お仕事ですか?  可憐さん! 

森尾路地

「入梅や機電特区メカトロシティは鉄の雨」

俺は指を折りながら語数を数えた。我ながらいけてる句だ。

「なぁにが入梅や、だ。商売あがったりだぜ」

テーブルの向かいの相棒、ソフト屋のマサキが呆れている。

そうだ。雨はいただけない。客足が鈍っちまうからな。

テクノロジーが進歩しようとも電気仕掛けのデバイスたちにとって、水気は相変わらず大敵だ。


新中市機電特区シンチュン・メカトロシティ。ロボット産業振興のために設けられた、メカトロニクスのワンダーランド。

そしてその中心部、八徳路パードゥールー電気街の一角にある機電専門ショッピングモール『機電城』。ショーケースに並ぶ機電系のパーツたち。サーボモータ、シャフトドライブやエアシリンダ、それらのコントローラー……。

狭いブースには正規代理店から個人商店まで様々なベンダーがひしめき合って、まるでスズメバチの巣のようだ。


俺の名前は鹿狩しかかりジロー。組み込み制御に特化した、中間屋と呼ばれる機電業者メカトロベンダーだ。

機電城を根城にできるベンダーは、ここ機電特区でも選りすぐりの腕利きだけだが、中でもブランド名『ディア・ハンター』のティーンエイジャーコンビと言えば、機電特区じゃちょっとは知られた名だ。

「ジロー、マサキ、ちょいといいかい」

見なよ。お足元の悪い中、わざわざご指名でいらっしゃったぜ。

機電城の顔なじみ、中堅代理店『ロボプロイメント』の社長さんだ。

「ジロー、こないだお客さんに納めた三軸ロボ、メーカーが保証してくれないんだ。使い方が悪いってんだ」

相変わらず大手純正メーカー様は殿様商売だな。

面倒そうだが、受けるか。

向かいのマサキと目でやりとりする。ヤツにも反対の意は無いようだ。

「見せてみな」

話を持ち込んだ社長さんは、心配げに俺たちの顔色をうかがっていたが、にわかに顔を明るくした。

「やってくれるのかい」

気が早いお客さんだぜ。

それとも火中の栗ってやつ? 

