レイン・ハワードの外宇宙

小林ひろき

斧で扉を壊す。女が悲鳴を上げた。

香水と汗のむせかえるような臭いが立ち込めている。

サラでない。目の前には裸の男女が怯えていた。

住民データと照合する。エマ・ジョンソン、イワン・クレイヴ。

「失礼した」

満月だった。凍えるような外気、ガタロ・シティ。

薬物売買を生業とする、ホセ・ファミリーの縄張り。

地元警察とマフィアが癒着した無法地帯で、半死人間ハーフ・デッド・マンのレインは、娼婦を追っていた。たった200グラムの薬物のために。

「くそったれ」

レインはぼやく。

警察官でもファミリーの一員でもない。探偵業というには少し危険な仕事も引き受ける。街の便利屋。

車の中では俯いた売人の男が待っていた。

「どうでした?」

「ハズレ」

売人の男、ジェムは額の汗を拭う。

サラが逃げて1日。

光速で動くそれぞれの移動部屋モビル・ルーム。ルーム・シャッフルにより、無限の部屋数を誇るホテル・ガタロ。

この迷宮にサラは逃げた。

金色の長い毛髪を手がかりにレインはいくつかの部屋を調べた。

ムスリムの礼拝、ポーカーに興じる男達、ロッキングチェアに揺られる老婆。

995番目の部屋。

扉が向こうから開いた。

カブラギだ。ホセ・ファミリーの幹部の一人。

「レイン。女は見つかったか」

「いや、大物が引っかかった」

カブラギは珍しく愛想が良かった。

扉の奥に人影が見えた。レインは照合を開始する。

ホセ・ファミリーと敵対するナユタ・コミュニティのリーダー、シラサギだった。

見なかったことにしよう。レインはそう判断した。

半死人間は殺せない。カブラギは理解しているはずだ。

カブラギはレインを信用している。

シラサギの横顔が見えなくなる。

カブラギはその場から去った。

レインは次の扉を待つ。

扉が開く。驚いた顔の女。照合するまでもなく、サラ本人だ。レインはサラの腕を掴もうとする。

「やめて」

「薬物はどこにある。もっているんだろ」

「そんなの知らない」

部屋の奥へと逃げるサラ。ふりかえり、未練がましく銃を構える。

「もし近づいたら、こう」

レインは構わず、サラにつかつか詰め寄る。

銃声。

レインの胸に弾痕ができる。しかし、それは跡形もなく、すぐに消えた。

「あんた、それ」

「俺は半死人間だ」

「機械人形でしょ、あなた」

「それは違うな」

サラはふるふると怯えた目でレインを見る。レインはサラに告げる。

「お前の持ち出した200グラムの薬物。それだけが重要だ」

サラはその迫力に負けて、口を開いた。

「ほんとうに知らない。けど前の客が何か……」

「何だ」

「種は蒔いたって」

――時間だ。5色の光線レーザーの縞が部屋の中を通過していく。

それぞれの部屋はリズムをとって、別の部屋と結合し、全体の型となっていく。

ホテル・ガタロの美しい偶然のなす形。

肥大した警察権力がホテルを取り囲む。彼らも女を追っているのかは定かではない。大小様々なグループが小競り合いを繰り返している。

どこまでも続くかと思われる深い夜。ネイビーの空。青い光が点々と都市を印象づける。この街に暮らすことは鼠以外できないだろう。


勢いよく回るルーレット。今夜のゲームはパパの勝利だ。ぼろ雑巾のようなガブラギ。

「ナユタによろしく。そう言っておけ」

パパは怒ってはいなかった。

「カブラギ、まだお前には使い道がある」

パパはにんまりと笑った。

ルーム・シャッフル中のシラサギの鍵番号は誰一人として知らない。しかしカブラギは別だ。彼の生体認証さえあれば、あの面倒なホテル・ガタロのルーム・シャッフルを回避してシラサギの元へ行くことができる。そうカブラギの指さえあれば。

「カブラギ。指を出せ」

パパは目を大きく見開いた。

「そんなことってあるかよ」

カブラギは義手だった。

「カブラギ。部屋の鍵番号を言え」

「残念ながら知りません、パパ。鍵番号は英数字、記号から自動的に生成される8桁の番号です。その生成アルゴリズムは主人である私もよく把握していません」

「エドワード」

パパの後ろにいた秘書が返事をする。

「今すぐ、この義手の生産元をおさえろ。いくら積んでもかまわん」

「かしこまりました」


トーストとコーヒーを店員が運んでくる。

少し硬いソファに腰かけ、レインとサラは朝食をとる。

カウンターを見れば茶色のコートを着た男が新聞を読んでいる。

ガタロでは新聞とは名ばかりになっている。広告と訳知り顔のコラムニストの記事、求人情報、人捜し、そんなものだ。

テレビが競馬の模様を映し出す。

サラは娼婦にしてはうつくしい女だった。昨夜、レインを殺そうとした狂気はなく、朝の光のなかで、ひときわ輝いている。

レインは彼女の横顔を見る。

「薬物がもし、その前の客に関係があるというのなら、男はその価値を知っていたということになる。そいつは何者だ」

「思い出した。肩に星の入れ墨があった」

「男の外見的特徴がもっと欲しい」

サラは記憶を遡る。

ホテルの前の大通り、セント・ブランドー通りで男と待ち合わせた。男は黒いブレザーで香水はつけていなかった。昼の男という感じだ。サラはホテルの部屋でシャワーを浴びた。男の髪は短くて、髭はなかった。シャワーから出ると、男はいなかった。

