マイクロノベル50 Part4

小林ひろき

1

きらきらと日の光がいま帆にぶつかり推進力を得ている。光が鏡に当たり、反射すると鏡に圧力が加わる。120年前の実験がいま宇宙空間で実現しているのを思うと感動せずにはいられない。人類はあの光が続く限り、永遠ともいえる旅へ出かけることができるのだ。どこまでも風を感じよう。

2

ネガティブ・マターを発掘しに行った学者達は現地で恐るべき現象を目の当たりにした。事象の地平面から裏返るブラックホール、逆さになって暮らす宇宙人たち。母星に帰るためにネガティブ・マター・エンジンを発明した。母星の人間達は驚いた。重力は言葉にも表れたのだ。「まいだた」

3

それはある恒星。ごっそり恒星のエネルギーを泥棒して、重力でフライ・バイする謎の宇宙船。彼は恒星系から消えていきます。主なき宇宙船は闇の中へ再び眠りにつきます。長い長い眠り。宇宙を逍遥する旅は続きます。恒河沙の長い時間の果て。宇宙船は静かに次の恒星まで進みます。

4

朝、粒子加速器でタウニュートリノが超光速で移動すると深夜の工事現場のおじさん達が汗を流す。夜、ハッピーバースデーのロウソクを吹き消すと、夕方、保育園の子どもたちが微笑む。昼、ケーキを買いに行くと、朝、ぼくたちは穏やかな気分で目覚める。おめでとう、ぼくたちの幸せの時間。

5

目的地に最新の兵器を運ぶ任務だったはずなのに。銀河の果てに着いた時、敵軍は我々より大きく進歩した兵器を有していた。退却の途中、時間の遅れがここまで相手を進化させていたのかと考える。再び、出会うときのことを考えて我々は戦略を練り直さなければならない。それも移動中に。

6

四次元時空連続体のなか宇宙船は光速に達することはできないというからにはそうに違いない。ぼくたちはいろいろ喧嘩もしたけれど、仲のいいコンビだったななんて思いもした。それで連星ブラックホールの合間の裂け目の向こうにピョンと飛んでいければ、絶対にもう一度出会えるはずだ。

7

男の体は鋼鉄で出来ていた。背中には大きな翼、そしてカギ爪。地球は温暖化を超えて、人間の生きていける世界は狭まった。超高温の世界で、脳だけを生身として、男たちは飛び立つ。記憶の彼方に宇宙へ脱出した子どもたち。力が強すぎるあまり、抱き締められなかった息子のからだ。

8

インターネットの網が世界を覆い、分散型コンピューターが文明のあらゆるシステムを支える一方で歴史博物館の階差機関が一つの答えを出力する。もしありえたなら、階差機関の発展により違った世界があった。多元宇宙から無限の情報を取り出すなら、私たちはどこへ向かうのか。神託を。

9

「2か月だって! ? 短すぎる」「そうです。あらゆる記録メディアはだんだんとその保存できる期間は短くなっていく。この30ペタバイトメモリは大きな記録能力にも関わらず、寿命は2か月です。でも大丈夫。技術革新の時代ですから、2か月後には新たな記録メディアが誕生していますよ」

10

「依頼は?」「情報工作。A国の指導者のメールを改竄してほしい」「分かった。で、どんな内容だ。戦略拠点の変更、発注した武器の数を減らす? 何でもできるぞ」「まずは食事だ。おつかいのメモをまず変えてくれ」「それはもしや暗号だな?」「いや、栄養失調にする」「悠長だな」

11

彼女を笑わせるためにぼくたちは何でもした。悪戯でパソコンにハローと言わせるプログラム、彼女の誕生日を祝ってくれるプログラム。入院を繰り返し、彼女が亡くなった日にオープンソースにしたプログラムは今日、最高のコンピュータウィルスになっている。なんて皮肉なんだろう。

12

電脳空間「ファンタジア」にようこそ。暁のむこうに一群のゴブリン達が隊列を組んでやってきます。これから彼らはあなたのアヴァターであるエルフの戦士、エリアレンの村を焼きに来るのです。ここまではなんて事のない序章に過ぎません。さぁ、復讐の旅に……。スローライフがいい? 

