いのしし座流星群
小林ひろき
「今月は多いな……」
11月の上旬、A県農林水産総務課鳥獣対策室の田中治は眉をひそめた。
イノシシの農作物への被害数である。
田中は溜め息をついた。
「どうしたんです」
同僚の井上春樹が尋ねる。
「イノシシ被害」
「繁殖期は12月ごろですし、仕方ないですね」
「それにしたって多すぎる。こっちが推定している被害額を一回り超えてきている」
「せめて、どれくらいイノシシが県内にいるか分かればいいんですけど」
イノシシほど数の面でわからない動物はいない。
同じ野生動物のシカであれば、生息数を調査する方法が確立している。区画法やスポットライト・カウント法、エア・センサス法がそれにあたる。
イノシシは年間で個体数の変動が激しい動物である。それは性成熟が1年半と短く、一度に4頭から6頭のイノシシの子を産むことができるからである。
「環境省の導入した統計的手法は」
「階層ベイズ法だろ。二ホンジカはやっている。けれど、イノシシはこれまで通り、全国の捕獲数から推定するのみだ。 現実問題として、実用的な個体数推定方法や個体群動向の指標が確立していないからな」
「イノシシの管理の難しさですね」
「そうだ。とにかくデータが足りない。それは俺達の仕事でもあるのが、悩ましいところだな」
ラジオからニュースが流れる。
「今月はしし座流星群が観測できます。今日未明から明け方にかけて東の空に見えます。ピーク時には1時間に15個見える可能性もあります」
「しし座流星群か。それどころじゃないな……」
田中はふたたび溜め息をついた。
田中は資料をまとめると井上に言った。
「イノシシの駆除は山本さんに任せるから、連絡しておいてくれ」
「え。山本って、あの山本悠ですか」
わざわざフルネームを聞き返した井上を不審に思った田中は尋ねる。
「えっ、って何だ」
「いや……その山本さんって、ぼく苦手でして……」
田中は首を傾げる。井上は内心を打ち明けた。
「山本さんって、ほかの猟友会の人達からも評判が良くなくて、この地域の狩猟を代々一族でやってきてるから、誰も言い出せないんですけど……。 それに秘密が多くて。山を独占したがっているっていう話もチラホラ」
あまりのたわけた言い草に田中は感情を露わにした。
「おい、そんな話、初耳だぞ。誰が言っている」
「いや、それは」
「同僚の俺にも言えないのか。井上」
田中の眼が井上を睨む。井上は目をそらした。
「あの人の腕は本物だ。この地域の猟師のなかでも、イノシシの狩猟にかけては一番頼りになる」
田中はぐっと強く拳に力を入れて言った。
「どんな噂があろうと、俺は山本さんを信用する」
「分かりましたってば……」
井上はやれやれと言った具合に肩をすくめた。そして、山本悠に電話を入れたようだ。
「もしもし山本さんですか――」
きっとうまくいくはずだ、と田中は思った。
「はい、山本ですが」
山本悠が鳴った携帯電話に出ると、鳥獣対策室からだった。今月も、らしい。イノシシの件だ。 駆除の要請は毎年あるが、特に流星群のある月には増える傾向にある。
山本は狩りの準備を始める。準備は慎重に着実に。狩人だった祖父からの教えだ。山本は準備を整えると、まだ明るいうちから山に出かけた。
イノシシは夜行性というイメージが定着しているが、これは誤りだ。人の活動などがあれば、夜間あるいは朝夕の薄暮時に行動する。 しかし危険がないことが分かれば日中でも活発に活動する。
山本は山に入ると、特に何を探そうとする気もなく、ふらふらと歩いていく。 本来、狩人ならば考慮に入れるイノシシの糞や足跡なども気にせず、ただ歩く。 そしてあるところで座り込むと、山本はそっと目を閉じて、あの時のことに思いを馳せる。
