(ゆうべの娘もよかったなあ)
麻酔弾を連射し敵兵をばたばたとなぎ倒しながらカオル君は回想にひたっていた。
(なんたって本物のFカップだったもんね)
むふふふ、という思い出し笑いはもちろんシムには伝わらない。シムには表情というものがないからだ。通常兵器ではおよそ歯が立たない、貌のないロボット兵士が近づいていくにつれ敵兵たちの顔は恐怖と怒りに歪む。あるものは武器を捨てて立ち上がり、たちまち麻酔弾を打ち込まれてゆっくりと崩折れる。あるものは向きを変え、尻に帆かけて退散しようとする。でも、どこに隠れたって無駄さ。超高性能の赤外線スコープが熱源を捕捉し、コンピュータが人間かどうかを判定してくれるからね。そら、右手の納屋の中に5人かたまって震えている。相手の呼吸に応じて点滅する5つの赤い光点めがけてガス弾を射ち込む。じきにみんな、またたきもしない緑の点になっておねんねだ。
(それにしても)カオル君はひとりごつ。シム=オペレータがこんなにもてるとは思わなかったぜ。シム−それはもともとカオル君が所属する特殊介入部隊(SIM:
Special Interventional
Mission)の略称だったが、いつしか彼らが操作する人型遠隔作業体の通称にもなっていた。訓練が終了し、いよいよ明日は本番という前の晩にネットで検索してみたカオル君は仰天したものだ。シムに関するオフィシャル・サイトが立ち上げられていたばかりか、匿名ではあったがオペレータのプロフィールが一部公開され、掲示板にはまだ見ぬシム=オペレータへのあこがれと期待をつづったファンレターがずらっと並んでいたのだから。はじめての戦闘から復原した際、ほとばしるアドレナリンの勢いにまかせてミントと名乗る女の子にメールを出したのが、思えばカオル君のもはや短いとは言えない女性遍歴の始まりであった。
(しまった民間人だったか)
マニュアルどおり体勢を低く保った回し蹴りで納屋の扉を破り、ひと呼吸置いてから突入したカオル君操るところのシムは、いささかオーバーにがっくりと肩を落とした。納屋の隅では汚らしい敷き藁の上に老夫婦とその孫らしい3人のこどもが重なり合って倒れていた。民間人の誤射は大幅な減点の対象だ。もうすこしで撃墜王になれたところだったのに。眠っている5人の顔は緑色の光点と重なってよく見えないが、いちばん小さい女の子は3才ぐらいだろうか。まあ放っておいても大丈夫、30分もすれば目が覚めるさ。マニュアルに従い武器が残っていないかどうか探知機でスキャンしてから納屋を後にしたカオル君は光点のひとつが今にも消えそうに薄らいでいるのに気づかない。
お次は何かな、カオル君は画面表示をフィールド全体の鳥瞰図に切り替えた。シム部隊は広く散開中で、カオル君の担当区域には活動中の敵兵を示す赤い光点が3つしか残っていなかった。早く始末して隣と合流しなければ。高速移動体型に切り替える。シムは四足獣に姿を変えて音もなく戦場を疾駆する。
* *
最終選考に残った10名の候補者のうち、実際のオペレーターとして名乗りを上げたのはひとり減って9人、カオル君が操作することになったのはプロトタイプNo.9すなわち零式九号機だった。サイボーグ戦隊マンガの古典を連想して大いに喜んだカオル君だったが、その実態はそうかっこうのいいものではなかった。9人のオペレーターが同時にアクセスして行われた最初の訓練はぶざまを通り越してこっけいでさえあった。誰一人としてまっすぐに歩けないのだから。集まったシムもメーカーの違うプロトタイプばかりなせいかサイズがまちまちでお世辞にも統一が取れているとはいえなかった。
ふたたびヒューマノイド形態に戻って光点のひとつをダーツで倒し、追い詰められて跪きカオル君には理解できない言語で許しを乞いだしたもうひとつの光点には脳天に手刀をお見舞いして黙らせ、残るひとつを追って敵のアジトに突入した矢先、赤い光点はもっと赤くゆらめく熱源のカーテンにさえぎられて見えなくなってしまった。敵は乾燥した木造家屋にガソリンを撒いて火を放ったらしい。どこだろう、とにかく出口を探さなくては。
