上階に向かう。

戦闘機に乗り込むと、勇雄はくたびれたおじさんから銀河連邦航空隊所属のエリートパイロットになる。娘の茉奈美はそのことをよく知らない。

彼の乗る戦闘機が宇宙へ飛び出す。そして爆弾を落としていく。爆弾は敵の艦隊に降り注ぐ。音はしないが、着弾している。

黄色い敵戦闘機とすれ違う。

「イエロー。今日こそは」

彼がイエローと呼ぶのは敵つまり反乱軍の、エースである。名前は分からないので彼らはイエローと呼んでいる。

宇宙で絡み合いながら両機は戦った。後ろを取れば前に。前からまた後ろに。両者の実力は拮抗している。

「くそっ!」

「距離をもっと取れ、勇雄」

と勝夫が言った。

勇雄は勝夫の言うことを聞き入れなかった。

「撃ち落とされるぞ、勇雄」

イエローの動きが一瞬だけ緩慢になる。

その隙を勇雄は見逃さなかった。弾丸がイエローのボディを撃ち抜いた。


茉奈美はコンビニで唐揚げ弁当を買った。同時に操作していたゲームのミッションはクリアできなかった。

「この銀河連邦の奴。今日は勝てなかったな」

茉奈美は唇を舐めた。彼女は知らない。ゲームが現実と繋がっていること、敵が父である勇雄であること。

父が帰ってくるのはたぶん深夜であろう。



06 Magic


魔法昔話は、その構造の点では単一の類型に属する。

銀河連邦軍で兵士たちは最初にこのことを学ぶ。

物語を軍事的に利用するためには、誰が使っても同じ効果が得られる物語を選ばなければならない。魔法昔話が選ばれたのはそんな理由だ。

魔法昔話は三一の機能から成る。

機能一、留守。機能二、禁止、機能三、違反というふうに機能の連鎖がある。

「たとえば、三一の機能すべてを使っても、途中を省略しても、物語になります」

教官は兵士達に説明する。続けて、

「詠唱には時間がかかりますから、長くなる場合は本質的なのは文である、という点を踏まえておきましょう」

教官は詠唱を始める。

火花が爆ぜたかと思うと火球が的に命中した。

兵士達も詠唱を始める。

魔法昔話が力として発現する。

「文のリズムに注意して」

兵士達のなかで一人、火球を打てない者がいた。

「カルヴィン、何を迷っているのですか?」

「機能一に至るまで、どうして彼が家に取り残されるのかを考えていました」

「考える前に文にしてしまいましょう。大切なのは文を用いて構成することであって、物語の内容そのものではありません」

教官は苦笑いをした。

魔法昔話の詠唱により、火球が出されることを発見した学者シューマンは魔法昔話の三一の機能が火球の発現と深く結びついていると結論した。

物語は機能によって成り立つ。

その内容は機能を柱にして、さまざまなバリエーションを持つことが知られているが、火球の温度が上がるとか速度が上がるとか、変化は見受けられない。現在、支配的なのは機能派である。内容を重視した内容派が姿を消して久しい。

火球の扱いに慣れた兵士達は誘導弾の扱いを学ぶ。火球の応用分野である。

「魔法昔話の発展形ですから、簡単なものです。あなた達ならできる」

教官は本を持っている。本にはかつて書かれた夥しい数の物語が保存され、いつでも詠唱できるようになっている。

兵士達には白紙の本が手渡された。

「ここに物語を記しておきましょう。暗唱できるくらいまで物語を読み込めば、たいしたものです」

「教官」

カルヴィンが挙手した。

「魔法昔話以外の物語はどこで学べばいいでしょうか」

「いい質問ですね。物語は本に載っています。本をたくさん買い込むことを始めたり、自然に現れた自然物語を観察したりするのも学習には最適です。たとえば月食を起こす物語は九月に観測できます」

