(前号の続き) |
雀部 |  | 後半からは、『魚舟・獣舟』インタビューの時にも協力して頂いた栄村さんにもご参加頂きました。栄村さんよろしくお願いします。 |
栄村 |  | どうもまた呼んでいただきましてありがとうございます(笑)。上田さん、日本SF大賞受賞おめでとうございます。貴志祐介さんの評によると、お書きになられた「華竜の宮」が、他の候補作品より「一歩抜け出ていて、"貫録勝ち"」ということで……(笑)。これを機会に海外でも上田さんの作品が読まれると良いですね。どうぞよろしくお願いいたします。 |
上田 |  | ありがとうございます。今回も、よろしくお願いします。 英訳本としては、『ゼウスの檻』がすでにHAIKASORUから発売中で、黒田藩プレスからは「魚舟・獣舟」が英訳されてアンソロジーに収録される予定です。ありがたい時代になったなと感じています。 |
栄村 |  | 前回のお二人の話の「全地球史」のくだりですが、もし、昨年亡くなられた小松左京先生がいらしたら、「なぜ人類という他の生物とは違う、こころの中にはかりしれない異様なものを秘めた存在が地球上に生まれてきたんだろう? 人類が生まれる必然性はあったのだろうか? きみたちどう思う?」と、まわりの人たちに問いかけられ、う~ん、と唸りながら、しばし沈思熟考するだろうな、と思いながら読んでました(笑)。 |
上田 |  | 私はこのあたり、ちょっと考えていることがあって――つまり、他の生物の心は、いまの技術では人間に理解できませんよね。生物を外側から観察して、「こう考えているのではないか?」と推察しているだけで、客観的に正しいと言い切れる手段を持っていない。 もしかしたら、他の生物も人間と同じように「異様なものを秘めて」いて、宇宙全体から見たら、そもそも地球上のすべての生物が異様な存在かもしれない、と思ったりするんですよ。 |
雀部 |  | 半村良先生の『妖星伝』がそうですね。←“宇宙から見ると地球上のすべての生物が異様な存在である” |
栄村 |  |
『ブラック・アゲート』は冒頭、高齢者だけの過疎化した村で、独居老人の孤独死をさけるために見廻っているボランティアが――それも同じ高齢のお年寄りなんですが――独居老人の遺体を食い破って出てきたアゲート蜂に襲われるシーンからはじまります。背景を説明している部分を読んで思ったのですが、少子高齢化と産業の空洞化のおかげで、個人の家庭は「本土では観光にお金をさくほどの余裕のある家庭はもう少ないし……」というセリフが出てくるくらい貧困化が進み、国も財政問題が逼迫し、力を失っている。これからかなりの確率でおこりえる未来――ふつうじゃない、恐慌下の未来です。そこでもしパンデミックに日本が襲われたら、という設定ですね……。 |
上田 |  | パンデミックの発生に社会構造そのものが関係しているのは昔からだと思います。ただ、フィクションの中では、案外そこが中心になっていない気がしたんですね。自然破壊や医学の問題として取り上げたり、発生してからの公共機関の対応が中心になったり……という展開は多いのですが。 |
栄村 |  | 「人類はアゲート蜂のせいではなく、社会機構の欠陥によって自滅するのではないか……」という一節が終わりの方で出てきますね。パンデミックを描く切り口はいろいろありますけど、描いていくうちにその時代や、その社会特有のものが浮かびあがってくる。『ブラック・アゲート』の場合は、発生の仕方というか……。最初に蜂の犠牲になるのは、社会機構の欠陥によって大量に生み出された都会の貧困層や路上生活者たち、ひとり暮らしのお年寄りたちですね。これはあとで少し触れたいと思うのですが、時代や、人々をとりまくテクノロジーの環境、さらに国民性によって、次のステージで起こるパニックの〝かたち〟というか、人々の行動や反応も異なってくる。 |
上田 |  | ある程度の大きさをもった動物を絶滅させる場合と違って、病気の原因になるミクロな生物を絶滅させるのは難しい。もともと医学は、治せる病気のほうが少なくて治せない病気のほうが圧倒的に多い。こういう状況では、社会機構が人間の生死にダイレクトに影響します。アゲート蜂を全滅させたら済むという話じゃない。蜂の部分が別のものに入れ替わっても、結局、また同じことが起きる。 |
栄村 |  |
市民は、もはや弱体化した国や役所の力を期待できない。役所は財政難から人員が削減されているため、病原体の深刻さを理解していても、のこされた職員だけではとても対処できない。有効な手が打てず、さばききれないままどんどん事態だけが進行してゆき、ついには流通をはじめ、社会を支えるインフラまでも影響を及ぼす深刻な事態になってしまう。
