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Author Interview

インタビュアー:[雀部]&[仮面次郎]

エヴリブレス
『エヴリブレス』
> 瀬名秀明著/山口昌弘装画
> ISBN 978-4-88745-195-7
> TOKYO FM出版
> 1600円
> 2008.3.25発行
粗筋:
 杏子八歳。二歳年上の洋平と、スケッチブックとラジオを持って大和郡山にハイキングに出かけ、そこで初めて見る《帚星》の姿に身を震わせた。
 証券会社に勤務する27歳の久保杏子は、証券会社で数理解析の専門家(クオンツ)として、新しいシステム構築に従事していた。かつて同じ会社に勤めていた社員の娘文音が、仮想社会―BREATH―で自由に遊ぶのを助けるために、《BREATH》に自分の分身をつくることになった。《BREATH》のなかの杏子は、野下洋平という男性と運命的な出会いをする。野下洋平は、現実世界の杏子が15歳のときにほのかな恋心を抱いた青年だった。お互いに思いを伝えることなく、そのまま離れ離れになってしまっていたが、彼への深い尊敬の念に包まれた特別な感情は、10年以上たった今でも常に杏子の心の奥に存在していた。《BREATH》の杏子は、現実の杏子とはまったく違う道を歩み、ラジオのパーソナリティとして活躍している。そして、その世界で野下洋平の分身に出会い、まるで現実の杏子の思いを投影するかのように、思いを深めていくのだった。そして物語は杏子の子供・孫の世代までと、思わぬ展開をみせていくのだが……
 TOKYO FMとコラボレートした長編小説

『ミトコンドリアのちから』
> 瀬名秀明・太田成男共著/タラジロウ装画
> ISBN 978-4-10-121435-1
> 新潮文庫
> 590円
> 2007.9.1発行
『ミトコンドリアと生きる』改題
メタボリック症候群にダイエット、老化や癌・認知症にも関わるミトコンドリアの真実に迫る入門書
ミトコンドリアの力

シンポジウム・ライヴ総合科学!?
『シンポジウム・ライヴ 総合科学!?』
> 阿部謹也・瀬名秀明・長谷川眞理子・佐藤正樹・加藤徹共著
> ISBN 978-4-621-07574-6
> 丸善
> 1900円
> 2005.3.25発行
広島大学総合科学部創立30周年記念シンポジウム「21世紀の文明と環境―『総合科学』の課題と可能性―」のテキスト化

『境界知のダイナミズム』
> 瀬名秀明・橋本敬・梅田聡共著
> ISBN 978-4-00-026344-3
> 岩波書店
> 2200円
> 2006.12.15発行
言葉で言い表せないような「違和感」。その感覚が全く新たな「知」を産み出す源泉となる。
境界知のダイナミズム

おとぎの国の科学
『おとぎの国の科学』
> 瀬名秀明著/鈴木秀ヲカバー写真
> ISBN 978-4-7949-6699-5
> 晶文社
> 1800円
> 2006.8.30発行
瀬名先生初のエッセイ集

『サイエンス・イマジネーション
―科学とSFの最前線、そして未来へ―』
> 小松左京監修・瀬名秀明編著/木本圭子装画
> ISBN 978-4-7571-6039-2
> NTT出版
> 2800円
> 2008.9.3発行
「第65回世界SF大会 Nippon2007」でのシンポジウムのテキスト化+新作短篇(山田正紀・堀晃・円城塔・飛浩隆・瀬名秀明・小松左京)
サイエンス・イマジネーション

