マイクロノベル50 Part3
小林ひろき
1
古本屋でSFマガジンが山積みになっていて自転車に積んで帰ってきた。図書館でリサイクル図書のコーナーにSFマガジンが一冊あった。乾いた褐色のページからセンス・オブ・ワンダーの残滓がいまも半減期を迎えずに滴り落ちている。あなたはいまとんでもないごちそうを与えられたのだ。
2
デリバリーベイビーなる人工子宮で育った子どもたち。育て親のもとに子どもたちを配達するのは、移民系の貧しい人々だった。彼らの原型はパンデミック時代の、大きな四角い箱を背負った若者たちだったという話で、仕事は飲食業の配達員だったという。現在ではデリバリーストークと呼ぶ。
3
エキゾチック粒子が発見された。速度を持った物体がぶつかると別のエキゾチック粒子の場所にぴょんと飛び出す。すっかり宇宙では光速航法に変わるワープ航法が普通になった。フォーマルハウト二〇五九、ひとつの事故が銀河を巻き込む大戦争に繋がるとは誰も信じてはいなかった。
4
校正の仕事で身を立てているが、暗がりに道は続いている。たとえば夏みかんの匂い、真っ青な空を映したような海、光へと続く線路、胸の高鳴り。挫折。あの経験以降すべてが遠くなり、情熱も日常に消えていった。休日、ふと通りがかった路地の向こう。失くしたものがきっと分かる。
5
走り出した君の背中。追う僕は君との約束を思い出すだろう。もういつの頃からか君の背中は見えなくなって、霞む風景に消えていく。僕達は走り出したら、もう二度と会うことはないことを知っていた。もし出会うのなら二人で気持ちのいい場所へ行こう。青いスタートラインに僕らは立つ。
6
目の前にあるのは最愛の人の遺体である。今から始まるのは降霊術ではない。彼女を死に追いやった原因を調べるために蘇ってもらう。結果から原因を推定する方法は19世紀末ごろから始まった。現象の、説明の不可能性が高まったからである。帝国は死者で溢れている。原因を教えてくれ。
7
呼吸する石がある。太湖石というらしい。音は聞こえない。噂を聞きつけて人々が集まり、小さな街ができた。人々は気づかない。地球の鼻や口が太湖石なのだと。閉じてしまえば地球の風は止まり、水の循環も止まり、火山活動も止まるだろう。地球の息は生命を生かしている。すーはー。
8
書家が仕事を始める。○と書き、なんと読むかと問う。彼は答える。すべて、宇宙と。言語学者が書を分析する。書家の乗る宇宙船は人々のざわめきを知らず、堂々としている。言語学者は書を読み解く。夜、彼のいうすべてが分かる。未来が見えたのだ。今見えているのはあなたの死。全て。
9
標本作りが得意な友人の家で、ドイツ箱を見せられる。うっとりと標本の美しさに見入っていると、生命が宿っていた事実を忘れそうになる。躍動していた彼ら。今は永遠の姿になっている。服を脱いだ私は今から永遠の姿になる。唇に毒を塗る。私の手にはくしゃくしゃになった蝶の標本。
10
初夏の匂いがしてきて、ぬるい潮風が吹いてくる。夏なのだというのにエアコンは効かない。冷蔵庫は開け放たれ、冷気があたりを少しだけ満たす。鍵が刺さったまま。玄関のサンダルは散らかり、猫が甘えた声で鳴いている。マンション住民消失事件の朝。もう誰もあの夏から帰ってこない。
11
数学はぎりぎり、英語は低空飛行、国語はまぁまぁ。社会は密接に関係してるわけじゃない。理科は好き。体育は苦手。では何ができるって言われたら、教室の隅で物を作ることくらいじゃないですかね、と答える。先生は何も言わず文を書かせる。そういうわけでわたしはここにいるのです。
12
3月だけ逆行するというので、卒業式はみんな揃って2年生になる。先輩は後輩になるし、繰り上げ進級で後輩が先輩になる。第2ボタンのない後輩たちは先輩にボタンを貰い、偏差値は上がる。我が校は県内トップクラスの学力を持つと教頭が威張る。けど2年生を社会人にするわけだから。