部屋から出ると、ホセ・ファミリーの組員達が廊下にいて、部屋に入っていった。そこでぶるぶると震えている男とすれ違った。

ジェムだ――とレインは思った。

男と目が合うと、男は言った。

「兄貴、この女です。この女があれを持ち逃げしたのです」

サラはこうして追われる羽目になったという。

男はなぜいなくなった。そしてどこへ消えた。後者には答えがある。ホテル・ガタロには部屋に窓がある。そこから逃げたか。別の部屋に行ったか。しかし部屋は光速で動いている。窓からは即死だ。だとすれば別の部屋だ。誰に会ったのか。

「ホテルに戻る」

「どうして」

「男の居場所を尋ねるのだ」

レインはそう言うとサラとともに店から出る。

「この男でいいんだな」

レインは小さなディスプレイを出し、粘土で出来たような立体造形モデルを見せる。

「似てる……」

「このスケッチを使って、人捜しだ」

再びホテル・ガタロ。1056番目の部屋。サラは疲れ切っている。何も知らない客。収穫はこれまでゼロ。レインは扉を閉めるとルーム・シャッフルの時間。

「もう止めましょう」

サラは言った。

「問題は次の部屋だ」

レインは扉を開けると部屋の中から畏まった声がした。録音の音声だ。

「ここは管理室。立入禁止です」

「ここって」

サラが尋ねるとレインが言った。

「ここは光速で動く移動部屋を管理する部屋だ。光速の18乗倍の速さで動いている」

「じゃあ、人間が入れば」

「ミンチになる」

レインは肩をすくめた。そして管理室に入っていった。

「あなただって、タダじゃ済まされないでしょう」

サラはレインの後ろ姿に向かって諭すように言った。

「俺は半死人間だ」

男が部屋から出ていった時、同時に開いていた部屋はどこなのか。管理室にはログが残っているはずだ。それがわかれば男がどこに行ったかがわかる。無限と比べれば仕事がしやすくなる。

