転生死神 第一話
稲葉小僧
あんた、神も転生するって知ってたか?
いやいや、創世神は転生しないさ。
偉大なる創世の御業を成した神だぞ、不死に決まってるじゃないか。
そうじゃなくて、神でも下位の方、具体的に言うと、奪衣婆(神様だよ、あれでも)や死神、貧乏神などの三K神(キツイ、汚い、嫌われてる)と呼ばれる神だ。
実は俺、以前は死神だったのさ。
あれは、そうだな、地獄で閻魔大王様(直属ではないが上司だった)にお会いしたのが、俺の死神生(?)の最後だったかなぁ……
「お前は死神という神の職を何だと思っておるのか!? 選りにも選って、お前が逃した魂が、今にも死にそうであった赤子に入ってしまったのだぞ! この責任、お前の神の座からの追放という形でとらねば、地獄における罪隠しになる! 亡者の最終裁判官でもある吾(われ)が、部下を庇って罪を消したなどと地獄メディアに知られようものなら、亡者の反乱すら招きかねん!」
さすがに閻魔殿での裁判ではないが、死神庁で閻魔様の大声が響き渡る。
俺は、その声を聞きながら、それでもまだ、自分の未来について楽観視していた。
死神としての現場部門ではなく、これは総務あるいは営業に飛ばされるかなぁ……などと考えていると……
「吾の権限で死神庁に留まれるようにしてやろうとは思ったのだが……このところの地獄内部での金銭運用や帳簿隠し、果ては二重帳簿や帳簿不記載などいう不祥事まで連続して明るみに出ておる今、それはいかんと監査部門から強烈な反対意見が出てな……お前は過去に優秀な成績ではあったが、今の時点で、お前を庇う余地が全く無いとまで言われれば吾も従うしかない。お前、死神189号よ。今この時より、お前は死神としての能力と、この過去の記憶一切を封じられて人間に転生することとなる。次の世での善行を積めば、また神として生まれ変われる可能性はあるぞ。しっかり生きてこい!」
獄卒の鬼神が俺の体を粉々に砕くと、俺の魂は輪廻転生システム(創生神様ではなく、黄泉の国を支配する神様が創りしシステムである。これが機能しないと現世で魂のない「人間もどき」が横行してしまうこととなるからだ。ちなみに人間もどきは魂がないので、生まれてすぐに早死する運命にあるが、ごくまれに生き延びることがある……そう、それが「地獄から逃げた魂が生まれたての赤ん坊に入り込む」こと)に組み込まれ、普通に現世に生まれる。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ここから俺は普通の人間として生まれる。
もちろん生前の記憶なんて憶えてるはずもない普通の人間だ。
赤ん坊、子供時代と俺はすくすく育っていった。
両親も普通の人間なら、俺も普通の人。
幸せな家族として、時には苦しい生活もあったが、それなりに楽しい半生だった。
俺は二流ではあったが、そこそこ有名大学を卒業し、そこそこの会社へ入る。
営業ではないが、エンジニア職のようなブラック部署でもない、現場対応とは言え出張がちの、よく言えば自由な職場、悪く言えば会社のメインストリームから切り離された部署へ配属されて、それなりに仕事を憶えていき、それなりの地位と、それなりの収入をもらえるようになる。
「おい、田無、次の出張予定なんだがな……」
課長が少し長くなる予定の出張先と出張作業の詳細を伝えてくる。
そうだ、俺の紹介を。
俺の名は「田無敏男」という。
現在、独身の30歳。
年齢に反して高給取りになっており、今の住まいは中級程度のマンション。
一応、分譲で安かったため、ローンを組んで25歳の若さでアパートから引っ越し、このマンション住まいになっている。
「田無、おい田無! 聞いてるか? 上の空だったぞ、作業内容の打ち合わせもあるんだ、気を抜くなよ」
「あ、すいません、課長。ちょいと連休、遊びすぎまして」
「お前のことだから、悪い遊びじゃないとは分かっているんだがな。もう三十路だろ、いいかげん、推し活は抑えたらどうだ? この頃は、結構な額を使ってるらしいじゃないか。推しよりも、そろそろ結婚相手に金使えよ」
課長が親切心で言ってくる。
心配のあまり言ってくれるのは有り難いし、俺も自分じゃ理解してる……
でもなぁ、推し活は理論じゃねぇ!
ハートの燃えるままに、俺はこの週末も推しのコンサートへ行く予定。
でも、こんなこと課長には言えるはずもないので、無言を貫き通す。
課長と、別室へ移動。
明日からの出張作業を別部門と打ち合わせる。
今回、ちょいと難しい改造と検証のため、俺を含めて出張員が5名。
今どき珍しい大人数だが、出張先に常駐してるグループとの共同作業になるため、この人数が必要となったとのこと。
「いやー、今回の出張人数は5人ですか。今度こそ、異常現象が直ると良いんですがねぇ……」
出張先の課長さんと部長さんが迎えてくれる。
厄介な修理とか修正とかの話ではない。
「今回のリーダーをつとめます、田無と申します。作業員は4名ですが、私は別仕事をさせていただきます」
俺は、眼の前の二人に、実質の仕事は俺がやると言うことを暗示する。
二人は、なるほどと頷く。
次の日、作業担当の4人は、指示書通りの作業を開始する。
実はこの作業、数日かけるような作業ではない。
実質、一日どころか半日あれば作業から修正・検証まで終わる。
で、なんでそんな簡単な作業で丸々半月も作業工程があるのかと言うと……
「ほーい! 二時間の作業時間、終了ぉ! 工具も試験機も片付けて、現場撤収なぁ! 急げよー!」
朝9時から作業始めて、終了時間は11時。
これが徹底してる(11時には撤収するので、作業時間の実質は1時間位だ)
俺は作業員の4名に対し、少々の圧をかけてまで宿舎(ビジネスホテル)に戻らせる。
俺?
