銀河皇帝になりたくて(3)
小林 蒼
15
キルヘス日報のゼノとアーデルハイトは戦場の様子に絶句していた。同じ記者たちが詰めかける戦場には血の匂いが広がっていた。ゼノはカメラに戦場を収めた。あちこちに同業の記者たちがいて本部と連絡を取り合っている。うまく行けば明日のスクープであるのだが、こうして我が国キルヘスが滅んでしまってはどうしようもないだろう。ゼノは本社のイブルスン班長に連絡を入れた。
「キルヘス側はもうダメですね」
「全滅か?」
「ええ。宇宙船一隻によって……」
ゼノは言葉を飲み込んだ。さきほどの惨状をもう一度呼び起こすと吐き気がしてくる。あれはなんと形容したらいいのだろう。
そう、地獄だ。
地獄の住人になってしまったような気分だった。アーデルハイトと話した内容が蘇ってくる。
(キルヘス軍はもう終わりでしょうね)
(ああ)
ゼノの手は震えていた。圧倒的な武力によって我が国が滅ぼされようとしている。たった一隻の宇宙船によって、住む家も帰る場所もなくなるだろう。記録して、公表してどうなる? 俺たちはもう崖のそばまで来ているのだ。あとは落とされて死ぬしかない。最悪だ。
「ゼノ……?」とイブルスン。
「いえ、何も」
「記事はいつ?」
「もう一回りしてから今日の夜には……」
「わかった」
イブルスンは部長クラスの人間にこのことを伝えたようだ。
ゼノはふたたびトルルイベ川へ向かった。
川の音がする。すべてを押し流す濁流が悲しみや絶望すら流してはくれないだろうか。
俺たちの国はもう終わりだ。兵隊がこうも虐殺されてしまえば、国を守る士気は無くなる。なんにしたって時間の問題だろう。マクスニスは今ごろどうなっているのだろう?
知人の男に連絡を入れてみる。
マクスニス側は戦勝ムードが覆っているらしい。やはりか。両手を合わせて考える。
トルルイベ川から本社へは三時間半だ。帰ってから記事をまとめて報告して国外へ家族とともに出国するか?
もう報道マンの誇りだとか、矜持だとか、どうでもいいだろう。叫び出しそうなくらいに辛い。同胞がこのような目に遭っていることが辛い。逃げるにしたって宇宙船が追いかけてくるだろう。アルヴァンシアから逃げ出すしかないのか? たった一隻の力がこれほどまで自分を震撼させるとは。
アーデルハイトがゼノの様子に気づいた。
「ゼノ、考えていることは、たぶんわかる……でも、ここで理性を失うな」
「理性だと?」
「さっきの記事を見た。千切れた腕、腸の飛び出た遺体。そこかしこに兵士の残骸だったものが広がり……、俺たちはこんなことを記事にするためにここにいるんじゃない! キルヘス兵三万人はお前を調子づかせるために死んだんじゃない!」
「五月蠅い! 俺だってこんな……、こんな惨状を見に来たわけじゃない。俺には家族だっているんだ。どうしろっていうんだ? 俺は、俺はぁ……!」
息が荒くなる。吐き出すように物を言う。
「ゼノ、報道の力を信じるんだ。キルヘスだってアルヴァンシア全体の一部だ。国際世論に頼るしかない」
「馬鹿言え。国際世論がいつ、どこで役に立ったって言うんだ? 傍観者の目が俺たちに向くことはない」
「希望を失うな!」
アーデルハイトはゼノの肩をぱんぱんと叩いた。ゼノは呼吸を深くした。
トルルイベ川をもう一度取材する。辺りを一巡して他の記者たちの気づかないことを探す。ネタを探る記者の嗅覚を信じるのだ。ゼノは次第に、もとの冷静な観察者の視点を取り戻しつつあった。
写真を収めるにしても、そのほとんどが掲載不可能だろう。なのに、取材を進める。ほかの記者とすれ違う。浅黒い肌の太った記者が両手を合わせていた。
「やはり、こうなったか……」
ゼノは気づいた。やはり……?
