マイクロノベル50 Part 2

小林ひろき

「小説が落ちてくる。それは良く晴れた日のことだった。真っ赤に燃えた小説が、流星のように降ってくる。わたしはそれを素手で拾い上げる。ウィスキーを飲み干した、ぼんやりとした頭で明日のことを考える。小説はまだ来ない。夜が明ける頃、小説が落ちてくるだろうか。これは賭けだ」



「列島を九〇度回転させる。これが列島を防衛する標準の見方である。つまり背後は大陸、前面は太平洋となる。敵は海から来る。――来る。オホーツク海、沖縄は最前線。列島は回転する。ぐるぐる。そして宙に飛んでいく。ぐるぐる。そんなことはない。列島はそんなに軽くはないのだから」



「こういう仕掛けさ。一日が終わってまた同じ日々が来る。つまりは同じ日の名前をかけかえているに過ぎないのさ。月火水木金土日とね。だから明日からは別に海天冥と続いていてもいいはずさ、誰も困らないからいいじゃないか。だったら日日日日日でもいいって? そうかもしれないね」



「コインを6個置いた。「これで何卒」しかし相手は首を縦に振らず、紙幣を1枚重ねた。それでも相手はノーだ。ならば札束を用意したが、相手は目を瞑ったまま。金塊を取り出す。「駄目だ」三途の川はハイパーインフレ。死者でごった返している。なので景気は良いと聞く」



「いまからでも遅くない、腹に中性子星が出来ているぞ、と言われたので天文台に急いだ。学者が望遠鏡で覗き込むとああ確かにこれは中性子星だというので脈拍を測ると電磁波がある。熱はあるかと聞くとあると言う。「困ったな、ベッドの空きがないんだけど」「このご時世ですからね」」



「双眼鏡で遠くを見た。次々と文が集まって大挙している。そのなかのとても美しい文が目を捉えて離さない。いつまでそうやってその運動を見ていたか。そのうち、自身の何かが共鳴していることに気づく。いやそのときには手は文字となり体は文となり、遠くの運動に私はなっていたのだ」



「道に紐が一本垂れている。それはどこまでもどこまでも伸びている。行き交う人々はそれを見つけると引っ張ってみる。それは長い産道を今か今かと引き摺られてやってくる。もうすぐだ。光はすぐそこだと言わんばかりにやってきた。それが生まれたのは一〇か月と二〇日目のことだった」



「何を競うわけでもなく私達はそれを始めたのです。決してそれを始めてはいけなかったと今では思います。それは実験でした。暗い、人間の奥底に巣食う怪物、それを見るための。私達は目撃する。そこに、そこに、そこにも。戦艦が来る。あなた達を救うために。蠅が飛んでいますよ」



「「本を読むとき、紙面のレイアウトが脳に残る。頁を手繰ると次の情報が入り統合され、脳の中の情報も更新される」と師匠は言った。物質としての本を構成するのは詩学なのだ。まだ見えぬ像を懸命に見る作業。師匠は言った。「まだ見えていないのだな」「コンセプトは明確なのに」」



10

「切るほどに切れ味が悪くなるのは包丁の運命。料理人の宿命ですわ。まず包丁はキッチンペーパーに包みましょう。そして、入念にタオルを巻きます。輪ゴムをかけてしっかりと固めてください。そしてここからが重要なのですが、高い所にしまいましょう。我が家は神棚に隠してあります」



11

「これは堆い伽藍だ。誰に言われたわけではない。その原因はすべて私だ。私と私の図書カードが悪いのです。あるいは興味を誘う表紙が、あらすじが、本が開けること自体が悪いのです。ビニールで覆ってあった時期もありましたとも! そして来たる地震。崩れる伽藍。待て、次回!」



12

「もう終わったのだと言われ、未練がましく空を仰ぐ。もうおれはあいつの相手はできないのだと言われる。マネージャーの彼女もいないのだと言われる。甲子園は終わったのだと言われるが、もとより地方大会敗退の我が校にはそんなものは夢であったと言われる。いま目覚めたところである」



13

「村上春樹濫造機が出来たとして、するするとそれのハンドルを回す。原稿が次々と製造されるのだが、大事なのはその後である。湯を沸かし、スパゲッティを茹でる。そしてソースを絡めるのである。道理で使用者のスパゲッティの腕が上がるわけである。バドワイザーを開けて飲んでいる」