ぜひ一度お会いしたいのです、とメールに書いてよこした彼女に、これでもかというつもりでカオル君は操縦服を身に付けた自分の写真を送ってやったのだった。ふつうならこれでびびって引き下がるだろう。だがミントちゃんの反応は期待を大幅に裏切ってくれた。
「素敵すてきステキ! ぴっちりしたスーツ、それに頭に輝く電極ときたら…もうっ、どきどきものですわ」
お礼にと送られてきた彼女のポートレートを一目見るなりカオル君は万難を排して会いに行く決心を固めた。そこにはカオル君の理想が形になって恥ずかしげに、でも思いっきりにっこりと微笑んでいたのだ。残暑がまだまだ厳しい中、特大のガーゴイルのサングラスにアポロキャップ、鼻と口には防塵マスクおまけにトレンチコートという変態度120%のいでたちでこわごわと出かけていったカオル君を見つけたミントちゃんは息せき切って走りより、そそくさとカオル君の手を取って歩き出したのだった。その後何を話しどこをどう歩いたのか覚えていない。気がついたら彼女のマンションのベッドの上でサングラスもキャップもマスクもむしり取られて、むき出しのぴかぴか光るピンヘッドを彼女のやわらかくて形のいい、これまたむき出しのおっぱいにうずめていた。そのあとは刺激が強すぎて発禁になったセックス・シミュレーションゲーム「VS」さながらのめくるめくシーンの連続… 翌朝ミントちゃんと別れてひとりで地下鉄に乗った時にはカオル君はもうグラサンもマスクもキャップもかなぐり捨て、ピンヘッドを窓ガラスに映してはひとり悦に入っていた。もちろんカオル君はミントちゃんがその後当局に詳細なレポートと採取したカオル君の体液を提出し、アニメじみた顔かたちと体型をもとに戻してマンションを引き払ったことなんか知らない。
ミントちゃんはその後まもなく掲示板から姿を消してしまったけれど、カオル君の前には次々と魅力的な女の子たちが現れたので懐かしがっているひまなんかなかった。そして、そう、ゆうべの娘だ。すっかりすすけた姿で練兵場とおぼしき広々としたグラウンドに姿を現したシムの背後にサバイバルナイフを口にくわえた小柄な兵士が音もなく近づいてきたが、シムはゆらゆらと自動歩行を続けている。
("Titty
Fucking"てんだよね、たしか。こう、胸の谷間をすべらせながらおクチに入れたり出したりしちゃってさ)
カオル君の動きをまねて何やらひわいな腰つきで歩くシムの首筋めがけて兵士はふわりとジャンプした。
(うわっ!)
敵襲を告げる強烈な電撃をくらってカオル君がぎくっとのけぞり、ついでにシムも敵兵といっしょに地面から5cmばかり跳び上がる。と同時に、
(ばかもーん!)ネコタ小隊長の怒声が頭蓋内に響きわたった。(バックを取られやがって)
さいわい敵兵はシムのライフラインであるケーブルの走行部位を知らない。代わりにシムの頭部から突き出た鬼のツノみたいな突起を壊そうとしている。頭頂部に仕掛けられたアイカメラから眺めながら、カオル君は相手の攻撃を待った。この角度からは相手の顔が見えないが、なんだかずいぶん小柄なやつだ。
兵士がナイフを突き立てたとたんにシムの突起の間にばりばりと青い放電が起こり、ナイフが吹き飛ばされた。遠隔操作で動くシムの弱点はもちろんアンテナだ。誰だってそう考えるから、いかにもアンテナですという格好をした頭部のツノはダミーなのだった。本物のアンテナは両肩とびてい骨のあたりに都合3本設置されている。ごくろうさま。電撃にやられた右手首を押さえながら背中から地面に落ちた兵士の方へぐるりと向き直る。敵もさるもの、手袋のおかげで大したダメージは受けていないらしく、ただちに立ちあがって体勢を整える。おや、この構えは?