「あんた、何か知ってるのか?」
「いや……」
そう言った男はかぶりを振った。ゼノははたと気づいた。情報筋があったのだ。ゼノは太った男に掴みかかる。
「どうして、無視できた? この惨状になると分かっていても、どうしてだ!」
「ぐ……」
「やめろ、ゼノ。死んじまう!」
男を放すとゼノは怒りをほかにぶちまけた。太った男は咳き込みながら、
「お前たちはキルヘスの記者だな。マクスニスとキルヘスの政府は鎹を失くしたんだ。その結果がこれだ。もうどうにもならん」
「マイエヴァラ公の死ですね?」とアーデルハイト。
「ああ、話の分かるやつもいたのだな」
太った男の名はホルベインといった。三大新聞社、ウィンザー社の特派員だった。情報提供者に話を聞いていくうちに今回の戦争の情報を掴んだらしい。情報提供者とは誰なのか? ゼノはそこを突いた。
「こればっかりは言えないが、マイエヴァラ公のもとで働いていた人間だよ」
「その人間の話でどこまでこちらに情報を開示できる?」
「キルヘス日報へは何も話すことはない」
ゼノは歯噛みした。どうして何も言えないのだ? 国が滅ぶ瀬戸際なんだぞ。
「それでホルベインさん、俺たちキルヘス側は国際世論に訴えかけるしかなくなった。俺たちにやれるのは宇宙船を貸し与えた何者かが大人しく宇宙船を戦場から遠ざけてくれるように促すだけだ」
「そうなるといいが……」
「妨げることがあるのか?」
ホルベインは携帯端末で情報を見せる。明日のウィンザー誌の紙面だった。
「明日、銀河連邦政府のトルルイベ虐殺があきらかになる。だが銀河連邦側も黙っているとは思えない……」
「揉み消されるということか?」とゼノ。
「そうだ。それに宇宙船の情報もこちらが掴んだ情報、どこの国籍だとかは分からない。一般的な銀河連邦のフリゲート艦タイプとしか……」
三人は黙り込んだ。明日銀河連邦の悪事は暴かれるのだという希望の光はとても頼りなく弱い。
16
銀河中心星ネビュラ。銀河連邦政府がその本拠地を置く銀河系の行政・立法・司法を司る星である。なかでも首都エリリジアは百万人の人口を有する。高層ビル群が立ち並び、中央に存在するアテナタワーはネビュラの科学技術の象徴である。また網の目のように張り巡らされたハイウェイでは自動運転車がいつでも周回しており、中心街は政府機関、周囲は政府機関関係者のベッドタウンとなっている。パリ遺跡を思わせる同心円状の街並みが有名だ。
いま一台の乗用車が中心街へと走っていく。アテナタワーの方角へと向かう乗用車は議会のある地区へと滑り込んでいく。議会のまえで下院議員モーニアスは襟を正した。彼の目には戸惑いが滲んでおり、歩く姿もどこか不安を匂わせた。
きょう下院で例の虐殺映像が話題に上った。
モーニアス下院議員が切り出した。
「アルヴァンシア、トルルイベ川での虐殺に一隻の宇宙船が絡んでいます。この国籍不明の戦艦のかたちをよく見てください。我が銀河連邦のフリゲート艦にそっくりです」
「というとモーニアス議員、銀河連邦自体が虐殺に加わっているということでしょうか?」と別の議員が言った。
「おそらく、にわかには信じがたいことですが、マクスニスに銀河連邦の宇宙船を譲渡した何者かがいるのです」