「みんなに断られて困ってたんだろ」

マサキが図星を突いちまった。社長さんは眉を八の字にして指を目の前でツンツンしてる。

「とほほ。頼むよ」

「勘違いしちゃいけないね。よそが断った仕事だからこそ」

俺もマサキも同時に椅子を蹴った。

「やりがいがあるってもんだろ」


「ノイズ耐性強化でざっとこんなもん」

俺が出した見積もりに、社長さんは一瞬表情を緩め、すぐに引き締め直した。

「なるほど、いい値段だ。しかしなぁ」

「さっき顔緩んだじゃん。保証もつけるし、悪くないでしょ」

「へへへ」

すっかり観念したご様子で照れ笑いする社長さん。

「保証、助かるよ。しかし度胸あるなぁ。メーカーの保証範囲、余裕で越えてる使い方なのに。さすがはゴローさんの息子さんだぜ」

「オヤジは関係ない。俺が保証するんだ」

「俺『たち』だ」

「そ、そう。俺たち」

マサキに肘で突かれて、俺は慌てて言い直した。


「梅雨明けまで休業しようぜ。ロボプロイさんの一件で十分だろ。な、な」

雨はどこまでも憂鬱に降り、俺は機電城の薄暗いアーケードからさっさと退散したかった。

営業担当のマサキは腕組みして眉間にしわを作っていたが、やがて渋々顔を上げた。

「よかろう。今のうちに新しい商売のネタを掘り出しておいてくれ。例えば」

「完体ロボだろ」

いつものお決まりの文句だった。

腕や搬送機能だけの部分ロボと違って、人間と同様の四肢と運動機能を有するのが完体ロボ。俺たちみたいな中間屋だったら、その取り扱いは誰もが目指す道だ。

もっとも部品点数から、通さねばならない品質規格、安全規格は部分ロボとは比べ物にならない膨大さになる。

到底一人二人の小所帯ベンダーが見ていい夢じゃない。

「いつまでも周辺機器の相手で満足してる訳にゃいかねぇからな」

「そうだ、その意気だ」

ガッツポーズを作るマサキ。

こいつ、どこまで本気で言ってるのか、わからねぇ。

町工場で普通に完成車作るみたいなもんなんだぞ。


サボリ癖のある俺を焚き付けてるだけじゃないのか……。


*** *** *** *** ***


「お願いします、話だけでも」

「無理ですってば」

帰りしなの八徳路電気街。

完体ロボのネタ探しに協力してもらおうと、さっきの『ロボプロイメント』さんの店舗を訪れたのだが、隣のビルの入り口でなにやら押し問答している人影が。

「なんだありゃ」

見上げれば、『人力銀行レンリーインハン』の看板が掛かっている。

こんなとこに職業安定所? 今まで気が付かなかったな。

「ワタシにやらせてください」

「ダメですってば」

押し問答は両開きのスイングドアに近づいてきた。

「きゃっ」

ばぁんとドアが開き、押し出されて表に転がり出たのは、女の子だった。関取みたいなオバチャンの職員が、突き押しした腕をフォロースルーでまっすぐ伸ばしている。

俺は慌ててしりもちついてるその子を助け起こそうと駆け寄った。

「ひでぇことしやがる」

人力銀行の職員は公務員だ。パブリックサービスにしては随分な営業態度じゃねぇか。あんまし人のことは言えないけど。

「ふん、仕事を選り好みできる立場ですかっ」

鼻息荒く中に引き返して行く職員のオバチャン。

女の子を心配する様子は、全くない。

「なんてヤツだ」

頭に来た俺は、怒鳴りこもうと人力銀行の入り口に駆け込んだ。

いや。駆け込もうとして、できなかった。姿勢を起こすことすらかなわなかった。

さっきまで通りにへたり込んでいたその子が、腕に絡みついていたからだ。

すごい力だ。いや、違う。

すごい重量なんだ。

「うおおっ、腕が折れるっ」

俺の悲鳴に反応し、その子は捕らえていた腕をぱっと離した。

小降りになった雨の音の中に混じる、コイルとアクチュエータの鳴き、シリンダーのエアが抜ける音。

「か、完体」

白い頬にわずかに光る、銀の継ぎ目とビスの皿。そして豊かな髪は明るい栗色に光っている。

おったまげた。

この子は、完体ロボ。

ここまで完璧な出来の完体ロボがこの世に存在するんだ。

おまけに表情の出来がいい。一瞬美人だと思っちまった。

謎の完体ロボはあっけにとられた俺をちょっと間観察していたが、顔を両手で覆ってあらん限りの声を張り上げて泣き始めた。

「うわあああん」

通りを行き交う人々が、足を止めてこちらを指差す。

『あの子、彼氏と喧嘩して大泣きしてるわ』

『まあ。可憐的クーリェンダ(かわいそうに)――』

「ちょ、ちょっとキミ」

みんな思いっきりこっち見てるじゃねぇか。

さっさと場所変えないと、身に覚えのない悪評が立っちまう。

「ちょっと、こっちで話を聞かせてくれよ」

「ふぁい」

女の子は鼻をぐずぐず言わせながら、先に行く俺の手を後ろから取る。


その手は、ひんやりと冷たかった。


*** *** *** *** ***


入ったのは機電街唯一のカフェ。商談帰りのベンダーがちらほら、だけど雨のせいでいつもより客は少ないな。

「名前は」

「あっあっ、あたしは可憐。可憐な花の可憐。グスン」

カフェオレをぐいっとあおり、鼻をすすりながら返事するロボ娘。

なんて細部まで行き届いた表現能力なんだ。

可憐さんはカフェのロゴのついた紙ナプキンで鼻をぶびーっとかんだ。

わずかに金物臭い空気がこちらに流れて来る。

やっぱり、ロボだなぁ。

入り口にいたウェイトレスロボが、メニューを持って遅れてやってきた。

『オヒトリサマゴアンナイ』

言うことと現状の間にズレがある。おまけに可憐さんのことはノーカウントときた。

「二人、いや一人と……ま、いいか」

「人数も数えられないのかしら、このロボ」