「管理システム」

レインは部屋番号を読み上げる。サラと男の入った最初の部屋番号。

「この部屋が開いていたと同時に開いていた全ての部屋をリストアップしてくれ」

「お待ちください」

3つの部屋が該当した。

「ロイド・D・ハマートン、パメラ・コフィ、シラサギ・ケン」

「ややこしい話になってきたようだ」

3つの選択肢のうちで、薬物と関わりを見出せるのはどれか。シラサギだと考えるのが自然だ。

ならばレインがシラサギの顔を見たとき、男も一緒だった可能性もなくはない。

シラサギと男。どんな関係があるというのだ。ナユタ・コミュニティに薬物は渡ったのか。

レインは管理室を後にした。

サラは壁に寄りかかって待っていた。眠ったように目を閉じている。

「サラ」

レインが呼びかけるとサラの目がぱちりと開いた。

「厄介なことになった。ナユタ・コミュニティが絡んでいるかもしれない」

「ホセ・ファミリーと何か関係が」

「そうだ」

レインとサラは歩き出した。


キンタ・ウーノ社の社長、サミュエルは役員達にこう告げた。

「わが社はホセ・ファミリーに買収された」

役員達はざわざわとどよめいた。サミュエルは怯えながら言った。

「お入りください」

ホセとその秘書エドワードが入室した。

「さて、聞きたいことは一つだけだ。会社の生産する義手の鍵番号生成アルゴリズムを知りたい」

役員の一人が腹を決めて言った。

「知ってどうするのですか」

「ファミリーの一員、カブラギの義手の鍵番号がわからない」

サミュエルは汗ばんだ顔で言った。

「今すぐ、生産部に連絡を入れろ」

電話が鳴る。

生産部長が答える。

「それは秘匿するべき情報でしょう」

「分かっている。けれど今回は別だ」

社長は役員達にこう説明していた。

ホセ・ファミリーに娘を人質にとられている、と。

その事情を聞いた生産部長はしぶしぶ受け入れた。

ホセは上機嫌だった。

エドワードがやってきて言った。

「ホセ様。いま、準備が整いました」

「わかった。いま行く。カブラギ」

ホセはカブラギとともにエレベーターに乗り込んだ。エドワードも続く。

生産部までは一分とかからない。ホセが厳かに口を開いた。

「カブラギ。お前は優秀な奴だ。どうしてナユタになんて行ったんだ」

「パパ。私達の抗争には終わりがない。私は終わりが見たかったのです」

「ふん。お前のその手ですべてが終わる。ナユタの終焉だ」

ホセは面白くない顔で言った。ホセは太陽のような男だ。太陽の光が翳ったときは恐ろしいことになる。

生産部に三人は着いた。生産部長が出迎える。

「こちらです。準備は整っています」

「カブラギ、腕を」

ケーブルが繋がれる。いよいよだ。

モニターに鍵番号が表示されようとしている。英数字や記号が一文字ずつ明らかになっていく。

生産部長が固唾を呑む。

シラサギの部屋の鍵番号が判明する。

「よし、記録しておけ。エドワード」

「はい」

ホセは何かアイデアを思いついた。

「そうだな。シラサギにプレゼントを用意しよう。殺し屋を3人送っておけ」

「かしこまりました」

エレベーターの前でサミュエルが身を縮めて待っていた。

「あの、娘は……」

「用事は済んだ。娘は返す。エドワード」

「はい。こちらにご令嬢はいます」

「本当ですか。ああ!」

3人はエレベーターに乗った。

エドワードはカブラギに銃を渡す。

ホセが言う。

「これで責任取れ」

「パパ。私に自殺しろというのですか」

ホセはカブラギの頬を平手打ちした。

「これでシラサギを殺してこいという意味だ、馬鹿者。さっさと行け」

「パパ。あなたという人は、馬鹿だ」

カブラギはホセに勇猛果敢に銃を向けた。

瞬時にエドワードがナイフをカブラギの喉に突き刺した。迸る血が壁を汚した。

「袖が汚れちまった」

ホセは顔をしかめた。

「新しいシャツを注文しておきましょう」

すかさずエドワードは言った。


ルームサービスです、とノック。

部屋の中でシラサギとその部下達は顔を見合わせる。

頼んだ覚えのないルームサービスだった。シラサギの部下達は一斉に銃を構えて、扉を慎重に開けようとする。

ガタンと扉が吹き飛んだ。爆発だ。

部下の男はその場で倒れ込んだ。

「やあやあ。アンタがシラサギかい。いや、違うなあ」

太った女だった。見ようによってはグラマー。赤い髪が特徴的な濃いメイクの女。高い声がきりきりと辺りに響く。

シラサギの部下達は呆気にとられた。

その女は両手に持った銃でシラサギの部下を一人ずつ、仕留めていく。

だが、その速度はシラサギには遅すぎた。

シラサギは目にも留まらぬ速さで女の後ろに回り込んだ。

「喚くなよ」

「え、何」

それが女の最期の言葉になった。

小人のような男が扉から入ってきた。

「よう、お兄さん方。俺はリトル・エア・ジョー」

「捕まえろ」

男は簡単に捕まった。

「誰の差し金だ」

「依頼人の個人情報は明かさない。リトル・エア・ジョーは口が堅いんだ」

「言わないと、こうだ」

シラサギは男に銃を向ける。

男は観念した。

男の話では、依頼主はホセ。秘書から先ほど連絡があり、ホテル・ガタロへ。顔見知りの殺し屋メリーJrと鉢合わせだったという。

「この男を縛っておけ」

シラサギは部下に命令した。


管理室は爆発音がした部屋とドッキングする。管理室は光速の18乗倍の速さで問題を解決した。だからその部屋では爆発は起こらず、メリーJrの凶行もシラサギの部下の死も起こらなったと考えるべきか。否。未来では彼らの死は起こらなかったが、現在では起こった。つまり起こったことと起こらなかったことの重ね合わせの状態にあり、現在の状態は未来の状態に上書きされる。その状態では時間が逆に進み、因果関係はねじくれる。

