マイクロノベル50 Part5

小林ひろき

1

すべてはブラックホールが当たり前に存在する天体であるという証拠がもたらしたことだ。我々は工学を発展させた。そんなことをしなくてもいくらでも宇宙には使えるブラックホールがあったのだ。そうとは知らず我々は愚かな戦いにいくら時間を費やしたことか。では最後のスイッチを押そう。

2

ふたりは歩いている。誰一人いない街路、明かりが消えた街灯。ざっくざっくと雪の感触が足に伝わる。ほんの少し前まで核の灰だったとは思いもよらない。ホワイトノイズのラジオ、倒壊した自由の女神。探索をしようといったのは、ふたりのうちのひとり。会話は続いている。どこまでも。

3

汚れっちまった悲しみに

今日も小雪の降りかかる

汚れっちまった悲しみに

今日も風さへ吹きすぎる

汚れっちまった未来には

たとへば酸性の雨嵐

汚れっちまった悲しみは

小雪のかかってちぢこまる

汚れっちまった未来には

なにのぞむことなくねがふなく

汚れっちまった未来には……。 

4

朝、フラウンフォーファ線の曇りを見つける。ひとつ屋根の下、あなたは私に永遠を信じるかと問う。私は答えない。宇宙自体がそもそも私にとって適切に作られていないからと続けて答える。彗星が世界に降る夜が来た。彗星は近々、世界を毒ガスで満たす。彗星はあした私を殺しに来るわ。

5

宇宙開拓事業団がヘリウム3を満載した宇宙船で中継惑星にやってきた。月の採掘場は人類の資源競争であっという間に枯渇して人類は宇宙に進出しなければならなくなった。どれだけ早くヘリウム3を持ち帰れるか。経済圏を地球にする意味もなく、開拓という名であれば許される人の性だ。

6

無人探査機を送り込んだのは、宇宙ではなく海の底。無人探査機は思う。おとといはタラバガニを見たわ、きのうはマッコウクジラ、きょうはあなた。あなたは全然知らない生き物ね。面白いわ。わたしね、浅いところから潜ってきてるの。こんなに潜ったのは初めて。あなたは誰? 海底人? 

7

「いやぁ、地面を掘ってたらさ」「なに? 油田でも見つかったの?」「話はそんなもんじゃない。空洞世界が広がっていたのさ」「意味がわからない」「儂だって地球の中にこんな空間があるなんて初めて知ったさ。ほれ、写真」「とても明るいんだね」「昔の人はあれを天と言ったのかな」

8

同時に多数展開する未来と過去。その時間は微弱な青い雷撃となって現在に降り注いでいる。相手はまだ幼年期の我々や青年期の我々、あるいは晩年の我々かもしれない。しかし並行している多世界の「いま、ここ」は侵されていない。それは幸運なのか。さぁ、最後の出撃だ。

9

光速に近づくと質量がどんどん軽くなるというので、光速で走る列車に乗せてもらった。わたしたちはロンドンと東京間をあっという間に移動した。それから喜望峰。わたしたちは加速する。どこまでも加速し続ける列車は宇宙へ飛び出し、宇宙の終焉を目撃する。そして全ての始まりへ。

10

異世界へ転生したら俺は――! 巨大なドラゴンになっていた俺は異世界の主になっていた。ドラゴンなので勇者を待つ間、寝ているか自宅警備員でいるしかないのだが、圧倒的火力があれば怖いものなし。ふふふ。一万年が経過したとき、俺はドラゴン界でも有名な存在へと、のし上がる! ! 

11

1969年、2名のアメリカ人がアポロ月着陸船「イーグル号」を月に着陸させた。それから51年経ち、2020年、スペースXが民間企業として初めて有人宇宙飛行を成功させた。2038年、航空宇宙船操縦士育成学校の僕たちは当たり前に宇宙に飛べるものだと思っていた。宇宙は遠くなかったからだ。

12

僕たちはベルリンの壁が崩れた1989年に生まれた。僕にとってそれがどんな世界の運命を握った年だったかを理解することは難しいけれど、世界は転機を迎えた。僕は大人になった。30年で僕はたくさんの友人たちと別れた。いま僕は宇宙植民船に乗り、新しいキャリアを始めようとしていた。

13

宇宙飛行士としてキャリアを積み重ねた僕が最後に地球に降りたのはいつだっただろう。月は30年前には未開の地だった。今は太陽系の中継基地になっている。僕は月の重力による筋力低下に悩まされながら、二度と地球の土を踏めないだろうと思っている。さぁ、最後のミッションに出よう。