雀部 >  今月の著者インタビューは、3月25日に『エヴリブレス』をTOKYOFM出版から出された瀬名秀明先生です。
 瀬名先生、よろしくお願いします。
瀬名 >  どうぞよろしくお願いします。このインタビューページはこれまでも読んでいたので、記念の100号に登場できるのはとても光栄です。
雀部 >  勿体ないお言葉ありがとうございます。
 瀬名先生のホームページ「瀬名秀明の博物館」を拝見すると、ご活躍が多岐にわたっていて、どこから手を付けて良いのか迷います(汗)
 2006年1月から、東北大学機械系特任教授に就任されてご活躍されていますが、一般的な教授職と違う難しさがあると思います。大学生の皆さんにどういうことを伝えていこうとお考えでしょうか(「東北大学工学部・工学研究科|瀬名秀明がゆく!東北大学工学部機械系)
瀬名 >  ぼくの仕事は、研究者や学生たちと話すことで、100年後の工学の未来を創り出すようなヴィジョンを大学と共に発信してゆくことです。壮大すぎてよくわからないですが、具体的には研究者らとディスカッションしながら大きな研究プロジェクトのアイデア出しに協力してゆくこと、作家の立場から工学教育に関わってゆくこと、これから大学や大学院へ進学してくる人たちに東北大学機械系の研究内容を伝えること、それになにより、ここでの体験を咀嚼して、次のおもしろい小説を書くことです。それがとりもなおさず、工学への夢を育んで、100年後の未来を創る人材の育成になるというわけです。2006年1月に出た大学側のプレスリリースには、こんな言葉が書かれていました。
 「本学工学部機械系では、100年先を見つめ、来世紀の機械工学を担う子供達が追いかけるための新たな「鉄腕アトム」を生み出すことに役立ちたいと願い、そのためには、小説などの創作を仕事とされる方の頭脳と先端的機械工学との融合の場を提供することが有効だと考えました」
 この文章は、なかなか感動的だといまでも思っています。
 ぼくは教授とはいえかなり自由な立場なので、研究室を主催して卒論や修論を指導しているわけではありません。そのかわり、単位にもならない自主ゼミをやっています。機械系の学生さんだけではなくて、薬学や生命科学系も含めて、みんなでひとつのものを取っかかりに未来を語り合うのが主旨です。『博士の愛した数式』を読んだり、みんなで『ガンダム』を観たり、野球観戦に行ったり、そういう刺激の中で、自分の研究分野にあわせて未来を語ってみる。
 分野によって考え方はずいぶん違いますし、そもそも未来を考えることはとても難しい。でもこのゼミを通していろんな分野の考え方や未来像が互いに見えてきて、それはきっと学生たちの将来にもよい効果をもたらすと思っています。未来を考えることは難しいけれど、エンターテインメントをきっかけに専門性を深めたり、拡げたりすることができる。そういった楽しみの中で未来をいっしょにつくっていきたい。これが大学の学生さんたちに伝えたいことですね。
雀部 >  それは、たいそう素敵な講義ですね。昔そういう講義があったら、絶対聴講させて頂いたのですが。
 それと、うちの三男が工学部の大学院生なのですが、レポートで生命科学関連の課題を出されて往生してるようです(笑) 生物関係は、全然今まで勉強してないので俺には分からんし、何の役に立つんだと。
 関係ない分野だからこそ、視野を広げるために、今勉強しておくと将来絶対に役に立つと力説はしてみたのですが、あまり実感がわかないようです。
 次男も工学部院卒なのですが、専門分野以外の科学知識が乏しいような感じを受けています。最近の学生さんは、そういう傾向が強いのでしょうか。
瀬名 >  ぼくが学生だったころに比べると、分野間の交流はとても増えているようで、むしろうらやましく思います。東北大学は男女共同参画のプロジェクトがうまく機能していて、特に女子の自然科学系の大学院生は、いろいろ自分でイベントを企画して、他の専門領域や一般の人たちと楽しく交流しているようですよ。
 大学院生の国際学会発表や短期留学制度も充実してきましたし、それに毎年のオープンキャンパスは、自分の研究内容を多くの人に直接伝えるチャンスで、ここで自分なりの伝え方を身につけてゆく学生さんも多いと思います。
 大学で学ぶということは専門分野を身につける、つまりひとつのコミュニティの住人として空気を読む処世術を体得してゆく過程でもあるのですが、やっぱりおもしろい研究はエッジで生まれるものですよね。エッジを目指して、ぜひ生命科学から新しいアイデアを見つけて下さい。それに、専門分野の目を持った後で、他分野の研究を見ると、いろいろ新しい発見があって、純粋におもしろいですよ。
雀部 >  ありがとうございます。そう申し伝えます。
 そういえば、"瀬名秀明がゆく!"のなかに、「シリーズ27:女子学生のつどい しなやかな視点・しなやかな知性 女子学生のつどいに参加しよう」というコーナーがありますが、そういうご経験が『エヴリブレス』の生き生きした主人公の描写に活かされているように感じました。
 この著者インタビューでも、女性の方をゲストインタビュアーとしてお願いすることもあるのですが、私と全然違った視点からの読み方、また女性もそういう風に読むんだという驚きを常に感じてます。
