太陽系裏歴史02
稲葉小僧
これは、実際にあり得たかも知れない話……
ロールシア連邦とアーメリゴ合州国。
この2大強国は地上での戦争を停止して、宇宙開発競争を遮二無二やっていた。
今年は、無人ロケットの開発を終了させて、いよいよ人類初の人間が乗り込むロケットの大気圏外打ち上げが、両勢力ともに実験段階から実証段階へとステップアップさせるところ。
合州国陣営では、人間搭乗の前に計測器を山ほど載せて、発射時のG変化や衛星軌道に乗った後の環境変化など、あらゆるデータ収集に励む。
連邦陣営では……
「宇宙開発局長官、国家統一党書記長様のご発言です。いいですか、敵陣営より少しでも早く、人間を載せたロケットを宇宙へ送り込みなさい。最終期限は、今年中となります。言い訳は許しません……以上です」
「はっ! 偉大なる書記長様! その予言は実現されましょう、必ずや、この私の手で!」
「期待しておりますよ、とのお言葉です……以上」
通信が切れる。
宇宙開発局長官は、流れる汗を、ようやく拭うことに成功する。
「あの、戦争バカの書記長は、宇宙開発とは何か、全く持って理解しておらん!」
大声で怒鳴りたいのを、小声で呟くだけにする。
下手に監視官(告げ口屋と陰口を叩かれる、書記長直属の政府顧問、という位置づけの思想監視屋だ)の耳にでも入れば即刻、自分など極寒の地に飛ばされて自己批判の日々だろう。
宇宙空間に地上と同じく空気があるというバカ話を信じているのではないかと思うほど、宇宙開発、ロケット開発に理解がなかった書記長は、その開発目標にしても、5年計画で月まで行くのは簡単だろう、などと阿呆極まりない計画を勝手にぶち上げて、国際社会へ大々的にプロモーションしやがった。
今年が、その計画発表から5年目。
未達だろうが何だろうが、成果を見せねば宇宙開発局など、いつでもトップの首がすげ変わる。
「しかたがない……現状で宇宙へ上がる人物と、そのロケットを調達しに行くか……」
その一時間後……
「長官! いくらなんでも、現状で人間なんか打ち上げた日には、死体で戻るなんてことは良い方で、下手すりゃ宇宙や空中で爆発して、破片すら残らない事態になりますよ! 人命を何だと思ってるんですか?!」
長官から書記長の言葉を聞かされた後の、開発主任の言葉である。
「いくら、前大戦での英雄、統一党の書記長様の言葉とはいえ、無茶苦茶です! 今、打ち上げ可能な機体は二機ほどありますが、どちらにしても人間を載せる仕様にはなっておりません。人間を載せるのなら、一から作り直したほうが速くて安く上がりますよ。まあ、どちらにしても、パイロットの乗る住居と言うか、操縦室と言うか、その部分は我が国では作れません」
長官、それを聞いて、
「主任、肝心の有人ロケットの主要部分が我が国、我が陣営で作れないとは何事かね?! 主機のロケット部すら我が国や我が陣営で生産できておるではないか?」
「長官……たしかに我が国、我が陣営は、銃やミサイルやジェット戦闘機、ヘリコプターにしても、戦いに使えるような大ざっぱな作りのものなら得意でしょうし、実際に合州国陣営が追いつけないようなものが作れます。ただし、宇宙空間で、いいですか、真空の中で人間を数日生きられるようにするのは、我が国の技術体系にない技が必要なんです。ブロック単位での発注になるんですが、これは、極東の島国で作らせたほうが絶対に成功します。あの国の技術体系は、我らや合州国陣営とは全く違っていますからね」
「ほう……君が、そこまで言うからには相当な品質のものが出来あがるんだろうな……よし分かった! 年末の打ち上げに間に合うよう、何でも発注しろ! 金額は問題にするな! どうしても、その室内で人間を一週間、生きながらえさせるのだ!」
長官のお墨付きを得て主任は外国、極東の島国へと注文表を送る。
送りつけられた方。
まあ大使館員ということになるのだが、こちらも頭を抱える。
「狭い住居ブロックを作れだと? そんなもの、この国の業者じゃなくとも、うちの国内業者で容易に作れるじゃないか。何を考えてるんだ、うちの宇宙開発局は?」
幸い、本国との通信は可能だったので何度も何度もやり取りすることとなる。
「はい、はい、居住ブロックは、こちらで言う二畳ほどの広さ。ブロック単位で気密性は完璧にする。はい、出入りは二重ドアで気密が破られることのないように。はい、はい……」
大使館員も開発局員も、音声だけのやり取りで本質を聞き出すことに嫌気が差すほど。
データ端末とは言わんが少なくとも向こうの陣営で流行っているというファクシミリーなるものが欲しいと思う。
最終的に宇宙空間で気密を確保でき、中の人間が一週間生きられるように、という注文書を作り上げ、国内のメーカーへ特注することとなる。
海外からの特注ということで、そのメーカーは張り切った!
