太陽系裏歴史00
稲葉小僧
西暦から太陽系標準暦とやらへ完全移行してから数十年。
今年はSS(ソラ−システムスタンダード)35年。
西暦との差なんて、もう誰も考えなくなって久しい。
ここは、ジャパンエリアのロケット発射実験場。
液体燃料ロケット?
固体燃料ロケット?
そんな時代遅れのロケット技術は科学歴史博物館で見てくれば良い。
今の主流は、イオンロケットエンジンを使ったシステム。
イオン流の発射速度は速いが、ともかく力がないだろうって?
その通り。
だから、地上発射台から打ち上げるのではなく、スペースコロニーや月基地の実験場から打ち上げられることが多い。
その場合の実験成功は確認済みで、今回は地球圏重力脱出も実験に含まれるため、あえて地上からの打ち上げ実験。
「木村くん、重力軽減システムの調整は終了しているか? こいつが動いてくれなければ、とてもじゃないが数百トンの重さのあるロケット本体は浮かないぞ」
室長が再度確認してくる。
数十秒前に確認したじゃないかと言いたくもなるが、中の乗員にとっちゃ命をかけた発射実験だと思い直す。
「はい、調整は終了しております。只今、重力の影響は50%軽減中。発射カウントまで、徐々に軽減度を上げていきます」
俺は再度、同じことを言う。
ちなみに、この重力軽減システムの最大の欠点は……
エネルギー供給に「核エネルギー」を使用していること。
核エネルギーの問題点は、取り出すエネルギーの強弱調整に時間がかかること。
他のエネルギーシステムのように瞬時に最小から最大へ、なんてやろうものなら、最悪、暴走する。
それを防止するため、出力調整には必ず徐々に加減されるタイマーがついており、瞬時の出力可変など無理になっている。
重力軽減60%にするには、あと1時間は最速でも必要。
「うむ、分かった。出力アップは順調だな。打ち上げまで、あと12時間……トラブルなど起きないでくれよ、頼むから……」
室長の独り言が聞こえる。
これが成功すれば、出力を核から安全なものにすれば良いだけ……それがいつになるのか、どんなエネルギーになるのか僕にも想像がつかないが。
半日過ぎて、重力軽減装置も出力最大で安定した。
最高出力が、予定されていた規格より少し下だったため、重力軽減装置は95%強の上限となる。
室長は不安視していたが、僕は誤差の範囲だと見る。
「打ち上げカウントダウン! 10秒前から」
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0!
発射ボタンスイッチが入り、イオンロケットエンジンに重力軽減システムを加えたハイブリッド構想のロケットは打ち上げられる。
打ち上げ初期に力が足りないと予想されていたため、発射台には火薬が用意され、発射と同時に爆破。
その爆風で数メートル分、発射時の力不足をカバーする(イオンロケットの排気には燃焼物質は含まれていないので、エンジンや燃料に引火する危険がないのは安心だ)
「打ち上げ成功! 大気圏を抜けて、宇宙空間へ。宇宙空間へ到達したら、重力軽減システムを切り、イオンロケットエンジンのみでの試運転だ」
室長は大喜び。
しかし、僕は一抹の不安が消えない。
「室長、重力軽減装置へのエネルギー供給は、徐々に低減させなければ。それと、注意事項ですが、絶対に核エネルギーは停止しちゃいけません。炉の冷却そのものも自分のエネルギーでやってるんですから」
室長、顔色が変わる。
「忘れてた……自動的に切り替わるシステムになってるはずだ。そうなると……乗員に緊急脱出の警報を! 24時間後に、そのロケットは核燃料炉のメルトダウンを起こす!」
それからは、ドタバタの連続。
なんとかギリギリで放射能汚染されたロケットからの乗員退避は成功したが、システム全般設計を担当した室長は、将来を閉ざされることとなる。
ちなみに、自動操縦装置が動いていたため、イオンロケット本体は自動的にイオンエンジンの噴射を行い、成功する。
実験は成功したが、この裏に人命がかかったミスがあったことは秘匿されることとなる。
失敗の証拠が満載された秘匿ファイルは、管理省庁の秘匿ファイル専門棚へ収められ、世間の目からは隠されることとなる……
他の秘匿ファイルと同様に……