ラジオ 未来からの声?
稲葉小僧
「……**君へ。起きてるかい? **君」
ウトウトしてたのを叩き起こされた。
何だ?
何の冗談だ?
確かに、俺の名は**で、今呼びかけられた名前と同じだ。
学生ではないが、仕事上の都合で国家資格を取らねばならない状況になり、今のような夜なべで試験対策勉強というわけ。
さっきまで普通の深夜ラジオDJ番組を聞いてて、少し眠気に負けそうになってコックリコックリしてた状態から、突然にラジオから自分の名前が飛び出てきて、驚いて目が醒めたところ。
今は普通に曲が流れて、その間のDJの喋りも普通だな。
何だったんだ、あれは……
「**君、目が醒めたか。冷静になったところで、君に話がある……とは言うものの、残念な話ではあるが」
また、突然にラジオが俺に向かって話してくる。
単調な試験勉強の息抜きとばかり、俺もラジオに話しかける。
「残念なお知らせとはね。もしかして、次の国家試験の結果が分かるとか?」
「そうだ。君は落ちる」
薄々は予想しているが、それでも見も知らない奴に言われる筋はない。
「残念だが、これは決定事項だ。たとえ君が天才であったとしても、次の試験には落ちる事が決定している」
「おいおい、穏やかじゃないな。俺の昔読んだSFのようだ。未来の銀河帝国を確実に生むため、はるかな過去にいた人物を死刑にするという計画だったな、あの話」
「お、話が早くて助かる。それと同じようなものだと考えてくれて良い。はるかな未来、人類は宇宙や時間すら支配して、高度な文明を銀河系に作り上げることとなる……」
「壮大な話だとは理解したが、それとオレ個人の国家資格は関係ないだろう。何で、俺が試験に落ちなきゃならない?」
「それが、大ありだ。君は、次の試験に落ちたため、就職先を追われることとなる。君が落ちて、君の後輩が試験に合格し、君の居場所が無くなってしまう」
「俺が試験に落ちることが、歴史のターニングポイントだってのか? 嘘だろ、いくらなんでも……」
「まことに申しわけないとは思うが、その通り。君が試験に落ちることが、歴史に分岐点を生む。合格すれば何事もなく歴史は進み、人類は太陽系までで文明が終わる。君が落ちれば、人類は太陽系どころか銀河系に覇を唱え、その先には時間すら操る高度な文明を築くことになる。お願いだ、未来のために試験に落ちてくれ!」
「と、言われてもなぁ……オレ個人の事を詳しく知ってるようなんで、これも知ってるとは思うが、これには俺の未来もかかってる。試験に合格して国家資格を取り、今付き合ってる彼女にプロポーズする予定なんだ。俺の遺伝子が残らなきゃ、未来で銀河帝国作ることも出来ないだろうに」
「あ、その彼女とは別れたほうが良いよ。結婚してもロクなことにならないのは歴史が証明してるから」
おいおい、おだやかじゃないな。
「俺が結婚するのは試験に合格してる分岐だろ? なぜ、そんな事を知ってる?」
「こちらのスーパーコンピュータで分岐後の歴史をシミュレーションしてみた。君は、そこそこの地位まで上がるが、最終的に専務一派の罠にはまり、妻には離婚され、子供の親権も奪われ、一人寂しく豪華なマンションの一室で老後と死を迎えることとなる……」
「で? そっちの、試験に落ちる分岐点を選ぶと、俺はどうなる?」
「一時は失職者として大変な経験をするが、その時に、とある女性と知り合う。再就職先で、その女性と再び出会うんだが、その縁で君らは結婚することとなる。こちらの場合、君が落ちるところまで落ちている状態を知っているので、少々のことじゃ別れない。最終的に君は99歳という老齢で天に召されることとなる……奥さんは数年前に亡くなっているが、君は孫、ひ孫、玄孫までに看取られて逝くんだ。ちなみに死んでからだが、君の研究結果が実を結んで、人類は遂に光速の壁を破ることとなる。どうだ? こっちのほうがお得な未来だぞ?」
ふーむ……魅力的な未来ではある。
「ちなみに、聞きたいんだが……試験に落ちたほうの俺は社会的に、どこまで行ける? 受かった方は、それなりの地位だったよな」
「最底辺まで落ちてから、君が再就職する先は会社じゃない、研究所だ。未来を詳しく教えるのは禁止されているので教えられないが、そこで君は主任研究員まで行く。所長とかは無理だが自由に研究に打ち込めるということで、君は、その地位でバリバリ働くんだよ。で、遂に、君は時空間の謎を解明する1つの方程式を導き出すわけだ……これ以上は話せない、悪いな」
「ふーん……どうしようかなぁ……未来からの支援とか無いの?」
「分岐点を越えるまでは、どちらの未来も君には干渉禁止だ。この放送は、ギリギリ、映像等を伴わない音声のみだからと言うとで君に届けることが出来ている。分岐点を越えれば、ある程度の支援は可能だ」
ん?
