第7回
[その15]/[その16]
美々絵JE5825Nが声のする方向にそっと顔を向けると、そこにいたのは、やはりエリーEF2263Nだった。
美々絵JE5825Nは、すぐに目を閉じて頭から毛布をかぶると寝返りを打とうとした。
しかし、美々絵JE5825Nより一瞬はやく、エリEF2263Nーは毛布をはぎとった。
美々絵JE5825Nは、目をかたく閉じて身体を丸めたが、エリーEF2263Nは、はぎ取った毛布を片手で抱えたまま、もう片方の手で、美々絵JE5825Nの髪を静かになでた。
「美々絵JE5825N、おきてるんでしょ?」
目を閉じたまま動こうとしない美々絵JE5825Nに、エリーEF2263Nは話し続けた。
「ねえ、なかなおりしようよ」
美々絵JE5825Nは、髪をなでるエリーEF2263Nの手を払いのけると、ますます身体を丸めて縮こまった。
「機嫌をなおして、遊びに行こうよ」
「……行きたくない」
「行こうよ」
「行かない……ほっといて」
エリーEF2263Nがもう一度髪をなでようと手を伸ばそうとした時、美々絵JE5825Nは、一瞬の隙をついてエリーEF2263Nが片手で抱いていた毛布を取り返した。
エリーEF2263Nがあっと小さく声をあげた時には、すでに美々絵JE5825Nは毛布を頭からかぶって向こうを向いてしまっていた。
しかし、エリーEF2263Nはあきらめない。
「ツリボリに行こうよ。今度オープンしたツリボリが、すごいんだって」
エリーEF2263Nは、もう一度毛布をはぎとろうとしたが、今度は容易なことでは取れなかった。
「しょうがないなあ」
美々絵JE5825Nの敏感な耳が、エリーEF2263Nの身体の奥で微かにカチカチという音がするのをとらえた。そして、もう一つの音、これは誰にでもはっきりとわかるような音量で、もう一つの声がした。
「作業モード切り替えます。Wレベル、4。重労働モード」
次の瞬間、エリーEF2263Nは凄まじい力で毛布を引っ張り出した。
毛布が音をたてて二つに裂けた。
エリーEF2263Nの身体の奥で、再び微かな音がした。
「作業モード、切り替えます。Wレベル、2。日常生活モード」
美々絵JE5825Nは、裂けた毛布を持ってベッドの上に寝転がったまま、きょとんとした表情でエリーEF2263Nを見上げた。それから、美々絵JE5825Nは、急に笑いだした。
「しょうがないなあ」
毛布が裂ける音を聞いた瞬間、急に、いつまでも意地を張っている自分がばからしく思えてきたのだった。
「でも、あの小惑星は、どうするの?」
20世紀風の音楽が流れ続ける中、カウンターのちょうど反対側の壁にかけられた振り子時計を見上げたマスターは、ようやくほっとした気持ちになりかけていた。
おととい、昨日と、二日も続けて、奇妙な女性客がやってきた。
今日こそは、いつものように、客こそすっかり減ってしまったがそれでもかつての20世紀カフェの名残を残した、20世紀風の一日を送りたいと思っていたのだった。
そしてまもなく、閉店時間だった。
「よかった。今日は何事もなく一日が終わりそうだ」
もう店内に客の姿はなく、マスターは、先ほど帰っていった4人連れの客たちの使った食器を洗っていた。
洗い物をしながら、マスターは、昨日の藍性体の女のことを考えていた。
「自分のイニシエフォールドを返せと言っていたが、やはりあれは、15年前にナイフを振回して暴れた女だったのだろうか?」
15年前の女は、どう考えても、普通の人間だったような気がする。
だが、ケンとジョーが言っていたように、藍性体は身体が乾きすぎるといらいらしてきて奇妙な行動をはじめることがあるというのなら、15年前に泣きやまなかったり突然暴れだしたりしたことも理解できる。
「15年前のあの時も、水をかけてやればよかったんだな。知らなくてかわいそうなことをした」
マスターは、昨日、藍性体の女が、水をかけてもらった時に見せた気持ちよさそうな笑顔を思い出した。
「だが、そのおかげで、俺のイニシエフォールドのコレクションがはじまったともいえるわけだし……」
マスターが最後のコップを洗い終わり、もう一度骨董の振り子時計を見た時、店の中に二人の客が入ってきた。
「あっ……」
少女の二人連れだった。しかも、そのうちの一人は、一昨日、泣き続けていてなかなか帰ろうとしなかった、あの子ではないか。
すでに閉店時間がせまりつつあることを告げる間もなく、二人は、壁際の二人掛けのテーブルについた。
「あの、もうすぐ閉店……」
マスターが言うのをさえぎって、栗色の髪の少女が、見かけから想像されるよりもずっと低いぼそぼそした声で言った。
「あなたと小惑星の話がしたいの」
(第8回に続く)
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