銀河皇帝になりたくて(1)

小林こばやしあお


アラサーになって改めて銀河皇帝になりたくなった。


どうも初めまして。カヅキ・ミコト、年齢は34歳です。


銀河皇帝というと銀河を統治する者を指すこともあるみたいだけれど、僕が言っているのは昔ながらの銀河を征服する古き良き時代の銀河皇帝のことである。

銀河じゅうをひっくり返し、銀河を混迷の時代に引き戻すような存在になりたい。

とりあえず、何でもいいからこの安らかすぎる世の中をひっくり返したい。

そしてブログという形で記録に残しておきたい。


そんなふうに考えてキーボードを叩いている。


人の上に立つのが初めから得意であったわけではない。

子どもの頃からリーダーよりは添え物の存在だったから。五人揃っても黄色か緑色のポジションだ。リーダーの赤色やクールな副官、青色にさえなれない。女の子にも泣かされる。とにかくダメだった。


決してカリスマ性はない! 

こうしてキーボードを叩いているあいだにも同期がつぎつぎと役職を得て、出世している。銀河大学を出たエリートがそのまま出世コースに乗ったのだ。

僕はアラサーになって体力もあまりなく疲労の回復も遅くなりつつある。三日前の疲れがいまに来る。


だが、それでも銀河皇帝になりたくなった! 

これは憧れなのだ。

銀河皇帝になるのは難しい。

でも好きだ。

どれだけ才能に恵まれていても、銀河は広いので命の危険は常に付きまとう。ただそれを切り抜けて銀河皇帝になったとしたら、権力や力を得たとか、銀河皇帝そのものになれたのだという深い満足感が得られるはずだ。


僕みたいなおじさんでも銀河皇帝になれるのか。

統率力やリーダーシップが無くても強い存在になれるのか。

自分が実験台になって調べてみようと思った。

場所がどこであってもひと花咲かせることができると思っている。それは銀河の戦場を股に掛けた無双なのか、銀河の辺境からの成り上がりなのか。場所は後から考えるけれど、どこかで銀河皇帝への切符を掴んで見せる。でも僕は至ってふつうの中肉中背のおじさんだ。


それはそうと銀河皇帝という職業(?)は人気の職なのではないだろうか。

なれると思ってなれるものではないし、数年前まで五稜星ペンタグラムと呼ばれる有力な五人の銀河皇帝候補がいた。一星ミエヴェル、二星ソゥヤー、三星リュウ、四星チャン、五星ハインリッヒの五人だ。

ただその五人も失脚や代替わりで入れ替えがあったとかなかったとか。さいきんの銀河情勢で権力を振るうというのも難しい話なのかもしれない。


僕はかつていた最強の銀河皇帝イクシェアが好きだった。

皇帝イクシェアは史上最も大きい版図を手に入れた銀河皇帝だ。

彼のいた時代は千五百年も前だけれど。とにかく好きだ。


銀河皇帝チョコを集めたひとも多いんじゃないだろうか。銀河皇帝をコンプリートしてキラキラのシールを集めたひともいるだろう。僕にとって銀河皇帝はそういう存在だ。ヒーローとは違う。ヒーローは世界を救うが銀河皇帝は世界を壊す。

ただ、あれはコンプリートするためのものというか、集めるだけで満足するようなものだろう。じっさいに銀河皇帝チョコから入って銀河皇帝になろうという人は見たことがない。いっしょに遊んだ銀河皇帝に憧れた子たちはどこかへ行って僕と同じふつうの大人になってしまっただろう。


ではいま現役の銀河皇帝に相当する存在は誰かというと銀河連邦審議官オルフェイブスや銀河小部族連合族長のアルナントだろう。


僕が考えるイクシェアみたいに領土を奪い、略奪りゃくだつをし、徹底的に踏みにじるタイプとは対称的で行政官のようなタイプだろう。(それを考えるといまの時代にそもそもイクシェアみたいな存在のニーズがあるかというとそういうわけではないのかもしれない。)


でもさ、考えると世の中にはこの世界がひっくり返ってほしいと願っている勢力がけっこういるんじゃないかと思う。

僕が子どものときには銀河テロリストが本気で銀河をひっくり返そうとしていた。懐古主義ではなくて僕はこの平穏な世界を壊したいのだ。


いまの世界は静かすぎるし、管理され過ぎている。銀河に夢がない! 

したがってイクシェアみたいな銀河皇帝が好きな人もけっこういるんじゃないかと思っている。


さいきんのネット記事でもさまざまな事件が起こっているらしい。暗殺やクーデター、その一点一点を大きなうねりに転換できないかというのが僕の見立てだ。

そういう事件を見ていると僕みたいなタイプがいてもおかしくないと思っている。銀河皇帝になりたい、そんな人々がいるはず、いやいると考えることにする。


繰り返しになるけれど、僕にはリーダーシップがあるわけではない。

したがって次々と武勲ぶくんをあげて、いろいろな戦場の紹介をしていくことはしない。

銀河皇帝を目指してその過程をゆ~っくり自己観察して下手くそ目線で書いていくつもりだ。

それは必ず銀河皇帝になれるとか高尚なものではない。言うなれば日記だ。


さてまずはどこから始めるか考えないと。


銀河皇帝になると決めたはいいが何をしよう……。あれやこれやビジネス書を漁ってみても載っているわけはなかった。教養の砦たる本に載っているわけがない。そうだ、ネットだ。ネットで検索しよう。


いまどきネットなら何でも調べられる。「銀河皇帝になるには」とネット検索するとこの銀河にまつわる昼食のレシピからジョーク記事、何から何でも集まる。

この銀河でなにをするかの難易度を一覧にしているサイトを見つけた。

銀河で出来ること、仕事からサービスを受けること、学ぶこと、商売をすること、犯罪行為まで何でも載っている。こういう変なデータ集は銀河大学の就活センターではぜったいに手に入らない。銀河じゅうのネットワークにはこういう時々意味がよくわからない情報が引っかかる。ネットは漁るものだ。