瀬戸内海にある小島――鰆見島(さわらみじま)に住む、主人公の高寺暁生(たかてらあきお)の小学生の娘もアゲート蜂に刺され、卵を産み付けられてしまう。おりしも、関東を中心として大量の患者が発生し、治療に使う医薬品が島に入ってこない。幼虫は3日で卵から孵化し、筋肉の間を蠢きながら宿主の体液を吸い、やがて人体を食い破って羽化してゆく。この期間は、わずか約一か月。その間、寄生された人間は、幼虫の分泌する物質が脳にまわってさまざまな症状に見舞われ、最後には重い脳障害をおこし死に至ります。しかも薬による治癒率は低く、手術による幼虫の摘出が可能なのは、寄生されて間もないわずかな期間のみ。 高寺は、治療が可能なうちに娘を鰆見島から本土の病院に移そうとしますけど、すでに島には国から封鎖命令が下され、本土に渡ることができない。そこで、民間のボランティア団体の助けを借りて、娘と一緒に島から出ようとするのですが……。 物語の中で、高寺がおなじ地域に住む人にたすけられ、幾度となく感謝する場面が出てきます。国がもはや破綻寸前で行政の力も衰えているとき、住民たちは結局、ネットを使って情報を共有し、相互扶助、ボランティア、助け合いというかたちで危機に立ち向かうしかないわけですね……。 |
上田 |  | 横のつながりで出来ることには限界がありますが、何もしないよりはずっといい。この種の問題を政策として取り上げてもらう道はとても険しい(無い覚悟もしておかねばならない)ので、これからは、政府に一切頼らないという選択肢も有り得るんでしょうね。過去のSF作品が頻繁に描いてきた〈政府に頼らないコミュニティの姿〉が、そろそろ実現しかけているのかもしれません。 |
栄村 |  | 財政破綻で国家が倒産状態になり、社会保障が大幅に削られたり、年金が支払われなくなったり、生活保護が打ち切られたりとかいう問題が現実味を帯びているとき、〈政府に頼らないコミュニティの姿〉は、考えさせられますね……。 物語では、現在の状況下、ひとたびパンデミックが起これば、われわれの生活の経済面のみではとどまらず、健康保険制度の崩壊まで引きおこしかねないという危険性についてもふれておられました。 アゲート蜂が引きおこすパンデミックの拡大を阻止するため、政府は検査や対症療法を健康保険適用にするのですが、後期高齢者医療制度の負担もあり、経常赤字が解消されず4兆円を超える積立金も残高が無くなっていくというきびしい状態の中での選択は、健康保険制度を破綻させかねない。そこで、被保険者の自己負担率を4割、5割と上げる必要性にせまられます。
しかし、これがまた高額の保険料を払っても自己負担率が高いなら、保険に加入しても意味がないので、健康保険には加入しないという選択をする人を大幅に増やすことになる。さっき仰有った「政府に一切頼らないという選択肢」を選択した人々ですね。結局、健康保険制度は崩壊しかねない状態へどんどん追いつめられてゆきます。
一方、この事態は主人公の高寺が勤める病院をはじめ、医療機関の経営にも深刻な影響を及ぼします。病院が健保に提出して公的機関から支払われるお金も一時ストップがどんどん増えてくる。これはダイレクトにお金がないというかたちではなく、医療機関が健保に提出する診療報酬明細書に不備があるとし、差し戻すというかたちですが……。このあたり、一般のわたしたちには見えにくい病院収入の仕組みについても書いておられますね。 |
上田 |  | 診療報酬明細書の差し戻しで病院への支払いをブロックするという方法は、業界内にいて、カルテとレセプトを突き合わせる仕事をしたことがないと、たぶん想像すらできないだろうと思います。もともと不備の基準には曖昧なところがあるので、政府が強制的に止めてしまうことは充分に可能だと思うんですね。実際に行われるかどうかは別として、手段として有り得る。 |
雀部 |  | それは嫌ですねぇ。←大量のレセプト返戻(汗;) 医療機関にとっては『ブラック・アゲート』と同じく悪夢です(笑) |
栄村 |  | ブタとコウモリのウイルスが混ざった新種の病原体が世界的パンデミックを引きおこす『コンテイジョン』(Contagion)という映画がありますが、この映画では感染症をいやがるために労働組合がストライキを起こします。それが原因で患者に医薬品が送れないばかりか、略奪まで起こり混乱で有効な阻止手段が執れなくなります。そしてそれが原因で中国に派遣されたWHOの職員は母国に帰れなくなったばかりか、有効な治療も受けられずに病死し、その他大勢の人と一緒に土中に葬られてゆきます。 一方、『ブラック・アゲート』では、混乱の中でも労働組合は大規模なストライキも起こさず、ちゃんと島に食糧や生活必需品は届いてくる。こういう信頼性のあるところは、日本の特性で希望の持てる点だと思うのですが……。 |