可憐さんは、ウェイトレスロボをにらみつけている。

おお怖い怖い。敵愾心丸出しだ。

「ま、まあまあ。並んで重なってたりしたら、こいつのセンサーが検知できないことがあるから」

ウェイトレスロボをかばった俺に、可憐さんはキッと鋭い視線を向けた。

「こいつのこと、かばうのね」

「え、そりゃまあ」

こちとら、そういう商売なんで。

「でも、こんな仕事ぶりじゃ人間のウェイトレスの方がマシなんじゃないかしら。そもそもお客さんだって、わざわざロボットがちゃんと仕事できるように譲歩する必要も出て来るし。そんなら、それくらいあたしだってできますってあの時言ってそれから、ふぐっ」

だんだん話が核心に近づいてゆく。可憐さんは再び大きな瞳を潤ませ始めた。

やばい、泣く気だ。

「ちょっと待ったぁ。そもそもキミ、なんで職安からつまみ出されてたんだよ」

盛大に泣くつもりだったのだろう、ナプキンを両手で顔の前に構えた可憐さんは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに話題に食いついてきた。


以下は本人の言による。

可憐さんは、さる大企業の研究開発部に勤めていたようだ。企業名については機密保持契約で明かせないとのことだが、これほどの完体ロボが作れる企業と言えば、そう多くは無い。んで、年末に失業したらしく(発言時の眉間のシワから、リストラと思われる)、ここ機電特区で職を転々として食いつないでいたらしい。

「直近は何やってたんですか」

「ええっとね、こないだはね、塾講師」

おお~。いいじゃないですか。

昨今の子供たちの理数系離れを解消するために、科学の粋たるロボット講師が直々に教壇に立つ。

「適職と思うけど。数学や物理はお手のモノだろうし」

ぎょっとした顔をする可憐さん。なんて表情の表現が無駄に細かいんだ。

「数学ッ。物理ッ。なにそれ?」

今度は逆に、俺の方がぎょっとする。なにやらとんでもないことを言い始めたぞ。

「数学って、電位差数えていくやつでしょ。無理だよ、そんなの。人間にしかわかんないジャン。あたしロボットだからわかんないよう」

深刻そうに両手で頭を抱えて沈み込む可憐さん。

どういう理屈か呑みこめないんだが、コンピューターから見たら、この世はそう見えているんだろうか。そういうの考えるのはマサキに任せちゃってるんだよね。

っていうか可憐さん、一応自分がロボットだって自覚あるんだ。今、判明。

「物理とか、人間からの一方的な解釈の神話体系だし」

うおーっ。今のは誰も聞かなかったことにしてくださいッ。

「じゃ、じゃあ何を教えてたんですか」

「英語」

うはっ、文系。

コーヒー吹き出しそうになる俺。

でも、別に無理じゃないよね。辞書もテキストも、データで記憶しておけば万事解決。

「問題ないじゃないですか。いいじゃないですか」

「仕事は最初、順調だったわ。生徒の質問には的確に答えたつもり。英語に少しでも興味持ってもらえるように、エピソードを盛り込んだり、読みやすそうな本紹介したり。でも、でも」

再び可憐さんは、その瞳に涙を浮かべる。涙、よく見りゃ薄い青色がかった潤滑剤だ。

「『可憐さん、親御さんからクレーム多数につき残念なんですけど』とか言われて」

「えーっ」

いや、本気でえーってなった。特に落ち度は無さそうなんだが。

しかし俺は次の瞬間、全国の英語教師の皆さんが抱える苦労を思い知る羽目になる。

「生徒さんたちが『英語は翻訳ロボに任せる時代』とか言って、理系クラスに移っていっちゃって」

だはーっ。ある意味正解な気も。

目の前に問題解決の最適な手段が立ってるのに、敢えてまどろっこしい方法、外国語を地道に学習するという語学学習の意義が、尊ばれようはずもなく。

「やっぱり理系科目の方が」

でもデータベースが勝利する分野では、英語と同じ現象が起きそうだな。

となるとやはり。

「じゃあ、やっぱり数学物理」

「塾長にも言われたわっ」

怖い顔をする可憐さん。

「でもやっぱり、わかんないものはお断りよ。そしたらそしたら『可憐さんは生徒たちには好かれてるんだから、運営の手伝いをして欲しい』って」

おおっ、立派なもんじゃないか。人柄、もといロボ柄採用。

しかし可憐さん首を振った。何がお気に召さなかったのか。

「そしてあの忌まわしき日々が始まったのよっ」

大仰な前置きと共に、彼女は嗚咽混じりに語り始めた。

塾は良い機会とばかりに、タブレットによる学習システムを導入したらしい。

講師の講義する動画が流れ、タブレット上の選択問題をタッチパネル経由で回答していく。機器の価格も下がりつつあり、こういった学習システムを導入する塾は増えている。今時珍しくない。

しかし。

「あたしもお仕事続けられるんだから、頑張って我慢したわ。でもでも限界」

「何が限界なんですか。生徒さんも簡単インターフェースで楽々授業参加。先生も先生で生徒さんの質問の処理とか効率的になって」

ううっ、可憐さん、ものすごい怖い顔になったぞ。俺、何かまずいこと言いましたか。

「そ、れ、が、許せないっ。学習システムの使い方を説明するとか、生徒の質問も勉強内容じゃなくてそっち系ばっかり。何が、何が悲しくてタッチパネルとアプリケーション入っただけのローカルなシステムのお世話係をせにゃならんのよっ。悔しいっ」

ダンダンこぶしでテーブルを叩く可憐さん。どういう仕組みかはわからねど、白い顔が真っ赤に染まる。壊れる壊れる、テーブルが。

はーん、可憐さんの怒りのツボが分かってきたぞ。

彼女、さっきもウェイトレスロボにエライ敵愾心見せてたけど、要するにロボットワーカーに嫌悪感を感じるんだな。まさしく『同族嫌悪』ってやつだ! 