サイトでは種別に難易度が50段階に格付けされている。格付けの数字は数が増えるほど難しいものになる。50段階の格付けが10段階毎に5つのカテゴリに分かれる。カテゴリはこうなってる。


40~50最高難易度人外向け。

30~40屈指の難易度銀河でなれる者が指の数しかいない。

20~30中~上級レベル比較的楽な部類の銀河の長になれる。

10~20中難易度初心者から半年以内でなれるもの。

1~10低難易度初心者でもできる。平均して数カ月でなれる。


銀河で学生になるとかは低難易度だと思われるし、じっさいにそうらしい。また逆に道から外れてアウトローな生き方をするにも低難易度だ。この銀河で浮浪者になるのは容易い。だから真っ当な道を進むのも同じだけ簡単だ。


おそらく僕の見立てでは銀河皇帝は格付けが30~40程度の屈指の難易度だと思うんだよな。それより上を考えないのは僕のスペックはふつうの人間だからだ。最高難易度に銀河皇帝がいるとするなら、それは考えないことにしたい。


僕の最高学歴の銀河大学卒業相当はどのくらいの格付けなのか。昔の知識を使って具体的に当てはめてみよう。


僕の芸術工学(学士)は後に続く修士・博士課程の手前だったはず。修士・博士課程はなかなかなれるものではないはずだ。

僕は学士認定はたしかされなかったのだ。そんな程度だ。

芸術工学修士・博士課程は相当な難易度だろう。ということで確認してみると……。


格付けは30だった。

あれ50段階のうちで30って思ったより低くないか。

ここから上の格付けは一気に人数が絞られるから、修士・博士課程に絞れば高いと思ったんだけど。

このレベルはお呼びでないということか。最上級レベルはもとよりこれで中~上級レベルとは難しい。


そういえば昔、僕がしていたバイトはどれくらいの格付けになるんだろう。遥か昔、20代も手前の頃にしたバイトだ。バイトなんてそれこそ両手の指の数ほどしかしたことはないんだけれど。


銀河トラックの配達員。これはすぐに仕事が覚えられた。

これで格付け3……。

そういえば銀河トラックの船外活動EVAを伴うエネルギーユニットの交換作業も実地で教えてもらったな。先輩が優しかったわけではないが、見よう見まねで覚えた。

よく見たら格付け8に宇宙知識関連講師もある。暗記は得意だったから数カ月から一年くらいやっていたこともある。宇宙の基礎的なことを受験生に教えるのだ。手取りの給料もまぁよかった記憶があるぞ……。


いずれにしても低難易度に入るものばかりだ。

僕がじっさいに挑戦できそうなのはこんなもんなのかな? 

さっき挙げたものも習熟には数カ月かかるってあったし。


そういえばもう一個だけ習熟できたことがあった。

操船免許大型Ⅰ類だ。これは上手くやれた記憶があるぞ。惑星上で言うところの乗用車の運転に相当する技術だけれど、宇宙ではその移動距離は指数関数的に跳ね上がる。操船技術が無ければ立ち行かないけれど、だいたい大学生が取るのは小型から中型のゼロ類からⅡ類までだ。大型免許を取るような者はコルベット級の操舵手くらいのもので、あとは海賊行為に及ぶようなアウトローなやつらだ。


操船免許大型Ⅰ類、こいつはどのくらいだ? 

格付け13。カテゴリは中難易度だ。

あの頃はとにかく早く移動したくて買えるわけでもない大型Ⅰ類の操船免許を取っていたな~。バカだったな~。教習はめっちゃ楽しかったし、免許を取ったときは嬉しかった。

あの感動は忘れないな~。


ここはちょっと背伸びしてカテゴリが中難易度クラスに挑戦してみようかな。半年以内で手が届くらしいけど、おじさんだからそこまで順風満帆には行かないだろう。でも決めたからにはがんばろう。やってみよう、オー! 


中難易度で銀河でできること、ほかには何があるんだろう? 



むかしは宇宙に旅立つと思ったら、ナビAIを買ってきてスペースシップのモニターに繋ぐ必要があった。宇宙のマップや言語事典、科学知識、食料の知識などを搭載したナビAIはたいへん重宝したと聞く。


ナビAIとはアレです。「ゴ主人様、宇宙ヘハ私ガ案内イタシマス」というあれです。宇宙へ旅立つには必須の機械。ただこれが基本的にどこにも売っていない。つまり廃棄されたスペースシップに繋がっているのをそのまま持ってくるしかなかったのだ。

中古のナビAIを購入できる店を知っている人ならいいけれど、銀河広しと言えどナビAIがどこで作られてどこで販売されているのかをみんな良く知らない。中古で買った人の話を聞けばなかなかな値段がして、手軽に購入できるものではなかった。


AI自体は家庭用で販売されているものは、僕が子どものときは性能が貧弱だった。五種類の料理レシピしか覚えられなかったし、家族も三人までしか登録できなかった。当時はタロンとかヘルメスとか家庭用AIがあって親たちが使っていたけれどそのような家庭用AIでスペースシップを動かすことはできなかった。


もちろん家庭用AIでしかできないロボット掃除機の操作や家事ロボットのマルチオペレーションなどそういうメリットはあったんだけれど、家庭用AIでもスペースシップが動かせたらいいなとはよく思っていた。


スペースシップを動かすナビAIとおなじOSで動いている家庭用AIは多数存在する。だからナビAIの声が家庭用AIの声とまったく同じだったり、操作パネルのデザインが同じだったり、楽しかった。この家庭用AIの延長線上にスペースシップを動かすナビAIがあるんだから。

ただ家庭用AIとナビAIはイコールじゃなかった。家庭用AIがナビAIの多機能性についていけてないのは歴然で、友達同士の会話でナビAIを家庭用AIとおなじノリで話してくるのは少し嫌だった。