俺は、作業員の撤収後に、やることがある。
俺だけ用意してきた昼飯(コンビニ弁当だが)を食べ、体調を整えておく。
用意するものは何もない。
さて、もうすぐ日が沈む……俺の出番がやってくる。
う〜ら〜ぁ〜ああ〜……
出やがったな。
叫び声が上がると同時に、ポルターガイスト現象が次々と起こる。
あちこちに置いてある軽い部品、ゴミ箱、空のコップ、小さなドライバー(作業員の忘れ物だ。あれほど片付けろと言ったのに)が、俺の頬を掠める。
じわりと血がにじむが、俺は無視して、その場から動かない。
数時間後、明かりも点けていない部屋と建物に闇が訪れる。
俺は、少々の水を口に含んで、口内を濡らし、その時を待つ。
「おまーえーぇ……俺らが見えるのかぁー」
ご本体の登場か。
俺は、結跏趺坐していた状態から立ち上がり、すたすたと「見えている」モノへと近づく。
そして……
「お前、誰か、何かに恨みを残して死んだ怨霊だな? 現世なんか留まってても何も恨みは晴れない。とっとと、あの世へ行って生まれ直してこい!」
そう言いながら俺は目の前のものを殴る。
幽霊は実体がないと言われるが俺はそうじゃない。
俺が殴ると手応えがある……ということは、
「は?! ひ! ぐ! な、なんで俺が殴れるんだぁ! いたい、いたいよぉ! 現世なんか懲り懲りだぁ!」
そう叫びつつ、消えていく怨霊だったもの……
それ以降、何も現れるようなことは無かったため、俺は俺専用に駅前から借りてきたレンタカーに乗り、この場所を後にして、宿舎へ戻る。
それを数日繰り返して、一週間後に作業員は帰社させる。
後は、作業員がいないほうが俺がやりやすいからだ。
会社の方には進捗状況を毎日報告しているので、最終日まで頑張ってくれと課長から言われる。
まあ、課長にも俺が不具合点を修正していると報告しているだけで、実質的に俺の仕事を管理しているのは総務部長だったりするのだが。
部長には本当の報告書を上げている(総務部など、俺の所属している部署とは繋がりないため、課長と総務部長とは顔も合わせたことがない)
後半一週間は、俺は夜型に切り替わる。
昼は宿舎で寝て、夜になったら現場で怨霊退治。
日を追うにつれて、厄介度が増す怨霊が登場するが、そんなもの怖くもなんともない。
数発のパンチで消えていくので、俺もやりがいがなく不満がたまる。
最終日。
出張先の課長と部長には、
「最終日です。ここに棲む奴らの大将が出てくるはずですので今日は定時で全社員を帰らせてください。何らかの事情で残業なんかやってたら、今日こそ地獄へ引っ張られますよ! ってことで、今夜だけは警備員も残さないでくださいね。お願いします」
青い顔して、こくこく頷く課長さんと部長さん。
全館放送で昼すぎからウルサイくらいに、
「全社員に通達です。今日は定時で帰りなさい。これは業務命令です、残業は許可しませんので今日は全社員に定時退社を命じます。定時後には、ビルに鍵をかけシャッターも下ろします。繰り返します、今日は全社員、定時退社を厳命します!」
と繰り返している。
係長やリーダークラスがブーブー文句を言っているが正直に話したら嘘だと思われるか、それとも意地でも残業で怨霊に出会うか……
命がけの残業だな。
俺は普通なら警備員がいる待機所で、その時を待つ。
幸い、このビルには監視カメラが豊富に設置されているので時間まで映像を眺めていれば良い。
午前2時。
待機所にいても周囲の気温が下がるのが分かる。
これは……
でたな、親玉。
カメラ映像を見ると黒い霧のようなものが最上階の社長室へ向かっているのが見える。
さて……
始めるか。
こ、の、う、ら、みぃ〜〜〜はらさでかぁ〜〜〜……
「はい、ストップ。お前が、ここに棲む怨霊のトップだな。何の関わりもないけど、あの世へ行ってもらおう。なに、もともと恨みだけでこの世に留まってるんだ。すぐにあの世へ行きたくなるさ」
俺はスタスタと怨霊の方へ歩いていく。
怨霊は少しはやるようで、近づいてくると気分が悪くなる。
これは瘴気というやつか?
普通の人間なら、こいつに触れただけで気力や体力が、ごっそり持っていかれるんだろうが……
「俺には無駄だ。喰らいな!」
なんと、さすが怨霊の親玉だけのことはある。
俺のパンチを二発受けても、なお本体は消えない。
「そうか、それほど恨みは深いか……じゃあ、連発だ!」
右、左と数回パンチを繰り返すと、黒い霧は消えていく。
消える寸前、恨みの原因を喋っていたが、それは俺には関係ない。
報告書に詳細に書いたが、それをどうするか?
それは俺には決められない。
総務部長が決定権を持つので、クライアントに真実を知らせるかどうかは部長次第だ。
俺は出張先の課長と部長に、
「終わりました。もう、あのビルに不可解な現象は起きません。原因から消滅させましたので、また出るとしても数十年はかかるでしょう……」
とだけ伝える。
言外に、この場所がヤバイので数十年もしたら出ますよと言ってたつもりだったが、どう取っただろうかね、あの二人は。