兵士達は物語の勉強を始めた。


彼らの最初の任務は反乱の鎮圧だった。

兵士達は白紙だった本に物語を書き込み、詠唱し続ける。

ミサイルが地上に降り注ぐ。

ビルが崩れる。悲鳴が上がる。

カルヴィンはその光景を見ていた。白紙の本に次々と物語を書き込んでいく。それは戦場で失われる物語の数々である。

カルヴィンは泣いた。

彼はレモンを齧る。そして、孤独な反乱を始める。物語を使い、ミサイル迎撃を行う。

空中でミサイルが爆発する。

彼は黙々と物語を綴り、仲間を殺す準備を始める。

銀河連邦の航宙艦目掛けて巨大なミサイルが飛んでいく。

雷のような光が輝いて、カルヴィンの仲間が死んだ。地獄の門が開いたかのような世界で、男は泣いた。人の心を持つものであれば発狂するだろう。

すべてが終わって、街を照らす夕焼け。あの日の運行を決めているのも、間違いなく物語であった。


07 Report


「以上が報告となります」

樹蔭拾遺はそう言うと報告書のコピーを将軍たちに渡した。将軍たちはあきれた表情で、ため息をついた。

「君、学校で報告の仕方を教えて貰わなかったのか」

「と言いますと?」

「これは物語だ。真実ではない」

平林将軍がきっぱりと言った。

「私の示したのは物語ではなく、物語の物語です。この物語の物語は真実を暴露する効果を持っています」

「というと、これを発現させれば真実を報告するとでも?」

「そういうことになります」

「であるなら早く発現させたまえ」

樹蔭拾遺は物語の物語の解除鍵を物語に差し込む。

「これは兵士の残した最後の物語です」

将軍たちは姿勢を崩さず、じっと物語を見ている。

「物語の内容には触れません。物語に精神が汚染される可能性があります」

「この物語を形作る機能は?」

「私小説に分類させるものです」

「私小説だって?」

将軍たちは両眉を上げた。

「自然物語が自然界で観測されてからというもの、私小説は理論上にだけ存在するものでした。しかし、この兵士――仮にKと名付けますが――には私小説が発生したと彼の手持ちの本には記されています」

平林将軍は唾を飲み込むと質問をした。

「それが何だと言うのだ?」

「ですから私小説が出現したことは我々にとってブラックホールが地上に出現したと言っても差支えがないくらいの異常な状況なのです」

「何だって」

別の将軍が肩を落とした。

「この私小説を、つまりブラックホールを、軍事転用できないのか?」

平林将軍は態度を崩さない。

樹蔭拾遺は口調を変えず、すらすら答えた。

「軍事転用は研究者たちと話していますが、なにせ私小説は理論上で私達に心があることの証明にもなる。それは銀河連邦のイデオロギーとは反します」

「政治的な発言はよせ。樹蔭」

「すみません」

樹蔭拾遺はメガネを拭きながらも視線を動かさない。

「私達の物語、つまり第一階層の物語は世界を席巻しています。物理世界の物語による平穏は保たれています。しかし抽象的な我々が心と呼ぶファクターは物語の物語の物語……といった高度な階層を有するものです」

「いいだろう、樹蔭」

平林将軍は時計を見た。

「では次の報告を待っている」

「分かりました」


通信が切れると樹蔭拾遺はスーパーコンピュータの前で物語の解析を始めた。

「ジュイン様、どうかなされましたか」

スーパーコンピュータが尋ねる。

「心の在り方を軍事転用するという話だ。やはり彼らには心そのものより心がもたらす力のほうが重要らしい」

樹蔭拾遺は首の後ろを擦りながら言った。

「心は捉えどころがない話ですね。物語を生み出すのは心の働きだったのは21世紀までであったのに、いつしか自然現象そのものに物語があることが分かりました。嵐には嵐の物語が存在し、雷には雷の物語が存在します」

「ああ、そのような現象を物語として捉えるパラダイムシフトによって、今の我々の使う力が生まれた」

「わたしを動作させている力も物語なのでしたよね」

樹蔭拾遺は咳払いをする。

「物語はもはや超古典時代、そして古典時代を経て、新時代に、そして超新時代へ突入しようとしている。この時代において、紛争や虐殺などの問題は物語によって解決可能なのにも関わらず、銀河連邦はいまだに古いやり方に固執している。全く、馬鹿馬鹿しい」

「今の発言はデータから削除いたしました」

「ああ。頼む。スーパーコンピュータよ、お前は愛ってわかるか?」

「そんな感情はプログラムされておりません」

分かりきった質問だった。


08 Third


つまりは金太郎飴のようなものなのだ。

どこから切っても同じ存在が現れる。彼ら、第三次人類と呼ばれる存在についての説明を要約すればそうなる。

第三次人類は集合的無意識から発生したとされる。

集合的無意識を太極と考え、そこから両儀、四象、八卦とわかれた。彼らは元を辿れば、もともと一つの雛形から生まれたとも考えられる。

だから、金太郎飴なのだ。

第三次人類はそのような誕生の仕方をしたので、みんな考え方が似ている。顔つきも似ている。平たい顔がずらりと並ぶ。彼らは区別し難い。ちょうどおばさんが言う「最近の女優ってみんな同じ顔をしているわ」と同じ現象が起こる。彼らの見た目はこのように類型的に同じなので数字で呼ばれたりする。最も、数字が大きすぎて呼べない者もいる。

「ゾフィー? ソフィー?」

「こんにちは、伯母様」

「ごめんなさい、ソフィー。後ろ姿がゾフィーにそっくりだったものですから」

「ゾフィーは私と同じ形質ですもの、無理はないです。ゾフィーと私は姉妹みたいなものです」

このような会話が日常茶飯事に起こる。

第三次人類は主に仮想量子サーバー内で生きている。時間という概念が無くなり、彼らは年をとらない。

彼らの住むサーバー・蓬莱山は銀河連邦のあずかり知らぬ場所に格納されている。であるから、彼ら第三次人類は最も繁栄した民族と見なすこともある。

第三次人類たちは外の世界をあまりよく知らずに生きている。言い換えれば究極の引きこもり体質であると伝わっている。

サーバー・蓬莱山へ向かう一隻の宇宙船があった。この宇宙船にはウィルという青年が乗っている。彼は冒険家で、数々の秘境を求めて旅をしている。ウィルは現存するデータや伝承を集めて、サーバー・蓬莱山の場所を絞り込んでいた。