全社員のアイデアと社の技術力全てを注ぎ込んで、その居住ブロックは出来上がった。
変なものが仕込まれていたりするわけじゃないので輸出も簡単に許可が下りる。
「とうとう来たか! あの国は凄いな、この居住ブロックで行った各種試験の表すら付いてきとるぞ。水中試験、真空試験に衝撃試験、生物の生存試験まで行っとる、どれも通過してるとは、あの国は化け物技術者揃いだな」
その居住ブロックを組み込んだ有人ロケットは年末ギリギリで発射台へ。
書記長自ら、新年明けと同時に発射ボタンを押してもらおうという長官のアイデアが書記長に受けたのか、そのまま採用される。
5、4、3、2、1、0!
新年の鐘の音と同時にロケットは打ち上がる。
無人ロケットで何度も成功しているだけに、衛星軌道へは簡単に上げられた。
さあ、ここからが正念場!
「こちら、針一号。我が生涯で、これほど神に近づいたことはない……」
宇宙からの声、第一声だ。
様々な宇宙実験が行われ、そのどれもが意外な結果となり、書記長は満足する。
異変は5日後に発生した。
「こちら、針一号。息苦しさを感じる……同僚は宇宙服を着て、その酸素を吸っている。どうなっているのか? 後一日で大気圏再突入予定だが酸素が足りないぞ! どうなっている?」
長官以下、急いで仕様書と実際のロケット内の違いを比べる。
「み、見つけました! 海外発注した居住ブロックの定員が一名となっていました! あんな狭い居住区に二名も入るなど、かの国では想像していなかったようです!」
「と、言うことは……」
「多少は多めに酸素ボンベは積んでいましたので、今までなんとか持ったようです。これから38時間は……たとえ一人でも酸素が持ちません……」
長官は主任へ最終通告を告げるように命令する。
「針一号へ。酸素の容量が足りない。今からでは、どちらか一名になったとしても最後の数時間分が足りないのだ……許してくれ、君らは英雄だった……」
「こちら、針一号。最初の宇宙人となったという名誉だけが残るわけか……妻のリーシャと、最愛の娘、ナターシャへ、愛していると伝えてくれ。お、相棒が、代わってくれと言うので代わる」
「こちら、針一号パイロット。フィアンセのアリョーシャへ、天から見守っていると伝えて欲しい……それだけだ」
「了解した! 君らの録音した音声は必ず親元へ届ける! 約束する!」
数日後、帰投した居住モジュール内で、眠るように死んでいる二人の姿が発見される。
酸素がなくなる前に備え付けの薬棚より多量の睡眠薬を飲んだらしいとは、解剖後の所見である。
彼ら英雄行為は二階級特進となったが、彼らの遺体と最後の音声は、家族の元へは届かなかった。
「我が陣営と、我らが書記長に誤りはない! 間違った結果が出るなら、それは現場の間違いである」
英雄二人の死は闇に葬られ、宇宙開発局の書庫ファイルの奥深く、しまわれる。
家族にも、ロケットの爆発で死体も残らなかったと伝えられた……