上田 |  | それは、社会システムがどれぐらいまで破壊されているかによりますね。鰆見島は、ある程度までは自給自足できる環境がありますし、生活用品が入ってくるのも、これは本土側の経済的な思惑があるからです。確実に代金を回収できる土地へ商品を送るのは、企業にとって、とても安心できることです。荒れた地域へ送ると盗難されたらパーですから。それに加えて、「離島だからといって安易に切り捨てないぞ」と心に決めている気概のある事業主が本土側にいれば、ある程度は商品の行き来が確保されるでしょう。 ただ、これは、あと一歩背を押されたら崩壊するシステムです。『ブラック・アゲート』はその完全崩壊よりも前の話なので、手に負えない崩壊が始まったら、たぶん日本も海外と似たようなものだろうと個人的には思っています。 |
栄村 |  | 島を閉鎖したAWS対策班から家族が逃げようとする部分は、かなり読ませます(笑)。高寺の小学生の娘が助かるのかどうかが気になって、順番に読んでられないほどで……(笑)。真ん中をはしょって、終わりのあたりを先に読み、また戻って続きを読むというありさまでした(笑)。 |
上田 |  | ありがとうございます。作品を分析するには、そのほうが構造がわかりやすいそうですね。推理小説を読むときに、オチを先に確認してから冒頭へ戻るという読み方があると聞いたことがあります。私は、まだやったことはないのですが。 |
栄村 |  | 人間を宿主に選んだアゲート蜂ですが、寄生に哺乳類を選んだジガバチの新種という設定ですね。体内に産みつけられた卵が成虫になるまでわずかひと月の期間しかありませんけど、筋肉の中にいる幼虫を、ピンポイントで放射線をあてて焼き殺したり、弱らせたりすることができないだろうかと考えたのですが……。昆虫は哺乳類よりも放射線耐性が高いし、かりに殺せても、体内の残った死骸がアナフィラキシーを誘発し患者がショック死する可能性があるわけで、これは無理か……。 |
上田 |  | 編集さんや校閲さんに原稿を読んでもらったときも、皆さんなぜか蜂退治の方法を気になさるんですよ。あれはできませんか、こうやったら殺せませんか、と(笑) 私は作者ですから、人間とアゲート蜂のどちらが大事かと言われたら、やっぱりアゲート蜂のほうに味方してしまうんですね。だから退治方法はないということにしてしまった。たぶん読者は誰もこの蜂の味方になってくれないでしょうから、そうすると作者が応援するしかない(笑) |
栄村 |  | そりゃ、あれだけ強いインパクトがあると……(笑)。あんな気持ちのわるい幼虫が何匹も自分のなかにいて、もぞもぞ食われているかと想像するだけで、カラダがかゆくなり、ジンマシンが出そうになります(笑)。みんな、退治方法を考えますよ(笑)。 |
上田 |  | でも、お話の中だけのことですし、現実にはいない蜂ですし(笑) |
栄村 |  | 昆虫や菌類の「寄生」についてネットでいろいろ調べたのですが、「寄生」――パラサイトは、じつにグロテスクで気味の悪いものです。 ジガバチの場合、毒針を使って、クモやアオムシなどの獲物に体を麻痺させる毒を注入し、生かしたまま巣穴に運んで体の表面に卵を産みつける。孵った幼虫は獲物の生命維持に影響をおよぼさない部分から、徐々に食べてゆく。獲物を食べつくして、ある程度の大きさになると、繭を作ってさなぎになり、10日ほどで羽化する。寄生には、卵を獲物の体の外に産みつける外部寄生や体内に産みつける内部寄生、そして卵に寄生するものがあるのですが、ジガバチは卵を体の外に産みつける方で、しかも宿主に選ぶのはおなじ昆虫類だけです。 |
上田 |  | 私はアゲハの幼虫が好きで、夏になったら何匹も育てて蝶にするんですが、この幼虫に寄生する蜂がいます。寄生蜂の幼虫は、アゲハの幼虫が終齢になるまで体の中で待機していて、でも、その間にはアゲハの害になることは何もしない。アゲハが蛹になったとき、中で一気に成長して、蛹を食い破って外へ出てきます。もちろん、このときアゲハは既に死んでいます。 蝶が出てくると思っていたのに蜂が出てきた――というのはかなりショッキングで、子供が学校の宿題でアゲハの観察日記をつけていたりすると、もう大変です。こういうとき、生き物や自然界の残酷さを、親がうまく説明できるとよいのですが。 |
