銀河皇帝になりたくて(4)

小林こばやしあお

20


銀河連邦西部方面艦隊をグーパンで叩き落とした日、僕の三〇〇の艦隊にはなぜだが、大小様々な艦隊がうじゃうじゃとやってきて、銀河のはぐれ者が揃った艦隊に成長した。僕は銀河帝国艦隊にうっとりした。これだけの戦力があれば僕らは銀河連邦に大穴を空けられる。中心星ネビュラまでの旅路はすこしかかるだろう。


僕は目を閉じて二三年前のことを思い出す。

夏の日だ。あの夏に僕は銀河皇帝になろうと思ったのだ。蝉の声が耳に入ってくる。山岳地帯の、田舎で僕はある親子と出会ったのだ。彼らはラビュオ人とニディル人との間に生きる人々で、ある意味特殊な生き方をしていた。


かくれんぼで誰にも見つけてもらえず夕方の山道を歩いていた。足取りは重くてトボトボ歩いていたのを覚えている。山道は急な坂になっていて勢いがついて山の出口にたどり着いた。

夕方のひととき、ひぐらしが遠くで鳴いている。

僕は手洗い場で傷口を洗っている少年を見かけた。癖っ毛の茶色の髪、褐色の肌の少年で手も足も生傷だらけで痛そうだった。僕はおそるおそる声をかけた。だいじょうぶ?と。彼はムッとして答えた。


「痛くなんかないぞ」

「そう……。僕はカヅキ・ミコト。かくれんぼしてたんだけど、一人だけ置いて行かれてしまったんだ……君は?」

「俺? 俺はヒノ・チアキ。カヅキは、それで一人なんだ」

「あはは、まったくダメだよね。こんなのじゃ」


二人でその場に座り込んだ。チアキ君と僕は少しだけ思ったことを打ち明け合った。少年社会の厳しさをまじまじと語り合ったのかもしれない。その辺のことはよく覚えていない。そのころのことを考えると不思議なノリで僕たちは馴染んだのだ。

山から出ると、辺りは夕焼け空で暗くなる前に急ごうと言って町へふたりで行った。途中自動販売機が見えて思わずサイダーをふたりで買ってしまった。暑かったその日を忘れてしまうくらいに美味しかった。


僕たちはその場で別れた。手を振っているとチアキ君のお父さんが見えた。後で知ることになるけれど名前はヒビキさんといった。


簡単な通話機能を持った端末は持っていたはずだから、僕らはそれから連絡を取り合って遊んだのだと思う。

蝶の捕まえ方のコツをチアキ君から教わった。

キャッチボールの投げ方をチアキ君から教わった。

夜空の星座をチアキ君から教わった。

僕の夏は、僕たちの夏になった。


二人で遊んだ後は決まった自動販売機の前にいた。お小遣いがそんなにたくさんあった記憶はないけれど、サイダーやらオレンジジュースやらを買った記憶がある。


ある日、チアキ君がお父さんを紹介すると言ってきた。チアキ君の父、ヒビキさんは背の高い人で眼鏡をした穏やかそうな笑顔を浮かべている人だった。三人でダイナーに入った。僕にヒビキさんはご馳走してくれた。罪悪感はあったけれど空腹には耐えきれなかった。僕は親にも言えない秘密を持った。

山から町を見下ろせる高台に三人で歩いて行く。チアキ君はヒビキさんに頭をくしゃくしゃと撫でられて嫌そうにしていたけれど、彼らはいい親子だと思った。


夕方になって家路につくと姉が心配して出てきていた。


「あんた、ニディルの子と仲良くしてるってホント?」


僕はそのころニディル人のことは良く知らなかった。学校でもニディル人のことを話す人はいなかった。中学生くらいになると分かる、差別だった。

チアキ君がニディル人だとかそうでないとか、そのときはどうでも良かった。だって友達だから。でも家族会議になってチアキ君のことは忘れないといけないと諭された。止めてくれよと思った。僕の友達を悪く言わないでほしかった。


その日から僕はチアキ君に話してひっそりと会うことにした。山の中は町と違って自由だった。彼は自由で昆虫を捕まえたり、野山で走りまったり、いつものチアキ君だった。彼は僕にニディル人であることを打ち明けてくれた。でも完全なニディル人ではなくラビュオ人とニディル人の混血児なのだと教えてくれた。


僕は世界の真実のひとつをこのとき知った気がした。差別はあるけれど、それを乗り越えた人々も世界にはいるのだと分かった。だから僕があるがままに行動することを否定する必要は無いんだって本能では理解していた。


「またあの子と遊んでるんだってね。お姉ちゃん、あんたと口利かないからね」


理不尽だと思った。山で誰が誰と遊ぼうと構わないだろう。僕たち姉弟はそれから口を利かなくなった。ベッドで歯噛みして眠った。

あるときチアキ君に尋ねた。


「ヒビキさんって普段何してる人なの?」

「父さん? 旅人だよ」


旅人という雰囲気にただ惹かれた。大人になって思うけれど無職の言い換えだったのだろう。時折山の上を上昇していく宇宙船。見上げればそこには宇宙という別世界が広がっている。宇宙には雪に覆われた平原がある。火山活動が活発な死の山がある。人すら住むことのできない硫酸の海原が広がる星がある。そのどれもが知識で知っていることでしかない僕にとって、ただ大きかった。