さいきんはデンキ街へ行くとナビAI搭載型アンドロイドが販売されていて機械の体を持った存在になっていた。驚くべき進歩だ。ナビAIもだんだん性能が上がってきて、家庭用AIの性能も上がってきたので、ほぼおなじことができるナビAIが販売されている。家庭用AIが下位互換しているのだ。


男性型をアンドロイド、女性型をガイノイドという。男性型は僕みたいな中肉中背タイプから屈強な戦士のようなタイプが売られていて、女性型もかわいらしいタイプからすらっと背の高いタイプが売られている。姿かたちはオーダーメイドで基本形からカスタマイズできる。どの体にも最新式のナビAIが搭載されているから、宇宙への旅をするための良き相棒として購入するひとも多い。


僕も宇宙を旅するにはナビAIが必要だと思ってデンキ街に来ていた。


男性型は端正な顔つきの白い肌のアンドロイドで、Aー23型とAー24型があって23型は三年後にアップデートが終了する代わりに30パーセントオフの値段で売っていた。いっぽう女性型は多彩だ。男性型より使用される場面が多彩だからだろう。コンビニ店員のような印象を残さない顔つきのGー09型や水仕事を行えるGー37型やほかにも十種から二十種のバリエーションが存在した。


僕は視線を漂わせてなんとなく相棒は男性型じゃない気がした。

相棒は女性型にしよう。女性型ならメンテナンスの苦労も少ないと聞くし……。


選んだのは小柄な少女タイプのガイノイドだ。かわいらしい外見と最先端のナビAIが搭載されているので知能面はじゅうぶんだろう。値段はだいぶしたが、これも銀河皇帝になるためだし……。


ガイノイドを横倒しのまま、こめかみのところの電源を入れる。ブーンという起動音がしてガイノイドが目覚めた。無機質な声とともに彼女は話し出した。


「初メマシテ、ゴ主人様」

「やぁ」

「私ノ名前ヲ決メテクダサイ……」

「じゃあ、セシリアで!」

「〈セシリア〉デスネ。今カラ個体情報ヲ統合シテ相応シイキャラクターイメージヲ構成シマス」


セシリアへの書き込みが完了する。


「ゴ主人様ノ呼ビ名ハ、イカガシマスデショウカ?」

「ミコトで」

「ミコト様デスネ?」

「いいや、ただのミコトでいいよ」

「カシコマリマシタ……」


別途、姿のオーダーをまとめて自宅へ届く予定だ。


三度日が沈んでから朝が来るとセシリアが自宅に届いた。金髪のゆるいウェーブのかかったショートヘアに、青緑ターコイズの瞳。彼女はぱっと見、ビスク・ドールのような気品を漂わせているが、自分よりに二十センチくらい低い背丈に可愛さを感じてしまう。ビスク・ドールのような造形の美しさというよりも丸みを帯びた目鼻立ちと愛嬌を感じる顔つきがアンバランスな印象を与えて、そこが良かった。


時代を超えて僕の意識は変わった。家庭用も宇宙用も変わらなくなったナビAI。それも身体を持った存在にアップデートされているのだ。


……ということで最新式のナビAIをインストールします。



宇宙アリの討伐ミッションに挑戦することにした。


ネットで初心者に向いているミッションを調べてみた。

掲示板や銀河知恵袋では人によっていろいろなミッションが挙がっていた。ある程度のミッションに絞られるものの、少し悩んだ。


ミッション・レビュー誌には初心者には宇宙アリの討伐ミッションがいい……と書かれていた。

宇宙アリの討伐ミッションは銀河辺縁星系を中心に生息している有害昆虫ギノジェオプス――通称宇宙アリ――の討伐ミッションだ。


僕はこれまで宇宙アリが存在するなんて知らなかった。


銀河は広いから多種多様な生物が棲んでいる。宇宙アリを討伐する仕事があるんだ、そうなんだ~という程度のものだ。ものの知らなさ加減は半端ではない。

それを駆除する仕事のイメージがつかない。調べてみるか……。


どうやって駆除するのか、動画を探してみる。あった。黒い六本の足を持った宇宙アリは、目が怪しく赤い光を放っている。動画は20秒ほどのショート動画で、宇宙アリの懐に入り込んでいく。ビームライフルで体長2メートルほど(!)の宇宙アリの心臓を射抜く……なかなかハードかもしれない。


動画を見て学んでいくうちに宇宙アリの討伐ミッションのイメージが固まってきた。基本宇宙アリは夜行性なので夜のあいだ、討伐ミッションを行う。マップや情報はナビAIを同行させるので安心だ。彼女といっしょに行動しながら宇宙アリを一匹ずつ倒す。倒した宇宙アリは回収シールを張り付けておいて行政院管轄の巡回シップの到着を待つ。巡回シップは討伐した頭数に応じて印を押していくらしい。

ただ現地に着いてからも学ぶことは多いだろう。


アリというからには、集団で生活して女王アリがいて……ということくらいはイメージできる。つぎつぎとアリを倒していき、そのトップの女王アリを倒せればミッションクリアなんだろう。


もっと調べていくとビームライフルは行政から貸与制で、倒したアリの頭数ごとに補助金が出るとのこと。講習もあり、バックアップ体制もバッチリだ。

さらにネットでは初心者の討伐ミッションの入門にもいいし、ミッションの基礎を学ぶには適していると書いてあった。


これは面白そう! 


