雀部 |
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『Fiasko
大失敗』ついに出ましたねえ。 最初の章「バーナムの森」でのタイタンの地獄の美しさとか、生き返って地球外生命体探査に旅立ちブラックホールを利用してあれこれやったりするところなんか、まさにSFの醍醐味だったのですけど。 |
たなか |
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『大失敗』は、大きな物語展開ががんがんと話を進めてくれるというわけではない長い長い作品なんで、長編慣れしていないわたしには、端から端まで楽しめたかどうか、ちょっと微妙です。以前もお話ししたとおり、わたしはレムが語る蘊蓄部分が大好きなんで! 延々と続く思索の断片断片を楽しむという読み方をしちゃいました。って、雀部さんとは楽しみどころが全然違ってます?(笑) でも、その思索がすべて「大成功」にはつながらない話なので、エンディングまで読んで感じたのは、やり遂げた! という達成感ではなく、むしろ、むなしさのようなもののほうが大きかったです。 冒頭にピルクスが出てきたときは、ちょっとわくわくしたというか楽しかったです。 全体的には、レムがやりたかったことをすべて詰めこんだのかなぁという印象でした。ガラス固化って『星からの帰還』のヴェトリゼーションかなぁとか。やっぱり地球とは別の進化をたどった文明と遭遇する話なんだなぁとか。 |
雀部 |
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ガラス固化は、スターウォーズを(笑) 蘊蓄部分というと、私は真ん中あたり(「受胎告知」「攻撃」)で、色々相手のことを想像しているところが面白かったです。ここらあたりけっこうハードSFしていますよね。かなかさんは、ここらあたりも楽しまれました? |
たなか |
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「ガブリエル」号の顛末のあたりですね。本作では長く続く思索のあいだに何か所か物語が動く局面がありますが、これはわりと大きな事件でしたね。「ガブリエル」号が消滅する場面では、わたしも手に汗握り、作中の人物たちとともにその「映像」を見つめていました。 レムはファーストコンタクトの難しさを書き続けてきた作家だと思うのですが、本作ではその困難さが顕著に詳細に描かれていますね。攻撃する意思をもたずにコンタクトをとろうとすること、それを相手に伝えることについての苦難が、もうこれでもかと書きつづられているわけですが、大幅に思想が違うわけでもない登場人物たちの異なった方向性を背景にした、楽天的ではなく、かといって絶対的に悲観的でもないこのあたりのかれらの会話には、こちらの脳内も活性化するような気がしました。少ない情報量からいかに仮説をたて、そのなかからその時点で最良(あるいは最悪ではない)と思われる判断を選びとっていくか。もちろんわたしの理解力ではすべて把握することは無理なのですが、現実における対話方法と照らし合わせてみたりもして、興味深く読みました。 |
雀部 |
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巻末に“主要な架空固有名一覧”がついてますが、擬似科学の“らしさ”はいかがでした? 私はけっこう痺れましたけど。気を付けて読んでないと、どこまでが本当の科学で、どこからが“嘘”か分からない(笑) |
たなか |
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“主要な架空固有名詞一覧”はおもしろかったですね。でもこの一覧はわりとさらりと表面をなぞっていらっしゃる印象があるので、さらにつっこんでいくとそれだけでレム風のひとつの作品になるかも。ノムラやナカムラの項目などが顕著ですが。レム自身につくってほしかった気がしますね。 疑似科学については、当然わたしのお脳ではもう全然、ホンモノとニセモノとのあいだの線引きなんかできやしないのですが、そのへんはわたしは気にしません!(笑) フィクションのなかの「事実」って、「らしさ」があれば充分であり、また、「らしさ」こそが必要なんだと思うんです。「事実」をそのままなぞっても物語にはならないですよね。物語としての説得力というのが、小説が成り立つうえでとても重要なことだと思います。 そういう意味ではレムの書く「らしさ」は、とてもあやうい線の上に立っていると思います。「論」をいかに「物語」として昇華させるか。レムがただ単に自説を展開したいのであれば、それは論文でもエッセイでもよかったのだと思います。けれどもレムはそれを小説というかたちに作りあげた。そして描かれるのは、思索のうえに試行錯誤のうえに思索のうえに試行錯誤。「成功」を追い求めながら、そしていつしか、この試みに「成功」はないだろうということを予感させつつ、けれども少しでも実になるものをと追い求め、思索を繰り返す。物語の大きな軸になる部分をまわりながら思想が展開されていくわけですが、本作はやはりどうしても「物語<論」という図式に傾きがちだと思います。それが良いか悪いかということになると、それはもう好みの問題でしかなくなるのですが。 とにかく登場人物たちすべてがとても頭がいいことにわたしは感嘆しました! わたしはかれらの会話にとてもついていけない~ でもそういうのも楽しい部分ですよね。レムの造語が普通名詞のように扱われていたりするのが、とても楽しい! |