それは山本悠が、あるイノシシと遭遇した夜のことだった。
時は昼過ぎというところ、賢治と悠は狩りからの帰り道で山道を歩いている。
「爺ちゃん。きょうはイノシシいなかったね」
「夜にまた行ってみよう」
「夜に……」
悠は戸惑った。夜に狩りをするのは初めてだと思った。
家に帰ると、ずっしりとした疲れが悠を襲った。思えば朝から昼過ぎまで山道をひたすら歩いていた。
布団の上に横になるとそのまま寝てしまった。
辺りが暗くなり、賢治がむくっと起きた。悠はそれに気づいた。
「爺ちゃん……」
「悠、起きていたのかい。これから猟に行く。一緒に来るんだったら、準備なさい」
外に出ると、空気が冷たくて痛いくらいだ。吐く息が白い。
山道に入ると、辺りはしんとしている。悠は夜空を見上げた。星がよく見える日だった。
「流れ星……」
賢治は何も言わず先へ行く。
「待って。爺ちゃん。あれなに……」
悠の指さす方には青い炎が見えた。
その炎は跳ねるように、賢治の前へとやってきた。
賢治はライフルを構えた。
悠は青い炎をじっと観察する。4本の脚、そして牙。あれは悠がよく知っている動物だった。
「爺ちゃん、あれはイノシシだ……」
悠の額から脂汗が落ちる。鼓動が速くなる。
「こんなこと初めてだ」
青い炎を纏ったイノシシは直進してくる。
悠は腰が抜けそうになる。
「爺ちゃん、逃げよう……」
「ダメだ、悠。下山して、人を呼んできてくれ」
「……わかった」
悠は山のなかを駆けていく。風が冷たい。肺が凍ってしまいそうだ。黒い道のなかを必死になって走る。賢治と青い炎が見えなくなる、ずっと先まで――。
悠が助けを呼び、賢治のもとに来たとき、彼は木に寄りかかるかたちで息絶えていた。
悠は閉じた目を開くと、夜中になっていた。空から、流星が落ちてくる。悠は落ちた方角へと進んでいく。 林の向こう、50メートルほど先に、獲物はいた。青い炎を纏ったイノシシは鼻を鳴らしているように悠には思えた。
悠はライフルを構えた。落ち着いていれば、仕留められる。信じるだけだ。
悠は引き金を引いた。
祖父の賢治が死んで、悠が猟師になってから、しし座流星群の時期には必ずと言っていいほど、青い炎を纏ったイノシシが現れる。 そしてそいつを撃ち殺すと青い炎は消えるのだ。
代々、一族に伝わる伝説や昔話を思い出す。それはフィクションだと思っていた。 しかしこうしてあの獣と対峙すると、本当にそうなのかという疑問が湧いてくる。
イノシシの頭骨が砕ける音がする。それでも止まらない。とにかく撃つこと。集中して、悠は狙いを定めた。
軽トラックの荷台に今日の獲物を乗せる。オスのイノシシだった。
夜はすでに明けていた。
朝日が昇った頃、家の前に着くと田中が待っていた。
「お疲れ様です。山本さん」
と田中は言うと、持っていた缶コーヒーを山本に渡した。
「ありがとう、ございます……」
山本はそう答えると、田中に荷台のイノシシを見せた。
「すごい、大きなイノシシですね」
「こいつはオスです。どこかから流れてきた。おそらく県外でしょう」
「そうなんですね」
「この山のイノシシは、ほとんどが子どもを連れたメスですから」
「なるほど」
山本はコーヒーをひとくち飲む。田中が尋ねた。
「これで終わりですよね。山本さん」
山本の表情は硬い。
「どうしたんですか」
「いえ、なんでもないです……」
「何でもないってことはないでしょう。仕事のこと、教えてください」
「その……今月中は毎日狩りに出かけないといけない」
田中は驚いた。
「詳しくは今夜、一緒に狩りに来てくれれば分かります」
「いいんですか、ご一緒して」
「構いません」
山本は天気を確認する。今夜は月は見えないが晴れているらしい。
「では今夜、井上も連れてきます」