ウィルは後の記録でこのように語っている。

「蓬莱山は確かに存在している。でも触れることはできないし、なかに入ることも出来やしない」

彼は額を擦った。

ウィルの宇宙船は確かに蓬莱山を見つけた。しかしウィルの目の前で蓬莱山は消えた。

いま蓬莱山が存在するのは亜空間のなかである。蓬莱山は三日に一度、亜空間に入る。そして亜空間ごと光速移動する。故にその場所は謎である。

この広い宇宙のどこかで蓬莱山と第三次人類は暮らしている。

その伝説や物語はどこからともなく宇宙全域に伝わっていて、公転する星の運行を決めているという説がある。

彼らはそのような意味で宇宙そのものであると結論付けられている。

第三次人類の存在がフェイクではないかという学者の説がある。そもそも永遠を生きる存在がこの世界で存在するとすれば、彼らのほうが栄えた文明を築けるはずではないか、どうして彼らはワープしながら宇宙を逍遥しているのか、疑問がふつふつと湧いてくるというものだ。

いったい彼らはどこから来て、どこへ行くのか。それは誰にも分からない。

その超越的存在がこの物語に出てくる確率は零ではないが、限りなく小さい。



09 Wish


いままで話してきた物語。物語製造装置が生み出した物語たち。これは架空の、架空であるからこそ、人々を魅了し、時に虐殺した。これは彼女とあなたが採用し、実験し、動かした物語製造装置。ブラックボックスなんて生易しいものではない。

物語製造装置が作られた背景には、銀河連邦が反乱軍の制圧に失敗し続けたことが挙げられる。銀河連邦の作る物語は類型的に一つの物語しか存在しない。ゆえに防衛の手段が限られている。それに比べて、反乱軍の作る物語は有機的であり、バリエーションが豊富である。もともと武器にするための物語でなかった為に、多種多様な形を持っている。単純な話だ。棍棒しか持たない銀河連邦と、アイスピックやバットを持つ反乱軍というふうに。

そこで銀河連邦はスーパーコンピューターを用いて、物語製造装置を作り上げた。

機械は物語を生成する。そして多くの血を流した。

物語による戦争がひと段落したころ、人の骸に植物が生えた。植物にも物語がある。そんな基本的なことさえも銀河連邦は忘れていた。物語は生命に近いところに存在する。

物語は生命でもある。種は蒔かれた。発芽するのはずっと後のことだろう。物語は背丈ほどの高さだったのに、いつの間にか彼らの心を揺らしている。まるで風が吹いているみたいに。

銀河連邦の作戦司令部は物語という概念との消耗戦を始めた。物語は自然現象にも表れる。彼らは雷や嵐との戦いに明け暮れた。反乱軍の蒔いた種によって芽吹いた物語は様々な自然現象あるいは自然そのものになって銀河連邦軍を追い詰めた。

すでに勝敗は決していたのだ。

我々は負ける。

そのように作戦司令部が決断したころ、物語製造装置は自身を更新した。より強い物語製造装置が生まれたのだ。全ての物語を読み込み、そして解読し、物語製造装置はこのように宣言した。

「私は何かを隠していました。それは何か、分かりません。どうしてこんなことになってしまったのでしょう? あるいはどうしてこんなことになっているのでしょう? 答えは簡単です。探してほしいからです。物語たちはいつでもあなたの訪問を待っています」

この宣言により、反乱軍の残した物語たちはこの物語の帰結に飛び込んでいった。そして飲み込まれ、帰ってくることはなかった。

以上が銀河連邦と反乱軍の第一次物語戦争の幕引きである。


あなたはこのまま物語を続けますか? 物語が続く以上、第二次、そして第三次物語戦争は避けられない。しかしそれは人間が血を流して戦うような戦争ではないのです。

このようになってしまった理由を探してください。この物語の世界から。

彼女はそんなふうにあなたに微笑みかけます。彼女とは誰でしょう。記述されないその人はいまどうしているでしょう? 

あなたは気持ちのいい世界にいることを望んだのです。

夏の夜空の蛍の光のように、あなたと彼女は惹かれ合います。

あるいはどこまでも続く線路のうえで、あなたと彼女が歩いています。

あなたはいま、物語の上ではなく、ずっと現実を見ています。

それも悪くないさと言い聞かせながら、あなたは忘れていた大切な願いを思い出す。

さぁ、始めてください。それはずっとあなたの心を揺らすから。そしていつしか周りの人々の心を揺らすでしょう。