レインとサラがシラサギの部屋の前に立ったとき、レインは二つの世界を認識した。二元的感覚デュアル・センスだ。

レインが見たのは生きているシラサギと死んだシラサギだった。

「サラ、ここで待っていろ」

そう言ってレインは扉を開けた。

太った女の死体。縛られた男。倒れている男達。そして生きたシラサギ。

太った女と小人のような男。そして死んだシラサギと男達。

「シラサギ、聞こえるか。この男は誰だ」

レインは立体造形モデルを見せる。

半死半生のシラサギは答えた。

「その男はナユタ・コミュニティの副リーダー、サー・クサナギだ」

「薬物の行方は分かるか」

シラサギの顔が曇った。

「ナユタ・コミュニティの厳格な指導者であるサー・クサナギが薬物と関係があるわけなかろう」

「だが、クサナギは薬物を持ち出した。クサナギはどこにいる」

「奥の部屋が別の部屋とドッキングしている。探せばいい」

レインは奥へと進んだ。扉を開けるとどこまでも銀河が広がっていた。

「ここは」

シラサギが答えた。

「ガタロ・シティから最も遠い場所、空疎な海と呼ばれている」

塵一つない。ここに落ちて行けば、帰ることは許されない。

「ずっと部屋はここから動いていないのか」

「サー・クサナギは扉を開けて空疎な海へと行った。何の用かは知らない」

「海の向こう、か」

レインはじっと外を見た。光の階段が見える。別の部屋が今まさにドッキングしようとしているのだ。

「あんたは」

レインは声をかけた。

2000番の部屋。推進装置は新しい。ホテル・ガタロと契約するにはデザインが違いすぎる、黒い部屋。

客が出てきた。浅黒い肌の男だ。黒い瞳がレインを睨む。

「俺はオルガだ。ただのオルガでいい」

彼方には星々のような無数の光の点が見えた。

すべてが移動部屋である。あのなかの何パーセントがホテル・ガタロなのかは判別がつかない。

レインは尋ねる。

「サー・クサナギという人物を知らないか。空疎な海へ行ったらしい」

「やめておけ。あそこに挑んでいった移動住宅モビル・ハビタット級でさえ、帰ってこないんだ」

レインは通信機を取り出して、サラに連絡した。

サラがオルガの部屋に入ってきた。

「レイン。男の正体は」

「ナユタ・コミュニティの男だった」

オルガが言った。

「おふたりさん、何を話しているんだ」

「小さな街の話さ。そこでは二つのグループが争っていて、警察は暇を持て余している。その街からたった200グラムの薬物が消えた」

「へぇ。物騒な街だな」

「俺はその200グラムの薬物を追っている」

オルガは別のことを考えているようだった。

「薬物より俺はこれさ」

オルガはザ・ブックを取り出してレイン達に見せた。

「これさえあれば、ヤクも女もいらない」

本。開けば五感を刺激する美しい文章。オルガはその虜だった。

オルガは安楽椅子にゆったりと腰かけ、ボードに本を置く。ボードには様々な仕掛けがある。例えば本に豪勢な料理と表示させてみる。

オルガはくんくんと匂いを嗅ぐ。そして口から涎を出す。

オルガの意識は本の中にある。あらゆる経験を本は体験させてくれる。オルガは文字情報以上の情報を本で感じる。オルガはうっとりした。

レインとサラはお互いの顔を見合わせた。

レインはじっと、サラの唇を見つめる。赤い口紅。その視線にサラは気づく。サラはレインの目を見つめる。

「この本では体験はそれ以上の体験になる。とても官能的なんだ」

オルガは誰に聞かせるわけでもなく呟く。

やがてよろい戸が、星々のきらめきを遮っていく。部屋の明かりが自動で点く。

「このホテルは初めて泊まるが、最上階からは何が見えるのだ」

レインはホテル・ガタロの最上階について何の知識も持っていなかった。

サラが言う。

「天の河が見渡せる」

「ただの天の河か。少し残念だ」

オルガは肩をすくめた。

「オルガ、俺たちはサー・クサナギの行方が知りたい」

「空疎な海に行ったっていう……」

「そうだ。だが大切なものは薬物だ」

「なるほど。空疎な海へ向かったサー・クサナギへは片道切符だが、彼が持ち去った薬物になら、見当がつけられるかもしれないということだな」

オルガは移動部屋の行き先を入力する。できるだけ部屋数の多い場所。

「コンドミニアム・ヴァレリーがいい。一度行ってみたかった」

移動部屋は宇宙を光速で飛んでいく。


コンドミニアム・ヴァレリーの扉はホテル・ガタロと変わらなかった。

部屋から3人が出る。

「フロントから許可が下りて良かったな」

「この移動部屋、ホテルにしてはなんというか……」

オルガが反論する。

「俺の住んでいたアルカスではこれが普通だ。雪が一年中降っているし、山の尾根に建っているから、三角形になっている」

オルガの移動部屋の形は屋根裏部屋だった。ただし天井は高く、住みやすいつくりになっている。

3人は部屋の話を済ませて、人が集まる娯楽室へと向かった。

散らばる球。ビリヤードを楽しむ男女がいた。

「ちょっといいかい」

薬物の話をしても、反応が薄い。この二人は知らない。

ビリヤード台は3つ。一つ目はハズレ。二つ目もハズレだ。三つ目の台の男達。こいつは無頼だ。そう睨んでレインは尋ねる。

「頭なら、知っているかもな」

レインは聞き返す。

「そうだ。今は部屋にいる」

「部屋を教えてくれ」

「おっと、ゲームに勝てたら教えてやるよ」

サラが前に出て、言った。

「オーケー。私と勝負して」

「ちょっと待て、サラ。君がしなくても、いいことだ」

「どうして。私だってやれる」

サラは乗り気だった。

「では、お嬢さん。準備はいいな」

無頼の男が言った。サラを見くびっているのがわかる。

勝負が始まった。

サラはきびきびと球をポケットに落としていく。

その様は堂に入っている。相手の男も負けてはいない。接戦だ。

レインは二つの世界を認識していた。サラが勝つ世界と負ける世界を。レインはただ見届けるしかなかった。選択することでサラの意志を無視するような気がしたのだ。