13

現実と仮想現実は梯子で繋がれています。現実と仮想現実を遮るものはこの梯子です。上部構造と下部構造とを、あるいは上部構造と非上部構造とを、この際、構造と構造とを言っても問題はないのです。人間の意識の限界でもあります。この梯子を旧約聖書ではヤコブの梯子と言ったのです。

14

「ワープ税、銀河運航費、全てまとめてこの価格になります」「高すぎはしないか?」「ワープ税は銀河帝国内ではこの価格が標準です」「分かったよ、ワープ税と銀河運航? は現金で払う」「かしこまりました」「全く、賞金稼ぎには辛い時代だ」「その賞金も税金から出ているんですよ」

15

すべての解析可能な文字列、理解を迎えた小説。全て分かるのだから、完全に模倣することは可能なはず。ナノテクにより微小解析機が生産され、どんな情報であれ、つまり、テーマ、文体も漏らさず再現可能であるとすれば、原文の印象を損なわずに等価な小説を書ける。現に書いている。

16

大災禍後の世界で、おじいさんは山へ暗殺に、おばあさんは川へ暗殺に行きました。命を大事にする生命主義国家では暗殺・人殺しは禁止されているわけですが、大人の事情というやつで、正当な手順を踏み、殺される人間は少なくないのです。今日、おじいさんの暗殺対象は将軍の一人です。

17

かれら五人の、エム氏の失踪から全ては始まりました。続いてエイチ氏、エヌ氏と続いて、エス氏が消えたのです。残ったのはケイ氏だけでした。わたしはもうここで気づいても良かったのです。ケイ氏の心を救うことが私の仕事だったのです。わたしは彼の心と遠い地平へと旅立ちます。

18

縄文時代の地層から出土した箱。この箱を国家安全戦略室ではユニットと呼ぶ。ユニットはあらゆる金属に生命エネルギーを与える。我々はユニットを用い、超巨大ロボットを建造した。二〇三五年、謎の生命体ゼインが表れたとき、われわれは運命を知ったのだ。箱はこのためにあったのだ。

19

世界四大文明に先立つ超古代文明の存在が、まことしやかに語られている。超古代文明はたしかに水底に沈んだ。伝説では超古代文明の人々は死んだと言われている。超古代文明は存在している。超古代文明は……と五月蠅かったですね、証拠はあります。こうして私が生きているのですから。

20

ギフトが宇宙から届き、市民たちは大喜びしています。今年の冬もなんとか越せそうです。地球資源が枯渇した二十四世紀。私たちは暖炉の温もりや街灯の明かりにも困っています。私たちが信じられるものは軌道エレベーターのみで、窓の向こうに見える塔は宇宙へ向かって伸びています。

21

「一杯、流れ星が見えるね」「そうだね、今日から向こう一週間はみえるはずだ」「どうしてそんなに見えるの?」「いいかい、ぼうや」「うん」「人類の夢だったのさ」「ゆめ?」「そうだな……つまり、あれは宇宙ステーションの残骸さ。ISSがその役目を終える年に見える美しい景色さ」

22

太陽系ハイウェイ構想なる計画が立案された、はるか未来。異星種族達はこつこつ道路建設に勤しんでいた。惑星と恒星の再配置が目的の本計画は、幅およそ200万キロメートルのリングワールドと、その拡張都市の建設は来たるべきD球計画の皮切りであった。宇宙にはタワマンがやたらと建った。

23

「籤を引いて」アタリを引いたので今晩だけ同衾するという話になった。でも地下の湿った空気は寝苦しい。あした、このジオフロントから出ていけることが決まった。隣に眠る巫女の穏やかな寝顔、うっすら開いた口元、美しい睫毛。もう見ることはないとしみじみと思う。青年期の終わり。

24

東京湾に突き出た巨大な橋の向こう、お台場より先。海上都市がぽつんと浮かんでいる。#ブルーアワーの、まだ全貌の明らかではない、暗い海に。ひとつ明かりが灯ると、都市はどこまでも太平洋の先へと流れていく。またあれが東京湾に帰るのは三ケ月先だとされている。行ってらっしゃい。

25

宇宙植民地時代、フロンティアと目された海洋惑星で、われわれ人間たちは、姿、形を大きく変えなければ生きていけなくなった。強靭な肉体と大きな肺を兼ね備えた人間達は海の底の都市で、文明を築いた。海洋資源は潤沢とは言い難く発展することも、この先ない。神はなぜこんな試練を。