雀部 |
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頭が良くても、一つの考えに凝り固まっちゃうと失敗するんですねえ。そういう警告もふくめられているような気がしました。 ところで、男と女のファーストコンタクトも難しいですよね(笑) というか、他人を本当に理解するのは難しいですよね。結婚して27年になりますが、カミさんのことを分かったつもりでいても、そういうつもりではないと時々いわれます。相手が言葉の違う外国人だったら余計に分からないだろうし、まして異星人だとしたら、理解し合えると思うほうがおかしいのかも。 |
たなか |
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個人対個人のコミュニケーションと、外交などの「国家」のありようを左右する代表者のコミュニケーションとを、同列に扱うことはできないと思うのですが、ただどちらにせよ会話をするためには、なにかしらの「文化」を共有していないととても困難ですよね。わたしの世界の「正義」が、あなたの世界の「正義」とイコールではない場合、相手になにを見せればこちらの意図を汲み取ってもらえるのか。すべてを理解することは必ずしも必要ではないと思います。ていうか、無理だと思います。(笑) でもだからこそ、「言葉」を共有するために、相手の文化を知ることが必須なんですよね。ただ、まったくのファーストコンタクトということになると、お互いに相手の情報がゼロの状態から始めないといけなくて、そのために道具としていったいなにが効果があるのかといったことさえ、暗中模索。コミュニケーションが成功すると考えるほうが難しいというのは、たしかにそのとおりだと思います。じゃあ、その高いハードルを越えてまで、そもそもなぜ他の文化・他の生物と遭遇するための努力を重ねようとするのか。人間は出会いに対して楽観的なんでしょうか。そして悲観的な部分をもって、あらゆる状況を予想して、破滅へと導かないようにできる限りの防波堤をたてる。ああ、コミュニケーションってたいへんだなぁ…… |
栄村 |
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本の終わりのほうで、こんな一節もありましたね。
「……強固に相互理解を志向するあまり仮面と計略で鎧い、それによって安全ではあるがかもしれない
が〈異なる知性〉への展望を本当に開くことからますます遠ざかり、相互理解を放棄していることにな
る、と繰り返し述べていた。相手の言い逃れをつかまえ、拒絶をひとつひとつ攻撃し、遠征の目的を果
たすためにますます乱暴な攻撃を用いるようになり、その分目的が達成されにくくなってきた。」(391頁)
クウィンタ星に着陸した主人公が、アラゴ神父のことばを回想している場面でしたけれど。 |
雀部 |
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異星人が相手の場合はロゼッタストーンが無いですからね。本当に、数学(科学)はロゼッタストーンのかわりになるのだろうかという疑問もあります。 栄村さんはどうだったでしょうか。 |
栄村 |
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むつかしい小説でしたね(笑)。論文もでてくるし。登場人物のかわす会話は、ひじょうに専門的で、高度で……。ブログをみていると、読みだしたら3ページも、もたなかったという人がいるくらいでして(笑)。じつは、それで今回、くわしいあらすじを先に紹介しようときめたんです(笑)。 この小説には、物語よりさきにがっちりした論理があるんですね。あまり理に傾きすぎると破綻はなくなるけれど、物語が本来持ついきおいやあらあらしさが削がれてしまうという危険性がでてくるのですが……。でも、読みかえすうちに、急に光を放ちはじめる部分がこの本にはあります。 |
雀部 |
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その論理ってどういったものですか。 |
栄村 |
