クリスマスにロボットは夢を見た
糸井翼
ロボットはあくまでツール。人が使うものである。だが、人を管理するのを手助けするということでも非常に有用である。ロボットは感情もないし、疲労もないから休みもない。いつでもだれに対しても冷酷なほど平等で正しい。
この工場では、労働者をロボットが厳しく管理していた。徹底的な低コストを達成するために、労働者をしっかり働かせて、でもぎりぎりのところで壊れないようにする。これまでは人が機械を管理して修理などをしていたわけだが、ここでは逆なわけだ。
特に労働者から恐れられていたのは、スクリューと呼ばれているロボットだった。工場が稼働しているときにはいつでも工場内を巡回し、休んでいようものなら叱咤である。モラハラともとれる言動を繰り返して人を酷使しているのだった。時々、こうした業務体制が問題視される会社などもあって、ロボットを使う上層部の責任はないのか、という議論は出たこともあったが、工場は閉鎖的な環境だし、ロボットのする行為がハラスメントなのかを評価することは行われて来なかった。安い給料で働く労働者にはそんな議論の余裕もない。だから、これらに対する規制はなかった。
しかしある年の、年末も近づく12月23日だ。工場主がロボットの状態をチェックしているときだった。スクリューが相変わらずの無表情ながら(ロボットだから表情など変わることはない)、工場主に話しかけてきた。
「申し上げます」
「なんだ、故障か? スクリュー」
「かもしれません。私のデータベースにはない現象が起きているのです」
「年末で整備工場も休みに入っちまう。お前が壊れると困るから、早く整備工場に連れて行かないといけないかもな。どんなだ」
「はい。夢を見るのです」
「夢?」
ロボットが夢を見ることはあり得なかった。ロボットは寝ない。自らスイッチを消すことができない仕組みになっているし、スイッチを消したら何も動かないから夢を見ることはない。
「白昼夢とでも言いましょうか、歩いているときに、私の脳内に映像が流れてくるのです。何かを受信しているのです。製造時の情報で、何かこれに関することをご存知でしょうか」
工場主は少しだけ表情を変えたが、首を振った。
「ロボットは自分の製造時の情報を知る必要はないよ、スクリュー。おそらく、回線トラブルで何かを受信しているんだろう。お前もここに来てから長いし、そういうトラブルくらいあるだろう」
「承知しました」
スクリューはそれ以上何も考えなかった。
しかし、また工場を巡回していると、何か映像が流れてくるのだ。高齢で衰弱した男がこちらに向かって話しかけてきた。
「スクリュー、元気か」
「なぜ私の名を知っているのか。お前は何者だ」
「私はお前を作った者だよ」
「は?」
ロボットは自分の製造者を知ることはほとんどない。大体のロボットは、販売時にデータをクリーンしてから買主のもとに行く。製造者も自分の販売したロボットにわざわざ名乗ったりしなかった。それは、余計な情報を学習することで、感情に近いものを学んでしまえば、その後の動きに悪影響を与えかねないからだ。
「私に死期が近づいたときに、お前に私のメッセージが受信できるようにシステムを仕込んでおいた」
「そんなことがあるのですか」
衰弱しきった男を見ていると、スクリューがこれまで見てきて情報として蓄積してきた、科学者としての優秀な能力がにじみ出ているような顔に近いような気もした。
「私はお前を製造したとき、世界に役立つロボットであるよう願いをかけた。だが、その後、ロボットというのは人を管理するために徹底的に冷たいものとなっていったな。それがすべて間違っているとは言わない。ただ、私はお前にそういうロボットになってほしくなかったんだよ」
「よくわからない」
スクリューは自分が正しいと思ったことはあっても、冷たいと思ったことはない。もちろん、血が流れていないその体は冷たいのだが。
「お前は悪くない。ロボットに学習させるのもまた人だからね。人次第というわけだ」
「私は働かなければなりません。仕事納めが近いのだ」
「この映像を見るんだ」
その瞬間、動画が強く脳内に入り込んできた。画質の悪いその動画は、若い男が妻と思われる若い女性と優しげな雰囲気で一つのロボットを囲んでいるところだった。若い男は、あの衰弱した男と似ていた。いや、あの男の若いころなのだろう。
「この子の名前は?」
「スクリューだ。おい、ちゃんと撮れているか」
「ばっちりだよ」
後ろで声がするのは息子だろうか、子供の声だ。
「お前は正しい情報でもって人の役に立つ、素晴らしいロボットになるぞ」
「なんだか良いように使われちゃうのはかわいそうだけど」
女性は微笑みながら、少し寂しそうな表情だ。動画の中でスクリューをなでる。
「良いように使われるって、ロボットはツール。人の役に立つために生まれてきたんだから。でも、スクリューには、優しく人を守るような役目についてほしいね」
「警察ロボットとか? 介護ロボットとか?」