1つの疑問が。
「君らは試験に落ちた未来の側だよな。じゃあ、なぜ、もう一つの未来、試験に合格した未来が、こんなふうに干渉してこないんだ?」
「そ、それは……」
ブツッ!
と音声が途切れたと思ったら、ラジオ放送は元に戻っていた。
しばらく待っても、あの声は再び現れることはなかった。
ピーンポーン!
ドアチャイムが鳴る。
大事な試験ということで彼女が起こしに来てくれたようだ。
「はいはい、おはよう、**絵。この時間だと始発で来てくれたのか? 大変だったね」
「**さん、試験のことで大事なお話があるの。試験会場まで30分もかからないはずなんで、ちょっと聞いてくれる?」
真剣な表情。
「良いよ、眠気覚ましの珈琲淹れるんで、それ飲みながら少し話そうか」
「ありがと」
それから、俺達の未来と結婚について話し合った。
しかし、そこで違和感が。
「あれ? 君って地方出身じゃなかったっけ? 昔、そんな話、してたよね」
「え? そんな話、したことないわよ。それより聞いて! 今度の試験、絶対に合格するのよ! そうじゃなきゃ、パパにお願いしたかいがないわ!」
「おいおい、何だよ急に。前には、今回落ちったって次があるじゃないの! なんて言ってたのに……」
「それじゃダメなのよ! パパの派閥に参加するのは、頭脳明晰な人だけ。国家試験なんて一発合格、くらいでなきゃダメなの」
「自信はあるが、それでも時の運、不運はあるよ。試験なんてのは、受けてみなきゃ分からない」
「それじゃダメなんだってば!」
彼女の左手にキラリと光る……指輪じゃないぞ。
「や、やめろって。シャレにならないぞ、いくら出刃包丁とは言え、ブッスリ行ったら怪我だけじゃ済まない」
「あたしの真剣さ、分かった? いざとなったら、あなたと心中でもするわよ」
「わかった、理解しました! それじゃ、時間なんで、国家試験、行ってくる」
外へ出る。
割と近い試験場なので、頭を冷やすためにも歩いていくこととする。
歴史の分岐点ね。
俺が試験に落ちる未来と合格する未来が争ってるわけだ。
あれ?
俺は、もう一つの分岐点に気づいた。
「試験そのものを受けられない状況になったら、そこにも分岐が出来ないか?」
どん!
何か、または誰かとぶつかった気がする。
右手に生温かいものが……
「キャーッ! 殺人よぉ!」
辺りに響く女性の声。
温かかったのは俺の血だ。
パトカーと救急車の音が、やけに小さく聞こえるなぁ……
まだ意識がある俺の目の前にいる、ジャックナイフを構えた逝っちゃってる野郎が、倒れてるおれの耳元で、囁くように。
「分岐点など作らせないぞ……現在は現在で、確固たるものなんだ!」
その声を聞きながら、俺は意識を手放していた……