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「宇宙的終末論」のところで、GODと「ヘルメス」号の指揮官がかわす会話などによくでてるとおもいますが、高い専門知識と理詰めで物事をとらえ、すすめてゆこうという強い姿勢です。月の破壊が決定され、クウィンタ星人に警告をおくる「力の誇示」というところでも、操縦士が、 「最初の時点でわたしたちは彼らに、論理的計算式と、『もしAならばBだ』『もしAでないならばCだ』等々といった連言を伝えてあります」 と、話すところがありますね。小説では人工知能、コミュニケーション、哲学、天文学、対立する二国間関係、核戦略論など、レムの考察がいろいろとでてきますけれど、人工知能や球体戦域についての彼の持論は話のながれを中断してまでも、かなりのページをさいています。 |
雀部 |
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たなかさんのお好きな蘊蓄部分ですね。私も好きなんですが、これがある種の読みにくさになっているのは、しょうがないかも。レム氏の一番語りたかったところでしょうし。 |
栄村 |
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他の惑星の、肉体も心もヒトとはまったくことなる進化の道すじをたどり、科学も文明もべつの方向に発展させた知性体とコミュニケーションできるのかというのかというのは基本的なテーマですね。 「大失敗」では、航宙士、科学者、教皇使節であるドミニコ会の修道士、操縦士たちが乗りこんだ宇宙船がクウィンタ星の生命体と接触しようとします。はじめは道理をわきまえたやりかたで接触しようとするのですが、なぜか相手は狡猾な方法でこちらの命をねらってくる。いろんな仮説がたてられるけれど、ほんとうの理由は最後までわからない。それどころか、肝心のクウィンタ星人もまったく姿をみせない。彼らの正体を見極めようといろいろ考えをめぐらし、軍事関連技術のなかに人間との共通点を見つけますが、そこから相手は自分たちに似ているのか、あるいは「邪悪な怪物」なのかという疑問が生まれてくる――じつはこの疑問自体まったく無意味だったことが、あとからわかるのですが……。 結局、乗組員たちは生命の危険をともなう強いフラストレーションにさらされるうちに、防衛本能やおそれ、怒りといった人間のもつ根元的な感情に支配されてしまい、正常さをうしなってしまいます。 |
雀部 |
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全く異なる進化の道筋をたどった異星人とは相互理解は出来ないのではないかということですね。『ソラリス』と基本的には同じテーマと考えて良いのでしょうか。 |
栄村 |
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別の進化の遺産をうけついだもの同士が出会ったとき、根本的にどうしても理解できない部分がでてくるというのは、「エデン」の方が近いでしょうねえ。「ソラリス」ではあまりにも形態がちがいすぎ、相互理解が不可能に近いという設定で書かれていましたけど。 「大失敗」では意志の疎通にある程度成功してますね。この小説で大きなテーマになっているもののひとつは、理解できないものをまえにしたときに人間がかかえるフラストレーションや、その行動でしょう。主人公や宇宙船の名前をつかって、それとなく示されるオルフェウスの神話は、ふりかえって妻の顔を見てはならないという冥界の王との約束にたえきれなくなり災いを招いてしまうという話ですね。わからないものに、つよいフラストレーションを感じ、それが災いにつながってゆくという構図は人間がもつ根元的なものなんでしょうか。
物語のなかでクウィンタ星人が見せる反応も、ひょっとしたら、地球からの来訪者よりも、もっとさしせまった問題、滅亡を意味する深刻な事態に彼らが直面しており、混乱のさなかにあったせいなのかもしれませんけれど……。 |
雀部 |
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もしくは、元来対立状態・戦闘状態にある環境で進化してきたので、平和的な接触という概念がが理解不能だとかですよね。 |
栄村 |
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「大失敗」は寓話として書かれたのですが、この本をよんで、レムはイラク戦争が泥沼化することを予期してたんじゃないか、という人もいました。いわれてみれば対イラク戦争の開戦前からの人間のうごきと、この物語の底にある人の行動のパターンというのは、たしかによく似てる。小説は1986年の米ソ冷戦末期に書かれてますけれど、描かれていることは、いまもくりかえされ、これからもきっと起こると思う。 |
雀部 |
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そうか、クウィンタ星人(?)の反応は、個人としての人間というよりも、組織とか国家としてのものなんですね。 |
栄村 |