「もし……、もしそうだとして我々はその人物Aに責任を追及しなければなりません。私たちの追い求める恒久的な安定を踏みにじる存在が銀河連邦内にいるのですから」
「ただ、難しいのは戦艦はいまアルヴァンシア、マクスニスにあります。彼らから取り上げるような真似をすれば立派な政治介入でしょう。マクスニスは銀河連邦に所属していない、ちいさな国ですし」
「ことは大きくできませんな……」と年老いた議員が言った。
小さな火種は燃え広がる。
その一か月後、マクスニスに宇宙船を譲渡した人物Aの正体が明らかになった。彼は名はハミオンス、あのマイエヴァラ公の娘レオノーラの婚約者である。
17
男は銀河中心星に近い惑星ガーンズバックの廃工場にいた。土煙の上がるなかで息を切らして工場に忍び込んだ。なかには彼の譲り受けた聖遺物がある。
男の名はハミオンス。銀河連邦の士官だ。いや、そうだった人物だ。マクスニスの虐殺を準備した主犯格として指名手配されているその男は、ゆっくりと薄汚れたジャケットから煙草を取り出した。火をつけようとしたとき、物音が遠くでした。ネズミか。人間だったらトンズラしないと。
「――ハミオンスだな?」突如聞こえた男の声にハミオンスはビクリとした。
「何だ……? 連邦の者かっ? 俺は銃を持ってるぞ……!」
懐から一丁の銃を取り出した彼は銃をぎこちなく構える。
「僕は連邦の者じゃない。僕は銀河皇帝だよ」
「ぎ……、ぎ……、銀河皇帝?」
あまりのことでハミオンスは口をぱくぱくさせた。
彼は腕を組んで、
「その銀河皇帝様が俺に何のようだってんだ? 俺は追われているんだ」
「知っているよ。僕が助けてあげようと言っているんだ」
「助ける? バカ言うな。俺は追われているんだ」
同じ事を繰り返していることにハミオンスは気がついた。何をしているんだ? 俺は、あまりのことで頭がバグっちまったのか……? 医者に診てもらったほうがいいな、はは。
「いま僕が指示した。同じ事を繰り返すように――」
「何? 俺は追われているんだ、な、何だ? どうなってやがる? 俺は、俺は……」
ハミオンスの頭はぐるぐるした。目眩がしてくる。ほんとうに俺は狂っちまったのか?
「いいか、ハミオンス。僕の言うことを聞くのだ」
「何だ?」
「これから計画を話す。言うとおりにしろ……」
ハミオンスは、はたと気づいた。
「お前ぇ! 聖杯を奪いに来やがったな! そうだろう?」
やっとの思いでハミオンスは言葉を放った。
「聖杯はもうすでに僕のところにあるよ」
奥から少女型のアンドロイドがやってきた。その手には聖杯が握られている。
「返せ! 聖杯を返せ! 俺のだ!」
ハミオンスの形相は明らかに普段のハミオンスとは違うだろう。ハミオンスは改造されたのだ。たった数日のあいだ、聖杯と時間を共にしただけで彼は変わってしまったのだ。
「ハミオンス、僕の目を見ろ」
そうしてハミオンスの心は迷宮へと案内された。銀河連邦の動乱まで残り半年を切っていた。
18
おはようございます、カヅキ・ミコトです……。眠い目を擦りながらキーボードを叩いています。アルヴァンシアを出て、確かな手応えを感じたので、もっと上のランクを目指したいと思いました。
ランクは30で、何かないかなぁと考えていたところで、龍の捕獲という文言が目に入りました。
龍かぁ……宇宙の憧れですよね!