と、そこで可憐さんの怒りの火に油を注ぎかねない乱入者が。

『申シ訳アリマセンガ、他ノオ客様ヘノゴ迷惑トナリマスノデ……』

気付けば、先ほどのウェイトレスロボがテーブルわきに立っていた。

他の客席から、クスクス笑いが漏れ聞こえてくる。

その音声を敏感に拾ったのか、はたまた諫められたことで既に着火に及んでいたのか、目に怒りの炎を燃やした可憐さんが椅子を後ろに吹っ飛ばして立ち上がった。

「おのれっ、一枚モノCPU基板にタッチパネルとスピーカーが付いただけのクセにっ。人も無げなる増上慢っ」

『人も無げなる』って、可憐さん人じゃないし。

いや、いかんいかん。彼女をウェイトレスロボから引き離さねば。

「お会計、カードで」

俺は鼻をピーピー言わせて怒気を吹き散らす完体ロボ娘を引きずり、人々の好奇の眼にさらされながら表へと逃げ出した。

あの店、商談で良く使うのに。行きにくくなっちゃったよ。

トホホ。


*** *** *** *** ***


「完体ロボについて相談したいって言うから、こんな時間だけど駆け付けたんだぜ」

マサキは怒ってるっていうより、呆れてる。当然だよね。

場所は機電城の駐車場片隅の屋台村、『八徳路観光夜市』。

「言ってたじゃねぇか。『新しい商売のネタを掘り出せ』って。完体ロボ、掘り出したぜ」

我ながらいけしゃあしゃあと、の感だ。当のマサキ先生、顔に手を当て『あちゃー』の表情。

「あたしがあたしがなんでクビ、ヒック。グスン」

当の完体ロボ様は酔っぱらってクダまいとるがな。器用なロボだよ、ほんと。

老闆ラオバン(マスターの意)、マサキにもウーロン茶で」

「あいよ」

屋台村に来ておいてなんだが、ディア・ハンターの二人はノンアルコールだ。お酒は二十歳になってから。

飲んでるのは、二十歳かどうかもわからない可憐さんだけだ。

「お酒、飲めないんじゃないのかな」

「ああ、『お腹で燃料電池に変える』とかなんとか」

「いや、下戸なんじゃないかな、と。それより一体どこ製のロボットなんだよ」

「中のメイン基板調べて、ROM吸いだしてみりゃわかるんじゃないか」

ベッドに横たわった可憐さんのシルエットに、インチキ医者かマッドサイエンティストのように手をワキワキさせながら迫る俺たち。

間違いなく、二人そろって同じシーンを想像してる。

「ま、まあご本人様に直接聞いてだな、それでわかる範囲で」

「そ、そうだな。無理強いは良くない。ウーロン茶こっちです」

お互い気まずい雰囲気で冷たいお茶を飲んで誤魔化す。

顔? あ、赤くなんかなってないだろ。メカ相手に、ないない。

そんな思春期ヤローどもの煩悩妄想をよそに当の可憐さんは、

「うぅん、ヒック。うへへ、新中電機は居心地が良いのれす。ビバ、終身雇用」

機密情報も何のその、あっさり開示してしまうのだった。

「おい、この人、いやこのロボの人」

マサキが訳の分からないことを言う。

「ああ、確かに」

新中電機は、この機電特区のある自治体、新中市最大の機電メーカーだ。もちろん主力は産業用ロボ。

そして。

「うちに連れて帰ってオヤジに見せてみようぜ」

「ゴローさん、知ってても教えてくれないんじゃないかなぁ」

そう、何を隠そう俺のオヤジ、鹿狩ゴローの古巣も新中電機、しかも研究開発部なのだ。

可憐さんもそこの出身となると、二人は面識がある可能性が高い。


幸いなじみの代理店さんのトラックが、待つことほどなく通りがかり、マサキともども荷台に可憐さんを連れて乗り込む。

前後不覚の完体ロボは、なぜか素面の時より重く感じた。


「ゴローさん、ご無沙汰です」

「おお~、マサキ君。うちのが迷惑かけとるね」

人聞きの悪い挨拶だな、オヤジ。

「いいから、ソファ空けてくれよ」

なんでリビングのソファにまで部材並べてんだよ、このメカトロハウスは。

「なんだジロー、お客さんか。ようこそ、ってお前」

俺たちが抱えて運び込んだ客をみとめ、開いた口が塞がらないオヤジ。

無理もねぇ。

「お前、その人、いやそのロボの人」

なんだよ、流行ってるのかよその呼び方。

「ロボプロイメントさんの隣で出くわしたんだ」

「うぅん、職安なんか爆発すればいいのにぃ」

物騒な寝言を言う可憐さん。

毛布を掛けてやると、むにゃむにゃ言いながらそれにくるまって顔を埋めた。

「いやぁ、びっくりしたな」

「驚きました」

オヤジもマサキも反対側のソファに体を沈める。

しばし流れる沈黙。特にオヤジは考え込んでる風だ。床を見て、宙を見て、天井を仰いで……。

怪しい。こりゃあオヤジはどうみてもクロだな。可憐さんと面識があるんだ。

「失業中なんだってさ」

「ぷっ。失業ロボ」

吹き出すオヤジ。ひでぇなあ。可哀想じゃねぇか。

「職探し、手伝ってあげないと」

「マジか。ロボプロイメントさんに預けとくのが良くない?」

マサキの提案にも一理ある。だが、

「人間の職安にトライし続けてる点から、ロボ扱いは相当抵抗するものと思われる」

自分で言っといてなんだが、難儀なロボだな。

「自分でハードル高くしてる感もあるが、人間の仕事で、完体ロボでもできる仕事を探すしかなさそうだ」

「ふぅむ」

腕組みして感心するオヤジ。

「なんだよ、いい知恵でもあるのかよ」

「いや、全然」

がっくし。

「ソファも作業場も好きに使っていいから、せいぜい手伝ってやるんだな。ロボ子さんの職探し」

オヤジは豪快にダハハハハと笑い、鉄骨の螺旋階段をカンカン鳴らしながら二階へと消えて行った。

「聞けなかったな、新中電機の時のこと」

マサキは普段からクールぶってるが、人の機微に疎いわけではない。

オヤジの方から何か言いださない限り、こちらから聞くことはためらわれた。

「んふぅ、これくらいのお仕事、朝メシ前ですぅ」

毛布の下の失業ロボは、夢の中で自分に都合のいいシミュレーションにふけっているようだった。


*** *** *** *** ***


可憐さんが職安からつまみだされ、屋台でグダグダになるまで飲んでから一夜明けた。

当のご本人もといご本体は、酔ってクダをまいたら翌日はリセット再起動らしく、すっきりした顔をしている。

この調子なら気持ちを切り替えて求職活動に取り組めるだろう。

「なんで僕まで」

「マサキ言ってたろ、完体ロボのサポートを目指してこそ、真の中間屋だって」

相方は腑に落ちないことこの上ない表情だ。

「おお~。このカッコ、一回やってみたかったのよねっ」

大手宅急便、『宅猫チャイマオ!』の、茶色黒ぶちの制服。三毛猫をイメージしているらしい。

「今回のお仕事は宅急便の人です」

「宅急便の人!」

目を輝かせる可憐さん。

心配そうにこっちを見るマサキ。やめろよ、俺まで不安になってくるじゃねぇか。

是的シーダ(Yesの意)。お仕事はもちろん、お客様にお荷物をデリバリィすることです。じゃあ早速行ってみましょう」

「OK!任せといてっ」

腕まくりして配送バンに乗り込む可憐さん。

そして助手席と後部に分乗する俺たち。一発目だし、ロボットってことで不都合が起きないか一応見届けないとな。


「運転、上手ですね」

「エヘン。運転操作のパターンが見当つけば、どうってことないのだ」

得意げにハンドルを切る可憐さん。

まあオートマだし、商用バンとはいえ近接センサーその他、アシスト機能も豊富な次世代車両だ。

そうそう簡単には事故は起きない。

「まあ半ロボットカーだからな」

「あっ?」

荷台でつぶやかれたマサキの何気ない一言に、可憐さんが首を思いっきり真後ろにひねって振り返る。怖いッ。ていうか、危ない、前、前! 

いかん、すごい形相だ。マサキが発したタブーワードに反応しちまってる。

「い、いや別に可憐さんが次世代車より劣るとは一言も」

「み、見てなさいよッ」

頭に血が上って、聞いてくれやしねぇ。

車のアシストシステムはことごとく切られ、シートで震える俺たちには、容赦なく可憐さんの荒ぶるドライビング・テクニックの洗礼が浴びせられるのであった。


「マサキ、ロボットワークがらみは禁句だ」

「わ、わかった」

一件目に到着し、膝をガクガクさせながら下り立つ俺とマサキ。

命からがら、だ。

可憐さんは鼻歌混じりで台車を下ろして配達の準備をしている。

目の前にはやせっぽちの細いビル。お客さんは、最上階だな。

「なんか、エレベーター狭くないか」

念のためでついてきた俺とマサキが乗り込むと、空間はあっというまにぎゅうぎゅうだ。

おまけに。

『ブブー重量オーバーデス』

キッとコンソールのスピーカーをにらむ可憐さん。次いで俺たちに怖い顔をする。

「あなたたち降りなさいよ」

「えっ。しょうがないな」

「僕、いちぬけた」

マサキ、薄情な言い方だな。

『ブブー』

「えっ」

なんと。まだ重いのか。果たして、可憐さんが再びキッと俺をにらんでいる。

「じゃあ、気を付けて行ってください」

やむなく可憐さんを一人残してエレベーターから下りる。

ああ、彼女一人でお客さんの相手できるんだろうか。サイン貰い忘れたり、お釣り間違ったりしないかな。

心中に色々と懸念点を並べ立てたが、そんな心配は全て打ち払われた。

『ブブー重量オーバー』

エレベーターのコンソールを、親の仇のようににらみつける可憐さん。

そうだよね。年頃の女の子が重量オーバー呼ばわりは、怒るよね。

「可憐さん、下りてください」

「なんでっ。イヤよっ」

ご本人も薄々事情はお分かりのご様子。

「これはエレベーターが悪いですよ。ここは僕とジローでやりますから」

マサキのフォローの甲斐あって、渋々エレベーターから降りてくる。

しかし折悪しく、出てきた可憐さんと入れ違いに、ピザ屋の配達ドローンがあざ笑うかのようにエレベーターに吸い込まれて行き、あっさりドアが閉まった。

あっちは軽いなんてもんじゃないよね。浮いてるんだもん。

「ぬううっ、馬鹿にしたなッ」

でたよ。とかく低級ロボットと張り合おうとする。

「やっぱり私がエレベーターで行く」

「ええっ」

「無理ですよ」

「無理じゃないもん」


結局駄々っ子状態に陥った可憐さんの説得に小一時間かかっちまった。

無論その後の配送に遅滞が生じて、元請けさんから大目玉と取引キャンセルを食らったことは、言うまでもない。


「アイツバカにしやがって、トリっ。食いつくしてやるぅううう。ぐすん」

八徳路夜市には珍しい日本風焼き鳥屋台で、焼き鳥の串を握りしめて愚痴る可憐さん。

昼間のドローンがよっぽど腹に据えかねたようだ。いや、ドローンは全く罪無いと思うけど。

「困るよジロー。配送屋の仕事、ロボプロイメントさんの紹介だったのに」

そうだ。社長さんに迷惑かけちゃってる。後でお詫びに行かねば……。

「あたしだってあたしだって、空飛んだことあるんだからッ。竹山チューシャン機場発三泊四日でッ」

ただの空の旅じゃねぇか。それじゃ人間とまったく変わらないよ。

てか、ゲートの金属探知機、よく引っかからなかったな。

ひょっとして、貨物? 