栄村 |  | 寄生バチについて調べているとき、南米コスタリカの森でクモに外部寄生したハチの幼虫の映像を見つけたのですが、とても気味が悪くて最後まで見てられない。幼虫はクモの胴体部分にはりついたまま、消化液を注入し、体内組織をどろどろにして吸いとってゆく。一方のクモは寄生されたことにまったく気づかず、それまでと同じように糸を出して蜘蛛の巣をつくっているんですが、幼虫が大きくなってゆくにつれ、次第に動きが鈍くなってゆく。 やがて、幼虫の出すホルモンがクモの脳に影響しはじめ、巣を作ろうとしても、正常なかたちの巣が作れなくなる。そして、体液を一滴残さず吸いとられ、ひからびて死んでしまう。ハチの幼虫は死骸を地面に落とし、今度はクモの巣を使って繭を作り、羽化の前のサナギの段階に入ってゆきます。真っ白な芋虫みたいな幼虫がクモの袋状の腹部に貼りついて蠢いているのを見ていると、背中の真ん中あたりがなんだか、ぞわぞわとそそけ立ってくる(笑) |
上田 |  | 蜂というと、一般にはミツバチのイメージが強いと思いますが、実際には、いろんな手段で、いろんなものを食べる蜂がいる。ものすごい多様性ですよ。こういう部分の記録は本当に面白い。 |
栄村 |  | ハチは寄生をおなじ昆虫類に限定していますけど、ただこれがハエ、それも寄生バエとなるとミミズやカタツムリ、ナメクジはもとより、人間や家畜の傷口にまで幼虫が集団で食い込んでくる。なかには牛バエ幼虫症をひきおこすウシバエやキスジウシバエみたいに、家畜伝染病予防法で届出伝染病に指定されているのもある……。 さらに、まだ凄いのがいて、寄主の脳を操ってある特定の場所に連れていっているとしか見えないのもいる。これは南米にいるタイコバエといわれるハエですが……。アカカミアリという毒針を持つ凶暴なアリを捕まえると、その体内に卵を産みつける。孵化した幼虫――いわゆる蛆(うじ)ですが、アリの頭の部分に移動し、何週間も脳髄を食べながら成長します。この幼虫は乾燥に弱くて、他の熱帯性の攻撃的なアリが近くにいる場合は、まるで寄主のアリをあやつっているみたいに、巣からはなれて湿り気のある葉の茂った場所へと連れて行く。そして、脳髄を啜られ、中ががらんどうになったアリの頭部は胴体から落ち、やがて、それを食い破って、成虫となったタイコバエが現れる……。 寄主の脳をあやつるのは昆虫だけではなく、菌類にもいます。去年発表されたのですが、ブラジルの熱帯雨林で発見された昆虫寄生菌(学名:Ophiocordyceps camponoti-balzani)は、これはお書きになった「くさびらの道」ではありませんけど、アリの脳を乗っ取り、菌類を成長させたのち、その胞子を拡散させるのに理想的な場所まで誘導して殺します。昆虫にせよ菌類にせよ、相手の脳にもぐりこんでコントロールするという、そこまで複雑なことが――ハエの幼虫の場合、操るために体からいろんな化学物質を出しているんでしょうけど――なぜできるのか。また、なぜ、その物質が相手に有効だと気づいたのか。これはまだわからないんですね……。 |
上田 |  | 京都大学が、少し前に、ハリガネムシが昆虫の行動を操っているらしいという研究成果を発表しました。川魚の餌が水棲昆虫だけじゃなくて陸棲昆虫にも及んでいることに着目して、陸棲昆虫に寄生したハリガネムシが、宿主を操って河へ飛び込ませているのではないかという説を発表したんです。こちらにデータがあります。寄生虫がカマドウマやキリギリスを入水自殺させるとは、何とも恐ろしい話ですね。これも、どういう方法で細かくコントロールしているのか、とても不思議です。 |
栄村 |  | ハリガネムシのライフサイクルは、水中に産卵された卵が孵ると、幼虫はまず水中の水生昆虫に寄生し、その虫がカマキリなどに捕食されると、今度はそこに寄生して成虫になる。そして、宿主を操って池や沼や川へ向かわせるんですね。もっとも、水のあるところに行けずにそのまま乾燥してしまうケースもあります。そうなると乾燥して固くなるんですが、水を浴びるとまた元に戻るそうです。なんだかカップ麺みたいですな(笑)。 水辺の水面にいるカマキリのお尻から、その体とおなじ長さの黒い糸のようなハリガネムシが二匹、這いだしてくる動画がありました。あれだけの大きさのものが体内に寄生し、しかもカマキリを操っているとは……。ハリガネムシがお尻から抜けたカマキリは、そのあと、力なく去っていきました……。 同じようなライフ・サイクルをとる生物にはロイコクロリディウム(学名:Leucochloridium)という寄生虫がいます。これがカタツムリに寄生すると、頭部の先から出ている二本のほそい触角の方に移動し、触角をまるで太い胴体をもつ二匹のイモムシとかわらない姿に擬態させる。だまされた鳥がこのカタツムリを食べると、鳥の体内で卵を産み、排泄物と一緒に卵が排泄される。しかし、その排泄物をべつのカタツムリが食べて再びその体内に寄生するという……。あまりにもグロテスクなので画像は紹介しませんけど……。
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上田 |  | あの縞々模様がものすごく気持ち悪くてね(笑) 実は、90年代に公開された某ホラー映画(邦画)の冒頭がこの寄生虫の話で始まるので、ご存知の方も、わりとおられるような気がします。 |