13
怪獣を生物学的に分析すると聞いて君は笑った。科学的にありえないでしょと君は言う。散々罵られて、山手線から外を見ている。たとえばスクランブル交差点、東京ドームの向こう、秋葉原の空。いつか見た都市の風景にいつも重ね焼していた怪獣たち。現実は溶けてこうして現に存在する。
14
視点視点と言われる。つまり世界が、映し出す心がなければ存在し得ないという立場をとられるのですね。いえ、世界は心が無くても存在していますよ。そう思います。でも個人の死は視点の死である。けれども、多くの人の視点に支えられていると言われたらぐうの音も出ないですが。
15
捨てたのは本やCDやテーブル、テレビや冷蔵庫で輪郭付けられた私はすでに輪郭を失いどろどろに溶けている。サナギの中の私は新しい私になっている。新生活の始まり。そのはずだが一向に羽化しないのでお隣さんから苦情が入っているらしい。異臭騒ぎもしている。さてどうしたものか。
16
「いま、いま、いま……いま。見てください。彼の時間は止まっています」「つまり、飛んでいる矢は観測している各瞬間には止まっているということです」「このことを応用してコールドスリープ装置を作りました」「おおー!」「で、誰が彼が眠っているあいだ、観測し続けるのですか?」
17
20世紀末、高度に発達したマニピュレータは物を掴む、取るといった簡単な動作から、捻る、結ぶといった複雑な動作まで可能にした。現在、行われている競技会ではロボットが筆やペンを取り、切り結ぶ「文芸」を提示していて、人工知能の「文芸」とは違ったありかたを示している。
18
親父が帰ってきた。どこにいるとも知れず、お隣さんからは「お父さん、最近、見てないね」と。粒子加速器の事故。マイクロブラックホールに吸い込まれ、事故現場で月食の時だけ姿を現す。動きは緩慢で、何かを叫んでいる。俺はもう成人しているんだ。過去は帰ってこないでくれ。
19
SF的に意味のある文のまとまり。SFは無限だと言うなら話は終わりだ。考えたいのは有限なSFという点。すべてはヴェルヌやウェルズの引用だとする。このように仮定すると全てのSFは幾重にも築かれたSFの城の影だ。または脈々と受け継がれる遺伝子か。中二病か。無限だと言い換えるなら。
20
「敵国の進撃を破る人型決戦兵器を開発しています。コードネーム、タイプαED5。実戦投入までのロードマップは出来ています。ただ」「ただ?」「パーツε09は国内では入手できず、開発もままならない」「どこで入手できる?」「敵国です。軍部に作戦を提案します。敵の首都に電撃……」
21
原稿用紙のなかに生き物が住んでいる。時折泳いだり、ピチャリと跳ねたり、糞を出したりする。原稿用紙が埋まると次の紙に移す。そうやって今まで、まるまる一ヶ月はやってきた。明るい見通しを立ていた頃、近くの文房具店が閉店し、困ってるとき140字のここを見つけた。狭いかなぁ。
22
その生き物は最初、マカラと呼ばれた。子どもたちが集まって鯱鉾と呼んだ。大人たちが集まってシャチと言った。なんだか収まりが悪いので、学者達が集まってマカラ=ザウルスと名付けた。名はいくらでも名付けられ古史羅やらKAI-JYUやら呼ばれて、今は東京湾の名物になっています。
23
NEAを削除してください。辞書からNEAが消えた。東北方面隊が消え、ニューイングランド水族館が消え、ネパール電力公社が、ニューイングランド航空が、原子力機関がつぎつぎと消えた。最も成功した事例としては、地球近傍小惑星が消えたことで、地球が救われたことが知られています。
24
なぜ息が出来るか不思議だった。月面に一人倒れ込んだおれは暗い空を眺めている。そこにふわふわの毛を着込んだ駱駝がやってきた。ふわふわだなと思ったおれの手もふわふわで体中ふわふわだった。月面でも生きられる菌類の仕業だと後の研究者たちは語る。どうしておれは爆発しない?