14

「長らく超短編は個体数を減少させて、絶滅のおそれのある文芸の種と考えられてきました。しかし我々は新大陸の発見によりその常識を改めなければなりません。今や、空中を飛ぶ超短編twnovelや、甲羅を背負った超短編マイクロノベルなどが次々と発見されている現実があるのです」



15

「ヘッズのボーカリスト、アキヒロは一〇代の男女から絶大な支持を受ける存在であった。しかし交通事故で他界。彼の歌声を再現したAIボーカリスト、AKIが発明される。しかしアキヒロの息子、エイタが立ちはだかる。プログラムか遺伝子か、どちらが正統な後継者なのか、いま審判の時!」



16

「小説の秘技を求めてジャングルの奥地に進んだ我々の目の前に現れたのは巨大なモノリスであった。それに触れた途端、脳に電撃が走り、我々は何者か、どこから来たのか、どこへ行くのかなどと疑問がつぎつぎと浮かび、ゆらゆらと風景が歪み、目覚めると我々はジャングルの入口にいた」



17

「天の光は拗ねて欲し。/これは私が書いた文言ではない誤謬だ……。堺の中心で愛を叫んだけもの。/さっきから私の言葉はなにも意味を持たなくなっている……。流れよ、わが涙と血管が言った。/これは私の身体が勝手に打ち出しているんだ……。/人間衣装/たったひとつの冷えた焼き方」



18

「わたしたちのオリジナルは二〇年前に火星に入植したと言われています。それからというもの、次々と無性生殖して、今や人口は九万人。有性生殖でも五万人の人口を有しています。労働力があっても、火星では大した指標になりません。火星の労働で最たるものは神輿を担ぐことなのです」



19

「「無事に帰れましたか」祖母の家から電話がかかる。「帰れたよ」と僕。祖母の家から帰る度、そんなやりとりをする。窓から見える人知れず帰っていく人々、ナトリウムランプの物悲しい光。僕は家路に着いた。カロンから帰ったばかりだというのに、祖母の皺の寄った手が思い出された」



20

「すぐに終わると旅に出る。目的地は定めてある。うんうんと唸っては進む。そうしてここが自由な土地だと分かる。歩幅は前よりずっと大きくなる。でもそっと耳に「君はひとりだ」と囁く声がする。ここが荒野だと気づく。引き返そうにも足跡は砂で消えている。それでも道は続いている」



21

「時間の方向が変わり、それでも人類がなんとかやれている世界。会話はさかしま。それでも耳は慣れている。時折、ある文章があたりに響いて、みんなをハッとさせることがある。紛れもない回文の発見だ。一年に一度、ノーベル文学賞にその物語はあった。すべて回文で書かれた物語が」



22

「「恍惚とした時間がここにはあるんだ」そう言って夫は眠ってしまいます。毎夜、毎夜。つまりはノーなのでしょう。そんな矢先、睡魔を抑えるには歯磨きが効くという話を聞いてきました。今夜は興奮してきます。こうして夫の口に歯磨きブラシを突っ込むのですから」



23

「ツバメが運び去っていく宝石は僕の幸福だ。昔読んだ絵本にそんなことが書いてあった気がする。脳の研究を進めていく内に、君や君達はドーパミンやエンドルフィンにしか過ぎないのだと思うようになった。君がくれたマフラーに思いを馳せる。僕の幸福もセロトニンに過ぎないのだろう」



24

「#その空隙を140文字が攫っていく。#やられた。#ぼくらはそんな遊びを三年は繰り返している。#どれだけ繰り返すのか? #ぼくたちは捕まえたい。#至る所にある文の切れ端。#今だってほら君にも見えているだろう? #青い文そのものがぼくらの標的だ。#その隙間にもあるだろう?」



25

「深い黒を作りたくて、墨を磨る。硯に豊かな黒が広がり、独特の匂いがたちこめる。筆に墨を含ませて、紙に乗せる。こうしているうちにこの黒は理想に届かないと知る。私が見たいのは星のない空の黒。深淵を覗いたような黒。いのち絶えるときの目玉の黒だ。まだ足りない。まだ足りない」