僕たちの生きている三次元のうえには時間という四次元目の次元がある。そのうえには五次元、六次元……十一次元までの次元が存在する。四次元より上をまとめて高次元と呼ぶんだけど、龍は低次元から高次元を自由に行き来するエネルギー体であり、生命体だ。
龍はどこにでも存在しているけれど、宇宙空間にいるのがもっとも多いとされている。
龍の捕獲には何がいるんだろう? ネットで動画を探してみるけれど、見つからない。やはり宇宙アリとは格が違うのだ。
僕は龍の寝床を探しに宇宙を放浪した。最初は宇宙船に乗って探していたんだけど、だんだん面倒くさくなって宇宙空間に出た。
だいじょうぶ。魔力で全身に圧力を加えているから。宇宙遊泳にしゃれ込んだ僕はガス星雲のなかへと飛び込んでいく。ピンクや紫色のグラデーションのガス星雲のなかを隈なく探す。大きさは、何かとにかく大きいから探すのが大変だった。龍は見つからない。呆れて宇宙空間を漂っていると向こうから光の点が五つ飛んできた。
その一つの繭状船に僕は捕獲されてしまった。まったく僕が捕獲されてどうする。僕はあれよあれよと繭状船の母船に連れて行かれた。
繭状船の母船は宇宙海賊の船だった。なかはスモークが漂っていて、むき出しのエンジンルームで船員が麻薬を吸っている。僕はレアメタルや元素の塊のあいだでもみくちゃにされながら、船員に見つかった。しげしげとルーペで観察された僕は船長であるキャプテン・クルーガーのまえへと案内された。
「キャプテン、繭状船が珍しいもんを拾ってきましたぜ。宇宙空間を行き来する人間ですぜ」
「なに? ほほぅ……それは面白ぇなぁ。良く見せておくれ……」
僕はキャプテンの鼻の穴を覗いた。近い、近いってば……。僕は彼に話しかけた。
「僕はミコト。銀河皇帝になる男だ」
「銀河皇帝、わっははは。面白いなぁ……」
僕を案内した男、ゼゼが言った。
「この男、何も付けずに宇宙空間に放りだされていたんですよ」
「宇宙服は?」
「何もつけずに、です」
キャプテン・クルーガーはまた大きく笑った。
「小僧、面白い能力だなぁ……、何が目的で宇宙空間を彷徨っていたんだ?」
僕はひそひそ声で話す。彼の耳は遠いみたいで仕方なく大きな声で話した。
「龍を捕まえるんです!」
「龍を捕まえるか! 面白い男だ! わははは」
「龍を見つけるにはどうしたらいいんですか?」
キャプテンは先祖代々に伝わる伝統捕龍法を僕に教えてくれた。そのために繭状船を一隻貸してくれた。龍はアズライトという鉱石の発する波長の長い電磁波、アズライト線に反応する。
その龍にとってのご馳走をぶら下げて宇宙空間をハイパードライブで一秒間だけ飛行する。ハイパードライブで一秒のあいだ、僕たちはあらゆる空間から解き放たれる。その空間には高次元領域と接する領域が存在する。そこへ潜り込むと龍はアズライト線に導かれて高次元領域から低次元領域に姿を現すのだ。姿を現した龍は純粋なエネルギー体であり質量を持つので、繭状船の捕獲フォームで捕まえられるのだ。
なるほどなーと思って僕はアズライトを宇宙空間にぶら下げて龍をおびき出す作戦に出る。
僕はハイパードライブをする。一日当たりに繭状船がハイパードライブできる回数には制限があるから帰りの準備も計算に入れておく。僕は数百回のハイパードライブをその先一週間ですることになった。僕は加速する身体と間延びしていく意識のあいだで確かに龍を何度も目撃した――。
(お前は何者だ? 我々をどうする気だ? お前の目指すところはどこだ? 案内しよう。ん? お前は我々を捕まえるのか? 正気か? 無駄だ。去れ!)
龍の言葉が意識の海面に浮かんでは消える。龍は捕まえられることを恐れていない。僕は何度もアタックを仕掛けた。
無意識に龍の姿を追いかけている。龍は高次元の隙間へと潜っていってしまう。僕は龍に話しかける。いいや、言葉を交わすことないだろう。僕の手足になってもらう物に対して礼儀は必要ない――。
本来崇高なのはどちらなのか、はっきりさせようじゃないか!