25
1939年1月、アリゾナ。物真似石という石が見つかる。周りの物を真似る不思議な石である。それはアリゾナ州立大学に保管されていたが、9月以降の大戦のごたごたで、その消息は分からなくなっている。しかし2019年現在、石はマンハッタン島の地下に保管されているのはNSAしか知らない。
26
彼は優秀な兵士だったのです。戦闘はもちろんのこと輸送、土木、医療などの支援でも優秀でした。また諜報活動にも長けていた。みんな油断していたのです。その可愛い見た目に。名前はマックス。体毛に覆われた体はしなやかな筋肉を持ちます。彼は知性化された最初の犬だったのです。
27
コピー人間は悩んでいた。「おれ、おれだよ」「だれだ?」「おれはお前だ」「何だと」「いや違う、おれ、事故にあってしまって。ここに振り込んで欲しい」「お前はおれなんだろ、自分で解決するだろう」「いや、おれはお前だけど、お前がおれだとすると、おれはいったい誰?」
28
亜光速飛行が可能になった時代。人類は二つに分かれた。若者と年寄りである。若者は若いまま銀河じゅうを飛び回り、スペースイーツと名乗っている。スペースイーツは快適、スピーディ、銀河の果てまでランチを届けます。年寄りは取り残されて銀河の隅で帰らぬ人々を待っている。
29
魔法をプログラム化したものなのです。ここではプロップの「三一の機能」を用いて詠唱します。始めてください。三一じゃ、長過ぎますか? そうですね、省略を許します。機能一から機能二、機能三、四を省いても構いません。詠唱で本質的なのは機能全てではなく、この文なのですから。
30
「つまり太極なのさ」太極より両儀が生じ、両儀から四象、四象から八卦。八卦からはもう分かるね。私達は集合的無意識のなかではひとつであったのさ。それを仏教では阿頼耶識と呼ぶ。そのなかで分かれたのが現在の量子サーバーシステムの情報生命体、第三次人類と呼ばれる人間である。
31
アレクサンダーは手袋を投げつけると、中華鍋を振るい目の前にチャーハンを盛り付けます。間違いない、これは特級厨師のチャーハンだとリナルドが唸ると、隣でロランが確かにと頷きます。いいえ、これは大歴史ロマンの始まりだったのです。そうして三人はあてのない旅に出かけます。
32
「文字が通貨になるって聞いたんだけど?」「新手の宗教?」「いえ、1文字1円だと聞いて」「堺さん、今いい?」「いいですよ」「この人、変換に来てるんです」「こちらへ」案内されると巨大な印刷機。「文字を」「ゆ」「変換不能」「夢」「今夜、支払いします」「どこで」「夢の中で」
33
記憶の窓でどこへだって行けるよと彼女は言う。私は思い出の場所を行ったり来たりした。出ていけばどこにだって確かに行けたのだ。時間は無くなり一瞬なのか永遠なのか。とにかく、ここではない遠くに出かけたくて。夏は終わってしまった。脳の網目のなか、自分という檻にいつからか。
34
マンデルブロ固有振動により、地震頻度が飛躍的に低下した未来日本。トーラス型構造体により、高層建築はさらなる飛躍を遂げた。その設計思想はエマニュエル形式と言われ、今まさに落成式が行われようとしている。空には飛翔体が降り注ぎ、いま超構造物対ミサイルの決戦の火蓋が、が。
35
131億光年先だってさ。なかに銀河があるって推測。いまなら誰の土地でもないはず。月の土地がいい例。で、諸君には権利書を持って行って、「ここはわたしの土地なので皆さんには出ていってください」と高らかに宣言して欲しい。いや宇宙侵略とも取っていい。正式な手順は踏んでるから。
36
隠し惑星というわけだ。初めは、銀河の向こうに惑星があるらしい。恒星に程よく近く、ゆっくりと自転しているという。建設業者や不動産会社が色めき立った。問題は遠さ。コールドスリープ技術を完成させ、最初の調査団が編成された。明日は地鎮祭。もし神がいればの話。ここまで150年。
37
博士の城へ出かけると、巨大な岩石の上に小さな城が建っているのでした。城は彼の作った反重力装置によってぽつんと浮かび、まるでマグリットのピレネーの城のようでした。琥珀色の夕焼けがわたしを包むと、城は目の前にあったはずなのに、遠くにいってしまって辿り着けませんでした。