26

「こんな道あったか? とぼくは疑問に思う。ぼくは道を進んで、町に着いた。町では店が軒を連ねる。ぼくはキョロキョロしてしまう。そして見知らぬ町を出る。あの道とこの道。この道は良く知っている。接続されるはずのない道がメビウスの輪のようにくっつく。夢の中ではよくある話」



27

「噂の拉麺屋に行く。口コミサイトで満点とある。期待が膨らみ、行列を並び、食券を買い、席に着く。注文をして、楽しみに待つ。ラーメンが出来る。音を立ててすする。スープを飲み干すと底に、美味しかったか/おかわりはいるか、と書いてある。まずかったと文句が言えないのである」



28

「印刷されたわたしは同じく印刷されたあなたに、このように説明した。「わたしをルーペで覗いて。小さな点々で出来ている。わたしのオリジナルも元々は点々で万物を構成しているのは点々なのだ」「なら、きみとわたしに大した違いなんてない。点々の組み合わせが違うだけなのだから」」



29

「こんな変な小説を書かないで、もっと若い人にウケるような小説を書いてください。もっとキャラクターが立った小説が読みたいです。きれいな蒼氷色アイスブルーの瞳の男性が出てきます。朱殷ブラッドレッドの髪色の女性が出てきます。男が一瞥すると琥珀色アンバーの垂れ幕がばさりと下り猩猩緋スカーレットの伝説が今始まる……!」



30

「「偶然そこに居合わせた鶏と偶然そこで生まれた卵を親子と呼ぶには難しい。親子丼とは言い難い。または豚の親子丼だって他人丼だろう。他人と他人の、満員電車みたいなものだ」「何怒っているんです? お義父さん」「親子の関係について語っていたところだ」「あら私達と一緒」」



31

「これはfictional engine。戦争に使われる機械。これは架空の、架空であるからこそ、人々を魅了し、そして虐殺した。若きウェルテルの悩みを知っているか? 応用に入ろう。これから始まるのは、彼女とあなたが採用し、実験し、動かしたfictional engine。架空の情報ものがたりを処理する機関」



32

「ここに書かれているのは、ある文法で書かれているのですが、熟練した書き手あるいは読み手でなければ、文法構造を理解し、真意を解読することはできません。この文章や物語はある文法で書かれています。それは人々の深層意識に浸透しある行動に駆り立てます。さぁ、始めてください」



33

「わらべのときはかたることもわらべのごとく、おもうこともわらべのごとく、 ろんずることもわらべのごとくなりしが、ひととなりしはわらべのことをすてたり。いまわれら、かがみもてみるごとく、みるところおぼろなり。なにって? うーんとね、おきぬけの、おにいちゃんがいってた」



34

「始発駅が終着駅である世界で、ここには果てがあると知る。ぼくたちの夕暮れには、すこしずつ不穏な気配がする。ここではないどこかで。きみは知っていた。ぼくたちの真実を。すべては、あのむこうの信号の見える風景は虚構。毎日眠りにつく寝台さえも虚構。ぼくたちに出口はない」



35

「日頃からの感謝を込めて、スペシャルウィークを開催します。この期間では、ポイントは一〇倍、商品は三〇パーセントオフとなるほか、クーポンの発行やマイバックの無料配布といったサービスがあります。詳しくは裏面の通り八万円の更新料が発生致しますので奮ってご参加ください」



36

「童貞のまま生涯を終える人口は今年過去二番目の多さ。この事実を重く見た性府は、半径二キロメートルの生物を昏倒させるフェロモンIKS-R4の備蓄を開始。なおこの物質はマイナス七〇度で保存しなければならず、その設備はCOVID-19ワクチンと競合しており、各国首脳の悩みの種となっています」



37

「火星の極冠という辺境の地でも、腹は減る。手元にあるのは、じゃがいもとじゃがいも。どうしてじゃがいもしかないのかは察してほしい。「そうだな、ホワイトシチューがいいな」と今はいない妻に言う。ガランとした火星基地でじゃがいもを鍋に入れて煮込む。ぐつぐつ。ぐつぐつ」



