第5回

[その11][その12]

(その11)

 田畑耕作が、第8太陽系第6惑星に赴任してから、1ヶ月が過ぎていた。

 くる日もくる日も、この地方出張所以外に何もない星で、寝ては起き、起きては寝ての繰り返しだった。

「どうせ俺は、見捨てられているんだ」

 田畑耕作は、ちょうど窓からよく見えるこの星の衛星を見上げてつぶやいた。

 この第8太陽系第6惑星には、衛星が一つだけあった。それも、かなり大型の衛星で、地球と呼ばれる第1太陽系第三惑星とその衛星との関係と非常に良く似ているといわれていた。それもそのはずで、もともとこの惑星は、第一太陽系の地球と月をモデルにして作られたものだった。

 だが、どうしたわけか、第8太陽系の太陽からはかなり離れた所に出来上がってしまい、第一太陽系の地球とはかけ離れた荒涼とした大地が続く、入植者たちからは見捨てられた星となっていた。

 それが、ほんの数十年前、突然、脚光を浴びることになった。

 第8太陽系第6惑星の衛星を舞台として作られた恋愛物語「月と餅」が、大ヒットしたのである。

 田畑耕作が勤める観光会社は、第6惑星の衛星へのツアーにいち早く乗り出し、他者との競合にせり勝って、ついには観光客へのサービスを提供する出張所まで作ったのだった。衛星の上に作ることができなかったので、実際にはあまり役に立たなかったが、第六惑星衛星ツアーをほぼ独占している上に、もともときめ細かなサービスを売り物にしていたので、形だけでも体裁をととのえる必要があったのだ。

 今では「月と餅」ブームもすぎつつあり、もう数年もしたら、この出張所も閉鎖することになるかもしれない。

 事実、この1ヶ月間で、第6惑星の月を訪れた観光客は3名。

 その中で、田畑耕作とコンタクトを取ったものは誰もいなかった。観光客はみな、居住性のよい第三惑星のホテルに泊まり、そこから第六惑星の衛星まで直行してしまう。だから、よほどのトラブルがないかぎり、田畑耕作がかかわりあうことはないのだった。

 そんな中で、田畑耕作は、ひたすら天然衛星付き小惑星のことを夢想していた。

「そうだ、それに名前をつけてみたらどうだろう?」

 小さなかがやくお盆のような衛星を見上げているうちに、田畑耕作はふと思い立って、手に入れた訳でもないその小惑星の名前のことを考えはじめた。

(その12)

 丸木台太が選択ボタンを押すのをためらっているのを知っている人間が、ただ一人だけいた。それも、空間的には丸木台太からわずか数メートルの位置から、てのひらに乗せた、まるで水晶玉のような360度型立体モニターを通して、一挙一動を見守っていたのである。

「こんなことになるなんて、ついてないな」

 アラームが鳴りはじめた時、立体モニターを見つめながら、少年は、ためいきをついた。

「密航なんて、古風なことを考えつかなければよかった」

 一瞬の間、後悔の念が少年の心のかたすみにあらわれたが、すぐに消えた。

「とにかく、まずは、あの選択ボタンだよな。まさか、あいつ、安らかに眠ります、なんて選択しないだろうな」

 少年がそうつぶやいた直後、立体モニター内の映像からは、丸木台太が「安らかに眠ります」のボタンを押そうとしたように見えたので、少年は、思わず腰を浮かした。だが、すぐに、指がためらって二つの選択の間を行き来しているだけだとわかり、再びこわばった身体の緊張を解いた。

 少年は、この宇宙艇の不法搭乗者だった。だから、もし発見されれば、困ったことになるに違いない。特に、恒星間を移動するとなると、運賃の未払いというだけでなく、恒星間の不法移動ということにもなるからだ。だから、できれば丸木台太の前に姿をあらわして見つかってしまうことは避けたかった。

「でも、死ぬよりはましかもしれないけど」

 もし丸木台太が「安らかに眠ります」を選択しようとしたら、飛びだしていって、何が何でも最終決定をやめさせる覚悟だった。

「だけど、まったくどうしようもない宇宙飛行士だな。宇宙飛行士の学校って、もっといろいろ教えて優秀な飛行士を育てるための所だと思っていたけど、こんなこともできないのかよ……あっ、選んだ、選んだ「最後まで頑張ります」って、いけっ、いけっ、それだっ!……あれっ、またキャンセルしちゃった。おい、おい、時間がないんだぞ……」

 艇のシステムによって自動選択がなされてしまう十五秒前になったら、もう密航のことはあきらめて、操縦室に突入しようと考えていた時、ようやく丸木台太が、選択ボタンを押して、最終決定をするのが映し出された。

「ふうっ、まったくひやひやさせずぎだぜ」

 少年は、にぎりしめていたせいで立体モニターが汗で濡れているのに気がついて、小さな声をあげて笑ってしまった。

(第6回に続く)


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