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Bookreview


インタビューア:[雀部]

[久美] エレホンは逆NO WHEREですから、具体的な「どこ」ではないけれど汎「どこ」で、つまり「どこでも」ですよね。
わたし的なこじつけでは、エレホンのほうが実は「此の世」、「読者のあなたがいまおられるそこ」なんですよ。
「エレホニア人」というのは他でもないあなたでありわたしであり、わたしたちである。この地球の、過去から未来にかけてのふつーのひとびと。
ただし、たとえばフュンフの世界にかかわりあいを持つのは、(そのうち少数の?)お話しを大好きなひとたち、空想につかることのできるひとたちです。
フュンフのいる世界は、エレホニアのひとたちつまりわたしたちが「とあるお話の中」として知っているところ。まんまです。
エレホニア人が、魔法みたいな力をもっているのは、「お話しの中ではなんでもできる」からにほかならない。ただし、本気でお話の世界にとびこんでくるには、かなりの才能かまたは運かなんかが必要だ。特別のひとだけが、フュンフの世界に、あるいはどこにでも、実体をともなってでかけていったり、そこで生きたりできる。
山登りの時に、「レドラのお話が大好きだったから」竜たちをなんとか助けたいと思ったひとたちがいてウンヌンというのが出てきたでしょう。それが作用する。
たとえば、『エルマーと竜』を読んで、作者に「エルマーがまた竜とあえますように!」ってお手紙を書いた子がたくさんいると、次の巻で、エルマーはまた竜にあえるようになりました、みたいな、そういうこと。
いわば『ヴィーナス・シティ』のローテク版あるいは伝統バージョンだと思ってください。ただふつうの人間の脳みそ、空想力や、愛だけを利用していくことのできる「別世界」なのだと。
つまり、なんのことはない、ネタともいえないほどとても「オーソドックス」な設定なんですが。
どーせそうなんだから、もう、英語とドイツ語がまじっていたりするのも、ぜんぜん「あり」だろう、と。メートルのかわりが「メタ」でセンチメートルのかわりが「セン」でいいやんか、と。そーゆー態度でかいてしまったら、ああなってしまったのでした。
[雀部]  なるほど、良く分かりました。私は、『エレホン』(1872,サミュエル・バトラー著)だと、機械を滅ぼす革命があった後のことだからフュンフたちの世界像にも合致するなあとか想像してはいたのですが。
 もしくは、エレホンとかユートピアという単語は“何処でもない”とか“どこにも無い”という意味のもじりだから、そっちのほうかとも考えていました。あと、シオドア・コグスウェルの「壁の中」みたいに、ある特定の場所が、近代文明から隔離されていて、そこでだけ魔法が許されている地域があるのかとも。
 ちょっとSF者の想像に走りすぎていたようですね(爆)




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