ハイパードライブを一瞬取り止めたかと思われた刹那、僕は魔力で龍の軌道を追う。軌道は蛇行しながらゆるやかなカーブを描き、低次元から高次元へと低回する。物思いに耽るように龍は、何度も、何度も、過去と未来を行き来するのだ。
僕の思考も龍を追うにつれて、龍に近くなっていく。そうだ、最近あった記憶も龍の記憶方式になる。宇宙アリに襲われた記憶も、総督を殺した記憶も、お嬢様を騙した記憶も、宇宙戦艦をグーパンで叩き落とした記憶も、順を追っていくかたちにならない。
(はっはっは……面白い男が来た! イクシェアを継ぐ男か……! 面白い、面白いぞ……!)
(高笑いしている場合じゃないぞ、奴は龍殺しの英雄だ)
(捕まるぞ!)
(捕まるものか! 我々を捕まえたことのある人間が百年にうちにいたか?)
龍の姿が現れる。蝙蝠のような羽根を持つ、蜥蜴だ。または蛇のように長い体を持つ髭の長い生き物。なんにしてもその姿はイメージする龍そのものだ。
――こんなことを聞いたことがある。龍は自分の姿を人に知られることがない。見た人が感じるイメージを、龍が勝手に彼らの目に映すのだ。
僕は一匹の龍を繭状船で捕らえた。そして龍核弾に封じ込める。龍の慟哭が聞こえてくるようだ。僕はつぎつぎと龍を繭状船で捕らえて、龍核弾に封じ込めた。
こういう面倒くさいとき、魔力は便利だ。龍を操って龍核弾に入ってもらう。
僕は繭状船を宇宙海賊の母船へと返還すると、龍核弾を背負って宇宙船へと帰った。
武器は揃った。これから考えるのはテロ? いいや、革命の計画だ。
宇宙には大きく分けてふたつの人種が存在した。ラビュオ人とニディル人だ。僕はラビュオ系の血を引く人間だ。ラビュオ人とニディル人を分かつのは、何も人種という点だけじゃない。ニディル人のほとんどは忘れているけれど、彼らはもともとイクシェアの血を継ぐ人間たちだ。銀河で最大の版図を手に入れた最も有名な銀河皇帝だ。
なぜかニディル系の人間はイクシェアのことを覚えていないのが気になるが、そういうものなんだろう。僕はニディル人のゲットーが存在する地域をいくつかリストアップしている。ニディル人の多くはラビュオ人から差別されている。彼らの心を利用すれば、僕の兵隊になってくれる人物が現れるはずだ。
僕はギリージェという星に目をつけた。
惑星ギリージェはラビュオ人の総督府があって、陸地にはリオナリッゾ・ゲットーと呼ばれる広いニディル人系の町がある。ラビュオ人のほとんどはそこへは近寄らないけれど、ニディル人は働きにラビュオ人の住む市街地へ出る。聞いたところではダーク・シティと呼ばれる街の裏の顔がニディル人に悪さしているらしい。暴力、強姦、麻薬の密売……聞いているだけで吐き気がしてくる。
僕は龍核弾を持ってギリージェに滞在することになった。
セシリアはもしもの時のために待機させて、ゲットーのある町に潜り込んだ。
僕は町を歩いてみる。雨の降る昼の町で猫が昼寝をしている。猫を撫でてから僕はとある工場へと入っていく。身を隠せそうだ。
「誰だ? 見ない顔だな……」
工場で働く男に目をつけられた。だいじょうぶだ。僕には魔力がある。
僕はすぐさま彼に催眠を施す。彼は僕を工場で働く同僚だと認識したらしい。
「なんだ、ミコト兄じゃないか? 外で何かあったのか?」
「いいや、特にないよ……えっと……」
「シモンだよ、忘れちまったのか? ミコト兄……?」
口裏合わせは出来た。このニディル人の青年は頭の回転が速い。実に気に入った。僕はそうして宇宙船に残してきた武装などを、もし何かがあってもいいように工場裏に隠した。工場はどうやら廃品回収で集めたものを分解してレアメタルなどを回収する工場のようだ。武器という視点で見ると大型作業機械も見逃せない。これだけ大きな力を持つ機械があれば百人力だろう。僕はしばらく仕事を覚えるためにここで滞在した。簡単な仕事をシモンに教わる。彼は教えるのも上手だった。