栄村 |  | ハチがどのようにして寄生蜂に進化していったのか? また生物は何がきっかけで生存戦略として寄生という手段をとりはじめたのか? 寄生蜂が最初に卵を寄主の体内におくりこんで内部寄生をはじめたのは、体内の免疫反応が比較的自分たちと似ている、おなじ近縁種からではないかといわれています。というのも、体の中に卵のような大きなものが入ってくると、抗体が作られ病原体を殺す免疫系が動き出す。卵が生きのこるには、この反応を起こさせないか、おさえこむ仕掛が必要で、それから考えるとまず比較的自分たちの体のつくりに非常に近い近縁種か同種から、寄生がはじまりだしたのではないかと……。 『ブラック・アゲート』では、パンデミックで社会が崩壊している異様な状況下で、人間の生存本能がむきだしになり、自警団がリンチで末期患者を殺したり、凶暴化した患者を射殺する権利が警察にあたえられたり、矛先が昆虫ではなく同類に向けられる場面が出てきますけど、昆虫の約4億年といわれる進化の長い歴史の中には、――その間、全生物種の70~90%が死滅する大量絶滅を何回か経験していますが――繁殖のために自分たちの近縁種や同種にも寄生する異様な場面が、あったかもしれません……。 上田さんは、このインタビューのはじめに、「もしかしたら、他の生物も人間と同じように「異様なものを秘めて」いて、宇宙全体から見たら、そもそも地球上のすべての生物が異様な存在かもしれない」と、仰有っていましたが、心の中にある「異様なもの」の背後には、原始的な生存本能が存在しているように思います。これは地球であろうと、別の星であろうと、生命全般に共通していることなのかもしれませんけど……。 |
上田 |  | 生物の暴力性と、生物の多様性がバランスをとっているのが不思議なんですよね。生物の本能としての暴力に対する防衛手段として、多様性という戦略が発展してきたのかなという気もします。 |
雀部 |  | さて、雑誌『読楽』5月号掲載の「氷波」なんですが、『ブラック・アゲート』と同じく“日本SF大賞受賞第一作”と書いてありますね。たぶん執筆時期のことなんでしょうけど、ここは“日本SF大賞受賞後短編第一作”の意味でOKですね(笑) これは、「魚舟・獣舟」と『華竜の宮』を合わせた《OCシリーズ》に属する短編と考えていいんですよね。で、人工知性体が出てきますけどまだ発展途上のようなので、設定的には『華竜の宮』より少し前の時代だと思って良いですか。 |
上田 |  | いえ、こちらは《OCシリーズ》とは全然関係ないんですよ。独立した作品です。 |
雀部 |  | ありゃま(汗;;) 微生物による人間の身体変容も語られていたので、てっきり《OCシリーズ》かと。 それにしても、総合芸術によるC環サーフィンの記録は魅力的ですね。 宇宙サーファーというと、久美沙織さんが『星のキスメット』('86)で、宇宙船の廃棄エネルギー流に乗って遊ぶサーファーというお茶目な主人公を書いてるんですが(笑) 総合芸術家が宇宙探査(開発)に関わる話というのは、とても興味深いのですが、続編を書かれる予定はないのでしょうか。 |
上田 |  | 仕事としての依頼は受けていませんが、シリーズにできそうだなという感触はあります。執筆中に堀晃さんの《遺跡調査員シリーズ》のことがちらっと頭をよぎって、あんな感じで、人間の代わりに人工知性が宇宙のあちこちを探査していく話があったら面白いよねと思っていたら、雑誌に載った直後、山岸真さんからそのことに言及があって。びっくりしました。SFの人は、作家じゃなくても、やっぱり考えることが同じなんですね。 |
雀部 |  | まあ根っ子の部分が同じなのかも(笑) 『リリエンタールの末裔』('11/12)所載の表題作は、《OCシリーズ》とお聞きしました。これは《OCシリーズ》を構成する短編であると同時に、SFの文脈で書かれた少年の成長記としても読めます。傑作です! 翼というと、私らの年代では赤い鳥の「翼をください」をすぐ思い出すのですが、人間ってなんでこんなに空に対する渇望があるんでしょうね。 |
上田 |  | 飛ぶと落ちるし、落ちたら死ぬんですけどね。 たぶん、これが冒険心というものなんでしょうね。人間には危険を楽しむ性質があって、危険だとわかっているところへ、わざわざ出て行ったりする。 ですから、飛ぶという行動と、最後に街へ戻っていくチャムの行動は同質のものなんです。飛ぶことを経由して、そのふたつが彼の中でぴったりと一致する。だから、あの物語はあそこで終わりなんです。あの作品の中では、あれ以上のことを書く必要はまったくない。別の物語になりますので。 その〈別の物語〉の部分は『深紅の碑文』に入ります。もともと、『華竜の宮』のラストから逆算して作ったのが「リリエンタールの末裔」なので(だから宇宙船の建造に言及する部分がある)『深紅の碑文』では、いよいよその核心部分へ入っていきます。 |