討伐ミッションと言うとゲームなんかでゴブリンを打ち倒すものというイメージが僕にはある。中学生のとき満天堂のリング・キングダムというゲームが流行った。

画面に所狭しと配置され、襲い掛かってくるゴブリンをこん棒で叩いたりや剣で切り裂いたりするゲームだ。

僕はこのゲームがとても好きだったが、あんまり上手くなかった。ちょうど隣に住んでいた友達によく誘われてやったが、好きな割に実力が全く出せずに終わった。

FPSファースト・パーソン・シュータータイプのゲームで画面酔いがすごかったからだ。その友達とも気まずくなり、二、三回遊んだ後、めっきり会わなくなった。

ゴブリンはアリじゃないけれど、要は似たようなものだ。ゴブリンをアリに置き換えればいいんだろう。

あの手のゲームは画面上の敵を全滅させてクリアする。次のステージでも同じ敵と戦うんだけど、ゴブリンにも上位種族がいて比較的大きいオーガなどもいた。


ネットによると宇宙アリもいろいろなタイプがいて餌を探してくる働きアリと外敵から巣を守る兵隊アリと巣で幼虫を育てるアリと女王アリが存在するらしい。ギノジェオプスは警戒心があまり高くなく、のんびりしているという。ビームライフルで射抜く瞬間だけ気をつけておくことと警告されている。

どうして宇宙アリを駆除する必要があるのかと言えば、土地をぼろぼろにしてしまうので討伐対象になっているのだ。


ギノジェオプスの情報を漁っていくうち、昆虫採集が好きだった幼少時代を強く思い出した。地球産のアリはみな小さく、小さなガラスタイプの容器でコロニー丸ごと観察できた。アリの生態もなんとなく知ってるつもりだし、まったく知らないというわけでもない。ギノジェオプスは地球産のアリを大きくしたようなものだ。


つまり宇宙アリの討伐ミッションは相性バッチリのミッションだ。


宇宙アリの討伐ミッションはふたつの難易度の違うミッションが含まれる。ひとつは働きアリの殲滅せんめつ。もうひとつは宇宙アリコロニー全体の全滅作戦。

もっと言えばいろいろな星系の宇宙アリをまとめて掃討する、大規模ミッションなんていうのもあるんだけど、それは端からお呼びでない。そういうことをするのは銀河皇帝になるにしてもまだ先のことだろう。

ふつうにミッション選択で行政サイドがおすすめしているのは働きアリの殲滅ミッションなので、これにする。


世間では初心者向けと言われているようだが、じっさいに軍人も参加したことのあるミッションであることも忘れてはいけない。

難易度の格付けは13。中難易度……。


貧弱なおじさんにとってこれはなかなかなレベルの格付けだ。

僕みたいな下手くそなおじさんでもミッションクリアできるか。やってみるしかない。スペースシップの用意もある。


銀河行政院にも届け出を出した。

宇宙アリの討伐ミッションに挑戦しようと思う。


スペースシップに乗ってセシリアの案内で辺境星系惑星ジィジィーに来た。


宇宙アリ討伐にあたって行政院から初級・中級・上級の三種類の難易度からミッションを選べると案内された。一般的なハンターに要求されるのは中級からだ。

初級は聞けば日帰りでハンター体験をするので討伐自体が無い。これではミッションも何も無いではないか。でも僕のような下手の横好きでやってるような人間じゃ、初級のほうがいいのかな……。


でも実地でハンターをやるにしたって討伐ができなければ始まらないよね。ここは敢えて中級を選んだ。

ミッションの大まかな工程では5つの段階を攻略する必要がある。

がんばろう。


初日は先輩ハンターとの顔合わせだった。講習付きなので先輩ハンターが教えてくれる。彼の名前はギルベルト・ターナー、灰色の髪をオールバックにした青年で気難しそう。首に眼鏡をぶら下げている。顔つきは二枚目で鋭い目つきが全体の印象を損ねている。


「ようこそ、カヅキさん。講習は私が担当します。よろしく」


印象の割には爽やかな対応をされたのでさっきの言葉は撤回とする。

惑星ジィジィーは見渡す限り、砂漠で、ハンターテント周辺にしか町と呼べるものがない模様だ。空は晴れ渡っている。聞けばほとんど雨も降らないらしい。

地球で言うところのエジプトみたいなところだ。


ハンターの装備をとりあえず貸し与えられた。

ビームライフル一丁だ。


「ビームライフルは設定で銃弾のショットタイプが選べる」とギルベルト。


つまみを弄ると、一つ目は、赤い印。拡散弾というワイドショットが出せる。一発の威力は小さいけれど、広範囲にビームを発射できる。密着すると強力だ。ただ、発射までが遅い。


もう一度つまみを動かすと、二つ目は緑の印。充填弾。前方集中の太いビームが出せる。弾を当てるためにはアリの正面に立たないといけないけれど、相手との距離に関係なくダメージが与えられる。発射までは速い。


「さぁ、カヅキさん。ハンター講習と行こう」

夜になり、ギルベルトについて行く。



何度かハンター講習を受けて分かったこと……。


まずアリは意外と怖い。体長二メートルくらいのアリを相手にするんだけれど、地球で言えばゾウくらいの生き物を一頭倒すのに近い。ギルベルトの指示で緩慢な宇宙アリの懐に、急いで近づいていって充填弾を向ける。ところが赤い宇宙アリの瞳と目があった。


「ひッ……!」


とっさにUターン。ダッシュで逃げる。


地球のアリの巨大版とか書いたけれど、その迫力は段違いだ。とにかく怖い生き物のように思った。逃げた僕をよそにギルベルトが宇宙アリを仕留めた。ギルベルトは意外にも僕を責めなかった。


「初心者なら、仕方ない!」


毎月、ハンター講習へは5組から8組の応募があるらしい。そのなかでも中級を選ぶ初心者ハンターは僕以外にも大勢いて、さいしょの講習で宇宙アリを倒せるのは一組程度だって話だ。その夜は講習でギルベルトが宇宙アリを三体仕留めた。


次の夜も講習に出かけた。その夜はなんとか宇宙アリを一体仕留められた。ビームライフルを、初めてしっかり使った感想としては充填弾がしっくりくる。

やっぱり宇宙アリがこわいので大きく逃げ回ってしまう立ち回りで、だから発射までが速いほうが、余計な心配が少ない。引き金を引くとビームを発射できて引きっぱなしにすると連射できる。熟練したハンターのなかにはビームライフルの設定を弄って、破壊力を増した弾を出せる人もいるらしいけど、おじさんにはわからなかった。