ハミオンスの手を借りて武器を調達した。ハミオンスは使える。彼は闇ルートでの武器や宇宙船の調達に長けた人物だった。彼のすばらしい働きによって、後はドミノを崩すだけという状況になった。ラビュオ人への憎悪は彼らにはあるが、その憎悪は、僕には向かないことになっている。そのような催眠を彼らに施したからだ。
僕はシモンの巡回ルートで一旦トラックから降りてラビュオ人の若者数人に催眠をかけて回った。僕たちを襲撃すること、と。
トラックへと戻り、車は走り出す。大いなる序曲が始まる。銀河連邦の転覆までドミノを並べているのだ。僕はそのドミノを崩す算段を始めていた。どうやら、銀河連邦の恒久なる安定は持続しそうにない。なぜなら銀河皇帝が目覚めたからだ。
そう、この僕が銀河皇帝として目覚めるのだ――。
19
鈍色の空から雨がぽつぽつと降っている。狭い街路で町が不必要と見なした物をトラックが乗せて運んでいる。見上げれば高層密集したマンションだ。俺たちの町だ。
リオナリッゾ・ゲットー。
周囲が壁に囲まれた町だ。ジャンクパーツだとかは余程のことでないと出てこない。だいたいはガラス片や陶器片で、ときどき電化製品が混じる。使える物をキラキラ輝くゴミのなかから探し出してベルトコンベアへと流していく。
俺はドライバーで宝の山のなかからレアメタルを探し当てる。出てくるか出てこないかは運次第だ。
雨が窓ガラスに滴り落ちる。湿気は天敵だ。だがリオナリッゾから雨が消えることはない。
ここを統治するのはラビュオ人系の人々だ。ラビュオ系は銀河連邦に属する。
ラビュオ人は汚い言葉で俺たちを罵る。そしてひどい扱いをする。暴力は当たり前。簡単に銃殺されることもあった。とにかく気に入らないならば殴る、蹴る、殺す。俺たちはやつらにとって虫螻なのだ。いいや、それ以下かもしれない。目を見ていれば分かる。蔑む視線を向けてくる。
たった十パーセントの人口のラビュオ人が、この世界そのものを動かしているのだ。経済・政治すべてを握っている。俺たちは追いやられて狭い世界に閉じ込められている。迫害の歴史は古くからある。曾祖父よりもっと前からだ。とにかくいつからその時代が始まったのかは俺は教育を受けていないから知る由もない。
雨の冷たさにも慣れてしまった。こうして雨にひとりで打たれることに慣れてしまった。暖かくて乾いたタオルもない。俺たちの手はいつでもどこか冷たい。
屋台で熱いそばを食べる。啜るたびに腹の奥が温まるが、財布は淋しくなる。上空で宇宙船が轟音を立てて飛んで行く。あれはきっと外の世界へ行くのだ。俺たちを残してどこか遠い世界へと。
憧れは昔あった。外の世界へ行けたなら俺たちは何にだってなれるのだと大人たちは言っただろうか。いや、ない。ニディル人の俺にとって世界は町そのものだ。この町で貧しくその日暮らしの給料でやっていくだけだ。
工場の二階へと足を踏み入れるとミコト兄がドライバーでパーツを弄っていた。まったく変わった奴だ。あんな役に立たないものを一日じゅう触っているなんて。
「なにか発展したかい?」
「うーん、何もないんだけど、この奥に何かありそうなんだよ……」
パーツは入り組んだ形をしていた。奥になにかありそうだという勘はたしかに当たっていそうだ。
「おりゃ!」とミコト兄が言うとパーツが割れてしまった。不器用この上ない。カップの底がよく見える薄さのコーヒーを淹れ、二人で飲んだ。
二人でトラックに乗り込み、ゲットーの大通りへと出る。ぎりぎりの道幅だがトラックは通過していく。ミコト兄は手を外に出して雨を感じているのだろう。子どもみたいだ。
トラックがゲットーを出るとすぐさま街の景色は一変する。
海だ――。
巨大人工浮島のうえに高層ビルが並んでいる。階層構造になった浮き島のうえにはラビュオ人の総督府が見える。金で縁取られたラビュオ系の紋が雨に濡れている。
メガフロートのなかへとオンボロのトラックが入っていく。明らかに場違いなのは分かっている。白を基調とした街並みに煤けたトラックだ。俺は旧海浜通りへとハンドルを切る。ねずみ色の砂浜が続いている旧海浜通りの街区を巡回する。今日は何か見つかるだろうか?