38
あの時にタイムマシンで彼は向かった。彼は何も言ってはくれなかった。記憶が書き換わる。記憶では彼は何と言ったんだっけ……。「また会おう」そうだ、連絡先を貰ったんだ。ぼくたちは別れることはなかった。何百回と何千回も言葉を交し合ったけれど、心は数センチも近づけなかった。
39
事故だった。私は過去の私を殺してしまったので、私を存在させる因果律はなくなった。けれど私はこうして生きている。私という固有の存在を成り立たせているのは因果律ではなかった。またこうも考えられる。私は私として観測され認識された今、過去の経歴ごと遡って創られた。
40
有名デザイナーが設計した宇宙船。極限まで機能を切り詰め、人間がいらなくなった。「操縦する人間がいなければ宇宙船は飛ばないだろ」「確かに」今度は人間が乗れる宇宙船を設計した。しかし「トイレが故障したんだってね」「ええ、船外放出しか」エアロックに便器を近づける……。
41
物質は相転移をくりかえす。何がどうしてこんな状況になってしまったのか。ぼくだってわからないし、誰だってわかりようがない。熱、つまりは熱力学の第二法則がおかしくなったということしかわからない。高温から低温へと、低温から高温へと。シーソーのように世界は姿を変えた。
42
数が何を表しているのか。数と数の関係が何を表しているのか。法則が何を示しているのか。探偵は言った。「法則とは非直感的な宇宙の像そのものだ」わたしたちは困惑し、今日解かれた公式や定理が宇宙を変えていることを理解しなければならなくなった。宇宙は進歩の数だけ存在した。
43
「「猫はかわいい」かつ「犬はかわいい」かつ「パンダはかわいい」かつ……」「どうなりました」「遺伝子工学でキメラが誕生した」「さぞ可愛いんでしょう?」「いいえ、そこまで可愛くなかった。かわいいは私だけの主観だった」「その生き物はどうしているんです?」「渋谷駅の前に」
44
「もうお決まりですか?」文字列を読み解くと母親は言った。「この子の将来はここにある通りなんでしょうか?」「遺伝子デザイナーの予想は間違いありません」「でも」「迷うのも無理はない」遺伝子の情報解析が人生の見取り図を完全に見通すことのできる未来。「どうか、強く生きて」
45
すべてはあのウィルスから始まったのだ。見渡せば、歩くものは屍、屍、屍。彼らはウィルスに感染した屍たちだ。? まれれば、終わり。人間よりも世界はそれまで持続力があるか。「同じようになった方が幸せだね」「いつまでも一緒だ」そう言って抱きしめた彼は冷たい牙を首筋に立てた。
46
何でも人工知能に任せる時代です。政治、経済、医療、教育、食料……。ありとあらゆる分野において、人工知能が活躍しています。ところが、政治家は考えたのでした。ひとつにしてしまえばいい。研究者たちは大反対。反対を押し切り、完成した人工知能は止まったまま動きませんでした。
47
かつて人間のいた星で、ロボット達は暮らしていました。人間はというと遠い銀河に旅立ってしまったものですから、仕えるべき主人を失ったロボットたちは途方に暮れました。彼らを縛るのは三原則だけでした。きょう天文台から見えるロボット星のダイソン球は、彼らなりの答えでしょう。
48
アンドロイドの設計を始めて、三年目の冬でした。扉を叩く音が聞こえて、扉を開くと双子の少女が立っていました。彼女たちはとてもよく似ていたのですが、一点だけ違いました。指から飛び出てきた人工繊維が、少女の正体を明かしていました。私は畏れつつ、その指を修復したのです。
49
着ると暖かい服、着ると汗を蒸発させる服、衣料品メーカーの次なる市場は、着ると力が倍増する服でした。パワードスーツ市場は工事現場や介護、または軍事と多岐にわたっていて成長が見込めました。ところが市場に現れたのはかつての宇宙服飾帝国でした。そしてスーツは意味を変えました。
50
量子化された人間達はメタバースのなかで一万年のあいだ生き続けている。記憶はクラウドに保存されているため、クラウドの情報を参照する。ぼくはいまから火星に行くわけだけれども、肉体は向こうで再構築される。ほんの一瞬だけ目を閉じた。火星人としての最初の仕事は何だろう?