栄村 |  | この小説を読んだとき「天使」と少年チャムのイメージが重なりまして……。 睡蓮の花をモデルに建造された海上都市ノトゥン・フルの上空をチャムが飛翔する場面は、この話の中で最も美しく象徴的な場面です。睡蓮の花言葉は「清純な心」や「甘美」「優しさ」「信頼」「純情」「信仰」「純粋」「潔白」ですが、あの瞬間の彼の心そのものですね。『深紅の碑文』には、チャムやバタシュがたどるその後の運命も出てくるのですか? |
上田 |  | チャムは出てきますが、物語の時代では、すでに老人になっています。バタシュは少し年上ですから、もう死んでいますね。老年期に入ったチャムが、ある登場人物に対して教師的な役割で登場します。この人物は『深紅の碑文』の中で重要な立ち位置にあって、航空技術と工学SFとしての側面を担うキャラクターです。チャムとの出会いが、その人物の人生に影響していくことになるんですが……これ以上の話は、まだ秘密です。 |
雀部 |  | 苦難を超えて一人前になるというか、あれがチャムの『成長の儀式』だと感じました。 『深紅の碑文』も、ハヤカワSFシリーズ Jコレクションから出るそうで、楽しみにしていますよ。個人的には、戦争の時代に登場したらしい人間型殺戮機械に興味があります。もし、殺戮機械が理性を持ったらどうなるかなどと妄想する日々(笑) |
栄村 |  | 殺戮知性体は、人の死体を動力にして動くというところが、何ともおぞましい。機械と生物が融合したハイブリッドみたいな存在ではないかと想像するのですが、それが人間型となると、こりゃ、ホラー映画ですね(笑) |
雀部 |  | 「マグネフィオ」に描かれているアイデアは、<感覚のコピー>の可能性と同時に新たな芸術の創造でもあると思うのですが、「氷波」の総合芸術と親和性があるように感じました。巻末の解説にある磁性流体アートのHPを見てみましたが、面白いですね。これに音楽をつけて、さらに触覚や嗅覚も動員してやると総合芸術に近付けるかな。 |
上田 |  | 「マグネフィオ」を書いたときに、芸術とテクノロジーというのは、実はものすごく相性がいいと "気づいた"――というか、"思い出した" んですね。SFというのは、ずっと、そういうことをやってきたジャンルだと思います。磁性流体の動画はこちらにありますが、黒一色でも、うっとりするぐらい綺麗ですね。 |
雀部 |  | あれは凄いですね。実物は立体だからさらに綺麗なんでしょうけど。 SF系で芸術というと、まずバラードの一連の短編を思い起こすのですが、上田さんのこの短編も、磁性流体という新しい分野と三人の切ない関係が有機的に結びついていて、心にしみました。 対象物に対する五感総てが保存され再生可能であるとしたら、それが人間である場合、半分くらいは生きていると同義なのでしょうか。 |
上田 |  | 以前、講演会で、ある作家さんのとても面白い体験談を聞きました。若い頃にとてもお世話になった先輩作家さんが亡くなったときの話なんですが、その作家さんは先輩作家さんとは、とても近いところで交流があった方で、他の方と比べると桁違いにたくさんの思い出がある。先輩作家さんから言われたことを、いまでも全部覚えている。だから、「亡くなったと聞いてもあまり亡くなった気がしなかった。だって、いまでも僕、頭の中でその方と会話できるんですよ。××さん、僕が何か訊ねたら、ちゃんと答えてくれるんですよ……」と仰っていて、これが〈人間の本質〉なんじゃないかな、と私は思うのです。特定の新技術だけが人間存在の有無を決めるんじゃなくて、必ず、相対する者の感情移入がその価値を決定する。 記録媒体の中に人間の〈存在〉が保存されるようになったとしても、それを〈人間〉と規定するのは、それと向かい合う者の感情移入の程度によるのではないでしょうか。 |
雀部 |  | 向かい合う者にとっては〈人間〉と認識されても、保存された〈存在〉に意識はないですからね。もし意識が生じたらどうなるんでしょう。『ソラリス』みたいに自殺してしまうのかも。 「ナイト・ブルーの記録」は、海洋無人探査機にまつわる身体感覚の変容を描いた短編ですが、これも「マグネフィオ」、さらには「氷波」にも繋がりますね。 上田さんの作風は、人体変容を扱いながら人間の本質に迫ることが特徴の一つと感じているのですが、これはSFとの最初の出会いの時期にサイバーパンクの洗礼を受けたことが関係しているのでしようか。 |