14

旅する小惑星がありました。惑星の重力に引かれつつ、静止軌道にのります。このままずっとそばにいたくて、でも、できなくて、小惑星は次の旅に出ます。くるくる回転しながら、小惑星は恒星に出会います。じりじりとした熱に怯えながら、でも仲良くなりたくて、そばについて回ります。

15

あの光り輝く星を何と喩えようか。老ケムヴォールは言った。皆は静まり返り、長老の言葉を待っている。老ケムヴォールは宇宙の始まりを神話を語る調子で歌った。この世は夜だった。闇に包まれた世界でたったひとつの篝火が灯った。それをいにしえの人の言う太陽と名付けたのだという。

16

地球そっくりの惑星の話が語られ始めてから、ずいぶん経つが、そうした惑星はもう既に発見されている。私たちがその地を選べばいつでも行けるだろう。手段が問題なのである。私たちは眠ったまま惑星に届けられる。目覚めたとき青と緑の惑星が待っているに違いない。私たちは夢見る葦。

17

――冷たい水の波打つ浜辺。少女と老女。空は晴天。老女は少女に手を引かれて波打ち際で天を仰ぐ。「とても気持ちがいいわね」「母さん、そうだよ。昔とは違うのだもの」かつて月と呼ばれた衛星、岩の塊、時は過ぎ去ったこと。海の向こうの青い景色を眺めて知る。彼女の人生の終わりに。

18

「彗星の尾が地球に接するとき何が起こるか分かりません」オカルト番組の司会者は愉快そうに言った。コメンテーターたちは半信半疑といった様子だ。「いいですか、今回地球に降ってくるマギー彗星は正体不明なのです」テレビを消すと妻が台所に立って何かをしている。窓を開けると嵐。

19

何の前触れもなかった。気づいた時には木星が消えていた。木星が消えたことにより、地球にたくさんの小惑星が飛来した。たくさんの都市と命が儚くも消え、人間達は地下深くに逃げ延びた。人間達は高重力の天体を木星のあった場所に据える計画を打ち出した。もう100年も前の話である。

20

眠らない生き物がいて、起きているのだか寝ているのだかわからないので一般的な合意として彼らは眠り続けていると判断されている。彼らの住む世界は三つの太陽が複雑な軌道を成している。彼らは夢見る。あの三つの太陽の崩壊と惑星の滅びを。彼らが目覚めるのはきっと世界の滅ぶとき。

21

「私たちは銀河じゅうを縦横無尽に動けるのです」夢だったのかもしれない。チェス盤に現れた小さな人が言った。それも小さな雄馬に跨っている。半信半疑に私は言った。「アンドロメダ銀河に連れて行ってくれ」「駄目です。我々の歩法ではアンドロメダ銀河を飛び越えてしまうから」

22

奨励会の新人が凄いって話。つまり昨日まではパッとしない男だったのに、次の日に現れたときには竜王を負かしたって。聞いてなかった? りゅ・う・お・う。そんでさ、これから異例の昇格だって。あいつ、いつも日光浴してるけど。うん? 宇宙線の異常? 何それ、いま関係なくない? 

23

宇宙船から最大のブラックホール射手座Aスターのある場所を眺めている。あらゆる星の軌道がそこで曲がり、運動している。我々、第165世代の人類がこれから始めるのは大破局と呼ばれる事態から地球を救うミッションである。神のビリヤードと呼ばれる軌道変更ミッションだ。始めよう。

24

回転する中性子星には今日を二時間とする世界がある。二時間なのだから、僕達の速度より早く全てが進んでいく。彼らの歴史が人間でいう中世に及んだとき改革者は神を憎んだ。世界は回る。どうしたって抗えない速度がある。人間達がコーヒーカップに口をつける間、救世主は磔にされた。

25

「22パーセントなんだって」君が言う。「なに?」「この世の暗黒物質の割合」君の人格を乗せた宇宙探査機がぼくとの会話をエミュレートしながら飛んでいるという。AIにだってさみしさはある。君は宇宙でたったひとつの君。ひとつの星間物質にも出会えず、ただ飛んでいく。次は木星と。