「はりゃりゃりゃりゃりゃりゃ」
実際には何と言っているのか知らないがそんな風に聞こえる掛け声とともに、奇跡のように現れた2本目のナイフがめまぐるしく突き出されてくる。
(こりゃあ久しぶりに手ごわいぞ)
連続してトンボを切り、間合いを取ってからカオル君はつくづくと敵を観察した。細い身体に不釣合いな大きなおっぱいが波打っている。女ナイフ使い! と見る間にカオル君の好みを熟知したコンピュータが相手の姿をデフォルメしてスクリーンに表示してくれる。練習で何度も倒した相手、テコンドーの達人「キム=リョンヒ」の姿がそこにあった。ローキックをジャンプでかわし、ナイフを遠くへ蹴り飛ばしてから戦闘モードを変更する。この程度の相手ならコントローラーで十分だろう。眼前に構えたカオル君の両手の間に忽然と往年のゲーム機のコントローラが現れる。Cボタン+Rボタンで右膝蹴りのフェイントをかけ、ガードが下がったところへすかさずAボタン+右矢印キーの裏拳を相手の人中に叩きこむ。リョンヒが柳眉をしかめ、切れ長の瞳に涙がにじむ。ゆうべの娘のクライマックスの表情そっくりじゃないか、と思った時にはすでに勃起していた。
(いやーきついなこれは)操縦服には勃起したペニスを収容するスペースがない。両手が使えないのでもじもじと腰を動かして向きを直そうとするたびにこすれて痛い。(しかしこれはこれでなかなか…)
気持ちがいいじゃないか。複雑なボタン操作のパターンを駆使して連続攻撃を繰り出し、相手の各部を少しずつ痛めつけながらカオル君は今となっては遠い日々に思える訓練時代を思い出していた。
* *
「バーチャル・コントローラはあくまでも格闘技の素養のない貴様らに実戦の初歩を教えるための便法にすぎん。操作パターンが無数にあるといっても、コントローラを使った攻撃はしょせん単調なものだ。相手が武術の達人ならたちまち見破られてカウンターを食らうぞ」
そう言い置いてネコタはたちまち巨大化して空手着をまとった格闘家に姿を変えた。どこかで見たことがあると思ったら、例のゲームサイトで最後に対戦したラスボスの格好だった。負けるもんか。そら、ダウンだ。
組み敷いた相手の身体に馬乗りになり、張り手を何発かお見舞いする。リョンヒはもうすっかり戦意を喪失して虫の息だ。頬を上気させてあえぐ姿が無性に色っぽい。カオル君の自宅から遠く離れた海の向こうで200キロを超えるシムにのしかかられた女兵士の肋骨はばらばらに砕け、そのうちの一本が心臓に突き刺さっていることなど、もちろんカオル君は知らない。兵士の口の中はずたずたに裂けて気管には血液が容赦なく流れ込み、破裂した眼球からどろどと硝子体が流れ出していることも。
ゲームのラスボスにはなんとか打ち勝ったが、訓練教官にして現小隊長のネコタには一度も勝つことができなかった。コントローラを使った攻撃を卒業し、自ら手足を動かす操作に切り替えた後でさえも。訓練の間にカオル君たちは、シムが人間に似た格好をしていても人間とはかけ離れた戦闘機械なのだということを否応なく学習していった。シムに目潰しは効かない。シムの股間は急所ではない。シムの肘と膝は反対方向にも曲げられる。シムは掌を開く動作だけで大のオトナを弾き飛ばすことができる、そして
…シムの指はやすやすと戦車の装甲を貫くことができる。とどめを刺す時が来た。恐怖に見開かれたリョンヒの目を人差し指と中指で閉じてやり、そのまま眼窩を突き破って脳底までずぶずぶと指をめり込ませる。断末魔のけいれんでリョンヒの胸が大きくのけぞり、胴着の前がはだけた。こぼれでる巨乳の向こうにぱっくりと開いた深淵に向かってぐっと腰を突き出し、ゆうべの娘が背中に爪を突き立てるのを感じながら、カオル君はながながと射精していた。
(第4回に続く)