そう言って田中は帰った。
悠は夢を見る。あの青い炎を纏ったイノシシに祖父が殺される場面。
彼は歯を食いしばっている。体が震えて動かない。
「どうして……」
祖父は、なぜあの場から悠を逃がしたのか。悠がいたところで足手まといだからか。それは分からない。ただ走る。
流れ星が落ちてくる。
一筋の線が目に映る。
遠くで祖父の呻き声がする。
なぜ助けられなかった、なぜ。その思いが悠をとらえて離さない。
やがて足が止まり、うずくまる。手を地面についた。
涙が落ちてきて、ぐっと土を掴む。言葉にならない唸りをあげる。
「そうだ、殺すんだ」
次のときには悠はライフルを持って、青い炎へ銃口を向けた。とにかく撃って、撃って、撃ちまくった。
青い炎がシュッと消える。
傷だらけの死んだ獣の、透明な目を見つめる。
目には流れ星が映っている。
最初の狩りが終わった。
青い炎のイノシシとの戦いはそれからだった。毎年、流星群の時期になると彼らは現れた。 ふつうのイノシシと違い、とにかく目立つのが特徴で、全てオスのイノシシだった。
イノシシの社会単位は、子どもを連れたメスのグループと生殖に参加しない若齢のオス、そして成熟したオスの3パターンだ。
悠はこの山のイノシシのほとんどがメスなのは知っていた。ならオスはどこから来るのか。 それは青い炎のイノシシしかいないはずだ。青い炎のイノシシを狩れば、この山のイノシシ達は静かになるだろう。悠はそう考えていた。
銃声がきょうも山に響いている。
そして悠は目覚めた。
A県庁の庭園で県民にぼたん鍋が振る舞われた。 去年から始まるイノシシ・フィーバーによってA県が大々的に進めたプロジェクト「A県はいのしし県」のプロモーションのためだ。 プロジェクトリーダーの井上春樹氏はこう話す。
『このお祭り騒ぎはあの写真から始まりました。あの、神獣という写真の訴求効果は大きくて、A県=いのしし、というイメージが定着しました』
イノシシの農作物被害に悩まされていたA県は独自の統計的手法でイノシシの個体数を分析、 そして管理目標を策定した。その手法をA県農林水産総務課鳥獣対策室の田中治氏はこのように話す。
『星空を見上げる。そして、流れ星を数える。それでいいんです』
流星群のある月にイノシシが増える、地元の猟師の直観でしかなかったことを統計的に分析した結果のようだ。
『これからは流星いのししをA県の観光資源にしていきたいですね』
井上氏はこのように意気込みを語ってくれた。
「そんなことあるか」
A県のイノシシの記事を読みながら、B新聞社の平塚誠は呟いた。
「なに」
と記者仲間の小林美琴が言う。
「A県のイノシシ、だよ」
「ああ、神獣ですね。報道写真賞を取ったやつ」
「あんなもん、合成に決まっている」
「調べてみますか。腕のいい専門家に話を通しますけど」
「ん。何か裏があるな」
「鋭いですね。浜松のうなぎ、奢ってください」
「いまは給料日前だろ」
「知っているんですよ。この間、賞を貰ってたじゃないですか。賞金は」
「わかった、わかった」
新幹線の車内で平塚は記事のアウトラインを決める。これから見に行くことはすべて嘘っぱちなのだと世間に知らしめるために。
A県の、取材交渉はすんなり進んだ。そして猟師の山本氏にも話を通してもらった。 平塚は記事の内容を彼らには言わなかった。もし言えば、よそ者だと言われるに決まっている。慎重に事を進める必要がある。
平塚は思う。そもそもイノシシの管理目標を決めたからといって、イノシシをむやみやたらに獲れば、 その土地の生態系に影響が出るはずだ。流星いのししだか何だか知らないが、A県庁がゴーサインを出して、 イノシシを乱獲して、ビジネスに組み込もうとしている臭いがぷんぷんする。絶対に暴いてやる。