26

宇宙を満たす媒質が光を屈折させている。光は粒子、光は波。宇宙船が抵抗を受けるなにか。宇宙は澄んだエーテルで満たされている。エーテル・コンピュータが宇宙のざわめきを観測し、計算をする。世界のかたちを問うている。ひとり、宇宙を旅する音が人の耳に届くことがきっとある。

27

いとこの末っ子。背丈は小さい。寂しがり屋。いつも炬燵に入ろうとしない。寒いだろうと諭しても入ってこようとしない。頑固。でも笑った顔はかわいい。いつも空を仰いでいる。虹がかかった時、いち早く気づく。「ほら、見て」と言う。背中から羽が生えてこの世のものではないと悟る。

28

たとへば靴箱の中にそっと忍ばせた恋文を我は開く。その矢先に我は送り主の正体を知る。ここではないどこか。あるいはどこでもないここ。ただ彼は現れる。それは初めて交わされた異星人との対話であったことを皆知る由もない。きょうはこんなにも空が青いのだ。何でもない恋の話。

29

妻が出ていきました。実家ではありません。宇宙です。将来の夢は宇宙人だそうです。ずっと引っ張ってもらってきた自分には彼女を引き止めることはできません。自分はまだ出来て間もないマスドライバーをただ眺めているだけでした。これから先の人生に助言を頼みます。(50代、男性)

30

隣の惑星を小惑星で突く。すると惑星の軌道が変更されて、重力に引かれた別の衛星や小惑星も動く。さらに衛星や小惑星を別の小惑星で突く。それらも軌道が変わって事故が起こる。いいや、小惑星の僕と、小惑星である君とが出会うまでどれだけ時間が必要だったか考えてみてほしいんだ。

31

二十年前、僕たちと君たち一族が出会い、変な家族を作った。君たちは一族は美しい種族で、両性体だった。僕は君の兄弟に惹かれて恋をした。君は呆れ果てるだろう。わかる。今ならもっとわかる。お父さんと呼ばれる君とお母さんと呼ばれる僕がどれだけの壁を越えて、やって来れたかを。

32

いま。いる。海岸線のむこうにあるいは僕の境界線のむこうに、きっとある。何かと言えば、分からない。鳥達が鳴き、存在だけはしっかりと感じる。いま。僕らの世界には未だ知らない何かがいる。いる。霊感が囁くように、いるのだ。僕が見たのは。いま。時空連続思念体との出会い。

33

延々と尻尾の長い生物がいて、尻尾を辿っていけば頭に辿り着くだろうと思って近づく。けれどもどこまで行っても頭に辿り着かず、尻尾が続いていくばかりである。この星が平らなら、僕はずっとひとりで歩いていた。でも尻尾は続いていくので、この仮定は当たっていたなと思うのである。

34

矛盾しているの、世界には死者がいない。嘘。きっと誰かがうずくまったまま夜明けをやり過ごしている。琥珀色の朝焼けに神の塔が建つ。神の塔のむこうに数千もの宇宙艦隊が待つ。宇宙の戦争の、静かで、穏やかだった、後には戻れない朝。どうか世界が平和でありますように。なんて嘘。

35

太陽の沈まぬ国があった。あちこちに領土を持ち、繁栄を極めた国。太陽はいくつもあった。太陽は沈むどころか輝き続けた。夜は来なかった。この国は銀河を制した国だ。銀河帝国。沈まぬ太陽と永遠の白夜。広大な版図を治めたのは、超光速航行機、お値段据え置き一万ギャラクティック。

36

彼はイキっただけだった。すぐさまコミュニティの防衛回路が発火した。たったひとつのイキりに対してコミュニティは断罪を下す。道徳感情が、倫理を超える。きょうは彼のイキりに対して集団リンチを加える。あんなに一緒だったのに。隣の君は温厚でいい奴だった。その隣も一緒だった。

37

我々はいま七十八億人。人間がいっぱいである。大陸を渡り、過酷な南極でさえ我々は生きているのである。そして時は宇宙時代になってなお、我々の生活圏は広がり続け、いまや我々の人口は九百九十九億人。食糧問題は燻り続けているのである! 解決策は、塩漬け代用肉と脳なしクローン人肉。

38

「あれ、おかしいぞ。国境線は遠いはずだ」大尉はスコープを睨みました。「GPSの値に間違いはない。司令部の情報と齟齬はない」「感覚ではもっと先にあるはずなのに、こんなにも近い」「大尉、大尉!」銃口が向けられました。昨年、打ち上げられた情報工作衛星が情報を改竄したのです。

