死神転生

稲葉小僧

「俺は、元は人間じゃない。俺は、この世のものじゃなかった。俺? 元・死神さ」


精神を病んだ患者という事で、この病院に来た男。

精神科の医師である、この私が担当となった。

数回のコンタクトと面接、そして数ヶ月にも及ぶセラピーの後、彼に承諾を取り、退行催眠を行う。

退行催眠とは通常の催眠ではなく被験者の年をだんだん若くして行き、最終的に0才より以前の記憶があるかどうかまで行く場合も。


「さぁ……貴方は今から深い深い眠りに入ります。ただし、私の声のみ貴方に届きますよぉ……」


ラポール(信頼感と言うか、相手と自分の精神的な硬い絆のようなもの)は十分に深めてあるので、すんなりと患者は催眠状態に入る。

そして彼が受けた深い心の傷を探そうとして、私は数秒で1歳づつ彼を若返えらせていく。


「はい、今から貴方は1歳、若返ります。去年の自分になりますよ……どうですか? 何か辛い思い出はありますか?」


こんな風に患者の年齢を若返らせていき、深い心傷(トラウマ)を受けた年齢と現場を特定すれば彼の治療法も簡単に分かるというものだ。

私は段々と彼を若返えらせ、質問をしていく。

しかし、彼の生まれてから今まで、何か心傷(トラウマ)を受けたような記憶がない。

彼が生まれる瞬間まで、普通はやらない時間にまで遡ったときに冒頭の陳述が現れた。


私は興味と医者の立場から、これに返答する。


「それで? 君が心の傷を負ったのは死神時代のこと?」


「そうだ。俺は死神だったが、ヘマをして捕えるべき魂を逃してしまった」


「それが後悔と心傷(トラウマ)になっていたのか。でも、君は人間に生まれ変わってきたんだ。生まれる前の悔いや後悔に苛まれる必要はない」


「そうだな……今、この瞬間に俺の後悔は無くなる」


「ん? どういう意味だ? 話してくれないか」


「ふふふ、お前が見つかったからさ」


そういう患者の目が開かれ、その目が赤く光り、その手には大きな鎌が……


「お前が俺の逃した魂の持ち主だからだ!」


あ、そうか。

私は酷い難産で一時は呼吸も鼓動も停まったと親から聞かされていた。

まさに、神の奇跡のような状況で私は生まれてきたんだそうだ。


「死に瀕した赤ん坊の肉体に逃げた魂が入り込み、お前は生き返った。それは、あの世の理に反する。安心しろ、痛くも痒くもない、一瞬だ」


「しに……」


何も音が聞こえなくなった診察室。

看護師が覗いてみると……

そこには誰もいなかった。


「おかしいな? 確か……あれ? この部屋の担当の先生って……空き部屋で誰もいなかったんだっけ」


失敗失敗、と笑ってドアを締めて看護師は去っていった。