最後の球がポケットに落ちた。

サラの勝利だった。サラは無頼の男の目をじっと見た。

「頭の部屋を教えて」

渋々、無頼の男は部屋の番号を教えた。

「これで頭は気持ちよく扉を開けてくれる」

「わかった。わかった」

無頼の男は鍵番号をサラに教えた。

「行こう」

「ああ」

レインは答えた。

オルガは口髭を擦りながら言った。

「大したものだねぇ」

3人は頭の部屋へと向かった。

頭の部屋はホテルの中でも一際高い場所にあった。

部屋は樹形に規則正しく並ぶ。

廊下にある小窓からホテルの全体像を窺い知ることができる。

天井へと続く渦巻きのエスカレーターで目的の部屋へと昇っていく。

「ここ」

サラがレインに言った。

レインはノックした。

「何だ」

「尋ねたいことがある」

頭はソファに腰かけ、寛いでいる。

「ガタロ・シティから薬物が消えた。その薬物がどこに消えたか知りたい」

「それで」

「サー・クサナギという男を知らないか」

頭の顔に動揺が走る。レインはそれを見逃さなかった。

「知っているんだな」

「クサナギは私の友人だ。あいつがどうして薬物と関わっている」

頭はテーブルに置いた本を開く。空気が抜けたような音がして、辺りににおいが広がった。

「レイン、これ」

「部屋から出ろ、今すぐだ」

3人は気を失った。

レインの意識は静寂な空間に落ちる、一滴を捉えた。そしてそれは面と衝突して、波紋を浮かび上がらせた。

レインは気づく。これは死だ。あるいは死のイメージだ。死とは無だ。だのに私という有り様がみっともなく無のなかであえいでいる。早く目覚めなければならない。私は生命の飛躍エランビタールを体験する。夢ならば覚めろ。これが夢ならば――。

レインが事の成り行きを理解したのは、気を失ってから、3時間後のことだった。レインより早く、サラが目覚めた。サラは眠っている間、とてもなつかしい風景を見ていたという。オルガは恍惚とした感じがしたと語っている。

頭は3人に語りかける。

「あれは夢ではない。全て現実だ。思考の流れの加速を君達は感じたはずだ。うまく言葉で言い表さずともよい。私はあの経験の感触を今もすぐに思い出すことができる。濃密でいて、一瞬の出来事。超人の感覚とでも言おうか」

「あれは一体何なのだ」

レインは問いかけた。

「サー・クサナギの持ち出した薬物、COJK-48だ」

「やはり、あなたは知っていたのか」

「ここにあるのは0.2ミリグラムだ」

「残りはどこにある」

「サー・クサナギも言っていただろう」

サラが口を挟んだ。

「種は蒔いたって」

「その通り。本とCOJK-48との相性はこの上なく良い。この本を出版できれば、世界は変質するだろう。誰もが知性の王国へと足を踏み出すことができるのだから」

「薬物全体は一体どこにあるのだ」

「さあ。宇宙中の組織や売人へと拡がっただろう。集めるにはどれほどかかるか。想像できない」

「ならば、ここにある分だけでも回収する。よこせ」

「いいだろう。でもお前はその薬物の味を知っている。使うなよ」

レインは頭から薬物を取りあげた。

3人は部屋を後にした。

レインは頭を抱えた。

「袋小路だ」

「確かに範囲が大きすぎる」

サラが2人に向かって言う。

「レイン、オルガ。さっき部屋で言っていたこと。本との相性がどうとか」

オルガは言った。

「なるほど」

「どういうことだ」

「本の所有者が薬物の所有者である可能性が高いということさ」

「大量生産品だろ。無駄なことだ」

「いいや。本は一社独占。そして基本はオーダーメイドだ」

「一社とはどこだ」

「シャーラ社だ」

3人はオルガの部屋に戻った。オルガは本の裏表紙をレインに見せて、言った。

「ここにシャーラ社の情報が印刷されている」

バーコードが印刷されていた。

「少し、待っていろ」

オルガが読み取り装置を探している間、レインとサラはコーヒーを淹れた。

「超人の思考で俺は自分の生がどこにあるか知った」

サラは興奮気味に言った。

「とてもなつかしい、友人達の夢を見た。そしてありえもしない彼らとの未来を見た。可能性のようなもの。嫌な現実を乗り越えられる、そんな気がした」

オルガが部屋の隅で叫んだ。

「あったぜ。旧式だけど使える」

オルガは本に読み取り装置をかざすと、情報がモニターに表示される。

「ここがそうか」

地図にインプットする。ここからはかなり離れているようだ。

オルガは部屋の行き先を入力する。


赤いランプが点灯する。

「ドッキング要請だ」

オルガは素早く信号を送る。

「停まる必要があるのか。急いでいるのに」

レインがぼやいた。

「無視はできない。宇宙は持ちつ持たれつなのさ」

移動部屋同士で光の道が繋がると、ドッキングの準備が出来た。ガタンと音がする。

「向こうの扉から入れるぞ」

オルガはそう言って慎重に扉を開けた。

扉の向こうでは物が散乱していた。物を避けながら、オルガとレインは部屋に入っていく。

広い部屋だった。デスクでは今もプログラムが作動している。仕事が行われているようだ。レインはモニターを見た。推移するグラフ。これは株価のようだ。

ベッドがすぐそばにあった。オルガとレインはベッドを確認する。そこにミイラが横たわっていた。

オルガは何も言わず、移動部屋の進路を近くの恒星へと変えてやる。そしてふたりは部屋の扉を閉めた。

「ドッキングを解除する」

するとゆっくり移動部屋は離れていく。暗黒の宇宙のなかを孤独にそれは飛んでいく。

柩となって。


シャーラ社の創業者は最初の本を手がけたとき、こう言った。

「拡張意識の誕生だ」

拡張意識とはいわば意識外へと落ちていく感覚の掬い上げである。この本を開いている間、全ての人はその能力以上の感覚的体験をする。それを人は詩的だとか美的だと言う。文を読み取るには一定の訓練がいる。しかし、この本は違った。ただ身をまかせ、心を開けば良かった。