39

俺が生まれる年に俺の隣で寝ていた君が俺の妻になるなんて、偶然でしかないのに、こうも必然的なのは運命だ。君と別れるには歴史を変えなければならない。俺の隣にすやすや眠る君を看護師が抱いていって別の場所に置いていく。それが俺と出会う不幸から逃れられるのだ。幸せになれよ。

40

後の歴史家の語るところによればこのツァード・ファードの戦役で、のべ三百隻の銀河連邦艦隊がエッジワース・カイパーベルトに沈んだとされる。消息は不明であり多くの人命が失われた。昨今の研究では銀河連邦艦隊の多くが知将マルキオネス・イオの罠に嵌められたことが知られている。

41

宇宙には、あるいは人生にはひとりぼっちな瞬間がいくらでもありふれている。宇宙的孤独が恐怖を生み出し続ける。宇宙にはただ誰もいない、空虚な宇宙のみが存在している。誰もいない。いない。世界はどこも冷たく死の根源的恐怖。綴られ続ける物語。誰が書き続けた。恐怖を恐怖を。

42

別冊ミー創刊号は、①巻頭特集・マヤ文明のピラミッド建築技術は宇宙人からもたらされた! ? ②特集・20進法による記数法及びマヤ文字は宇宙のメッセージを抽出できる秘密の暗号。③特別付録・文明滅亡のシナリオ、マヤカレンダー。④連載・鉄器を用いない文明はなぜ繁栄を遂げたか。

43

日系企業の下請けで働くジョニィ・ウォーカー。汚い仕事は俺に任せな、ジム・ビームス。二人はCサイバーSスペースEエンジニアリングのサイボーグ。エトロフ経済特区内でジャンキー稼業のシーバス・リーガルとドンパチやらかすのが日課だが、それはVRと電子ドラックのカクテルのお話で二人は今日もヤバい仕事に出る。

44

帝国の海底ケーブルが星を被い、蒸気機関であらゆる全ての科学技術が解決された未来。ロンドン。チャールズ・バベッジと呼ばれる階差機関が北米の階差機関ゴリアテ、インドの階差機関クンバカルナと暗号通信をしている。説明はこれまでだ。さっそく君には飛行船で日本に飛んでもらう。

45

加速する太陽ヨットが木星の静止軌道に乗ったとき、地球では僕とお父さんとお母さんが大事な決断をした。お父さんは僕にシンギュラリティを迎えたのだから、君はもっと賢くなると言い、お母さんは僕に美しいボディを作ってくれた。僕が彼らを過大評価しなければ悲劇は起こらなかった。

46

ロボット国の副将軍ミト・ミツクニは諸国を漫遊しています。カザグルマノ・ヤシチから反乱の兆しを聞くと、カゲロウ・オギンに諜報活動を命じて、内情を調査します。反乱が確かだと判断されるとスケ、カクに命じ、コノ・モンドコロガ・メニ・ハイラヌカ! と言って反乱を鎮圧します。

47

色彩を失った荒地。青と赤のグラデーションの空。ほんの数時間前まで黒い霧が立ち込めていた。改造したピックアップトラックの中でラジオの周波数を合わせるとモールス信号がきこえる。たすけてほしいと。何からか、わからぬと言い条、世界は終わったのだし、いいかとも。車は走る。

48

身体の言葉を信じよ、とヨギの女性が言ったので、人類は身体で思考と呼べるものを始めた。蛸のようなものだ。様々なポーズを取り、絡まり、もはや誰が誰かもわからなくなって、人々は肉体で思考をする。地球の気温が高くなり、暑くなったので、人々は離れ始め、二度と思考を失った。

49

ねこさま。ねこさま。そう言って遊びで始めた僕らの宗教は思わぬ超越者を世に顕現させた。缶詰やねこじゃらしを欲しない。ねこさまなのに。ねこさまは膝の上で横になっている。ねこさまは一日の数時間しか起きてはいない。猫とは言えない。ねこさまの歩いた数センチにしか宇宙はない。

50

二五〇番のマイクロノベルを打ち出したコバヤシ・ヒロキはさらなるSFを求めて、SFの奥地に入っていった。次なるSFはスモール・ボックスと呼ばれる古代の地層から発見されたオーパーツ。早速、分析と創作を始めるコバヤシ・ヒロキにはこれから始まる真の序章を理解できていなかった。次回、SFの小箱。