宇宙アリから攻撃を受けることはないけれど、いちばん嫌だったのは毒汁という宇宙アリ特有の習性だった。毒汁というのはハンター同士のあいだのスラングみたいなもので、正式にはアンティングというらしい。宇宙アリが自分の匂いを周囲に擦りつける習性だ。それが討伐の最中に飛沫となって飛んでくる。これが臭い。

この匂いはギルベルトによれば、ハンターのほとんどが「慣れ」でやり過ごしているというものらしく、奥深いなと思った。


宇宙アリを一体仕留めた話に戻ると、宇宙アリは必ず心臓を撃ち抜かないと死なないことは覚えておくべきだった。

ビームライフルの照準の十字レティクルからずれて、宇宙アリの頭を吹き飛ばせたんだけれど(ふつうの高等生物なら死んでいるはず)頭を失くした宇宙アリが突進してきて肝が冷えた。そこはギルベルトが宇宙アリの足元を拡散弾で攻撃して、足止めできた。

あとでギルベルトに言われたのは、あのまま行ってたら死亡コースだったらしい。ゾッとしてその夜は一睡もできなかった。


ギルベルトの講習ではほかに毒餌を置いて宇宙アリをおびき寄せるなんてこともした。宇宙アリは知能はほとんどないので簡単におびき寄せられて来た。これはすこしマニアックな狩りの仕方でギルベルトもあまりやらないらしい。それだけ僕の性能がポンコツだったってことです……。


とりあえず開始まもなく、死ぬ可能性があります……。



ギルベルトにはアナという幼馴染がいた。

彼女とギルベルトは幼い頃から仲良しでよく砂漠の町で影踏み鬼などをして遊んだという。

紺色の髪をツインテールに結び、快活な少女だった。笑顔が素敵な女の子だったという。


ギルベルト、アナともに12歳のときである。


宇宙アリの卵がついた隕石がジィジィーに落下した。凄まじい衝撃波が集落を襲い、けが人も多数出た。ところが人々は卵から孵った宇宙アリを神格化して細々と暮らすようになった。宇宙アリはあっという間に増えていき、惑星の60パーセントを覆う。

アナは集落の族長の娘だった。あるとき謎の疫病が集落を中心として流行り出し、これを宇宙アリの怒りだとして人々は人身御供ひとみごくうを始めた。集落では珍しいことではない。古くからそうした風習があった。水不足などの際にも行われた悪しき風習だ。


三年に一回、美しい娘を宇宙アリに差し出すのである。いちばん初めの生贄いけにえはアナだった。彼女の顔は凍りついた。ギルベルトは大人たちを止めようとしたが無駄だった。

ギルベルトの見守るなか、アナは宇宙アリの巣へと向かった。


……かなり重たい話だ。


ギルベルトが重い口を開いた。その瞳は暗いどこかを睨んでいる。


「それでブチ切れてビームライフルを片手に宇宙アリの巣に殴りこんだ」


ギルベルト15歳のときの話だ。若すぎるのに勇敢だと思った。

彼はアリの巣のなかで気を失っていたアナを救い出し、アリの巣のなかのアリを片っ端から殺して回ったという。ところがアナはアリの巣の中の記憶どころかギルベルトとの記憶も失っており、廃人になってしまっていた。彼の英雄的行動でアナは救われたはずだったのに。


「決めたんだ、アナの心を殺した宇宙アリを駆逐してやるって」


そんな話を聞かされてギルベルトみたいな若い青年がいつまでも都会へ出ずにこんな辺境星にいることが分かった気がする。


「ギルベルトさんが宇宙アリを憎む理由がわかった気がします……」


言葉に詰まる。


「ところでカヅキさんはどうしてここへ? 辺境星に宇宙アリの討伐なんて珍しいと思うが」


ふふっとギルベルトは笑った。まさかここで銀河皇帝になる夢を話すのだろうか。

待って、僕。心の準備ができていない。


「ミコトは観光目的ですよ……」


後ろで黙って聞いていたセシリアが答えた。そうだ、セシリアにはそういう情報を入力しておいたんだった。


「なるほど、体験目的で。でも中級コースを選ぶのは珍しいが……」

「アハハ……僕はその、補助金目当てです。なんちゃって……」


なるほど、と言った顔でギルベルトは頷いた。


「お金を貯めて、もっといい宇宙船を買う予定なんです」


嘘に嘘を重ねる。もうどうにでもなれ! 


