転生死神 第二話

稲葉小僧

田無たなし、ちょっと話がある」


課長が俺に向けてメールを打ってくる。

やれやれ……

またかよ……

俺は、ため息を一つ吐くと課長と同タイミングで席をたち、今の時間では使われてない小さな会議室へ。


「なあ、田無。お前、いい加減、嫁さん貰えよ。この会社では有能だけど独身者ってマイナス要因だけで昇進チャンスが無くなるんだから」


もう、耳にタコができるほど聞かされた言葉。


「そう言われてもですねぇ……未だ、彼女どころか気になるような女性すらいないんで……」


本音だ。

会社の裏の仕事やってることもあるんだが、それだけじゃない。

俺は現実の人間(女性も男性も、その他すら含めて)に、あまり興味がない。

営業職なら致命的な欠陥なんだろうが、検査と調整を兼ねた出張部門の現場要員なら、あまり問題にはならない(他人の顔が憶えられないというのは会社員として問題あると自分でも思うが)


「ほんとにもう……役職「係長」に、俺も本気でお前を推挙してやろうと思ってるんだぞ。まあ自分で探すような器用なことができるやつじゃないと俺も知ってるから……部長から、お前にと紹介されたお相手の写真と紹介状が、ここにある」


一瞬、課長が何を言っているのか理解不能だった。


「か、課長……数十年前の「正和」時代じゃあるまいし……お見合い写真ですか?」


ようやく合点がいって課長に確認すると……


「そう、検査・調整部門の部長から、お前本人ご指名でお見合いだとさ。プロフィールも部長から聞かされたが、お前にピッタリみたいだぞ。まあ、一度、見てみろ」


課長が、写真入りのプロフィール表を渡してくる。

厄介な事になった……

俺は、そう感じた。


見合いの相手の写真とプロフィールを確認する。

ひと目見て、幸薄い女性だと思った。

部長が、何を思って俺に紹介しようと思ったのかは分からんが、ある意味、俺の相手にピッタリの女性だとは思う。

ただし、普通に言う結婚相手ではない、マイナス要因を持つ彼女に、存在するだけで退魔師となる俺なら、彼女のマイナス要因を祓う(どころか、多分、消滅させる)ことが可能だからだ。

恋愛感情ではなく、ある意味、彼女に憑いているモノに対する「天敵」としての俺が彼女の前に登場すれば、彼女の人生は確実に良い方向に向かう。

俺は、この話、受けることにした。


ここは某ホテルのティールーム。

仲介をしてくれた部長と、向こうは両親連れだ。


「はじめまして。田無たなし敏夫としおです。$#%株式会社で、某某部長の所轄部にいます」


彼女の声は細く、背丈も小さくはないが、生まれつき生気が通常より足りないような、存在感が薄く感じられた。


「はじめまして……蒼月そうげつ香織かおりと申します……」


小さな声だが、通る声でもある。

これは、なんとかできそうだ。


少し互いに話し、互いの緊張もとれてきたところで、部長と彼女の両親は帰っていった。

見合いが終わったら彼女を迎えに来るらしいので、ここから遠くへいくことはできなそうだ。

まあ、彼女自身も賑やかな場所や華やかな場所が苦手なようで、少し近所を散歩した後に小さな喫茶店に入って軽食とする。


「蒼月さん、何を頼みますか?」


俺が聞く。


「あ、私、食が細いので……スコーンか何かあれば、と……」


俺はブラックコーヒーと大盛りカツサンド、彼女には紅茶とスコーンのセットを頼む。


「あの……田無さん?」


「何でしょう?」


「私なんかと、せっかくの休日を過ごすなんて退屈じゃ?」


「そんなことはありません。私の仕事がら様々な方たちとお会いしますが、蒼月さんも興味深いです」


そこから、しばらく無言。

俺は、失礼にならない範囲で彼女を観察。

俺に分かる範囲ではあるが、彼女には様々な霊が憑いているようだ。

ただし、その全て悪霊ではなく、どちらかと言うと守護霊に近いものだったりするが、あいにくと霊格が低い低級霊(殆どが動物霊)ばかりなので、彼女を護るために彼女の生気を少しばかり拝借する形となり、それが重なって彼女の生気が少なくなっているわけ。

