AR -Augmented Reality-
ヴィンセント・オーマー / 白田英雄
「やべぇ、引っこめ」
俺は相棒に首根っこをつかまれて曲り角に押しやられた。
「なんだよ!」
「しっ。気付かれた。さっきやつは少しだけ後ろの方を見ただろ。」
「おいおい、あの角度じゃこっちの方は視界の隅にしか入らないぜ。ピンボケな状態じゃ俺たちを特定することはできないだろ。」
相棒は俺のことを遮って他の仲間にやつの尾行を引き継ぐ連絡を入れた。
「いや、言いてえことはよくわかる。人間の視界ってやつは視線の中心以外は完全にはピントが合わない。だがやつは拡張現実で視界を強化してやがる。」
「おい、拡張現実だろうがなんだろうが、現実とシンクロするように配置されている視野が変化しないのは同じだろ。」
相棒は壁に背をつけてため息をついた。
「何言ってやがる。現実とシンクロさせている映像をぐるっと回してやるだけで済むだろが。」
あ、っと俺は叫びかけて口をおさえた。まだやつはそんなに遠くまで行ってない。
確かにその通りだ。
拡張現実は現実世界を背景としてマッピングして、 それにちょうどぴったり重なるようにして物や情報を目の前のウェアラブルグラスに表示するようにできている。 つまり人間の映像がちょうど 地面を跳ね回っているように見せることができる。 コンピューターの中では当然現実世界はXYZの直交座標上のデータにマッピングされている。 俺たちをマーキングしていて拡張コンピューター内で認識しているなら、そのマッピング情報をZ軸、つまり真上にむかう軸の回りに、 ちょうど俺たちが視界に入る程度まで回転させるだけで済む。俺たちのことがわかっていれば。
「でも、でも俺たちも交代で見張っているんだ。俺たちを特定するだけの時間は与えてないはずだぞ。」
「馬鹿か、おまえ。あいつはちょっとだけ視界をずらして周囲のマッピングを続けるだけでいいんだよ。 やつの視界は有限でもやつのセンサーはもっと広範囲までカバーしてるんだろ。 画像解析は自動だろうが、特徴データを抽出されてしまえば、俺たちはやつの目の前に並んで立っているようなもんだ。」
単純なAIも必要ないってか。
「いや、ちょっと待った。」
相棒は仲間からの連絡が入って会話を中断した。
「やつを見失ったみてえだ。」
「おいおい、また最初からやりなおしかよ。ようやっとやつをみつけたんだぜ!」
すると突然、何かが俺のウェアラブルグラスをさっとひっぺがした。
そして、グラスの向うにはやつが。
やつはこちらににやっと笑いかけて見せてから、何が起きているのかわからないでいる相棒に手を伸ばしてそのウェアラブルグラスをはぎとった。
「なっ!」
やつはにやにやしながら俺たちの顔を見た。
いまだ完全な光学迷彩なんていう技術は完成していない。反射性のマントに裏側の映像を映し出すがせいぜいだ。ある程度動きが大きければすぐにばれる。
だが、目の前で自分のウェアラブルグラスを取られてすぐやつが視界に入ってきた事実に俺たちははっと気付いた。
「まさか、拡張現実でおまえの姿を背景で上書きしていたってえのか?」
なんとなくやつのにやにや笑いが深まったような気がした。
「おいおい、見た目そのままの情報をグラスに表示できることの裏をかかれたということか?」
「くそったれが。」
相棒が押し殺したようにやつをにらんだ。
確かにそれは原理的には可能だ。こちらの端末をクラックしているならば。
しかし、次の瞬間俺たちは再び呆気に取られてお互いの顔を合わせることになった。
やつがそのまま視界から消え失せたのだ。
「拡張……」
「……現実だったんだよな……?」
俺たちはそのままその場にへたり込んでしまった。
2017.04.28.