26

もしや、あなたはご存じないでしょうか。軌道エレベーターに吊り下げられた空中都市を。いえいえ、わたしが確認したのではないのです。厳密にはわたしの父が見た幻だったのかもしれません。父はあれから空中都市の妄想にとりつかれてしまったものですから。わたしは信じていませんが。

27

ある都市に原子炉がありました。原子炉撤廃のデモ行進がやってきたので、原子炉推進派の人々は考えました。原子炉を中心に都市群を作り、都市には幾つもの足を生やしました。今日、ユーラシア大陸で見られる移動都市群は蜘蛛の都と呼ばれています。グローバリズムの最たるものです。

28

シティ9が建造されたのは、第一次核戦争末期のことだ。世界が戦争を始めたのは、結局、方向性の違いというやつで、嫌々ながらも世界は核の恐怖に晒されることになった。シティ1が建造され、破壊され、シティ2が建造され、破壊される。それを繰り返した結果は見ての通り。俺達が最後の人類だ。

29

超高速航法により銀河中に版図を広げることになった共和制国家。その国家の宇宙船には数千人の人間を乗せている。かれらは選ばれたエリートであったが、三九八年、事件は起こった。エリート将校たちの叛乱である。こうして宇宙船内の秩序系は乱れ、専制国家ブドゥール帝国が誕生する。

30

僕と彼は双子だった。遺伝子レベルで99パーセント似た存在。彼は僕なのだから僕なんていやしないのは間違いなく、僕は彼でない彼という立場でしか存在を許されないんだと思う。孤独だけが佇む夕暮れの図書室で、僕は僕だと叫び、拳銃を握る。残りの1パーセントで僕は僕を証明してやる。

31

一週間ほどで成長し、成熟し、進化までする種である。次の七日で至る所に溢れかえるという種である。また次の七日、七日、七日でこの星じゅうに拡散するという話。それってウィルスとかなんかじゃない? いいえ、私たち新人類のことです。今だって大きくなるばかりでしょう? 

32

火を操るミュータント、氷を操るミュータントに、重力、テレパシー、それに獣のような見た目になるミュータント。気象を操り雷を意のままにするミュータント。現在報告されている最新のミュータントは、コーヒーのオイルを取り除く能力を持つミュータントであることが知られています。

33

「あれがアルファ、ガンマ、ベータ」きみが指さす夏の放射線。覚えて空を見る。やっと見つけたゴジラ様。だけどどこだろうキングコング様。これじゃひとりぼっち。恐ろしげなひとつ隣のきみ。わたしは何も言えなくて。ほんとうはずっと放射能のことをどこかで分かっていた。Ah~。

34

加速世界に身を置くことで常人では考えられない速度で思考し、行動するネオ・ヒューマン達。彼らがお互いに知り合ったのは喫茶「男の勲章」。熱いコーヒーにミルクを入れる瞬間に加速した彼らの思考。砂糖を何個入れるか? それは彼らにとって重大な派閥闘争の幕開けだったのだ! 

35

宇宙ステーション「黄光」で変死体が発見された。彼の四肢には夥しい青い斑点が浮かぶ。医師たちはこの症例を見たことがなかった。それから三日もしないうちに次々と変死体が発見された。原因は宇宙空間を彷徨う野良の遺伝子。密閉された宇宙服、気閘……。感染経路は? 謎のままである。

36

二ホンヨシダガイをご存知ない? かつて日本の干潟で圧倒的な繁殖力を持ちながら、外来種の登場によりその数を減らし、絶滅種一歩手前まで数を減らしたのですが、生物学者、故吉田耕三氏がこの種を系統的遺存種であると分類されてからその存在が注目された、あの二ホンヨシダガイを。

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哲学セミナー、我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか。生命哲学者、石田昭雄氏を交えてのクロストーク。・時間、19時~21時。・場所、下記URLにて。・参加者、哲学者、飯尾森、生命哲学者、石田昭雄。セミナーの内容、パンスペルミア仮説と、その射程と展望。

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宇宙で生まれた孤独な生命が、くっついたり離れたりを繰り返して。それでも一緒にいたくて、出来なくて。ひとりぼっち。でも宇宙の、いろいろな重力に引かれて、さまざまな物や景色を眺めて、寂しくて、切なくて。だから惹かれたんだ。同じ命。違う姿、心。人間というやつに。だから。