38

「桃や李がものを言うようになったのでその下には大都市ができました。若者が沢山います。犯罪が横行しました。銃の販売が奨励されました。たびたび人が何の罪もなく殺されます。これではいけません。桃や李を見つけたらなるべく急いでその口を閉ざしましょう。お姉さんとの約束です」



39

「銀河帝国の三英傑、クラウス、シャルル、リオネルはお互いを想い合うが故に、友愛を超えた仲であったと後世に伝えられています。もちろんそれは多くの名もなき作家たちの想像でしかなく、歴史とは言いません。ほんとうの歴史は当時の権力者によって■■■■■■となっているのです」



40

「ー、ボールを投げてはいけない。二、ボールを捕ってはいけない。三、バッドを持ってはいけない。四、塁に出てはいけない。五、走ってはいけない。――これが我が校に伝わっている野球のルールです。すべてローカル・ルールですがね。今は二〇八〇年、この管理社会では必須のことです」



41

「「何を隠そう――」そう、私は何かを隠していたのです。いまそれはなにかは分かりません。顔? そうかもしれません。正体? そうかもしれません。何を隠そう、わたしはお前なのです、とか。もうそろそろアイデアも無くなってきました。でも、ひょっこりと姿を現すかもしれませんね」



42

「ウサギムシという生き物は宇宙に放たれても死なず、水分を取らなくても、放射線をぶつけても、煮えたぎるお湯に落としても死なない。いったいどうすればウサギムシを死なせられるか? 研究者たちは悩んだ。試験管に一匹ずつ入れるとウサギムシは死んだ。孤独が一番の大敵だった」



43

「カーテンを開けると眼下に青い星が見える。C^18で進む私達のメゾン・太陽風は長い旅路を終えて落ちていく。移動住宅のほとんどが航路を変えてリタイアし、宇宙移民になっていくのが普通だ。私達は目的通りに地球に着いた。振り返ればずっと長い間、祖母の味噌汁の味さえ忘れていた」



44

「今まで話してきたすべてのほら話。話という生命でもある。種は蒔かれた。種が発芽するのはずっと後のことだろう。話は作家のなかで更新され続ける。設定は世界に成長する。私の背丈ほどの高さだったのに、いつの間にか彼らの心を揺らしている。まるで風が吹いているみたいに」



45

「曠野。ブルーアワーの空に輝く線が伸びる。隕石が落ちるという話。話というのはラジオが言っていることだからだ。帰るとテレビをつける。ニュースキャスターが世界が終わるまで七日と言う。七日だって? 世界は天井に貼り付けられた隕石で終わる。本当に? いや脚本にある」



46

「探せども探せども蛇は見つからない。いつしか人々は蛇を忘れ、千年の時が過ぎていた。蛇が見つかったとき人々は恐れた。その尾は天の星の三分の一を掃き寄せ、それらを地になげ落とした。龍は子を産もうとしている女の前に立ち、生まれたなら、その子を食い尽くそうとかまえていた」



47

「冬。ぼくらは何も持たず、何が面白いかさえ分からないでいた。ぼくらは踊る。チェロの音、ダンス、ダンス、ダンス。踊り疲れて寝転がると波打つ音がする。ぼくたちは知っていた。海が背後に広がっていることを。一匹の亀が海から上がってきた。耳をすませば確かに旋律が聞こえていた」



48

「木星までくんだりしたのは異星人が夢の超物質の作り方を教えるからなのだが、いまいち説明が回りくどい。製法も簡単じゃない。部品が多い。努力が必要。面倒くさい。期限は迫ってきている。「つきましては、この案件は無かったことに……」と言うと、気づけば窓際で空を見ていた」



49

「「こちらがロンギヌスの槍。で、こちらがカシウスの槍。さらにガイウスの槍。そしてアンギラスの槍。奥にあるのはゲイボルグの槍ですね。どうぞ、ご覧になってください。一本あたり、そうですね、結婚式をあげるくらいの価格になりますが。かしこまりました。月払いですね」」



50

「高度に発達した科学技術は魔法と区別がつかない――。月には魔女が住む。科学者達が月に調査しに来た。彼らは魔女の部屋をくまなく見た。何かひとつでも地球に魔法を持ち帰ろう。魔法のランタンが暖かく灯る。ランタンがLEDなるものと気づくものはいない。いまは文明崩壊後の世界」