 瀬名先生も、しなやかな視点・しなやかな知性をお感じになることが多いのでしょうか。
瀬名 >  実は『エヴリヴレス』の主人公の生き方は、実際にぼくが知っている何人かの女性から影響を受けているんです。物理学の大学院生でちょうど証券会社に就職することが決まっていた子がいて、その子を通して金融工学の世界を教えてもらったりしました。気持ちよく背筋が伸びた学生さんでした。主人公が奈良の大和郡山で育ったという設定も、やはり詩人の上田假奈代さんといっしょに現地を歩いて回った体験から来ています。
 ご紹介いただいた「女子学生のつどい」では、女性には社会的にいろいろなストレスや障害があるけれど、それをしなやかに乗り越えてゆく視点や知性が大切だよということを、女性の教授や会社で子育てしながら研究を続けていらっしゃる女性の方々がご自身の体験談と共にお話されていたんですね。しなやかさというのはつまり一個人としての靱(つよ)さにつながるわけです。『エヴリヴレス』では「しなやか」というキーワードではないけれど、かわりに「呼吸」という身体の動きでそういったことを書きたかったんです、たぶん。
 『エヴリブレス』は担当編集者が40代の敏腕女性で、その方にずいぶん書き直しを命じられました。この話って100年も続くから、その間に社会の倫理も女性の立場もどんどん変わっていくんですよ。それでも主人公には、ひとりの女性として納得できる人生を歩ませたい。ところがぼくの考える女性の“呼吸”と、担当編集者が考える“呼吸”は違う。だから本当にゲラ校正の時間の許すぎりぎりまで、その編集者と主人公の感じ方や行動については喫茶店で話し合いましたね。こんなに編集者と議論してつくった小説は初めてです(笑)。
 えーと、しかし、いつものインタビューに比べて硬い質問が続いていませんか(汗)。緊張するので気楽にマンガの話でもさせて下さい(笑)。
雀部 >  了解しました(笑)
 それではですね、東北大学出版会創立10周年記念誌『宙』に、瀬名先生が書かれた「読書歴--読者から小説家へ」の中で藤子先生の大人向けSFマンガ「劇画・オバQ」を読んでショックを受けたとありましたが、他にマンガで影響を受けた作品はございますか。
瀬名 >  はい、藤子不二雄両先生はいちばん影響を受けたマンガ家ですが、マンガは好きで、よく読んでいました。
 藤子F先生が『T・Pぼん』を連載していたので、高校時代は「コミックトム」を愛読していました。マイナーな雑誌ですが、ちょうど高校から帰る途中の書店にいつも置いてあったんです。そこで連載されていたマンガには、いま考えるとけっこう影響を受けました。みなもと太郎さんの『風雲児たち』や星野之宣さんの『ヤマタイカ』は大好きでしたし、連作の『宮澤賢治・漫画館』にも惹かれました。
 ですが何といっても影響を受けたのは坂口尚さんですね。『石の花』『VERSION』を連載のリアルタイムで読めたのは幸せでした。『パラサイト・イヴ』はかなり『VERSION』を意識していたと思います。
雀部 >  坂口尚さんは急逝されましたねえ。わたしが『VERSION』を読んだのは、後になってからなんですが、同じ頃の『攻殻機動隊』との類似性を感じました。
 さて、インタビュアーとして瀬名先生のファンであり、さらに藤子不二雄先生の熱心なファンでもある仮面次郎さんをお迎えしました。仮面次郎さんは、瀬名先生の作品のどのようなところに魅力を感じられていらっしゃいますか?
仮面次郎 >  はじめまして、仮面次郎です。無性にドキドキしております(笑) 瀬名作品の魅力を簡潔に述べるのは難しいのですが、あえて言うと、瀬名作品がとりあげる題材とその題材に対するスタンスが、私の知的関心とうまく合致しているという点があげられます。私が漠然とであれ興味を抱いている分野を、瀬名先生は見事にすくい上げてくださる。その波長の合い方に魅惑されるんです。それは分子生物学だったり脳科学だったり、あるいは哲学やロボット工学、さらには藤子不二雄だったりします。
 作品で扱われる題材は徹底的に調べ上げられ、その成果が作中で念入りに表現されていて、そうした専門知識の徹底的な描写が私に独特のリアリティを与えてくれます。徹底した専門知識の連なりが、強度のある「世界」を構築していると感じるのです。「その世界がそこにある」というリアリティに依りかかりながら物語を読み進めていけます。
雀部 >  あ、そこらあたりは全く同感ですね。
 瀬名先生と、藤子不二雄先生に共通する面白さ(魅力)はどういったところにあるとお感じになりますか?
仮面次郎 >  やはり瀬名先生は、藤子マンガを熱心に読んで育った藤子チルドレンでいらっしゃるので、基本的にその作品には藤子スピリットが伏流していると感じます。知的関心をエンターテインメントとして料理していく腕前の誠実さといいますか、何かを知る喜び・物事を思考する醍醐味を物語の面白さとして表現するセンスといいますか、そういう知性と感性とエンターテインメント性のほどよい配分に通じ合うものを感じるのです。