かくしてお仕事探し第一弾はものの見事に失敗。

超高性能完体ロボの可憐さんは、乙女の誇りも無残に傷つけられ、再び失業ロボへと転落したのであった。


*** *** *** *** ***


「可憐さんのお仕事チャレンジ第二段!」

「きゃっほ~い。可憐、頑張るっ」

どこか方向性を誤りつつある俺と可憐さんを、呆れ顔で見つめるマサキ。

そんな目で見るな。わかってる。わかってやってるんだ……。

「それはそうと、今日のお仕事はなんと」

「なんと!」

「幼稚園の先生ですっ」

「わああっ。やった、やってみたかったのっ」

手放しで大喜びする可憐さん。相変わらず好きだな、文系職。

小っちゃい子はロボとか好きだから、子どもたちの人気者になってすぐに馴染めるだろうとかなり楽天的に考えていたのだが、マサキ先生のお考えは全く逆のようだった。

「大丈夫かよ、『不気味の谷』。僕らが思う以上に幼児は敏感なんじゃないかな」

はしゃいで小躍りしている可憐さんには聞こえないように、そっと耳打ちしてくる。

不気味の谷。それは人形なりロボットなりの外見を、人間に似せてゆくにしたがって描かれる人間目線での快不快反応曲線の谷。要するにマサキ先生がご心配なのは、俺たち大人にとっては洗練された造形の可憐さんでも、幼児には不気味な笑う機械人形に見えるのではないか、ということだ。間違ってもご本人には言えませんな、これは。

「可憐さんの造形は、『不気味の谷』なんざぁとっくに飛び越えていると判断する。大丈夫大丈夫」

「本当にだいじょうぶかねぇ。ご父兄のクレームで炎上しようものなら、機電特区に住めなくなっちまう」

マサキの心配ぶりは深刻だ。

大丈夫だ。見た目も大事かもしれんが、俺が思うにお子様が一番敏感に察知するのは『気立て』。特に隣近所のお姉さん対しては。

可憐さんの人となりは、今まで見てきてよくわかってるつもりだ。

決して人間に害を与えるような振る舞いはしない。

同じロボットには敵意むき出しだけど。

「まあ今回は他の先生と二人体制だ。同行せずに見守ることにした。ヘッドセットにイメージセンサとマイクを仕込んである」

可憐さんが頭に装着したヘッドセットを自らつついて示す。

「それじゃあ可憐先生の出勤第一日目、スタート!」

「はぁいっ!頑張りま~す」

「大丈夫かなぁ……」

相変わらず能天気な会話を交わす俺たちを、マサキはどこまでも心配そうに見守るのであった。


幼稚園の駐車場に運動会テントを張り、モニタを並べて待機する俺たち。

可憐さんのヘッドセットから送られてくる光景は、どこまでも牧歌的なものだった。

『さぁ、可憐先生について踊ってみましょうねっ』

『はぁいっ(園児たちの唱和する声)』

おおっ、順調じゃねぇか。

「見ろマサキ、俺の言ったとおりだ」

勝ち誇ったように相方に告げたが、それでも彼は眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。

「心配だ」

「何がだよ。大丈夫だって」

園児たちに囲まれ、幸せそうな可憐さん。

良かったじゃねぇか、子どもたちに愛される、ロボット先生誕生。

天職なんじゃないかな。

しかし映像の向こうの平和な光景が、徐々に暗転し始めた。

「むっ?」

「なんだよ」

モニタの中で子供たちに手を引かれていた可憐さんが、顔は笑いながらも眉をひそめている。

『あ、あの、引っ張っちゃだめ。イタタタタ』

男の子の一人が可憐さんの手に興味を持ったらしく、引っ張ったり反対側に曲げようとしたり。アリもしない痛覚を訴え、それを制止しようとする可憐さん。

しかしその子の行動は止まらない。続いて別の男の子が反対側の手を。さらに女の子は可憐さんの栗色の髪の毛がどうしても気になるらしく、引っ張り始めた。

『みんな、可憐先生に乱暴しちゃいけませんよ』

同僚の先生が止めに入るが、子どもたちの好奇心にそそのかされた行動は止まらない。

『あの、みんな、ちょっと。か、関節が、ギャー』

可憐さん目線のモニタに、脱臼したようにモーターの励起を脱調させてプラプラしている腕が映し出された。

「ヤバイんじゃないのか」

腰を浮かせて駆けだすマサキ。

「だ、大丈夫だろ」

体は口とあべこべに、俺はマサキを追ってテントを飛び出した。


「か、怪獣ども。ヒック」

散々な目にあった可憐さんは、今日も今日とてクダを巻く。

片手を三角巾で吊っているので、焼き鳥の串とコップ酒をスイッチしながら召し上がっておいでだ。

「上手くいくと思ったんだけどな。少なくとも、子どもたちは別れ際まで可憐さんと遊びたがっていたし」

「可憐さんと遊びたがってたんじゃなくて、可憐さんで遊びたがっていたんだろう」

マサキ、容赦のない一言。

「ふぐっ」

それを聞いて目に涙を浮かべる可憐さん。

「ち、ちびっ子怪獣どもめ」

すっかり子供に恐怖心を刷り込まれた可憐さん。ピラニアに食いつかれる思いだったに違いない。

しかし恐るべきはちびっ子たちの好奇心と、ちょっぴり残酷なまでの行動力。

同僚の先生からは、ああまで乱暴なことをするとは予想してなかったとの言。

なまじロボットだと認識されたもんだから、イタズラの限度も人間相手より広めに設定されちまったに違いない。

「も、もうちびっ子はコリゴリ……」

ギブアップ宣言とともにビール瓶を派手に倒しながら、可憐さんは酔いつぶれてテーブルに突っ伏してしまった。


「惜しかった。上手くいきそうに思えたんだが」

「いやいや」

マサキはこの結末を予測していたかのように首を振る。

そういや幼稚園から一緒だけど、マサキの方がイタズラの度は激しかったような記憶が。


どのみち可憐さんは依然として『超高性能』の謳い文句の後に『失業』の二字が入るロボットのままなのであった。


*** *** *** *** ***


「今日は可憐さん来ないのか」

自分の作業スペースでこまごまとした依頼を片付けていると、オヤジの方から聞いてきた。

こないだのご対面から話題に出なかったもんで、敢えてこっちからは何も聞かなかったんだが。

「ここんとこ失敗続きだったから、ちょっと充電期間置くって」

「充電って、その、充電してるのかな」

何言ってるのかわからねぇよ、オヤジ。

目下最大の事業である可憐さんの職探しがお休みの内に、機電城のベンダー仲間から依頼された部品作りを片付けちまわねぇと。

ハーネス、制御盤、操作用コンソール。単発の仕事も、塵も積もれば何とやら、だ。

「お前の中間屋稼業もすっかり板に付いちまったな」

後ろで見ていたオヤジが、独り言のようにつぶやく。

何言ってるんだ、オヤジが一から仕込んでくれたんじゃねぇか。おかげで機電特区じゃ、中間屋『ディア・ハンター』の名を知らないものはいない。

その独り言につられてマサキの言葉を思い出す。完体ロボを目標にするんだ……。

「オヤジ、完体ロボ、扱ったことあるかい」

返答がわりに沈黙が返り、ややあって振り向いた時もオヤジはソファに腰を沈めてうつむいたままだった。

その反応は、肯定に等しい。

「すげぇな、『グーガ』や『オートマン』みたいなの。戦場アシストやら原発での作業、完体ロボの花だね」

グーガはドイツ、オートマンは日本の有名ブランドだ。どちらも人間の代わりに危険なフィールドで働いている。

だが、その話題にもオヤジからの反応は得られなかった。まあ、予想していたことだが。

新中の研究開発時代の話は、決して触れられたくない過去ではない。時には自分で自慢話をすることもあるし、辞めた今だって新中の人が遊びに来ることがある。喧嘩別れしたわけでもないようだ。