俺は覚悟を決める。


「蒼月さん、いえ、香織さん。俺が口出しする立場ではないのですが……香織さんには、いわゆる「物の怪」が憑いてますよね。それも、数が普通じゃない……」


彼女の顔が青ざめる。


「そう、ですか。田無さんは、いわゆる「見える」方なんですね。仕方がないので、お話ししましょう……」


彼女の語った話を要約すると……


*昔々、変わった芸妓(かなり有名な踊り手だったようで)がいた。

芸妓は、様々な犬やら猫やらを、あっちこっちから拾ってきては世話をし、長屋に一緒に住んでいた。

ただし、その犬やら猫やらは、普通じゃない「物の怪」と呼ばれるものたちだった。

そのままだったら消えてしまう物の怪たちを拾い上げ、世間への興味を掻き立て、しっかりと生きて(?)いけるようにしていた、らしい。


「……というわけで、ご先祖の飼っていた物の怪たちが未だに私から離れてくれないんです。幸い、この子達がいるおかげで命に関わるようなことは避けて生きてきましたが……」


「その物の怪たちが生きていくために貴女の生気が吸い取られているのも事実、ということですね」


こく、と頷く彼女。

さて、どうしよう? 

こんな低級霊、俺の力で祓い、極楽へ送ってやることは簡単だ。

ただし厄介なことに、彼女自身が、それを望んでいないようで(物の怪たちも彼女が心配だから傍にいる。数匹なら問題はないんだがなぁ……)

どうするか……


「蒼月さん、提案があるんですが」


「何でしょうか? この子達を消滅させる提案でなければ何でもお受けしますわ」


ご先祖から受け継いだ物の怪たちも俺の持っている力を認識したらしい。

少しでも俺が動くと、ビク!と彼女の背後に逃げるような動きをする。


「あー……消すのではなく融合合体させるということですね。あなたの生気が吸われているのは、小さな物の怪が生きていく上で欠かせないエネルギー源が、あなたという飼い主(?)しかないってところなんですよ。もっと成長した物の怪なら、この世界にある自然の生気を吸えるんです」


彼女は本気で悩んでいるようだ。

通常なら気持ち悪いと祓う依頼を持ち込んでくる会社や個人が多いんだろうが、彼女は特別な存在なんだろう。

その証拠に物の怪たちも申し訳なさそうに、少し離れ気味に彼女を取り囲んでいる。

数分後、彼女の口が開く。


「……分かりました、その提案、お受けします。具体的には?」


「任せてください。とは言うものの少しばかり力技になるのは仕方ないかなとは思いますが……」


その後、俺達は分かれる。

数日後に会う約束をして連絡先も交換したので、俺は特別な場所で彼女と会うことにした。


「お久しぶりです、蒼月さん」


「……お久しぶりです、田無さん。神社の境内でお会いするとは思っていませんでした」


ここは、比較的有名だけど小さな神社。

稲荷ではないので、お狐さまの石像とかは置いてない。


「ここの宮司さんが知り合いでね。仕事で悪霊祓いしてる時に、アドバイスもらいたくて、そのへんの知識と技を持ってる人を探してたら、この神社の宮司さんに行き着いた。小さいけれど、かなり神格の高い神様が祀られてるんだ、ここ」


俺は宮司さんの許可を取り、拝殿を少しばかりお借りする。

彼女の物の怪たちを一箇所に集めて、逃げることないのように結界を張る宮司さん。

俺にもやれると宮司さんは言っていたが、こういう技能に関しては素人の俺が生兵法でやってもうまく行かないのは分かっているので宮司さんに任せる。


「……よし、結界形成は終わったぞ。田無、何やるのか俺も分からんが結界の外へは音も物の怪も逃げられんので、思いっきりやれ!」


薄々は俺がやることを分かっているんだろう宮司さん。

しかし、その想像の斜め上のことを俺がやるとは思っていなかっただろう。

俺は小さな物の怪たちをまとめて数匹づつ掴み、少し大きく見える物の怪に入れ込んでいく。

彼女も俺が何をやっているのか見えないらしく、驚いている。


小さな物の怪たちを、まとめて中型の物の怪に合体融合させる作業を数十回繰り返して、ようやく終わりが見えてくる。

彼女は呼吸が楽になってきたようで、生気も戻ってきたようだ。


「あまり大きくしてもダメなんで数匹くらいに分けるか……こいつには、あと20匹分、でもって、こいつには残りの分、と……ふう、こいつで終了!」


最終的に猫又と金魚の霊、そして管狐か?と思われる小さな物の怪の三体が妖力的に中型のあやかしとなったことを確認して終了。

今の三体、いや、三匹ならば、もう彼女の生気に頼らずとも生きて(?)いけるだろう。


「妖力的にも随分と大きく、強くなっているんで、生半可な悪霊や妖怪は近寄れもしないと思うよ。これで、君も物の怪たちと生きていけるだろう」


ダラダラと汗を流しながら、俺は彼女に言う。

これでいい。

これで俺と彼女の縁は切れる。


なんて思ってた俺が馬鹿だったと気づいたのは、それから間もなくだった……