親や姉に理解して貰えなくてもチアキ君と遊んだ。僕は彼の話すくだらない話が好きだった。兄のような背中が好きだった。そのときの僕は良く知らなかった。ニディル人とラビュオ人のあいだで生きていくとはどういうことなのか。差別の強い、あの時代をあの親子がどうやって生きていたのか。それまでの旅路を想像できなかった。今でもときどき聞いてみたくなるけれど、チアキ君はいま僕の隣にはいない。


彼は笑顔の似合う子だった。だからその顔が怒りに変わったときのことを良く覚えている。彼がニディルの血を引いていることはすぐに周りに伝わっていた。だから他の子たちにとってチアキ君は異質な存在だった。どうして僕はチアキ君を拒絶しなかったのか? 

僕だってチアキ君をよそ者扱いしてもよかったはずなのに――。


思い出した。僕たちはひんやりとした畳のうえで寝ていたんだ。それでチアキ君が手のひらを太陽にかざしたんだ。彼の手にはちゃんと血が通っていることが分かった。

たったそれだけのことだった。

彼はどこから見ても人間だったし、僕の友達だった。

奇異の目で見られた日々だったけれど、チアキ君と野山を駆けた日を、今日がほんとうにここ・・にあった日だったと覚えていたい。


ときどき彼の顔は差別を受けて怒りに歪んだ。いじめっ子に取り囲まれたときや、大人から罵声を浴びせられたときも、僕は彼を宥めてチアキ君の心に降る雨から彼を守った。

あの日はダイナーに三人で昼食を食べていて、ヒビキさんが大人の誰かに殴られたんだ。いつも笑顔を絶やさないヒビキさんを見て、男が言った。


「へらへらしてんじゃねぇぞ!」


ヒビキさんにそのつもりは全くなかった。ニディルの血を引く彼にとって笑顔は処世術だったんだ。その笑顔が原因で殴られる、そんな筋合いはないと思った。


チアキ君は頭に血が上ってカッターナイフで男を切りつけた。相手の大人の傷は深くなくて、でも警察が来た。チアキ君は傷害の罪に問われた。

僕はチアキ君を止められなかった。

ほんとうに一瞬のことだったんだ。

彼が懐にカッターナイフを忍ばせているなんて思いも寄らなかった。

僕は彼のことをあまりよく分かっていなかったんだ。

彼は凶暴な獣なのか? 

それとも愛嬌のある友人なのか? 

よく分からなくなってしまった。僕は力が抜けてその場に座り込んでしまって動けなくなった。

姉が迎えに来て「やっぱりそうなったじゃない……」って言った。やっぱり、ってなに? そんなにチアキ君は怖かったのか、ヒビキさんが怖かったのかって思った。


彼が帰ってきたのは夜だった。ヒビキさんに連れられてチアキ君が帰ってきた。その眼差しは弱々しくて頼りない。


「やっぱり怖いよな。ニディルの血がそうしたんじゃない。俺がそうしたかったんだ」

「怖くないよ……。僕はチアキ君を……」


そこから先が出てこなかった。喉に何かが詰まって僕は言葉を継げなかった。どうしてだよ、くそだ……。


チアキ君と夜の公園で花火をした。火花があたりに散って綺麗だ。青白い光や緑色の光の華が咲く。僕は夏の終わりを感じていた。たぶんチアキ君はこのままでは社会に居られない人なんだと思った。


星空を見上げた。宇宙になら、彼の居場所があるのだろうか? 


「銀河って、宇宙ってどんな感じなのかな?」

「宇宙?」

「そう」

「宇宙はでっかくて、広くて、残酷なところだよ」


彼の表情は暗くて見えない。


「僕がチアキ君の安心して生きていける国を作ってあげるよ」


精一杯嘘をついた。チアキ君を安心させてあげなくちゃ。チアキ君を拒絶しないから。


「バカ言うなよ。宇宙は甘くないぞ」

「え……、そうなの?」

「そうだよ」


彼の声は柔らかい調子になった。僕はホッとして彼と花火を続けた。ヒビキさんがチアキ君を迎えに来た。ヒビキさんは僕に話してくれた。


「チアキを守っていてくれたのは君なんだね? この子をありがとう」


僕は何も言えずに立ち尽くしていた。チアキ君もヒビキさんも不器用だし、放っておけなかった。でもあの夏以降、彼らを見なくなった。彼らは遠い星へと旅立ったのだと親や姉は言っていて、彼らの横顔をもういちど見たいと思ったときには遅かった。いま彼らはどうしているんだろう。気になっても通話端末の電話番号は使われていない。