「あるいは執事か。夢があるな」
「ねえ、この映像を撮ってどうするわけ?」
男がこちらを向いて微笑む。
「このロボットが私の夢を叶えてくれたときに見せるんだ」
「夢って?」
「優しく人を守る役目につき、社会に優しさを広げる。そういう素晴らしい社会の中の一つのスクリューになってほしいんだな。小さなスクリューかもしれないが、それを作ったというのは誇らしい。そのときに感謝を伝えたいんだよ。」
「恥ずかしいことを、よくもまあさらっと言えたものね。自分の子がそこにいるのに」
「このスクリューも私の子だ。同じくらいとまでは言わないが、可愛いし誇らしい」
「あーっ、そーですか」
「嫉妬かい」
この家族の会話を見ていると、なぜかスクリューは悲しくなってきた。感情など持っていないはずなのに、これが悲しいという気持ちなんだとわかってしまうのだ。そして、その悲しみを周りに広げるような働き方をしてきたこともわかっていた。
「私は、あなたの夢を叶えられなかった」
しかし。
「だが、工場が繁栄して、良い商品が安く社会に出回った。人々は幸せになった」
「優しくはないだろう」
次の映像は、工場主が会社の幹部と高級ワインを飲む映像だった。何か報道番組の切り取りのようだ。ナレーションが響く。
「この企業は、労働者の人権を侵害しているという声もあります。人権団体や環境活動家など、あるいは海外の一部の国では、この会社の商品へのボイコットの宣言もなされてきました。しかし、我が国においては、この安さと品質で、この製品市場ではトップセールスを守っているのです…」
場面は変わり、工場の労働者が帰るところに記者が声をかける。
「工場の実態について、どう思われていますか」
「俺みたいな安月給だと、この工場の製品くらいしか買えないよ。クビにされたら困るんだよ」
疲れ切った顔にいら立ちを隠さないまま、労働者は去っていった。
「では、私はどうすればよいですか」
スクリューはつぶやいた。正解となるデータを学習していないのに、正しくあれ、とだけ言われても、動きに反映させることはできないのだから。
「私は、もうじき死ぬよ」
男は言った。
「だが、たぶんお前はもう少し動くだろう。自分で正解を考えるんだな」
「私は何も考えない」
スクリューは自分自身が無力であることを知っていた。ロボットはツール。使う者に従うだけだ。そして、学習データに基づいて動く、それだけしかできないことを知っていた。
「だからこの映像を受信できるようにしたんだ。迷うんだ」
「迷ったら、だめになってしまう」
スクリューは迷って固まったロボットを何度も見てきた。フリーズするようになれば、ロボットは終わりなのだ。そういうロボットは、廃棄されてきたのを知っていた。
「スクリュー、私は死ぬよ。ただ、お前が正しく優しくある限り、私の作ったスクリューが社会を正しくしている限り、私の想いは生き続けるだろう」
「わからない」
スクリューは人の想いを理解しきれない。
「明日はクリスマスイブだな。スクリュー」
「24日、火曜日です。工場は稼働日です。」
「クリスマスイブだ。いや、工場を止めろとは言わない。ただ、ほんの少し気持ちに余裕を持って、定時に帰宅させることくらいできるだろう。定時に帰れれば、働いている人たちも閉店前のケーキ屋に入ることくらいできるだろう」
「ケーキなら休みに食べればよいのではないですか」
スクリューは理解できなかったが、クリスマスの時期にケーキを食べる習慣は知っていた。その意味や甘さをスクリューが知ることはなかったのだが、みんなが買うから値段が上がる、というビジネスの仕組みは理解していた。
「ケーキだ。良いか、合理的ではないかもしれないが、重要なことだ」
高齢な男は、表情はわかりにくいが微笑んでいる気がした。
24日の夕方、工場は暗くなり、ますます冷たい空気が外から入るようになってくる。定時のチャイムが鳴った。年末の業務は山積している。ここからが本番、というのが工場主の主張だろう。労働者たちは、一部の事務員を除いて帰る気配はない。
労働者の表情は無に近い。いつもの平日と何も変わらない。だが、外に飾ってあるクリスマスツリーは対照的に明るかった。
スクリューは固まりそうになっていた。それでも、夢を見た意味を知りたいと思った。
「おい、定時のチャイムが鳴った」
「は?」
労働者たちが怪訝そうな表情でスクリューを見た。
「今日はクリスマスイブだから、早く家に帰ったらどうなんだ」
感情は込めることはできなくても、その言葉からは温かみがあったように労働者たちには聞こえたらしい。
スクリューは映像を受信することはなくなり、夢を見ることはなくなった。一日で何かが大きく変わることはなかった。むしろ、年末は作業時間を取り戻すために仕事納めまでみっちり労働者たちを働かせることとなった。
ただ、工場は確かに明るくなった気がするのだった。その理由についてスクリューは理解できていないようだが。
(了)