39

博士が作ってくれた身体。あれは実験中の偶然だった。ぼくがぼくと呼んでいる存在が、フラスコのなかで発生したのは。ぼくは博士の作った身体に馴染んだとき、博士の作ってくれたホットミルクの美味しさを忘れはしない。ぼくもこどもできたらはかせみたいにやさしくなりたい。おわり。

40

「――ああ、落ちている。否、落下ではない。飛行である。転落死だから始末が悪い。断じて自殺などありえない。

――終わりなんて死んだって、なかったコト。君がいてくれたから、笑ってくれたから」

検視官が言う。奈須きのこ株ですね。これはゼロ年代を席巻した恐ろしいミームですよ。

41

ずっと秘密にしてたけど、すべて見えていたの。つまり千里眼。これからも仲良くってわけにもいかないよね。みんなにバレたら、きっと仲間外れにされちゃうでしょう? うん、だから君にだけ明かしたんだ。君ならって思ったから。カチカチ鳴らすよ、火打ち石。これで縁起担ぎ、しよ? 

42

「コントロールされた癌細胞さ、これを定期的に打つことによって、細胞は永遠に増殖を続ける」彼に言われて選んだ人生。生きる、それだけで足りず、生き続けることを私達は選んだ。死がふたりを分かつまで。

「僕には資格がなかった。遺伝子の欠陥で君との人生を続けられない。ごめん」

43

5000万年後の地球へ行ってみたくはないか? その誘いに乗って不思議な扉の向こうへ行った俺。巨大な頭足類、二足歩行をし、狩りをするげっ歯類。まだまだこんなものではなかった。空中を凧のように飛び回る、何か得体のしれない動物、動き回る足の生えたセコイア。目まぐるしい変化。

44

仙人は遠い昔、この星に現れた「始祖」の存在を考える。彼は仙女と酒を酌み交わしながら、始祖の話をする。「どうして彼らは星に君臨し、世界を統治しなかった?」「仙人様、分かってはおられないのですね」「何を?」「土にも風にも人にも成れたなら、それ以上の自由はないのですよ」

45

「ワイはオーバーロードや」どこからともなく現れた鬼のような姿をした巨大なヒトは関西弁で言った。「何しにきはったん?」「これから三重行政を撤廃する。自由な政治の始まりや」「ええどす」「何?」「民主主義に独裁者はいりまへん」「上部階梯へ行かへんのか……ワイらの立場が」

46

「それは西暦二〇二三年ことでした」「いやいや、銀河帝国歴三九八年のことでは?」「いいえ、違います。令和五年では?」「アフターコロニー元年です!」「ちょっと待って、いま計算するわ!」「計算が大事なことではないんだよ」「銀河帝国としては……」「あああああああ、もう!」

47

来年、1℃だけ上がるっていうから、夏はバカンスだし、冬はそこそこ耐えられるなんて思っていたこともあったけれど、いつの間にか楽観主義者は私だけになっていた。気づいた時には、やれ沈没だ、やれ融解だってことになってて、本当に遅かったんです。明日から2℃上がるって話です。

48

宇宙規模の氷結嵐により、居住地域を大幅に減らさざるを得なくなった宇宙市民達。カタストロフィに宇宙市民が選択した決断とは? 全球凍結の危機に立ち向かう男達の戦いとは? 全一〇巻のオールタイム・ベスト! 怒涛の宇宙的自然災害の結末を見逃すな! ! 全巻スリーブケース付き。

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「細胞フィードバックシティを構想中ですわ。仕事はやればやるだけ報酬が望めます。倍とは二倍と言いません。ご想像にお任せします」「明日はもっと豊かになるわけだな?」「ただし、注意が。細胞フィードバック系で時間が流れます」「時間は相対的と?」「外とは別の時間が流れます」

50

「あしたもいっぱい食べて元気に仕事しましょうね」スマートデバイスの管理AIは言った。続けて「今月はあと二キログラム増やしてくださいね!」体重を増やすこと、つまり太ることが目標とされる社会。僕達は暴食の権化になって食べ続ける。痩せたあの娘の姿は見えなくなって久しい。