「ああ、宇宙船か。あの宇宙船も格好良くていいと思う」

「ありがとうございます」


ギルベルトの視線のさきには僕の乗ってきた、宇宙船がある。銀色の流線形のいかにも都会的な船種だ。


「じ、じつは僕。大型操船免許Ⅰ類持ちなのでまだ大きな船種に乗れるんです」

「そうなのか! それは素晴らしい!」

「コルベット級からフリゲート級はいけます」

「宇宙で旅かぁ……」


ギルベルトは目を細めて夜空を眺めた。その視線には羨望が宿っていた。ギルベルトは若い。なのに過去の呪縛でこの土地に縛り付けられている。もったいないと思う。

ギルベルトは僕に寝るように促した。キャンプに戻って目を閉じる。

夜が明ける前、青色の混じる空のしたで僕はセシリアを呼びつけた。


「いいかい、セシリア。これは僕のほかの誰にも言ってはいけないよ」

「なんでしょうか。ミコト」

「僕は銀河皇帝を目指している……」

「プッ……」


彼女は噴きだした。


「な、なに笑っているんだ!」

「ミコトこそ、何を寝ぼけたことを仰っているのですか」

「これは冗談ではないよ……」


そうだ、冗談ではない。僕の夢だ。僕の真剣な眼差しにセシリアは気がついた。


「ということは……」


何かを察したようだ。ひそひそ話になる。


「ミコト、いい? 銀河皇帝になるということは何か事件を起こさなければならないでしょう?」

「事件か……それは思いつかなかったな……」

「ミコトが起こせる事件なんて考えない方がいいのかもしれないわ」


し、しつれいだな……と思ったけれど返す言葉もない。僕は至ってふつうのおじさんだから。


「セシリア、今すぐこと・・は起こさない。まずは状況に慣れてから銀河皇帝を考える段階を目指す……」

「かしこまりました」

「セシリア、君にはいろいろ手伝ってもらうことになるけどよろしくね!」

「ええ、ミコト。私はいつでもあなたの味方です」


セシリアはアホではない。入力した情報が正しければ十分に使える配下になるはずだ。最初の銀河帝国の配下だ。


ふたりでこそこそ話しているところへギルベルトがやってきた。


「失礼……おっと、何か話していたのかな?」

「いえ、特には……、朝食のメニューを考えていたところです、なぁセシリア……?」

「はい。きょうはウィンナーロールにしようと考えていたところです」

「それはいいアイデアだ」


ナイス、セシリア。


僕たちは朝食を済ませてアリの討伐へ出かける。


「行くぞー!」とギルベルトが声をかける。

僕は元気いっぱいだ。帰る頃にはへとへとだろうけど……。

きょうの討伐ミッションが始まる。


いや珍道中かもしれないなぁ。


星がきらめく夜空を歩いていく。ビームライフルを背負ったギルベルトを追って進んでいく。砂漠の風景は代わり映えしないが、高さは一定しない。ときおり山のように堆くなっているところがあったり谷があったりする。宇宙アリがいる溜まり場まではすこしかかる。途中まではセシリアに音楽プレーヤーをかけてもらっていた。

軽快にかかる音楽のなか、意気揚々と歩く。風はカラッとしていて気持ちがいい。


途中に現れたのは働きアリの成虫だ。餌を探して巡回中のやつだろう。

こいつらとはとにかく遭遇率が高いから片っ端から駆除する羽目になる。

あまり俊敏ではないし、とにかくのんびりしているので駆除には困らないとギルベルトはあっさり殺してしまう。でもそれはプロだから出来る芸当なんだ。開幕早々に死ぬ可能性がある僕には、さっと一頭の宇宙アリを殺しておくということはできない。少なくともひとりでは……。


間もなく、僕にも相手ができる小さい個体が目に入ってくる。

働きアリにもいくつかサイズのばらつきがあってこれが一番小さいタイプだということがだんだんわかってきた。


ギルベルトにやってみろと促されて間合いをはかる。これからさき、何頭もこういうのを相手することになるだろう。慣れておかなければならない。


僕が見たことないやつでギルベルトが言うには繁殖期には羽根つきというタイプがいるのだとか。羽根つきアリはとにかく空中を飛ぶので厄介な相手らしい。ネットでは手に入らない知識だ。


歩くのを続けるとぽつねんと小屋や建物が立っている。ここにも人が住んでいた時代があるのだと想像すると楽しい。ギルベルトの話だとこの建物は隕石落下まえのもので町が? 栄していた時の名残だそうだ。ただこういう建物はアリの棲み処になりやすいので見つけたら壊すのがふつうらしい。なので壊すことになる。


木造小屋くらいのサイズならビームライフルで柱を焼き切ってしまえばいい。しかし、二階建て、三階建ての建物となるとすこしたいへんだ。ギルベルトとふたりで警戒しながら二階、三階と確認する。二軒目の建物で宇宙アリが一頭潜んでいて肝を冷やした。ギルベルトの合図で挟み撃ちにする。建物をなんとか解体し終えると汗ばんだ体をタオルで拭く。セシリアはそのあいだ警戒モードであたりを監視していて安心できる。ギルベルトが水を口に含ませている。


道中、大きい個体も見かけるようになる。兵隊アリだ。僕にはまだ早いと思っていたけれど、ギルベルトの指示で相手をする。兵隊アリは働きアリと違い、すこし凶暴な性格で顎が発達していて怖い。震えながら間合いをとる。このころになると僕は討伐ミッションの基本が間合いのはかり方であることを理解し出していた。こわいけれど、間合いを間違えなければ僕のようなへたっぴのハンターでもやっていける。


ビームライフルを構えて兵隊アリと対峙すると、脳内にアドレナリンがバンバン出ていることが分かるくらいに謎の興奮がある。兵隊アリや働きアリに傷つけられることはほとんどなくなったけれど、こちらが手負いになったら、またすごいのかもしれない。奥深い。


兵隊アリをギルベルトのサポートで倒した。時間にして一時間弱といったところだ。ずいぶんかかった。ギルベルトは僕の習熟度に関しては特になにかをいうことはなかった。


きょうは引き返そう、そう言われて来た道を戻る。セシリアにマップを見せてもらいながら、町へ。一仕事終わった後だ。疲労感でいっぱいになっている。ギルベルトに言って、すこし座り込んで休憩させてもらう。夜空を見上げるととにかく星がきれいだと思った。宇宙船から見るのとはまた違った景色だ。明かりのある建物がないので殊更ことさら綺麗に見えた。


これでも例年よりアリの遭遇率は低いとギルベルトが話してくれた。アリの大行進が見られるのは九月半ばで二ケ月以上さきだ。いまからみっちりと訓練を積んで大行進で活躍できるようにする腹積もりでいるらしい。(ほんとうにそうなるのか?)

僕は倒せたアリはこれまでで十二頭。そのうち八頭はギルベルトに手伝ってもらっている。ほんとうにダメじゃん……。


「ミコト! 警戒して!」


セシリアの言葉に驚いているとギルベルトが騒ぎ出した。


「おかしい、こんな時期に羽根つきだなんて」


さっきの話で出た羽根つきアリの登場だ。イレギュラーにもほどがある! 