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モチーフとして現実の国家間外交のうごきを参考にしたんでしょうねえ。 対イラク戦争の発端は大量破壊兵器――核兵器を隠しているんじゃないかという疑惑からはじまりまりましたが、緊張が高まったとき中東に駐屯しているアメリカ軍や、アメリカ本土への核攻撃の可能性がマスコミではとりあげられていましたね。当時、ソビエト崩壊時に行方不明になった核兵器ということで、スーツケース大に小型化された核爆弾の存在がネットのニュースで流れていましたが、混乱にまぎれてフセイン政権の手にわたっているんじゃないか、という憶測もありました。
国連は化学兵器を含む大量破壊兵器の存在をめぐって、イラクに査察をおくるけど、はっきりしたことがわからない。外から見ているわたしたちは、イラクがクウィンタ星みたいに接触の扉にカギをかけているわけじゃありませんが、閉ざされた扉のむこうにある真実が気になるわけですね。大量破壊兵器は存在するのか、しないのか。 じつはこの査察、はじめのうちはイラク側は協力的だったそうです。でも、アメリカのスパイ行為があったとかで、だんだん疑いの目をつよめていく。工場の偽装があきらかになったり、兵器は廃棄されたけれど、その記録や証拠がいっさいのこっていない、またある施設への立ち入りを拒むなど、こうしたことぜんぶがアメリカの目には妨害としてうつる。イラクの方はイラクで、アメリカやイギリスが勝手にイラク南部、北部に飛行禁止区域をきめてしまい、イラク機の空域侵犯を理由に軍の軍施設に攻撃をくりかえしていたので、いくら国連決議であろうと信用できない。核がないのを確認したうえで、豊富に埋蔵されている石油資源をねらって、よその国がおしかけてイラクを占領するのではないか。それなら意図をくじくためにも大量破壊兵器の存在は灰色に見せておいたほうがいい。存在をにおわせることは経済制裁を解除させる政治的カードにもなる、とたがいに不信感をつのらせてゆくわけですね。
一方、アメリカはなにがほんとうの真実かわからなくなり、欺瞞と偽装の迷路のなかに入りこんでしまう。2001年には同時多発テロを経験しているし、イラクとアルカイダとのつながりもささやかれる。また、イタリアでイラクがウランを購入した証拠があるという話がでっちあげられたニジェール疑惑というのもあった。真相は扉のむこう側です。 小説の終わりのほうで宇宙物理学者のナカムラ博士が、 「操縦士はクウィンタ星人を見るかもしれませんが、それを見たことは知らないままかもしれないのです」 とテムペに告げる場面がありましたが、おなじようなことが核疑惑の情報を収集する側でも起こっていたのかもしれない。 |
雀部 |
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それは現実に対するあり得る暗喩ですね。 |
栄村 |
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「ヘルメス」号の指揮官スティアガードじゃないけれど、情報を収集する側は相当ないらだちとストレスがあったでしょう。判断をまちがえれば、たくさんの命がうしなわれ、とりかえしのつかないことになる。アメリカのうごきを見ていたフセインの方は、事態がどんどんエスカレートし、よみがはずれて開戦にかたむいてゆくのに青くなるわけですね。副首相がバチカンに行き、ローマ教皇と会談して必死に戦争回避を国際社会に訴えるけど、事態をとめることができない。
業を煮やしたアメリカとイギリスは、大量破壊兵器を破棄すること、武器査察を無条件でうけ入れることなどがきめられた『国連決議687』にイラクが明確に違反しており、警告にもしたがわない、世界の安全をおびやかすというので、単独で開戦にふみきって中に入るのですが、肝心の大量破壊兵器は国連決議を守って廃棄されていたばかりか、アルカイダとフセイン政権とのつながりもなかった。そして、そもそも最大の開戦理由だった大量兵器が存在するという情報じたいが信憑性の薄いものだったことがあとからわかるのですが。……小説では劇中劇みたいなかたちで、20世紀前半を舞台にした、異様な力をもったおびたたしい数の白蟻の群れをコントロールする〝水晶の球〟を見つけるためにアフリカの奥地に探険する話が出てきますけれど、あの話の最後の一節みたいに、金庫をあけたら中は空っぽだった、みたいなことになってしまった。
おかげで開戦の前提条件は崩れるし、事態は泥沼化して内戦状態みたいになり、イラクでは市民であろうとアメリカ兵であろうと自爆テロに巻きこまれてばたばたと死んでゆく。また膨大な戦費――開戦から今まで54兆円ぐらいのお金がかかっているらしいのですが、アメリカの経済をおびやかして国力を衰退にもっていくどころか、まわりの国まで巻きこんで、さまざまな問題をひきおこしてゆくわけですね。 |
雀部 |
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アメリカという国がコントロール不能になっているか、もしくはあまりに一部の人間たち(巨大企業)のコントロール下に置かれているのか…… |