山本の腕は確かだった。こちらが呆れるほどに。山本は寡黙な男だった。とにかく無駄なことは喋らない職人気質だ。
「去年から仕事は増えたんですか」
「すこし」
「それで流星のことを聞きたいのですが」
山本の表情が硬くなった。アタリだ。
「流星いのししを獲るところを見たいのですが」
平塚は思う。もう言い逃れできないはずだ。
「わかった。再来月の夜に集まってほしい」
帰りの新幹線で平塚は何を間違えたのかを一つ一つ検証していた。何も出てこなかった。小林に電話をかける。
「なぁ、合成の件はどうなっている」
「昨日、話を通したんですよ。結果はまだ先です」
「……だよなぁ」
平塚は溜め息を漏らした。
「何か、ありましたか」
「いや、猟師が再来月の夜に来てくれって」
「流星いのししが見れるんですか」
「そうみたいだ」
「え、羨ましいです」
「それ、本気で言ってるのか」
電話の向こうで小林が笑っている。
「まぁ、いいさ」
「それで浜松のうなぎは」
「わかってる。予約しておくさ」
平塚は思う。なんにせよ、これから起こることは現実なんだ。だからそれを真摯に伝える努力をしよう。
青い炎を纏ったイノシシ、それを見た平塚は頬をつねった。
「本物だ」
携帯電話がけたたましく鳴る。小林からだった。
「本物でしたよ、神獣の写真は。合成ではなかったです」
「ああ、知ってる」
「知ってるってどういう……」
「いま、見ているんだ。本当に美しい」
「流星いのししですか」
「そうだ」
平塚の目の前で山本がライフルを構える。
「山本さん、お願いです。1枚、写真を撮らせてください」
山本は目で合図した。
小林が写真を見て、言った。
「それで撮ってきたのがこれですか」
「そうだ。笑ってくれ」
「見事なピンボケですねぇ。青い炎しか、よく見えないし」
「報道を志す者として恥ずかしい」
「どんな記事にするつもりなんですか」
「記事には出来ない」
「え」
「記事に、しないつもりだ。俺は先入観に囚われ過ぎていたようだ。これはさ、せせこましいA県庁の利権の話じゃない。 あの土地の世界そのものに関する話だ。だから今は流星いのししでいいんだ」
「そんな……ジャーナリズムの敗北じゃないですか」
「そうとも取れる。でも、あんなもん見せられたら、分からなくなるよ」
「私も見たかったな。それで、浜松はいつ行くんですか」
「来月の末だ。準備しとけよ」
平塚は空を見た。
「この世界には、まだ知らない世界がある、か」
むかし、山本次郎という男がいた。山本家はこの地域の豪族であった。
次郎はある夜、山に出かけた。家の者が言うには、星が落ちてくるのを見てくるということであった。 燕脂と藍花を連れて行った。
藍花は前を行く次郎と燕脂についていく。
次郎が呟く。
「なぁ、燕脂よ。星が落ちるとは、本当なのか」
「はい。夜空をみてごらんなさい」
「何も見えないぞ」
藍花が答えた。
「次郎様、あちらを向いていてはだめです。こちらの空を見てください」
「おお、そうか……」
ぽつりと光が落ちた。
「おやおや、本当に星が落ちたぞ。すごい」
「すごいですね」
と燕脂。彼は盲いた目で空を仰いだ。
「嫌な予感がします。次郎様、何かが来ます。藍花、警戒を」
「はい。燕脂様」
藍花は刀を抜いた。銀色の刀がぬるりと輝いた。
「あれは……」
藍花は目を凝らした。藍花の目線の先には火が揺らめいている。
「鬼火だ。もののけの類か。燕脂様、次郎様を遠くへ」
「分かった。藍花、無理をしないでくださいね」
「はい」
遠くにあった青い炎がこちらへ突進してくる。藍花はそれと対峙する。
間合いを確かめながら藍花はそれに切りかかる。