すべての本は持ち主の感覚や脳波と同期している。だからすべて一点ものだった。

宇宙である噂が流れるようになる。改造された本が存在し、その本では超人の夢が見られると。所詮はただの噂だったが、それを信じて、シャーラ社にやってきた者達は少なくなかった。

マネージャーのアルベールは今度の客もその類だと思った。

目の前の3人の男女。金色の髪の女と大柄な男。そして浅黒い肌の男。そのうちの1人の男はわが社の顧客だということが判明した。残りの2人はどことなく堅気の人間ではなさそうだった。

2つか3つ、質問された。鋭い男の眼差しは少し怖かった。

そして本を1つ作ることになった。


10

レインが横になると、アルベールが機器をレインの頭に取りつける。

「脳波の同期、始めます。……あれ、振幅が大きいぞ」

アルベールは機器を点検する。しかし異常はなかった。

「レインさん、あなたの脳波は少し異常なようです。普通の人間の倍もある」

「本は作れるのか」

「前例がないので何とも言えませんが、やってみます」

機器がレインの脳波を読み取る。

アルベールは緊張した面持ちでそれを見つめていた。

機器のブザーが鳴る。

「完了です。レインさん、お疲れ様でした」

「本の完成はいつだ」

アルベールは書類を眺めながら言う。

「そうですね、一日あればできます」

「わかった」

レインはシャーラ社から出た。サラが待っていた。

「どうだった」

「なんてことはない。脳波が異常だとさ」

「半死人間だからね」

「そうさ」

1日後。

レインらがシャーラ社に訪れると、アルベールが待っていた。アルベールは興奮気味に言った。

「レインさん。お待ちしていました。昨日、作製した本、普段ありえない数値の脳波で、エンジニアたちも熱が入り、すばらしいものができました」

レインはそれに構わず言った。

「そうか。それで本は」

「ここに」

金属製の本だった。

「使ってみよう」

レインは本を開き、心を開いた。

レインは多世界感覚マルチ・センスを発揮する。それは二つの世界よりも多くの世界を認識することだ。

例えばアルベールが誤って、顧客リストをレインの前でばら撒いてしまう世界。その世界でレインは鋭敏な感覚を持ってリストを記憶する。

レインは本を開いた瞬間に神の目を持った。陳腐な言い方だがそうなのだ。

ありとあらゆる、もしもの世界をレインは巡った。全能感がレインを支配する。ところが5秒というところでレインはその場に倒れ込んだ。

「レイン、しっかりして」

サラの声がまるでうねるかのように聴こえた。

レインが目覚めたのはそれから3日後だった。

「どうだい、調子は」

オルガが尋ねるとレインは答えた。

「死んでいたかのようだ」

「半死人間が死ぬかよ」

オルガは笑う。近くには本があり、それは閉じられていた。サラがそこにやってきて言う。

「アルベールが言うには、脳に過剰な負担がかかったんだって」

「しかし、この本は使える。倒れる直前に顧客リストを見た」

レインはリストをすべて記憶していた。

「もう1日くれ。リストを書き上げちまうからさ」

その夜、レインはマッチの火をつける。COJK-48を取り出して軽くあぶる。するとレインの思考は加速していく。記憶の扉を開け、中にいる住人達の名前を聞く。全体で100人というところだ。