 私は「藤子不二雄ファンはここにいる/koikesanの日記」というブログをやっていまして、藤子ファン目線から瀬名先生や瀬名作品について書かせていただいたこともあります。
 「驚き」を大切にしているという点も共通していますね。不思議なものに遭遇したときの素朴な驚きを常に忘れない姿勢といいましょうか。創作の動機に「驚き」が根ざしているのです。
 そこで思い出すのが、藤子F先生の「すこしふしぎ」という言葉です。瀬名先生は、藤子F先生が「SFとはすこしふしぎの略です」とおっしゃったことにとても共感し救われたそうですよね。「すこしふしぎな驚きをあなたに」というアンソロジーも編んでらっしゃいますし。「すこしふしぎ」という言葉に対する瀬名先生のお考えや感懐などを聞かせていただければ、と思います。
瀬名 >  はい、仮面次郎さん、どうぞよろしくお願いします。
 「すこしふしぎ」というのは、藤子F先生にとってSF業界へのエクスキューズでもあるし、一種の照れ隠しでもありますよね。でもぼくは本来サイエンスであるSに「すこし」というごく小さな想いをあてた藤子F先生の感性が大好きなんです。もちろんぼくたちは「すごくふしぎ」=アスタウンディングも大好きだけど、そもそもマンガや小説を読むことってちょっとした楽しみの行為じゃないか。宇宙人がやってきたり、地球最後の日がやってきたり、そんな大層な事件が起こっても、ぼくたちはその物語を寝転びながら楽しんで読める。「すこしふしぎ」ってそのくらいの図太さもあるんです。
 でもぼくたちがふだん心惹かれることって、大層なものよりもほんのささやかな変化だったり、おやっと気にとめるようなものだったりする。ちょっとしたふしぎに気づいて目を向けることが、科学の本質だったりする。「サイエンスフィクション」だとジャンルの名称だけれど、「すこしふしぎ」はぼくたちの心のあり方を端的に示しているわけです。それならジャンル論争も無関係。
仮面次郎 >  私も藤子F先生が「すこしふしぎ」という言葉を使いだした経緯を知っているので、ジャンル論争へのエクスキューズという出自を持ったこの言葉が、こんなにも親しまれ普遍性を得て、なおかつ含蓄のある概念として浸透していったことに驚きと敬意を抱いています。〝「すこしふしぎ」の図太さ〟という捉え方はとても興味深く、新たな見方を獲得できた気がします。
 次も藤子先生関連の話題になるのですが、私は藤子不二雄A先生のマンガの中で『魔太郎がくる!!』に最も偏執的な愛着を持っているんですよ。瀬名先生は以前、「魔太郎の映画化を希望する」と書いておられましたね。その魔太郎に対する思いを聞かせていただけると嬉しいです。魔太郎をはじめとした藤子A作品についてのお話でもありがたいです。
瀬名 >  仮面次郎さんのペンネームは、もちろん藤子A先生の『仮面太郎』からで……、と、ぼくが改めて解説する必要はないですね。
 ぼくの場合、最初に出会ったのは藤子F先生のほうでした。当時の小学館の学習雑誌に描いていたのは藤子F先生で、藤子Aはもうちょっと年上向けの、週刊マンガ雑誌に描いていた。週刊マンガ雑誌まで買うお金はなかったので、もっぱら藤子A先生は単行本で読んだクチです。それもコロタン文庫の『藤子不二雄まんが全百科』を何百回も読み直して、「こんなのがあるんだ」とひとつひとつ集めていった感じですね。ぼくの実家は狭いアパートで、自分の部屋もなかったし、生活はすべてオープンでしたから、『魔太郎』を集めるのにはけっこう勇気が要りました(笑)。
 『魔太郎』は藤子A先生のタッチがいきおいよく走っていて、ハチャメチャな迫力がありますよね。あの時代の雰囲気が本当にいい感じで、なんか『ALWAYS三丁目の夕日』をつくるみたいに『魔太郎』をやってみたらすごいものができるんじゃないかと思ったりもします。でも感動作にしてはダメですけど。
 もちろん『ブラック商会変奇郎』『少年時代』『黒ベエ』は好きですし、『まんが道』のなかに描かれたあの泰然とした時の流れには憧れに近いものもありますが、『タカモリが走る』とか『夢トンネル』みたいな、リアルタッチの作品も偏愛しています。『夢トンネル』は最初どこで知ったのかな、ちょっと忘れましたがとにかく藤子先生がサンケイ新聞で連載しているという噂を聞きつけて、当時は高校生でしたが自転車で市立図書館に行って、閲覧コーナーの新聞を必死でめくっていました。日だまりのなかで毎日1ページ分の『夢トンネル』を探し当ててゆくのは、本当になんだか夢の出来事のような感じでした。
 たしか藤子A先生はシュリーマンの伝記を描いてみたいと以前に仰っていたと記憶していますが、ぜひ読んでみたいですね。『八月の博物館』は藤子F先生テイストですが、シュリーマンへの興味は『T・Pぼん』だけでなく藤子A先生の血も入っているんです。
仮面次郎 >  私のペンネームの元ネタに瞬時に気づいてくださるなんて、コアな藤子ファンの方とお話させていただいてるんだなあという実感が幸福感をともなって胸に降りてきます。実は私も瀬名先生と同じ年の生まれ(学年は一つ下)なので、瀬名先生の藤子ファン歴と重なるところが多いんですよ。10代の、あの隠れた名作『夢トンネル』を読んだ体験まで共有できて嬉しいです。シュリーマンについて藤子A先生は、児童向け偉人伝で長く伝えられてきた美談とは違う、どうしようもなく人間臭い彼に強く興味を刺激されたようですね。