僕は急いでビームライフルを担ぐ。ぼやぼやしていると捕まってしまって空中から真っ逆さま・・・・・だろう。ビームライフルの拡散弾が夜空に広がる。花火のような鮮やかさに目を奪われる。それも一瞬だ。


僕も拡散弾で空を撃つ。ギルベルトのショットで羽根つきアリの羽根に着弾した。燃えた羽根が落ちていくところまで走っていく。なけなしの体力を振り絞る。

砂場を滑って、羽根つきアリが死んでいるのを見つけた。いや、動きが止まっているだけだ。僕は急いで充填弾に切り替えて心臓を射抜く。


ボシュっという音がしてアリは死んだ。達成感でいっぱいになる。

この調子で頑張ってみよう。



(もしもし、あ。行政院の。ああ、つぎの巡回ですね。三日後、分かりました。あ~、はい。はい。新人? そうですね~。ダメっす。グズでノロマで、おまけにビビりなので。大変ですよ~)


盗み聞きとは知っていても止められなかった。ギルベルトには好意はなかったけれど、信頼していた。こうしてはっきりと評価を下されると涙が止まらない。

「ミコト……」セシリアに慰めてもらうなんて男らしくない。


その日の討伐ミッションはくやしさをぶつけた。とにかく早く動いてビームライフルを撃つ。撃ったらいったん下がってもういちどダッシュで近づく。ギルベルト、見ているか! 僕だってやれるんだ。ギルベルトは黙って僕のミッションを見ている。何を考えているのかさっぱりだ。

僕はアリを二匹仕留めた。周りにはアリはいない。ギルベルトは時計を見ている。そうして僕に合図する。ギルベルトは言った。


「これからアリの巣穴探索ミッションを行う」


アリの巣穴はここから数キロメートル離れた場所にある。そこまで行ってアリの巣穴を探索し、朝焼けとともに戻る。そういう説明を受けた。

僕の息遣いはだんだんと荒くなっていった。ギルベルトを見返せると思ったからだ。僕たちはアリの巣穴にたどりつく。

アリの巣穴は五メートルくらいの大穴で奥底は暗くてよく見えない。

明かりをギルベルトが灯すと、僕たちは中へと入っていく。


こんな大穴のなかへ入っていくのは初めてだ。地球の富士山の麓にこんな場所があった記憶があるけれど、そこより中はだいぶ広めだ。足元はしっかりとしていて踏み固められている。僕はアリが頻繁に出入りしているのだと理解した。僕たちが討伐していたアリのほとんどはこの場所からやってきたのだろう。ギルベルトの説明ではここのほかにもコロニーがいくつか存在していて、町にいちばん近いのがこの場所だという話だ。


進んで三十分。僕たちはふたつに分かれた道の右側を選んでさらに進む。開けた場所についた。奥に一頭だけアリがいた。僕たちは楽勝とばかりにビームライフルの引き金を引く。セシリアが警戒しているとは言え、アリの巣穴だということを忘れてしまいそうだ。アリの巣穴はガラガラで僕たちはそのまま歩き出そうとしたそのとき――、


セシリアが言った。「警戒して! ミコト!」


僕の頭上から何かがいっせいに降ってきた。それが僕に襲い掛かり、僕を吹き飛ばすと、ギルベルトの拡散弾が空中に閃いた。僕はなにが起こっているのかわからないまま、薄れていく意識を保とうとする。ふらふらしながら周りを見てみるとアリに取り囲まれている。アリは見たところ、十頭から十五頭。こんなに多くのアリを一気に引き受けたことはない。ギルベルトも油断していたようで彼がいつになく焦っていることにも気づいた。


ビームライフルの照準がぶれている。僕もビームライフルを構えようとした。ところがビームライフルの引き金を引いても弾はでない。


「ギルベルト、ビームライフルがっ!」


僕は怯えた表情で訴える。そんな僕の訴えに彼は気づかない。取り囲まれてそのなかでビームライフルを連射している。なんとかするしかない。でもどうやって? 僕はとにかく動き回って間合いをはかるが、それも特に意味を成さない。僕の目の前のアリはいつになく凶暴で噛みつこうとしてくる。


そうだ、ここは巣穴なのだ。


巣穴を守ろうという防衛本能がアリにはある。外回りのアリよりも警戒心が高いはずだ。絶体絶命だ。僕にはもう戦いの手数がないのだ。心臓がバクバクする。冷や汗が伝って気持ち悪い。


僕は死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ……! 


目の前にいたアリの頭蓋が砕かれる。それはセシリアの強打だった。

セシリア……! 

僕は助かったとばかりに両手を上に挙げる。セシリアは僕に注意を促した。そうだ、まだ絶望的な状況はひっくり返っていない。僕はセシリアにビームライフルの故障を伝える。セシリア、わかってくれ……! 


ところがセシリアの小さな体がアリと力比べしたと思ったら、あっさりと投げ飛ばされる。ドスンという音が遠くでした。


「セシリア……!」


彼女は岩壁に叩きつけられた。セシリアの表情は消えて、マシンそのものの無表情に戻る。僕は彼女に駆け寄る。セシリア、セシリア……。

彼女の腕は引きちぎられ、無残な様子になっている。コードや回路が露わになり、可哀想だ。僕は彼女の腕にハンカチを巻いた。


僕は一人きりになったのだろう。ギルベルトが応戦しつつ、僕を救いに来てくれたんだけれど、彼もアリの餌食になってしまった。僕をグズだの、ノロマだの、言って彼は死んでしまったのかもしれない。僕はもう終わりだと思った。銀河皇帝になるだの、憧れだの言ってこのザマだ。なんでこんな夢を叶えようと思ったんだろうな……。こんな三十路が頑張っても何も残せやしない。


