心霊パークの事故報告書
糸井翼
それでは、定刻になりましたので、事故調査委員会委員長による記者会見を始めます。よろしくお願いいたします。
えーっ、委員長の畑村です。本日の委員会では、先日死亡事故が発生しました、心霊パーク、この事故について、事故原因調査を行っておりましたが、その報告書がまとまりまして、決定、公表となりましたので、ご報告いたします。簡単に調査報告書の概要をご説明します。
まず、事故の概要でありますが、8月、夏休みに起きた事故でした。心霊パークに遊びに行った大学生2人が亡くなる、という痛ましい事故でした…。
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「夏休みに心霊パークに行かないか? この辺にできたらしいんだ」
聡が言うと、ココミは明らかに嫌そうな顔を浮かべた。
「私、怖いの苦手だし」
「心霊スポットじゃない、心霊パークだよ。お化け屋敷みたいなところ」
最近ぽつぽつと広がり始めた心霊パークという遊戯施設。いわゆる心霊スポットとは違って、施設内に複数のそれらしいスポットを組み合わせた体験型の施設だという。遊戯施設と言いながらも、実際に心霊体験をした、という声も多く、その方面のファンから支持されており、人気は普通の若者にも広がっているそうだ。
「本当に大丈夫なの?」
「平気だよ。万が一のときは俺がなんとかしてやるさ」
「頼もしいのね」
遊園地のようなゲートの前に受付スタッフが座っている。ここだけ見ればテーマパークだ。しかし、まずスタッフから言われる注意が普通と違う。
「まず、こちら、誓約書を書いていただきます」
「誓約書?」
「よくお読みください。こちら、心霊パークですので、色々な危険を含むものです。それをご承諾いただく必要がございます」
内容は、実際に心霊現象が起きるか、どういう効果が出るかは個人差があるが、体調不良などが起きても、施設は一切の責任を取らない、いわば客の自己責任、ということだ。
「やっぱり危ないんじゃん」
ココミが怖がるのを見て、聡は心の中で喜んでいた。これまで以上に心理的にも物理的にも距離を近づけるのにはちょうどいい場所に違いない。
「これも演出なんだろう。大体、心霊現象なんてないよ。ですよね」
聡が半分おどけて受付スタッフを見ると、スタッフは丁寧に、でもにこりともせず答えた。
「そちらに書いてある通りでございますが、例えば霊感が強い方、弱い方、色々ですから何とも申し上げられません」
「霊感が弱いと、何も起きないってことですか」
「そうとも限りません。ここは心霊パークですから」
「わかりました。さあ、さっさとサインして。ココミ、行こう」
「なんだかもう怖くなってきたよ~」
受付を過ぎて、チケットを確認するスタッフが立っていた。
「誓約書はサインされましたか」
「はいはい」
「ありがとうございます。お客様の安全のため伺っているのですが、お客様は初心者の方でしょうか」
「初心者? このパークは初めてだけど」
「心霊体験の初心者か、という意味です」
二人はそこまで聞くのか、と思いつつ、そして、スタッフがどこまで演出でどこまで本気なのかもわからないまま返事をした。
「心霊体験をしたことないです」
「私も」
「であれば、初心者の方には禁止事項がございますので、こちらの冊子をご覧ください。では、お気をつけて」
渡された地図と初心者向けの禁止事項。上級者向けと初心者向けのエリアがあり、奥に行くと上級者向けとのことだ。
「スキー場とかで、初めてなのに間違えて上級者向けのところに行って怪我するみたいなパターンあるよね」
「心霊体験上級者なんているかよ」
心霊パークというだけあって、なんとなくじめっとしているような、不快な空気感はあった。ただ、若い客は結構いて、ポップな観光地の雰囲気でもあった。
初心者向けのエリアは、さびれたお寺とお墓だったり、うっそうと茂った樹海、それから海岸のがけをイメージした場所。一つ一つに説明が書かれてあり、何とも滑稽だった。
「墓には人の亡骸があるほか、人々が祈りを捧げる場として、独特のエネルギーをため込みやすく、心霊体験が起こりやすいと言われています」
「うっそうと茂った樹海は、日光が入りにくいことから、超自然的なエネルギーをため込みやすく、心霊体験が起こりやすいと言われています。また、自殺願望者を自殺に誘い込みやすいと言われています」
「海岸のがけは、水が持つエネルギーによって人を誘い込むことから、心霊体験が起こりやすいと言われています」
「なんか、期待外れだね。説明ばっかりで怖くない」
ココミが退屈しているのを見て、聡は少し焦ってきた。大体、昼間にこんな場所を歩いていたって、心霊体験なんか起こるはずがない。このパーク、夜は閉園しているのだから。どうなっているんだ。
「そこで休んでいこう。歩き疲れちゃった」
普通の何も怖くない休憩所で休む。ただの公園と変わらないじゃないか。
休憩所は上級者向けのエリアと初心者向けのエリアとの境界で、そこから見ていると上級者向けに入っていく人も少なくなかった。
「せっかくだし、上級者向けにもいこう。どうせ何も起きねえから」
「そうだね。地図によると、廃病院とか廃墟を移設してきたものとか、心霊トンネルとかがあるって。トンネルより先は、廃村エリア」
「こんな昼間にお化けなんか出るかよ」
***
えーっ、事故の概要を続けますと、彼ら2人は、スタッフからの注意事項を無視したうえで、心霊体験の初心者にもかかわらず、リスクの高い上級者向けのエリアに向かったわけです。廃病院のエリアで体調不良を感じ、施設を出たものの、数日後に急変し、亡くなったということです。死因は心停止ということになっていますが、病院で何があったか、実際に目撃した人は確認できず、直接原因はわかっておりません…