しかし、完体ロボの話に限ってはそうではなかったようだ。その理由も無理からぬことで、

「母さんがメインでやってたから、わしはあんまし」

それを言うのがやっとのようだった。オヤジはさらにしばらくの沈黙の後、よろよろと階段を上がっていった。


作業台を片付け、オヤジが上がっていった階段口を見上げる。

ロックアイスがグラスを鳴らしている。酒が入り、思い出に酔うことだろう。

俺は俺で長押に掛かった集合写真を見上げた。縁には『新中電機研発中心R&Dセンター第一期』の文字。

白衣を着た技師たち。オヤジと、その隣でオヤジの肩を抱く不釣り合いなほどの美人さん。

母さんだ。

オヤジが早期退職したのは、母さんが死んだのがきっかけだったに違いない。研究する理由そのものを失っちまったんだろう。


そして印刷写真はセピア色で、母さんの髪の色はわからないが、きっと明るい栗色なんじゃないかと思ってる。


*** *** *** *** ***


「ゆっくり休めましたか」

「もうね、完璧。超調子いい」

ジャージを着た可憐さんが、腕を水平に回してストレッチする。腰のダイレクトドライブがキンキン鳴ってる。

「お。マサキ先生、なんですかその『まだやるのかよ』みたいな顔は」

マサキがぷいっと横を向いた。

「言わずもがな。ロボプロイさんから搬送ロボの調整の依頼が来てるのに」

マサキが挙げたのは、可憐さんの職探しよりはよっぽど、いやむしろ百パーセント達成可能な仕事だ。

「そいつは別のベンダーさんに任せよう。ロボプロイさんには俺から言っとく」

「あ~あ。もったいない」

端末からメッセージを飛ばす俺を横目に見ながら、肩を落とす相棒。

「なんだよなんだよ。完体ロボのサポートに手を出す話は、マサキ先生のご発案でしょうが」

「確かに言ったが、こういう形のサポートだとはちょっと思っていなかったていうか」

「そう言わずに、やろうぜ。ロボットと人間の間に入ってサポートするのが中間屋の仕事だろう」

「クライアントは不在だけどな」

俺はいろいろ文句を垂れるマサキ先生を置いといて、可憐さんの次なるお仕事探しへと向かうのであった。


「こ、ここは!」

「是的。マイクロウェーブ受電設備だ」

潮の香りを追ってたどり着いた先は、荒波の打ち寄せる岩礁の上、巨大なアンテナを要する受電設備。

「ここで宇宙からの送電電波を受電し、電力に変換しているのであ~る」

「おお~。エレクトリック」

感嘆の声を漏らす可憐さん。

「なにが『あ~る』だ。大丈夫かよ、こんな薄手の電磁波防護服で」

マサキが可憐さんに銀色のジャケットを着せながらぶつくさ言ってる。

「大丈夫よ、マサキくん。強電の電磁場如き、ふはぁーっ」

太極拳のようにゆらりと宙を掻く動きをする可憐さん、怪しい動きだなぁ。

「今回のお仕事はここの施設管理。電圧区分も特別高圧なんで、人間が従事する場合は難しい資格やトレーニングがいっぱい必要。しかし可憐さんなら」

腕組みして頷く、マスター・カレン。

今回は自信があるようだ。

それを見て、さらに心配そうな顔になるマサキ。

「まあ一回目は例のヘッドセット着けてもらうんで、今回も僕とジローは外で待機してます」

「可憐さん、グッドラック!」

銀色ジャケットが見送る俺らに手を振りながら、技師さんに連れられて施設へと消えてゆく。


『異常なし』

モニタの視界内に、彼女の視線の先の計器と指差し確認する腕が入る。

「順調じゃないか。ひょっとしてこれはいける感じ?」

『これくらい、お茶の子よ』

「油断しちゃだめですよ」

『ふん』

俺の忠告もメモリにはとどめる気が無いようで、鼻息一つで揮発をあおる。

「しかし、文系職にこだわってた彼女が、よく技術系を受け入れたな」

声を潜めるマサキ。マイクをミュートにしたので向こうには聞こえないのに。エライ気の遣いようだな。

「うむ。特高電圧の危険性や、電磁波の人間への影響などを聞いて、『人間には無理ね。あたしがやってあげなくちゃっ』とか俄然やる気をお出しになってだな」

「難儀な人だな」

ご本人、もといご本体がその場いないことをいいことに、結構な言いようの俺たち。

いや、これでも応援してるんだよ、彼女のことを。


初仕事は昼休憩をはさんで後半戦に突入。

可憐さんは技師さんの指導を受け、点検箇所を巡回する。

問題は何も起きず、モニタのこちら側の二人の注意力が散漫になった午後三時。

『あっ!』

その叫びに、軽く居眠りしていた俺たちは跳ね起きた。

直後、モニタが明滅しノイズの砂嵐が襲う。

「可憐さん」

ヘッドセットの映像系統が死んだようで、視界は砂嵐のまま回復する気配がない。

「可憐さん!」

「事故かな」

動揺から冷静な思考をサルベージしつつ、モニタの向こうに集中する。

『だいじょ……。……遮断器を……して』

音声が先に回復したようだ。

技師さんとやり取りする可憐さんの声を聞き、俺もマサキも安堵のため息とともにその場にへたり込んだ。

『えっ?安否?あ~。こちら可憐。無事です、ご心配なく』

促され、彼女は俺たち向けの音声を流す。技師さん、心遣いがニクイね。

続いて回復する映像。

目の前の制御盤には、放電の跡が走っている。

「危ないなぁ。ここ、定期点検箇所でしょ。設備、問題ありだよ」

「落ち着けジロー。高電圧の放電じゃない」

声を荒げる俺と、冷静にそれを諫めるマサキ。

『マサキくん、ピンポンピンポン。低電圧のリークで帯電してるとこにあたしの金属の指があたったんで光っただけでした。ただし、盛大に』

いくらなんでも、盛大過ぎるだろ。

『「可憐さんっ!」。うへへへ』

俺の物まねをする、ムカつく失業ロボ。

「人間だったらオオゴトだったでしょ。気を付けて下さいよ」

モニタの向こうで技師さんが頷いている。いや、技師さんじゃなくてそこの浮かれた失業ロボに言ってるんですよ。

トラブルを乗り越えたせいか、音声に鼻歌が混じる。相変わらず油断しているな。

まあ、もうすぐ定時だからこの調子でいけば、初日はどうにかしのげるだろう。

そうすれば、可憐さん初の『仕事初日クリア』だ。それが自慢になるかは疑問だが、自信はつくだろうよ。

「途中危なかったが、なんとかなりそうだな」

相棒も同感のようで、すっかり眠気も飛んでモニタの様子を注視している。