僕はさ、イクシェアになりたかったんだ……。アリの顎が僕に襲い掛かる。僕は目を閉じた――。



目を開く。視線のさきには五〇〇の宇宙戦艦が待ち構えている。敵陣の奥には小惑星帯。居眠りしていたようだ。僕のはるか昔の記憶だ。ときどき単位を落として卒業できなかった夢といっしょに見るんだよね。


「ミコト様、艦隊の準備は一〇〇パーセント完了しています」

「そうか、では開戦の狼煙のろしを上げよう」


提督艦アドミラル・シップのエンジンが駆動する。僕は後ろに続く三〇〇の艦隊を率いている。僕らは陣を敷き、六つの塊になって敵勢力の撃滅げきめつを図ろうとしている。


「放て……!」


ビームが真っ直ぐな矢のように飛んでいく。


「敵、着弾を確認……!」オペレーターが報告してくる。艦隊はだんだんと距離を詰めて弾薬が飛び交う。誘導弾が炸裂して、敵艦隊を動揺させる。僕たちは前線を下げる。敵はそれみたことかと艦隊をそこへと突撃させる。なおも僕たちの艦隊は後退を続ける。敵がある・・ラインを越えた。


馬鹿め。機雷の炸裂だ――。


敵艦三〇隻が宇宙空間へと轟沈。僕たちはバラバラになった艦の残骸のある宙域を壁に尚もビーム兵器を撃ちこむ。僕たちの圧勝に見えた戦いは敵援軍の存在に打ち砕かれる。僕はブリッジをセシリアに任せた。


「僕が行こう……」


僕はエアロックを開く。僕は宇宙空間に何も付けずに飛び出す。常人であれば数分もしないうちに血液が沸騰して死に至る真空だ。僕の体も徐々に死を迎える。しかし――、


僕は体を魔力・・で包みこんだ。僕の体をあらゆる異常から守る鉄壁の魔力で。


宙域を漂うデブリを片手に、それを投擲とうてきする。デブリの速度は秒速七キロメートル。ぶつかってただで済む破壊力ではなかった。すぐさまデブリは強烈な弾丸となって敵艦の横っ腹を貫く。僕はデブリを徹底的に投げつける。


空間は、空間量子というそれ自体を構成する空間で成り立っている。そのステップを踏みながら、ワープした僕は敵艦を殴りつける。敵艦は凹む。腹に力を込めてもう一度、殴りつける。敵艦の舳先へさきが折れ曲がる。僕は何度も何度も魔力を込めたパンチを浴びせ続けて、敵艦を沈める。


僕の小回りは艦載機かんさいきを超える。僕に死角はなかった。僕がワープで、目にも止まらない速さで敵艦に近づき、横っ腹を殴りつけて、敵艦隊を全滅させる。


僕の赤い目が敵艦ブリッジを睨む。ブリッジにいた艦長が気を失い、目を覚ますと「隣の艦を狙え!」と言った。催眠洗脳だ。


――僕は戦場を蹂躙じゅうりんした。



惰眠だみんを貪っていると、とつぜんの電話で起こされた。気分は最悪の気分だ。吾輩は不機嫌だ。

朝食が運ばれてくる。メイドが紅茶を淹れていると、そこへ部下が割り込んできた。吾輩の朝の優雅な、いや慌ただしい朝を無視して。吾輩は不機嫌だ。


「ランクマーク西部方面指揮官。いますぐ指揮をお願いします。緊急事態です」

「なにを言っている? ジェノベーゼ将軍がいるだろう?」

「ジェノベーゼ様はお亡くなりになりました」

「バカな……」


吾輩が口をあんぐりと開いていると、ニードドレッドが額に汗をかきながら答えた。敵勢力はたったの三〇〇だ。なのにその規模の素人・・を相手に止められない、とは。銀河連邦の名折れだ。吾輩は制服に着替えた。

鏡を見た。怯えを見せている吾輩の顔。それを見て初めて、吾輩は恐怖を感じているのだと気づいた。千年以上、戦争がなかったこの地で人々を震え上がらせるとは何事だ! そう自身を奮い立たせる。吾輩だってたった三〇〇の艦隊に慄いているわけがなかろう。


「はっはっは……!」


吾輩は気を取り直して、軍艦エノクシオンに乗り込んだ。ブリッジには精悍な顔つきの部下たちがいた。彼らと目が合う。


「これより我が艦は銀河の無法者を撃滅する旅へと出かける! 我が神の兵士たちよ、恐れることなかれ! ヴァルハラの広間へお前たちを連れていくことはない! 吾輩が戦場を勝ち取ると決まっているのだからな!」


「「「イエス、マイロード!」」」


軍艦エノクシオンは数五〇〇の艦隊を引き連れて戦場へと飛んだ。高速航行時間にして三時間の距離だ。

しかし、ランクマーク西部方面指揮官の震える手は武者震いだけではなかった。


デブリの広がる、作戦宙域はガランとしていた。ジェノベーゼの艦隊が討ち取られたとは……。ランクマークの視線の先には銀河連邦の軍艦五〇〇隻が無残な姿となっていた。


「これが……たった三〇〇隻の仕業だというのか?」

ごくりと唾を飲み込む。

ランクマークは直感した――、ここはゴブリンが住む戦場だ。

そうして軍艦エノクシオンのレーダーにひとつの小さな影が映り込んだ。


「ランクマーク指揮官、レーダーに微小な反応!」

「なに? 無視しろ……」

「それが秒速7キロメートル、デブリのような速さで近づいてきます」

「回避行動だ、急げっ……!」


エノクシオンは回避行動に移ったが、その塊は意思を持っていた――。



銀河歴四七〇〇年。ひとりの魔王、いや銀河皇帝の卵が誕生した。彼はとつぜん地上でありえない力を有し、たった三〇〇の艦隊を率いて銀河連邦西部方面支部に横穴を開けた。彼の名はカヅキ・ミコト、ついこの間まで、ただのおじさんだったその人だ――。