***
上級者向けエリアで最初にたどり着くアトラクションは廃病院。実際の病院だったらしく、もともとこの近くにあったものだという。説明もしっかりついていた。
「この病院は近隣で実際にあった建物を使用しています。患者の不審死が相次ぎ、病院長も自殺してしまい、管理者の管理も行き届かないような心霊スポットとなっていました。病院はもともと人の生死にかかわる場所であり、人の思いがたまりやすく、心霊体験が起こりやすいと言われています」
「なんか不謹慎じゃない?」
「確かに、これはふざけているよな」
壊れかけたドアから中に入ると、昼間とはいえ電気のない屋内は暗く、ごみやガラスなどの残骸が散乱していて、物理的に危ない。この施設に入って、一番の危険だと感じた。もちろん、2人の期待していたものとは違っていたが。
階段を上がって、4階で何かの機械が動いていた。変な低い音が響いており、静かな屋内に響いていて不気味だ。こんなところで、これだけ動いているのは異質だ。怖がらせる気があるのかないのか、説明の看板はしっかりついていた。
「病院にあった自家発電機は、廃病院となったあとも動き続けており、何らかの理由で取り外されなかったようです。そのため、当施設でもそのまま保存しております」
「これ、今日一番怖かった」
「これだけかよ」
低い周波数の音はうるさくはないが、なんだか不安にさせる音だった。
別の音がした。足音が近づいてくる。他の客だろうか。廃病院内に他の客の気配はなかったが。
「誰か来るね」
ココミは少し怖そうな声を出した。遊戯施設なのだから、客がいても不思議ではないが、それを自分で納得したいからしゃべった、という感じだった。
前から歩いてきたのは、医師のような白衣を着た男性だった。演出用のスタッフだろうか。幽霊のような無表情の白い顔はさすがに不気味だ。
「え…」
思わずココミが声を出して、聡に近づいてきた。やっと本格的に怖くなってきた、と聡は少し安堵していた。からかうような笑みでココミを見る。
「そりゃそうだ、ここはパークだから…」
「ここは早く出た方が良いよ」
突然、前の男が声を発した。小さい声だがやけに響いて聞こえた。
「ひっ…」
「なんでですか。俺ら客だけど」
「客?」
男は無表情のまま、2人を見て見つめる。そして、大きなため息をつく。
「もう遅いな…私の責任でもあるのか、これもまた」
「何言ってるんすか」
聡が半分馬鹿にしたような返事をしつつ、ココミを見ると、もうココミは固まってしまっていた。遠くの方を見て、恐怖で凍り付いている。
「どうしたよ」
「あの部屋を見て…」
静かに低周波音が響き渡る先。病室の一つだと思われるその部屋からこちらを見ている視線が見えた。黒目のないその目はこちらを見て、目が合ったと言って良いのか、にっこりと笑いかけた。
2人は言葉にならない叫び声を上げて、多くの残骸が転がる暗く危ないことなど関係なく、ものすごい早さで1階に降りていた。息を切らして、大きく深呼吸をして落ち着いてきて、聡は声を出した。
「びっくりしたねえ…でも、やっとお化け屋敷っぽくなってきたと思わない? ココミ、怖かった?」
涙を浮かべながら、ココミは首を振るだけ。
「大丈夫か」
「聞こえていなかったの? あの女の笑い声が、発電機の方からしていた」
「あの女って…。俺は聞こえなかったけど。スピーカーかなんか仕込んであったんだな」
「聞こえないわけない。あれは絶対に違うよ…」
もう遊ぶ雰囲気ではなくなって、2人はそのまま終始無言で帰った。
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えーっ、廃病院まで行き、そのまま帰った2人は、数日後、急性心不全で亡くなりました。しかしながら、数日前に2人が心霊パークに行っていたこと、それから、亡くなったときの表情がひどく恐ろしいものを見たような、異質な状態であった、ということで、このパークでの事故と推定されたわけです。
当委員会の調査官が、パークにヒアリングをしております。その結果を抜粋いたしますと、廃病院の低周波音、あれが人体に悪影響を引き起こすと推定されているが、ストップしようとしてもできない状況であった、ということ、それが霊との因果関係は不明だけれども、危険と判断し、初心者は遠ざけるようにしていた、とのことでした。誓約書も書かせていた。注意喚起は確かにしていたものの、我々としては、遊戯施設の特性上、その危険を周知して守らせるのは困難であると判断し、事故の再発防止策として、まず客の安全を優先してリスクアセスメントを徹底すべき施設であるという認識を持っていただく、ということ、そして、サービス提供者であるパークが監視を強めるなど、初心者が上級者の真似をして危険に巻き込まれないような取り組みをするよう提言いたします。
このような施設は、科学が進む現在だからこそ、その体験を売りにするニーズも高まっていると思います。今後の増加も見込まれますので、次の時代に向けて、早い段階の提言とさせていただいたわけです。
私からは以上です。
委員長、ありがとうございます。それでは記者の皆様からの質疑に移ります。質問をされる際は挙手していただき、こちらからの指名がありましたら、社名とお名前を言っていただいて、ご質問をお願いします。
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心霊パークは皮肉にも、事故の後は実際の心霊現象が起こる、として、さらに人気が高まることになった。