「可憐さん、最後まで油断しちゃだめですよ」

『わかってるって、うるさいなぁ。ふんふんふ~ん』

俺の忠告も反抗期の子供のように聞き流し、鼻歌混じりで設備の扉を開けて回る可憐さん。


そして悲劇は起こった。

『う?ウギャーッ』

耳をつんざく大音響に、ヘッドホンをかなぐり捨てるモニタ班二人。

一体何事が起きたのか。

『う~ん』

ガシャンと派手な金物の音を立てて、映像が天井を映す。

「な、何が起きたんだ」

「今な、可憐さんがひっくり返る前にチラと映ったんだが」

技師さんが可憐さんを介抱しているらしく、上体を起こされてカメラが再び問題の設備を映す。

「こ、これは」

お茶の間には到底お届けできない映像だが、電路の開閉器上に黒コゲになった物体が。その形状から恐らく元は、ヘビと思われる。

『あ~、女の子にはきつかったかもしれんねぇ』

苦笑混じりの技師さんから、いたわりの言葉をいただきました。

「……回収に行きます」

すっかり動かなくなった映像の向こうからは、余程の悪夢にうなされているのだろう、失神した可憐さんのうめきが聞こえるだけであった。


*** *** *** *** ***


「可憐さん、今日は屋台でクダも巻けないな」

「そうだな」

帰りの車中。

俺たちは後部座席に横にした可憐さんを振り返る。

現場で気を失ったまま、再起動することなくダウンしたままだ。

「蛇の黒コゲ死体で気絶するとは。高性能というかなんというか、か弱い『強いAI』だな」

マサキがひどいことを言ってる気がする。

酷評されている当の本人は相変わらずうんうん唸っている。

今回はちょっぴりこたえたようだ。


「オヤジ、設備一式借りるぜ」

返事を待たずにテストベンチに繋がっていた製品も機器も取っ払い、可憐さんをソファに俯せに寝かせた。

「なんだなんだ、藪から棒に……おっ」

抗議の声を上げながら現れたオヤジも事態を把握し、計測器の立ち上げを手伝い始める。

「脳波……じゃなかった、信号から見ていこう」

「よし来た」

頭に電極を当てて波形とにらめっこし、部位を変えてそれを繰り返す。

「異常なし」

波形はことごとく美しい。産業用ロボのガサツな矩形波とは、わけが違った。

「待った。混じってる。おかしなのが」

マサキが呻く。

彼が指さすアナライザの画面、波形がわずかに歪んでいる。

「開けよう」

本人の許可もなく体の中を開くのは気がひけたが、自己修復の兆候が見られない限りやるしかない。

それよりなにより俺には、可憐さんの修理に関しては成算があった。

ここに、開発者の一人がいる。

そんな俺の思惑を知ってか知らずか、頼みの綱のオヤジが真っ先に腰を上げた。

「ここから先はわしもわからん」

母さんの仕事だったからな。

眼がそう語っていた。

「わかったよ。いざって時は呼ぶよ」

俺の言葉を背中で受けて、オヤジはいつものように二階へ消えて行った。


「うなじからこう、パカッと」

「ほんとだ。さすがハード屋だな」

俺はマサキのお世辞にも答える余裕はなかった。

基板は結構な配線の細さだった。現行の技術でいうと、当然量産には至れていない先端技術が見え隠れする。

やっぱり可憐さんは、最先端の粋だった。

機電特区に舞い降りた、ロボットたちの女神なのだろうか。

その割には、お仲間のはずのロボットたちを敵視する。

まるで『あたしはあいつらとは違うんですぅ』と言わんばかりに。

「このROMが怪しい。このブロックから使い道のわからない信号が生成されてて」

うんざりするような細い信号線を手はんだで当てて引っ張り出していたマサキが、ものの見事に異常個所を突き止めた。

「中身、吸い出せるかな」

賞賛よりも先に、懸念が口をついて出てしまった。

頷くマサキ。

「出せる。中身、このまま見れそうだ」

信号線を端末につなぎ、しばしカチャカチャやっていたが、彼はおもむろに声を上げて手を止めた。

「あっ」

「なんだよ」

マサキは黙って画面を凝視している。

俺がその背後に立つと、彼は作業の手を止めた。

「どうしたってんだ」

「ジロー、まずはROMの中身を確認してみてくれ。お前が先に見てくれ。僕はちょっと部材を取りに帰ってくる」

それだけ言い残すと、足早に工房を出て行ってしまった。

彼の態度の原因が、すべてそこにあると思い、俺も吸い出された可憐さんの記憶の中身に引き寄せられた。


マサキ先生も気を遣い過ぎというか、なんというか。

変換された内容が、文字列になって並んでいる。

製造日時、開発コード、開発者からの短いメッセージ。

そして母さんの名前。


何かのトリガで一時的に生成される信号だったのか、俺がしばらく見ていると、あっという間に意味の取れない記号の羅列に変わってしまった。

「うう~ん」

それと同時に苦悶の表情だった可憐さんは、むにゃむにゃと気持ちよさそうな寝顔に戻った。


「可憐さん、直ったぜ」

二階に声を掛けても、オヤジはかすれた声で返事を返しただけで降りては来なかった。

代わりにその声を聞きつけてマサキが戻って来た。

先生、手ぶらやん。どこまでもマサキはマサキだな。

周囲に散々気をもませた失業ロボ娘はというと、

「うぅん、うちのは本物の羊でして」

訳の分からない寝言を漏らして幸せそうに寝ている。機能は正常に回復したと見て安堵する俺たち。

「彼女は、働くのは無理だ」

頭を抱えてマサキが呻く。

「ロボットは特定の用途のために設計されていなければ、使えない。可憐さんは、使役のための存在じゃないんだ。新中の研究開発が技術的価値やら社会的意義やらどうのこうの理由をつけて、研究のために作っただけなんだ」


人間が神様のマネができるかどうか、確かめただけなんだ――。


なんだいなんだい。可憐さんは、失楽園前のアダムとイヴなのかい。労働という原罪は、あくまで断固拒否する体質なのかい。だから蛇見て気絶したのかい。

難しいこと考えるねぇ。思わず俺も深刻な気分になりかけちまったよ。人類最初のお二人さんも、そういう設計コンセプトだったのかも。

だがな。

マサキの言う通り、労働のための存在じゃないとしても、一瞬で消えたまぼろしのような開発者からのメッセージにいわく。


『作用者就是作無用之用者也(作用者は無用の用をなすもの也)』


それが設計意図通り? まさかコンセプトは『失業ロボ』? 

