清潔でクリーンな美しい町づくり
たなかなつみ
毎朝決まった時間に、ゴミ清掃人がゴミを回収にくる。決まった時間に決まりきった姿勢で決まりきった口上で、ゴミを出すようにと催促してくる。
「毎朝の清掃とゴミ出しは市民の義務です」
毎朝早くに叩き起こされるのには閉口するし、眠いし面倒くさいので毎朝掃除することなんかまったくないけれども、 杓子定規なゴミ清掃人はゴミを出さないことには引き下がってくれないので、仕方なく手近のものを市のゴミ袋に適当に突っ込んでゴミ清掃人に渡す。
ゴミ清掃人の口はとても大きい。顎関節を器用に外してぱっくりと口を開き、渡されたゴミ袋をそのなかに放り込む。
ゴミ袋のなかのゴミは、ゴミ清掃人の腹のなかで綺麗に分別される。ゴミ清掃人はその内容物を腹具合でチェックして、暗算でゴミの量と値段を計上する。
「リサイクル率九〇%です。本日のゴミ回収代はゴミ袋購入代に含まれます。加算金は〇円です。新しくゴミ袋を購入されますか」
「お願い」
「かしこまりました」
ゴミ清掃人がまばたきをすると、その目蓋のあいだから、ぬるーっとゴミ袋が絞り出される。 その端を摘まんで引っぱると、新しいゴミ袋が手のなかにするっと滑り込んできた。このゴミ袋は明日の回収用になる。
一日に出せるゴミの量は決まっている。上限はこのゴミ袋にいっぱい。それ以上のゴミを出すことはできない。 一度にたくさんのゴミを出すためには、民間のゴミ収集人と契約する必要があるが、べらぼうに高い。 なので、大方の市民は毎朝ちまちまとゴミを出し、決まりきったゴミ清掃人とのやりとりを続けている。
ゴミ清掃人がヒトでないことは明らかだし、どこも見ていないようなその目に何を映してどうしているのか、 そもそも戸別に毎日のゴミがチェックされていることをどう捉えればいいのか、 サービスが始まった当初は確かに嫌な心もちになったが、人は慣れる。そして、一度手に入れた利便性を手放すことはできない。
だから、毎日毎日決まりきったやりとりを続け、少しずつ部屋のなかのものをゴミとして渡し続けていく。 少しずつ部屋のなかが片づいていく。少しずつ、少しずつ。
部屋のなかのものがなくなっていく。
やがて、出すゴミをどうやってつくりだせばいいのか、困り始める。カーペットはもう剥いでしまった。 壁紙ももうない。今は床板を少しずつ切り取ってはゴミに出しているが、それもそろそろ限界だ。 このままだと床がなくなってしまい、横たわって寝ることさえできなくなる。
ゴミ清掃人はこちらの焦燥にはまったく気づかぬげに、毎朝決まった時間に決まりきった姿勢で決まりきった口上で、ゴミを出すようにと催促してくる。
「毎朝の清掃とゴミ出しは市民の義務です」
困り果てたので、髪を切ってゴミ袋に突っ込んで渡す。ゴミ清掃人はいつもどおりそのゴミ袋を大きな口のなかに放り込み、腹具合をチェックした。
「リサイクル率九〇%です。本日のゴミ回収代はゴミ袋購入代に含まれます。加算金は〇円です。新しくゴミ袋を購入されますか」
誰の何を誰がどう使用したと見繕われてリサイクル率九〇%だという計算が成り立ったのか。
でも、もうそれでいい。考えたところで仕方がない。どのみち、何かをゴミとして出さないと、ゴミ清掃人は帰ってくれないのだ。
次の日には、新しいゴミ袋に指を切り取って入れる。ゴミ清掃人はいつもどおりそのゴミ袋を大きな口のなかに放り込み、腹具合をチェックする。
「リサイクル率九〇%です。本日のゴミ回収代はゴミ袋購入代に含まれます。加算金は〇円です。新しくゴミ袋を購入されますか」
同じやりとりを繰り返す。毎日毎日繰り返す。身体の端々を切り取って渡す。毎日毎日渡し続ける。 ゴミ清掃人は同じ言葉を繰り返す。リサイクル率九〇%です。リサイクル率九〇%です。リサイクル率九〇%です。
ある朝、首だけになったわたしのもとへ、ゴミ清掃人と一緒に、役場の清掃課の人がやってくる。
「本日まで日々清掃にご協力いただき、まことにありがとうございます。 リサイクル率オール九〇%達成記念として、本日限りのサービスで、壊れた身体を新しくすることができます。 私どもは日々市民の皆さまのために新しいサービスに取り組んでおります。あとのことは役場へおまかせを。 素晴らしきリサイクルライフをお約束します」
「お願い」
「かしこまりました」
そんなわけで、やっとのことで残っていた頭部も全部切り刻まれてゴミ清掃人の口に突っ込まれ、 丁寧に分別され、私の身体は新しくなる。顎関節を外したり付け直したりの調節はとても簡単になったし、暗算だって得意。
「毎朝の清掃とゴミ出しは市民の義務です」
他のゴミ清掃人と同時に朝早くから出勤し、各戸のゴミを収集して回る。リサイクル率九〇%です。リサイクル率九〇%です。リサイクル率九〇%です。
残りの十%が何でできているのかは知らないけど、この町がどこよりも清潔でクリーンで美しくなったのは、 すべて私どもが日々市民の皆さまのために新しいサービスに取り組んでいるおかげです。