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大阪あそ歩

知る人ぞ知る、大阪SFの名作
『梅田地下オデッセイ』でめぐる
梅田地下ダンジョン探検。
~拡大する梅田地下街のナゾと昭和レトロ。
大阪の防災システムとコンピュータ監視
の未来を見る地底ラビリンスを歩く~

レポート[雀部]

 
堀晃先生と芝崎さん

 2024年2月23日、友人から紹介されて堀晃先生の『梅田地下オデッセイ』でめぐる梅田地下ダンジョン探検に参加してきました。
 左の写真はガイド役の堀晃先生と、芝崎美世子さん。芝崎さんは、『眉村卓の異世界物語 トリビュート作品集』の編集委員でもあられます。世の中広いようで狭い(笑)
 写真は大きい写真とリンクしてます。大阪近郊の人には不要でしょうが(汗;)
【コースの行程】集合場所 :阪急梅田駅茶屋町口改札口前
阪急梅田駅~阪急三番街~ホワイティ梅田~地下鉄梅田駅~駅前ビル~地下鉄西梅田駅~堂島(解散)

 

 
梅田地下ダンジョン探検  左の写真は、堀先生と参加者の方々。
 右は、阪急沿線おしらべ係 │ 阪急電鉄株式会社からお借りした「1969年オープン直後の三番街」の写真
 私は石坪さんに写真入りの行程図を作って頂いたにもかかわらず到着に時間がかかってしまい、石坪さんが迎えに来て下さり開始時刻ギリギリに合流という体たらく(陳謝;)
 梅地下恐るべし(汗;)
 1969年オープン直後の三番街



梅田地下ダンジョン探検   以下、当日渡された堀先生制作の「『梅田地下オデッセイ』あらすじ」に準拠して進めます。
 左は現在の地下街。①~⑦は地図上に記載の番号に対応してます(写真は時系列で並べてますが、必ずしも粗筋と一対一の対応をしているわけではありません(汗;))
 以下の地の文は、堀先生がまとめられた粗筋、()内は、私の呟きです。
 ガイド役の芝崎さんが「『梅田地下オデッセイ』は、チカコンが開閉を制御するシャッターで迷路が出来るという話でもあるので、今回のツアーは“シャッター”を愛でる旅でもあります」とおっしゃっていたのが印象的でした。
 梅田地下街1978年



大阪梅田駅茶屋町口改札口  (1)ホワイティ梅田(阪急百貨店南)
 ダメサラリーマンの「おれ」は、中小機械メーカーを辞め、百科事典のセールスマンとして梅田地下街に立つことになった。
 阪急デパート南側にいた時、急に周囲のシャッターが降りて、多くの人が地下街に閉じ込められる。地下街は「チカコン」というコンピュータで制御されている。故障したのか。シャッターが不規則に開閉し、そのたびに地下迷路が出来上がり、人たちはバラバラに分断されていく。


梅田地下街案内図
 シャッター(笑)  (2)HEP5の地下レストラン
 おれは知り合った医大助手の青年と、レストランで見つけたワインを飲んでいた。青年は、チカコンは故障ではなく、何かの目的で人を選別しているのではないかという。話の途中で、食糧を探しにきた暴漢たちに襲われ、おれたちは南北に分かれて逃げる。(←シャッター閉まってます)
(右は曾根崎署の真下あたり。「元板前」が包丁を持って襲ってきます。曾根崎署の拳銃を持った警官もグループにいたはず。)
曾根崎署の真下






阪急三番街入り口(閉まってます  (3)阪急三番街
 ホワイティ梅田を北へ、JRの北側、三番街まで逃げた洋品店で、おれは怯えていた女と知り合う。
(シャッター、最初は右側の幅1mくらいの細いのだけ開くんですね)
 
三番街へのシャッター開きました!



滝のあるまち  (4)三番街北端のレストラン
 おれと女は、三番街の北端、人工滝の奥にあるレストランで暮らすことになった。食糧は時々エレベーターで降ろされて「支給」される。少数の人たちが分散して生きていた。1年近く経って、女は子供を産み、息絶えた。その子は胎児がそのまま大きくなったような容貌だった。おれはその子をゴローと名づけた。ある日、おれは不思議な衝動にかられて、地下街の北端から南端を目指したくなり、ゴローを抱いて出発した。
 ←は阪急沿線おしらべ係 │ 阪急電鉄株式会社からお借りした「滝のあるまち」(地下街に滝があった時代の)写真。
ホワイティうめだ「泉の広場」



大阪駅サウスゲート  (5)地下鉄梅田駅・南改札口
 ゴローは不思議な能力を持っていた。普通には歩けぬ三番街の迷路を最短のコースで抜け、地下鉄梅田駅のホームを北から南へ抜け、改札を出たところでは、ロッカールームに作られた秘密通路を「発見」して、阪神百貨店の西側に出た。そこで医大の青年と再会する。


大丸梅田店へ



阪神大阪梅田駅~西梅田駅 (6)地下鉄西梅田
 おれたちは阪神の北側通路を西へ進み、地下鉄西梅田のあたりまで移動した。そこで地下通路を埋め尽くネズミの大群と遭遇する。ネズミはとつぜん向きを変え、桜橋方向に走り去った。





桜橋  (7)桜橋出口(駅前第1ビル西端)
 おれたちはそこで信じがたい光景を見た。
(北新地入り口から堂島方面へ。ガイド役の堀先生、芝崎さんありがとうございました。)



北新地



堂島歴史地図  執筆は1978年(46年前)。その後の大きな変化は、
1995年ディアモール大阪オープン
1997年ハービス大阪など(西梅田地下道延伸)
2001年ヨドバシカメラ(地下階と連結)
2013年グランフロント大阪(ルクア大阪/南館地下と連結)
2023年うめきた新駅(大阪駅地下ホーム)
その他、大きな改造などは、
・防災上、HEP5や第一生命ビルもディアモールなど「地上と直結」空間が設けられた。
・アリバイ横町(各都道府県の土産物店)、ぶらり横町などが姿を消した。
・うめきた地区とJR南側(JPタワー・ハービス等)とは、地下通路ではつながらないらしい。うめきたエリアは基本的に、地下ではなく空中通路で結ばれるようである。
・地下街は東西には広がったが、南北(三番街~ドーチカ)は昔のまま。
・(地下ではないが)地上、御堂筋北端の「換気塔」(アクトデザイン凛太郎のブログ)は村野藤吾の傑作。当時は周囲に何もなく、巨大な宇宙船が御堂筋に突き立った、そのノズルのように見えたものだった
『梅田地下街オデッセイ』 左『梅田地下オデッセイ』堀晃著、加藤直之カバー
1989.2.25、ハヤカワ文庫JA、460円(絶版)

右『大阪ラビリンス』有栖川有栖編、景山徹カバー
2014.9.1、新潮文庫、630円
「梅田地下オデッセイ」収録

 ガイド役の堀先生が「当時はもう世代型宇宙船が舞台のSFを書く時代ではなくなってきていたので、その代わりとして隔絶された地下街を舞台にした」と。
『大阪ラビリンス』

観光庁長官表彰受賞の「大阪あそ歩」は以下から:
https://www.osaka-asobo.jp/



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