レインはチャールズ・ターナーとリストに書き込む。これで全員だ。

リストには彼らの部屋番号が記載されていた。

それから彼らは忙しく走り回った。宇宙の中で100人を探す旅が始まった。宇宙は広いが、人の集まる場所は限られている。

複数のコンドミニアムに黒い移動部屋はドッキングする。本を利用する人々に会う。そして薬物の在り処を問う。

そうして30日間が経過しようとしていた。

95件目の調査が終わると、レインはため息をついた。

全く成果があがらなかったのだ。すべて薬物とは無縁の幸福な人々だった。

96件目。扉をノックする。すると、緑色の光線がレインを貫いた。半死人間はこれくらいでは死なない。

すぐさま、住人を追う。

「オオシマ・ミゲルだな」

オオシマは移動部屋のドッキングを解除した。

レインは通信機で、オルガを呼ぶ。

「AFJ528の移動部屋だ」

「目視した。強制ドッキングをかけてみる」

レインは扉を閉め、事の成り行きを見守っていた。黒い移動部屋がオオシマの乗る部屋を捕まえた。

オオシマ・ミゲルはコバヤシ・ファミリーの一員だった。コバヤシ・ファミリーの頭領コバヤシはナユタ・コミュニティのシラサギの遠縁だったらしい。

「COJK-48について何か知らないか」

その時だった。

オオシマの移動部屋に衝撃が走った。外から攻撃を受けている。そう直感したレインはすぐさまオルガの部屋に駆け込み、オルガに言った。

「ドッキングを解除だ。はやく」

外からは強い揺れが続き、オオシマの移動部屋は散り散りになった。オルガの部屋も無事ではなかった。

3人は急いで部屋から出た。扉を閉めると静かになった。

装甲部屋モビル・シェルだ。あれは」

オルガが喘ぎながら言った。

「部屋なのか」

「そんなの部屋じゃないでしょう。兵器でしょう」

サラがそう言うと、レインは答えた。

「部屋はシップでもある以上、武装もありうる」

装甲部屋は仕事を終えると宇宙のなかへ消えていった。

「オオシマ・ミゲルは殺害された。誰の差し金だ」

オルガが言った。

「装甲部屋は俺たちも殺したかったんじゃないか」

「私達を、どうして」

レインが答えた。

「COJK-48について嗅ぎまわっているからな」

「なんてこと」

オルガは移動部屋の査定に出かけた。結果はコンディション・レッド。最悪の値段がついた。

「新しい部屋が来るまで、ここで宿泊する必要がある」

窓からは見かけだけのきらびやかな宇宙が見える。

レインはベッドに横になる。そして眠る。目を開くと、隣にサラがいた。

「レイン。私、すべてが終わったら友人を訪ねるために部屋を借りる」

「すべて、やり直すのか」

「ええ。仕事も変える。だから、今日でこの仕事もおしまい」

レインはサラの髪の匂いをかぐ。そして抱きしめた。


11

「レイン、新しい部屋が決まったぞ」

オルガの声だった。

レインの傍らにいたサラはおらず、ベッドルームはガランとしていた。

「入るぞ」

オルガは書類をテーブルに置き、嬉々として、新しい部屋のことを話す。

レインはぼんやりとそれを聞いている。レインは立ち上がって言った。

「顔を洗ってくる。それで熱いコーヒーだ」

「わかった」

サラが揃ってから、3人は新しい移動部屋の扉の前に立った。

新しい移動部屋はワンルームだった。

「狭いな」

「ニュー・ニホン・シティの四畳半ワンルームを思い出す」

「まぁ、文句を言うな。最低限の設備にしたのは理由がある。これだ」

部屋の隅にそれはあった。録画機ヴィデオ・マシン

「これは部屋外の状況を押さえておくものだ。360度、隙間なく映像にしておける。攻撃があったとしても、これで誰がやったか、追跡ができるはずだ」

「武器は」

「俺は平和主義者だ」

「持たないってこと」

オルガは座席につき、移動部屋を操縦する。ホテルから移動部屋が離れていく。このホテルに再び来ることはあるだろうか。宇宙は広い。もしかしたらその日は来ないかもしれない。

レインの通信機が鳴る。相手はジェムだった。

「いまどこにいるんです」

ジェムに居場所を教えてやると、戸惑いながら答えた。

「そんなに遠くに。でもなにもかも、遅いんです。ホセさんがうちに来て、言ったんです。薬物を持ってこないと殺すって」

ジェムは怯えている。レインは調査情報をジェムに伝える。

「ナユタ・コミュニティの仲間に薬物が渡ったっていうんですか」

「そうだ。連中は本と薬物を混合して、市場にばら撒こうとしている」

「なんてことだ。薬物は戻ってくるのですか」

「薬物は取り戻す」

「ああ、良かっ……」

通信機から銃声がした。レインは通信機を耳から離した。通信機から声がする。

「お前がレインか。ホセだ」

「ジェムを殺したのか」

「そうだ。それにお前は内情を知りすぎた。場合によってはお前を殺すことも視野に入れている」

武装した部屋ラプターをよこしたのは、あんたか。ホセ」

ホセは困惑したようだ。

「違うのか」

「違う。エドワード、お前か」

ホセの奥でエドワードが言った。

「いいえ」

「何にせよ、レイン。お前はこれから全世界から狙われることになるだろう」

ホセは高らかな笑い声をあげた。


12

レインは本を用意して考えに耽っていた。ブラインドから光が射す。外の光ではない。劇場道具セットの光だ。

薬物はこの宇宙で見つかる可能性があるだろうか。宇宙は無限か。いいや、有限だ。レインが半死人間、つまり生と死の重ね合わせ状態にある以上、この宇宙は箱の中だ。宇宙は有限で、それは殻の中にある。