 私は瀬名先生のエッセイやインタビューなどをよく拝読するのですが、瀬名先生は、「難しさ」と「面白さ」の関係について幾度となく語っておられますね。難しいからという理由で敬遠されたりつまらないと思われたりすることが往々にしてあるけれど、難しいからこその面白さ、難しいことの中にある面白さ、というものがあって、そういう面白さをもっと多くの人にわかってもらいたい… そんな思いを瀬名先生は抱いているようにお見受けします。そのあたりのことについて聞かせてください。
瀬名 >  「難しいことをわかりやすく書く」という標語は誰でも知っています。実際にそう書いた方が読者も喜ぶし、売れるということはわかっているんです。その標語通りに実行するのが本当はとても大変だということも。多くの作家の方もインタビューでは「難しいことをわかりやすく」とおっしゃいます。でも、それをわかった上で、やっぱり難しいからこそおもしろいという感覚もあるということは、大切にしたいと思うんですよ。それを忘れてしまうと、小説という娯楽が痩せてしまうような気がしてならないから。
 「難しさ」というと、多くの編集者は専門用語のことだと勘違いするんです。ふだん知らない用語がたくさん出てくるから読者は難しく感じてしまうに違いないと。そうじゃないんです。ぼくだって歴史小説に出てくる銃器の用語なんてわかりません(笑)。でもその分野の人が日常的に使っている言葉なら、やっぱりその言葉で語らせたほうが自然になるし、ある程度の時間を共有できる長篇小説なら、結果的にそのほうが読者にも伝わるとぼくは信じています。
 「難しさ」というのはそこで書かれているテーマであり、視点なんだとぼくは思います。物理学を専攻して文学に転向したアメリカの作家リチャード・パワーズが、こんなことをいっています。
「優れた科学者は、専門分野を、深めるより拡張する。一般人は科学者に謎の回答を求めるが、彼こそが新たな謎を世に示す張本人」
 これは一部の小説についてもあてはまることだとぼくは思っているんです。すべての小説とはいいません。読んですっきりしたい、思いっきり泣きたい、という要求に応えるための小説もあります。でも読者に感動と謎を同時に届けるタイプの小説だってあるだろうと思うわけです。そういう小説は、難しい。でもやはりおもしろさを与えてくれます。
 それから、ぼくたちの認識や視点をゆさぶる小説も、やはり難しいはずです。自動的に読めないわけですから、ぼくたちは能動的に感情移入し、自分と物語との間合いをつねにはかりながら読み進めないといけない。でも、それもやはり物語を読むことのおもしろさであると、ぼくは思います。
 このふたつのタイプが難しいのは、ぼくたちの〝心〟がもともと難しいからです。でもせっかく人間に生まれてきたのだから、その難しさを楽しんでみるのも悪くない、と思います。
 そこをどこまで商業的なエンターテインメントにできるかが腕の見せどころなんですが、いまでもなかなか大変です(笑)。
仮面次郎 >  我々の〝心〟がそもそも難しいものだという問題意識から、たとえば『デカルトの密室』や『エヴリブレス』のような長編小説が誕生したのではないかと思うので、そのあたりのこともうかがいたいなと望みつつ、ちょっと話を飛躍させて、これまで瀬名先生の創作や発言にいろいろと触れてきて全体的に感じたことをお聞きします。おおざっぱな言い方ですが、瀬名先生は、人類の良心や科学の人類への貢献、知性を持ったロボットが誕生した場合の人類との共存共栄などを根底的なところで信じておられる人物、との印象を勝手に抱いています。そうした人類やロボットへの信頼みたいなものが生まれた根っこはどこにおありでしょうか。いや実は瀬名先生は人類や文明に対してペシミスティックであるということでしたら、それはそれでとても興味をそそられる話題です(笑)
瀬名 >  それはたぶん、ぼくが基礎系の生命科学から出発して、途中で臨床系の研究講座や看護学部に移って、そこで小説書きになったことと無関係ではないと思います。
 とくに現代においては、SF作家が倫理や良心を語るのは野暮なんですが、臨床の現場で日々働いている人たちに、タブーを超えたヴィジョンをいきなり語って通じるはずがない。
 科学はそれ自体がわくわくするものであるし、科学に道徳など本来無関係であるはずですが、科学はそれだけのものでもない、ということを、直接ではないにしろ先輩や同僚や学生たちから教えてもらったような気がしているんです。ひとりの人間の病状をずっとモニターして、その人を少し幸せにすることも先端の科学なんだという。いま「ネイチャー」とか「サイエンス」といった学術雑誌に載るような仕事ではないけれど、実はそこに今後の21世紀科学のエッジがあるんだという感覚です。そういった気持ちが、おっしゃるような印象につながっているのかもしれません。
 とはいえ、一方では坂口尚さんのマンガ『石の花』に登場する究極の悪役、ギュームにはとても惹かれるんです。いつかこいつに匹敵する悪役をつくるのが夢だったりします(笑)。
 