栄村 |  | そういえば、テクノロジーを取り入れて人間の感覚領域の拡大や意識の変容を描いているのが、今回の短編集のどの作品にも共通している要素ですね。 |
上田 |  | そのあたりの自覚はまったくなくて、去年「SFセミナー」で小谷真理さんからサイボーグ・フェミニズムやポスト・フェミニズムの話をうかがって、「ああ、そうなのかな?」と、やっと気づいたぐらいです。 生物って、もともと変形しやすいものでしょう。そこへ機械に対するフェティシズムが接近すると、こういう作品になるんじゃないでしょうか。 |
雀部 |  | それは面白い感覚ですね。SFファンでもなかなか。人類が文明を持ち始めてからこっち、精神的にも肉体的にも全く変容してませんからね(笑) まあ、だからこそ、上田さんが描く人類の変容を扱った作品群が魅力的だとも言えますが。 「ナイト・ブルーの記録」のラストで、“人間の心の機微と、人間という生物の不可思議さと、科学技術が生み出す新しい価値観の話を、"暗さを厭わず"書き記さねばならない。”とあって、これはまさに上田さんがSFという媒体を通してやろうとしていることなのではないかと思い当たりました。その作品を読む読者諸氏も同時に、〈上田早夕里の物語〉を再体験することになるのだろうと。 |
上田 |  | 物語というものは本来とても暗いものだと思うのです。なぜかというと、それは常に現実や表の世界を裏切って書かれるものだから。目に見えるものや正義然としたものや "世の常識" に対して、ちょっかいを出したり、おちょくったり、堂々と反旗を翻してみせる。「こんなこと現実にあるわけないよなあ」と明確にわかっていながら、それでも読者はその虚構に対して拍手喝采する。これが物語の役目ではないでしょうか。その暗さというのは、闇や絶望のそれではなく、頑丈な金属が黒光りしているような、力強い輝きを含んだものではないかと思うのです。 |
雀部 |  | そこらあたりの感覚は、ノワールを志す上田さんならではでしょう。 そういえば、「幻のクロノメーター」も機械に対するフェティシズムを扱った中編と言えますよね。 |
上田 |  | SFでは、機械フェチ=テクノロジー・フェチみたいなところがあって、これがSFの楽天性の根本にあるんじゃないでしょうか。技術で世界を変えてしまえ、みたいな、ある意味、非常に暴力的で無責任な発想なんですけれども、SFでは、これができるからこそ、技術に対する愛着と批判が同時に可能になる。 |
雀部 |  | 最近は絶望もあるし(笑) |
栄村 |  | 「幻のクロノメーター」は、あたたかい雰囲気の話ですね。終わりに出てくるロンドンの都市が魅力的で……。変容のありさまを描いた絵があれば、見てみたい。この場合、スチーム・パンクならぬストーン・パンクの世界か(笑)。〈掃除虫〉など家にひとつあると掃除の手間が省けて助かるんですが……(笑)。 ところで、マリン・クロノメーターや、ジョン・ハリソンの存在を、お知りになったのは何がきっかけだったのですか? |
上田 |  | もともと時計に興味があって、いつか時計の話を書きたいと思っていました。Youtubeに、ちょっと面白い動画がありまして、これは、古い技術を応用して 2008年頃に作られた機械式時計の解説です。2:00ぐらいから機構と装飾のバッタが大写しになりますが、この機構は「グラスホッパー脱進機」と呼ばれるもので、この仕組みを発明したのが、実は、ジョン・ハリソンなんです。
これに魅了されて、やっぱり一度、本格的に時計の話を書きたいなあ、と。ハリソン自身は非常に有名な人で、子供向けの伝記絵本もありますからご存知の方も多いと思います。物語として書かれたことはあまりないでしょうが、科学技術の話なのでSFとも馴染みがいい。産業革命よりも前の時代の人というのも面白いですよね。 あと、時計をネタに作品を構想していたときに、「時計を、時刻を測ること以外に利用する」という方向で考えていたので、経度測定に利用されるマリン・クロノメーターは、ちょうどいいアイテムでした。 |
栄村 |
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こりゃ、おもしろい! 怪物のような金属の昆虫が、回転する円盤の縁にとまって「時間」を食べている(笑)。この金属の虫、胴体はバッタかイナゴで、鋭い牙をいくつも生やした顔は、凶暴な魚といったところか。生きとし生けるものに与えられた時間を貪婪に食い続けている。この時計は刻々と過ぎ去る「時」が、いかなる生命にとっても避けられない運命であることを暗示しているんですね……。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/6a/Corpus_clock_pol.jpg |