街区へ入るとゴミ収集車のふりをしてあちこちを探して回る。トラックから降りると瓶や缶の入った箱をのぞき見る。そのとなりの粗大ゴミなどを漁る。ミコト兄も一緒にガサゴソと音を立てて探し回るが何も出てこない。三〇カ所ほど探したが、今日は何も出てこなかった。
トラックは旧海浜通りを戻る。数台のバイクの音が背後からしてくる。ラビュオ人のヤンキーどもめ。きょうも来たか。
トラックの速度を上げる。
「ニディル人の糞回収車、出てけよ!」
叫び声を面白半分に上げるヤンキーの声はとにかく気分が悪くなる。
さらにアクセルを踏み込み、ヤンキーのバイクから遠ざかっていく。
ところが――。
目の前にもバイクが立ちはだかる。トラックで轢くわけにいかない。
車の方向を変える。首を押さえつつ、気づくと数十人の男たちに囲まれていた。金属バッドを持った男がトラックのドアを叩く。
馬鹿らしくなってきて、表へ出た。
「何すんだ? 俺たちは法律守ってんだぞ!」
「なぁーにが、法律だ? ニディル人は生まれたそばから法律違反なんだよ!」
俺は怒りが抑えられず、ヤンキーのひとりに掴みかかる。多勢に無勢だ。俺は組み伏せられてしまう。
「シモン!」
「ミコト兄はなかで待っててくれよ……」
「そうは行くか」
ミコト兄が出てきてヤンキーを殴ろうとする。ただ拳は空を切るだけだ。あっという間にボコボコにされる。
「僕はシモンを守るってんだ!」
「ミコト兄じゃ、無理だ……」
俺たちは傷だらけになっていた。一方的に殴られ、蹴られした後、二人でゲットーへと戻った。俺たちは殴られ、恋人は強姦され、家族はヤクの売人のターゲットにされる。最低な生活だ。
「……んだ」
隣でミコト兄が呟いた。
「何?」
「革命を起こすんだ」
「バカ言え、俺たちに何が出来るって言うんだ?」
彼の目は真剣だった。彼は奥へ消えていくとケースをひとつ持ってきた。なかには銃が入っていた。俺は怯えた眼差しで言った。
「こんなもの、どこで……?」
工場の裏手から何かガタガタと音がする。出てみると八メートルほどの大型作業機械が五体ほど並んでいた。レイバーはよく見れば武装をしている。何が起こっているのかわからないでいる俺にミコト兄は硬式球のようなものを手渡した。
「これは龍核弾だ。龍が封じられている。高次元から低次元を自由に行き来できるエネルギー、それが龍だ。これを炸裂させることで龍を解き放ち、総督府に大穴を空ける」
総督府へ? もう何も理解できないでいる俺にミコト兄は言った。
革命は起こせる、あとはお前次第なのだ、と。
俺はレイバー五体とともに総督府へ向かうトラックに乗っている。荷台には龍核弾を備えた男達が乗り込んでいた。総督府の前にはすでに武装した守備隊が構えており、物々しい雰囲気である。
発砲音がしてすべては始まった。荷台から男達が龍核弾を投げ込む。凄まじい衝撃音がして俺は目を塞ぐと守備隊の絶叫が聞こえた。あれがミコト兄の言ったエネルギー弾であることは間違いないらしい。目を開けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
青白い一筋の光が立ち上っていく。龍だ。龍は総督府の上空へと舞い上がる。龍は総督府の建物に体当たりする。ビルに罅が入った。つぎつぎと現れる龍たちが総督府の紋を崩していく。