(次号に続く)


[瀬名秀明]
'68/1/17生まれ。東北大薬学部博士課程修了。'97~'00年、宮城大学看護学部講師
'95年『パラサイト・イヴ』で第二回日本ホラー大賞受賞。'98年『BRAIN VALLEY』で第19回日本SF大賞受賞。
小説の他、科学解説書、エッセイなど多数。
[仮面次郎]
デビュー作『パラサイト・イヴ』から瀬名作品を追いかけています。瀬名先生とは同じ年の生まれ(学年は一つ下)ですし、同じ藤子不二雄ファンということもあって、作品以外の部分でも親しみをおぼえています。いつか瀬名先生と藤子談義を交わしてみたいと夢見ていたのですが、その夢がこのインタビューで思いがけず実現して、たいへん幸せな気分です。はてなダイアリーで「藤子不二雄ファンはここにいる/koikesanの日記」というブログを執筆しています。つい先日、トータルアクセス数が100万ヒットを超えました。仮面次郎とは、mixiで使っているハンドルネームです。
「藤子不二雄ファンはここにいる/koikesanの日記」
[雀部]
瀬名先生と同じ東北大卒。共通点はそこだけですが(笑)
瀬名先生の小説は、医学ネタと科学技術ネタがほどよくバランスしていて心地よいです。



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