直接人間の役には立たないのが、彼女の存在意義ってことになる。


如何せんあの調子では、本人はいつまでも熱心に求職活動するだろう。

「可憐さんにも見つかるさ。適職ってやつが」

おどけていう俺に、マサキは苦笑いで首を振る。


*** *** *** *** ***


「さぁ、今日も元気に行ってみよう!」

「おお~っ!」

呑気な掛け声を聞いて、しょっぱなからため息のマサキ先生。

なんだ、ノリが悪いな。

「折角可憐さんが復活したってのに」

「えへへ、ごめんね心配かけちゃって」

舌を出している可憐さんに、さすがのマサキも表情をやわらげて聞く。

「次は何のお仕事にトライするんですか」

「えっとね、次はね」

こちらを見る可憐さん。とうとう他人任せになりつつあるな。就労意欲はあるんだろうけど。

「お~い、みんな。はぁ、はぁ」

そこへロボプロイメントの社長さんが、息せき切らして駆け込んできた。

すわ、クレームかと構える俺とマサキ。こないだの配送屋でヘタ打ってるから、二人とも被害妄想気味かも。

「よかった、三人いるな。ちょっと頼みたい仕事があるんだよ」

「なんだ、中間屋の仕事なら、俺とマサキで」

首を振る社長さん。どういうことだろう。

「それがお客さんの指名が、ソフト、ハード、オペレータの三人一組で現場調整に来てほしいってんで」

む。

俺はマサキと顔を見合わせた。

確かに今まで客先でロボットを調整する時は、もう一人いてくれたならってシーンは多々あった。

こいつは悪い考えじゃないぞ。

「んじゃ、今回のお仕事は『中間屋』」

「お~」

呑気にコブシを突き上げる可憐さん。

意味、わかってないんだろうな……。

「ジロー、そうと決まれば」

「ああ。うちから車回してくるから、機電城駐車場に集合ね」

「はぁい。うふふ」


「うふふふ。よぉし我が眷属どもよ、大地に満ち溢れるのダ」

「可憐さん、怖い怖い」

お客さんの工場内、生産ラインに並んだロボットを前に不気味な文句をつぶやく完体ロボが、一体。さながら人類に反旗を翻すロボット帝国の女王様だ。

しかし、シュールな絵面だな。

「ロボットがロボットを操作してる」

お客さんも目が点になっている。俺も同感です。

「しかし大丈夫かね。操作ミスの可能性も網羅してもらいたいんだが、ロボットの操作では、予想外のミスってのは起こらないんじゃないかな」

なるほどもっともなご意見だ。しかし、可憐さんはそんじょそこいらのロボットとは一味違うのですよ。

「うあ~っ!眷属ども、下位機種のクセに歯向かう気かッ」

ホラネ。

ごついアームロボットのチョップを、腕をクロスさせて受け止めて、押し返そうと踏ん張っている可憐さん。

「マサキ、何がどうなりゃあんな事態になるんだ」

「うん、僕にはもうさっぱりわからん」

ソフト的にもサジを投げられ、可憐さんは膝をついた。

「まあ、ああいう状態になる可能性はかなり低いと思いますが、インターロックを増やして、人間に対する安全対策を」

「なるほど」

お客さんは、俺の説明に加えて目の前のバトルを見て、納得する。

いやぁ、可憐さん、いい仕事してるよ。おかげでオプション付きの美味しいビジネスに早変わりだぜ。

「た、助けて~」

「可憐さん、華奢に見えるけど大型ロボットアームといい勝負してるな」

さすがは超高性能完体ロボだぜ。

「か、感心して見てないで、助けて~」


「ふぅ~。ひどい目に合った」

帰りのトラックの前部座席に三人並んで座り、夕焼けを背に機電城への帰路を走る。

「可憐さん、おめでとう」

「えっ。なになに」

彼女は俺が言った意味がわからず、聞き返す。

「お客さんが喜んでましたよ。おまけに、別の商談ももらえたし」

マサキがここまで説明し、ようやく合点がいったようだ。

「そ、そう。そうなんだ。可憐、お役に立ちましたか」

大きな目を潤ませ、俺とマサキの顔を交互に見る。

「えへへへ、当然だよっ。可憐は優秀ですからっ」

「これだ」

「マッタク」

照れて落ち着かない動作の完体ロボを間に挟んで、俺たちは苦笑した。

おめでとう可憐さん、初仕事クリア。

偶然の思い付きだったが、可憐さんと仕事の間には、もうワンクッション入った方が成算が高まるようだ。今回はそれが皮肉にも、あの製造ラインの機械の腕たち『ロボット』だった。


俺は再びあのメッセージを思い起こしていた。

無用の用をなすもの。作用者エージェント

それは使用雇用の無粋さとは無縁の、どことなく先駆的な響きを持っている。

マサキが言っていた。『ロボット』の語源は『労働』だと。

失業によって労働から解き放たれていた彼女は、もう『ロボット』と呼ぶべき存在ではなくなっていたのかもしれない。


「お仕事ですか?可憐さん!」

機電城に差し掛かり、通りから声がかかる。

にこやかに手を振って応える可憐さん。


可憐さんのお仕事探しをしているうちに、機電特区はとっくに梅雨が明けていた。

「次のお仕事は、何かなっ」

嬉しそうな可憐さん。

「次も産機ロボを相手にしましょう」

今回の件で市場が見込めたからか、マサキからも前向きな発言が出る。

陽光が雲を割って機電特区に射し込み、可憐さんの白銀の頬が、金色に染まっていく。

機電特区の不思議な完体ロボ、可憐さんは俺たち中間屋の一員になった。

失敗続きだったお仕事も、今回ばかりは意外に続きそうだ。いろいろやらかしそうな予感はするけど。

なによりこれからも、いわゆる『有用』なロボたちに張り合って、『無用の用』を貫いてくれることだろう。


それが可憐さんの一番大事なお仕事に違いない。(了)