雀部 |  | 「幻のクロノメーター」は、ちょっと仕掛けがしてあるのですが、これはこの『リリエンタールの末裔』に収録されるので考えられたのでしょうか。 欧州が舞台の歴史小説としても大変魅力的に感じました。特に職人(学者)が主人公というのが、SFファンには馴染みがよいですね。当時の世相とか暮らしぶりもリアルで、歴史小説の背景とSFの背景設定には、多くの共通点があるようにも感じました。 上田さんの公式サイトを拝見しますと、これからはこういう歴史小説も書かれるそうなので、とても楽しみにしています。 |
上田 |  | 「幻のクロノメーター」は、実はSFじゃないと絶対に書けない作品なんですよ。18世紀のイギリスの話ですから、文化水準が現代の日本とは違うわけで、主人公のエリーは、出自や当時の教育水準を考えたら、本当は、あれほど理系寄りの発想で喋れるわけがないんですよね。それがなぜ可能になるのかというと――つまりこれが、この作品が三人称じゃなくて、一人称で書かれている理由です。この作品で使われている人称は、普通の一人称じゃなくて、二重一人称というか、〈物語当時のエリー〉と〈語っているエリー〉は、物語の構造上は別人なわけです。しかもこの作品では、文字通り生物学的にも別人。 ある作品を「SFであるか/そうでないか」と判定するとき、作中にSF的小道具が存在するかどうかはあまり関係がなくて、作品の構造やロジック自体がSFジャンルでないと成立しないという物語がたくさんあります。この作品は謎の小石が出てくるからSFなんじゃなくて、ストーリーを語るための構造やロジック自体がSFなんです。 |
雀部 |  | う~ん、それは気が付きませんでした。←「ストーリーを語るための構造やロジック自体がSF」。そう言えば、『華竜の宮』も“マキ”の視点から語ることによって、大きな効果を上げていました。 |
上田 |  | 歴史物というのは今回はじめて書きましたが、不思議なことに、確かにSFのロジックがそのまま使えるんですね。SF用語の出てこないSFという感じなのかな。ハイファンタジーの文法にも似ている気がします。 |
雀部 |  | 確かにSFと歴史物は相性がよいですよね、先達達の傑作が示すとおり。 「幻のクロノメーター」だと、異星人がどの時点で〈謎の小石〉の代金を請求に来るか、それが心配でした(笑) まあそういう話ではなかったわけですが(汗;) |
栄村 |  | 18世紀を舞台にしたイギリスの話にもかかわらず、月距法の解説や、現在位置を測定するクロノメーターの精度試験のために、ウィリアムが航海に出る場面などを読んでいると、いまの宇宙船の航法装置を開発する技術者たちとつながってるように思えてくるところも、この作品のおもしろいところです。 ところで、エリーは生物学的には別人というお話ですが、意識というか自我の方は、バロー村で生まれ育ったエリーその人なんですね? |
上田 |  | そこは読者の想像にお任せする部分です。解釈は二通りありますが、どちらを選んでも矛盾しないように書いていますので。 |
雀部 |  | それは凝ってますなぁ。→“どちらを選んでも矛盾しない” 毎回著者インタビューに応じて頂きありがとうございます。 ご自身のホームページでもお書きになっていらっしゃいますが、近刊予定とか執筆中の作品をご紹介下さいませ。 |
上田 |
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来年は日本SF作家クラブが創立50周年だそうで、今年(2012年)から来年(2013年)末までの間、様々なイベントや特集があります。これに引っぱられる形で、しばらく短篇の仕事が続きます。雑誌やアンソロジーでの仕事ですね。単行本化を前提としたWebでの連載というお話も頂いています。SF作家同士の対談の予定もあります。
大きな一冊としては、2013年末発刊予定の『深紅の碑文』。『華竜の宮』の第八章以降の40年間を描く物語で、主要登場人物は入れ替わり(一部の人物は共通)ページ数は『華竜の宮』よりも増えます。このシリーズの長篇パートはこれで最後になりますので、地道に作業を続けているところです。これが済んだ後も、早川書房さんからは、また新しいSF作品を出させて頂く予定になっています。
スケジュール上では、六年先ぐらいまで書き下ろし単行本の予定が入っていて、その中にはSFじゃない仕事もありますが、積極的に「SFが欲しい」と仰って下さる出版社もあって、ありがたいことだなと感じています。 |
栄村 |  |
いろいろ貴重なお話をありがとうございました。『深紅の碑文』で、また魅力的な登場人物たちに再会できる日を心待ちにしています(笑)。 |