俺たちはレイバーとともに一階フロアを占拠した。埃が二階から落ちてくる。龍が俺たちの味方になってくれている。俺は高揚した気分になった。
上には武装した守備隊もいない。
ミコト兄とエレベーターで七階の総督室へと上がる。総督は呆然と立っていた。
「何をした……?」
俺は言った。
「全てを壊したんだ、クソッタレな生活、差別、ラビュオ人たちすべてに――」
そうして俺は銃口を彼に向けた。
壊された総督府を後にして、街区をレイバーに乗って回る。あのヤンキー達の顔、最高だった。ラジオを流すとニディル系のゲットーがつぎつぎと革命を起こしたという報せが入ってくる。併走するトラックのミコト兄は言った。
「銀河連邦も驚くだろう。国のなかに国が出来たんだから」
「この国をなんて名付けようか?」
「そうだなぁ、僕は銀河帝国がいいと思うなぁ……」
ミコト兄は憧れの眼差しで語った。俺はあっさりと否定する。
「そんなぁ、ならシモンは何がいいのさ?」
「ニディル帝国!」
「同じようなものだろ?」
俺たちは久しぶりにゲラゲラ笑った。
それからは早かった。リオナリッゾ・ゲットーを中心に宇宙海賊を仲介して宇宙船を数十隻購入した。格安で、だ。ニディル帝国は周辺星系のニディル系ゲットーを解放して大きくなっていった。宇宙港の建設には一月かかった。総督府襲撃からたったの三ヶ月で俺たちのニディル帝国は建国を宣言した。演説で俺は語ったのだ。
「すべてのニディル人をラビュオ人から解放し、ニディル系の帝国を築く。そうして帝国はいっそう栄華を極め、銀河連邦さえ凌ぐ大国となろう!」
俺は気概に満ちていた。リオナリッゾの町の雨もいずれ気象制御マシンを用いて晴れ渡る空へと変えて見せよう。
その夜のことだった。
部屋へと戻ると扉がノックされた。
「――誰だ?」
「あのとき解放された龍でございます」
龍だと? 龍を騙った偽物だろうと思った。そもそも龍が人語を話すなんて聞いたこともない。入ってきたのは着物の女だった。彼女は言った。
「龍は高次元から低次元を行き来する生命体であり、エネルギー体です。人間の脳へアクセスする際には人間と似た姿かたちに認識されるように姿を変えるのです」
「自由エネルギー原理か」
「はい。私はあなたの真実に立脚して、姿を分かりやすい形に変換したのです」
「わかった、わかったよ。そのドラゴン様が俺に何のようだ?」
「カヅキ・ミコトには気をつけなさい」
「ミコト兄?」
「ええ。ミコトはあなたを欺いている」
「ミコト兄が俺を騙してるって言いたいのか?」
「彼は龍殺しの英雄です。私たち龍は彼の手によって龍核弾に閉じ込められたのです」
「泣き言だな、俺は龍の側には立たないぞ」
「彼はあなたに真の姿を見せていない。まるで私たち龍のように、です」
ミコト兄が化け物であると言いたいのか?
「ミコト兄が俺を騙しているっていうのか? 嘘だ!」
「ほんとうにそうでしょうか? あなたがミコトといつ出会ったのか覚えていますか? 彼の両親は? 兄弟はいまどこで何をしているか?」
俺は記憶を遡る。ミコト兄はいつから俺と一緒にいるのだろう? 俺といつから仲がいいのだろう。いつから仕事をいっしょにしているのだろう。
「龍よ、もしミコト兄が嘘をついているとして、この記憶は消せるのか?」
「いまの技術ではほとんど無理でしょう」
雨はずっと降り続いていた、止むことなく。銀河連邦の動乱まで残り二ヶ月――。