ベキッと金属の曲がる音がした。青い炎が藍花の袖に移った。藍花の腕の骨が折れている。腹に何か鋭いものが刺さったようだ。
「もはや、これまで……」
「次郎様、こちらです」
段差のある山道を二人は登る。
「燕脂、あれは何と推察する」
「もののけ……いや、あれは狐の類かと思いましたが、分かりません」
「そうだな。あんなものは初めて見る」
「とにかく、登りましょう。林のなかでは見通しが悪いでしょう」
二人は山頂に登ると、一息ついた。
「燕脂、すごいぞ。これは何て言うのだ」
「何が見えるのですか」
「星々が落ちている」
「流星のようですね」
「流星か。これが」
「ええ。そのようですが……」
燕脂は何かに気づいた。足元からイノシシの鳴き声がする。
次郎は足元に鬼火が揺らめいているのを見た。
「燕脂、答えてくれ。あれは何だ」
「全く分かりません。しかし、あれは神かもしれない」
「神か。大きく出たな」
次郎は笑った。
「燕脂、ならば命じよう。神を捕らえるように国中の狩人に伝えるのだ。そして私の前に神を捧げてみせよ」
「はい。次郎様の仰せの通りに」
それから、国中の狩人が集まって大規模な狩りが始まった。そして沢山の獣達が捕らえられた。
しかし、そのなかにあの夜に次郎達を襲った、もののけは見つからなかった。
焚き火が揺らめいている。すこし風が強くなったのだろうか。
山本の話はとても興味深かった。
「それで、どうなったんだ。もののけは」
と田中治が尋ねた。
「山本家の先祖達は何も分かっていなかったということさ」
「何も」
井上春樹が聞き返す。
「そうだ。あれは知恵者と呼ばれた燕脂自身にもよくわからなかった」
「神は捕まったのか」
「神がイノシシだということまでは先祖達は暴いた。しかし」
「流星は塵に過ぎない」
「ああ。いくら流れ星が落ちようと、大気中で燃え尽きるはずだ。それがイノシシになるには、どんな理由がいると思う」
「分かりませんね」
と井上。
「先祖達は、このように結論付けた。流れ星には霊性が宿っている。それが、外からやってくるオスのイノシシを惑わし、青い炎を纏わせる」
「青い炎は何なんだ」
と田中は問いただした。
「霊性が宿っている証拠だという話だ」
「ホスフィンではない」
「そうだ。山の中と外のホスフィンの濃度は変わらなかった」
「山本さんの見解を教えてください」
「あれは天からの恵みだ。実際にさっき食べたじゃないか」
「あれ、そうだったんですか」
「あの猪肉は美味い。それが全てだ」
山本は夜空を見上げつつ、言った。
「もうじき、しし座流星群の時間だ。どうする」
「どうするってどういうことだよ」
「いや、逃げるか、闘うか、二つに一つだ」
「そんなもん、決まっている」
ライトはつけるなということで、おそるおそる田中と井上は山本の後についていく。草むらの小動物も木の上の鳥達も息をひそめて、じっとしている。
完全な闇夜ではなかった。あたりはしんと静まり返っている。
「山本さん、待ってください」
「井上、静かにしろ」
「わかりました……」
「しっ」
山本は空を指差した。流星が降ってきたのだ。
「すごいですね」
「ああ」
一分間に一つか二つの流星が落ちてくる。
「こんなに……」
「あれは流れ星じゃない。獲物が姿を変えたものだ」
と山本は言うと、ライフルを構えた。
「あそこにいるんですか」
「いや気配がするだけだ」
遠くで炎が上がる。青い炎だ。
それは一歩ずつこちらに近づいてくる。
「来た」
「井上、写真だ、写真……」
「えっ……はいっ」
井上は動揺してカメラを構えられずにいた。
青い炎は10メートルくらいまでゆっくりと近づいてくる。
井上は慌ててシャッターを切る。それはこの世ならざる世界からこの世界にやってきた神の獣のようであった。