宇宙殻が存在するならば、無限に続くかのように見える宇宙でも殻との距離によって、座標として記述できる。

光明が射してきた。

宇宙殻の場所を特定するにはどうすればいいか。まずはそこまで行ってみるしかない。

「オルガ、宇宙の果てまで飛ぶことはできるか」

「宇宙の果てが存在するかによる」

「あるさ」

「この移動部屋じゃ、50年近く、いやそれ以上かかるぞ」

「オルガ、移動部屋の借り方を教えてくれ」

――レイン・ハワードとレインは契約書にサインした。

「いい部屋だな」

レインは部屋を借りた。

レインは早速、無限の外側に向かうために、行き先を無限とした。

探査用移動部屋レイン・ハワード号は遥かな宇宙の旅に出た。


13

初めて脳と本を同期させたとき、本にはレイン・ハワードの物語が記入された。レインは部屋の隅に座り、その物語を読んでいた。

依頼主は死んだ。そしてレインは世界から狙われている。それはちっぽけな世界にすぎない。

あのガタロ・シティの街のごく一部。世界は矮小だ。

宇宙には様々な街がある。それをホテルという一つの世界から覗き込む。宇宙という世界の入れ物は大きすぎる。旅をしてきてレインはそう思った。

探査用移動部屋からは時折、信号が送られてくる。今もその移動部屋は宇宙殻を探している。宇宙殻は存在している。レイン自身がその証拠だ。

もうじき本を開いて3秒というところ。レインは本を閉じる。

本の内容は波に変換される。その波は宇宙中に拡散していく。

それは例えば、夢想家達の夢にはっきりとした映像として現れた。

レイン・ハワードの物語はこうして全世界、全宇宙に知れ渡った。

COJK-48はそうして明るみに出た。

ある日、オルガが録画機の更新を始めると、ある映像が録画されていることに気がついた。3人は揃ってモニターの前に座る。

タイトルが映る。

「レイン・ハワードの冒険」

レインのアップショットが画面に映る。

「俺がなんでこんなところにいる」

サラが怪訝に尋ねる。

「これがあなた」

レイン・ハワードは20世紀の古い探偵の姿であらわれた。22世紀のレインとはまるで違う格好だった。そして映像のなかのレインは半死人間ではなかった。

「レイン、仕事だ」

レナードと名乗る男からの電話だった。薬物COJK-48を奪った人物を特定しろとの事だ。レインは受話器を置く。窓の外を見る。車の流れ。そして藍色の空。満月だった。シティ・エルドラド。

すべてが微妙に事実と異なっていた。それでも、レインはこの物語に強く惹きつけられていた。筋書きはやがて、マフィアとレインの争いに発展していく。

モニターを食い入るように見つめる3人。

レインは殺し屋に狙われる。殺し屋は街でレインに発砲した。倒れるレイン。やがて雨が降ってくる。物語はそこで終わった。

「こんな最期ってある」

サラが問いかける。

「すべて、虚構さ。胸糞悪い」

オルガが答える。

「でも半死人間に死という答えが与えられる。今まさに生きていることを実感した、この世界の俺はとても幸福だったろう」

レインは誰に言うでもなく呟いた。

それから日に日に、大量の「レイン・ハワードの冒険」が録画機のなかに更新されていった。すべての物語はレイン・ハワードの死という結末だ。


14

3人はホテル・バッカスに移動部屋を停めた。

フロントスタッフがレインを見て、目を見開く。

「レイン・ハワード」

レインは首肯する。

「レイン・ハワードの冒険、面白かったです。サインをお願いしてもいいですか」

フロントスタッフの話を聞いていると、レイン・ハワードもCOJK-48も虚構の設定だと考えているらしかった。

フロントスタッフの歓迎が終わると、レインらはホテルの部屋に荷物を置き、外に出る。

3色の旗がはためく。パレードが行われている。今日は記念日のようだ。

3人は店に入り、昼食をとることにした。

食事が運ばれてくるのを待つ間、オルガが口を開いた。

「薬物への道筋は絶たれた。これ以上の捜索は無意味じゃないのか」

「確かにそう。レイン、あなたの旅はこれで終わりにしましょう」

とサラが言った。

事件が「レイン・ハワードの冒険」によって暴露された今、もうレインの出番はないかもしれない。レインは考えてみる。銀河連邦警察の麻薬取締課の出番ではないか。

「明日、銀河連邦警察に届けてくる。それでいいだろう」

2人は賛成した。

昼食を終えるとレインは背後に違和感を覚えた。しかし、気のせいだと思い直した。3人は何も考えず街中を歩き回った。バーに入り、ワインを3本空けた。いい休日だった。ホテルの部屋に戻る途中でオルガと別れ、サラとレインはふたりきりになった。

オルガの姿が見えなくなると、2人は歩き出す。

「ねぇ。レイン。旅が終わったら、私と一緒に来ない」

「ああ、考えてみる」

「約束して」

「もちろんさ」

2人はホテル・バッカスに着くと、エレベーターに乗った。

レインは扉を開けた。

部屋に入ると、待っていたのは小柄な女性の殺し屋だった。

レインは咄嗟に言った。

「部屋を緊急でパージしてくれ」

殺し屋は狙いを定めた。


15

無線。殺し屋の楊明鈴ヤン・メイリンからだ。

「ホセさん、ついにやりましたよ。レイン・ハワードを殺しました」

ホセが答える。

「奴は袋の中の鼠だが、シュレディンガーの猫でもある。十分に気をつけろ」

モニターのスイッチが入る。ホセが言った。

「誰だ。モニターをつけたのは」

沈黙、誰も答えない。モニターから声がする。

「俺だ。レインだ。あばよ、ホセ」

モニターの電源が落ちる。

世界は暗転し、二度と明るくなることはなかった。

そして雨は降ってこなかった。