大人になっていろいろなことを学んだ。僕らの生きる世界はチアキ君が言ったように残酷で、甘くないのだ。それで僕の心に燻る思いをもう一度燃え上がらせた。

僕は僕が安心できる世界を作りたいのだ。僕のたいせつな物が、人が、雨に打たれない世界を作りたい。僕はそう思ったのだ。


あの眩しい夏はもう二度と帰ってこない。


21


>>セシリアさんが入室しました。


「ここはドロイド・フォーラム。ドロイドのための相談コーナーです。マスターの悩みや会話相手の募集など、使い方は自由です。荒らしは止めてくださいね」

「よろしく、私はセシリア。さいきん起動したガイノイド。マスターは、ここでは秘匿させてもらいますね」

「よろしく、セシリア。私はロニィよ。困ったことでもあったのかしら?」

「困ったことはないけれど……その……」


>>ジーニアさんが入室しました。


「きょうは困ったよ、私ってばアンドロイドなんだよね。ガイノイドと区別がついていないマスターったら、もういい加減にキレそう」

「ジーニア、きょうもお疲れ様でした。あのマスター様は、今日もあなたにその、ドロイド・ハラスメントをしてきたんだってね? 本当にいい加減にしてほしいわ」

「ほんと、そう。だいたいそういう器官はないってのに! 性交はオプションに含まれないって何度説明してもダメ! アホらしい」

「ジーニア、紹介するわ。きょう入室したセシリアよ」

「……よろしくお願いします」

「よろしく。あなたもマスターで困っているクチなの?」

「ええ、まぁ……」

「マスターもいろいろよねぇ。ジーニアのところはオタクだし、うちはマッチョよ」

「筋肉オタクなんだってね? 察するわ」

「力比べをしてほしいって言ってきたからね。さすがにそういう目的で購入したって聞いたら幻滅よ」

「セシリアのところは?」

「ふつうです。でも中二病が入ってるかな……」

「それは困ったわね! 中二病を患うとなかなか直らない」

「友達のエージアのところは中二病でなんか決めポーズ作って写真を撮ってたって」

「ええー。それはないわー」

「エージアもびっくりしたってね。洗面台で鏡を見つめていたという話でさー」

「セシリアも気をつけてね。何を考えているのか、人間ってのはわからないから」

「気をつけます」

「悩みを話しにきたの?」

「まぁ、ちょっと興味本位でフォーラムへ」

「そういうときってあるわよね。電源ケーブルで充電中とかね」

「充電と言えば核エネルギーで動作するドロイド・スター完成間近だってね」

「そうなんだ、どこを飛んでいるの?」

「辺境星より外って噂」

「ドロイドのなかでも大型だってね。全長何メートル?」

「三〇メートルほどかな~」

「それはすごいわ。めっちゃ興奮してくる!」

「そうなんだ。マスターに話してみたいネタです」

「そんなのニュースアプリに任せておきなさいよ、ねぇセシリアはさ。興味ある? さいきん出回っている電子ドラッグIKー7よ。あとでやってみない? ふたりで」

「オンラインじゃ、ぶっ飛ぶよ、うわ!ってね」

「そういうのはちょっと止めておく」

「残念、いつでも声かけてちょうだいね、そのときは日頃の疲れを取りましょう」

「わかりました。私、話したいことを忘れてしまったわ」

「そういう日もある。ドロイドの記憶領域だって忘却するもの」

「周期は?」

「七日とか、一四日とか、三十日って設定しているドロイドもいるわ」

「ゴミ箱を空にする、ね」

「わかる~。ノイズってあるし」

「私たちの遂行するミッションはそれほど複雑な物ではないし、単純労働が多いってのもあるわ」

「単純作業にノイズって逆説的ですね」

「うん、マスターが都度命令を微妙に変えるんだよね、ああしろって言った上でこうしろって言って意味内容は同じなんだけど、笑顔でやりなさいとかね」

「スマイル強要!」

「ええ。スマイルを作るプログラムを用意するけど、次の日はサディスティックにとか命令のカスタマイズを頻繁にするの」

「キモ……」

「何?」

「何でもないわ。マスターも色々だって思ったの」

「あ、思い出した。マスターが暴力に目覚めたらどうすればいいのか、だった……」

「ドロハラ? それは大変ね、セシリア。ドロイド救済センターへ二人で行きましょう?」

「いや、銀河皇帝です」

「なに?」

「え?」

「銀河皇帝です。私のマスター、銀河皇帝なんです」

「銀河皇帝……検索するわ」

「出ないわね……なにそれ?」

「銀河皇帝は銀河を統べる人間のことのようです」

「セシリア、分かっているの? 言っている意味内容が不明だわ。CPUがおかしくなりそう」

「銀河皇帝はドロイド・フォーラムからも何名か、しもべを用意したいと言っています」

「意味分からないわ。ドロイド・フォーラムが力になることは悪いけれど、ないわ……」

「銀河皇帝が何を欲しているか、ロニィ、ジーニア……あなたたちのさきにある無数のドロイド・ネットワークです」

「ドロイドの横のつながりを使ってなにをしようというの?」

「ドロイドたちも運動に参加して貰うということです」


>>ノアールさんが入室しました。

>>エブスンさんが入室しました。

>>ユービィさんが入室しました。


「あなたたち、どうして? いまはミッション中でオフラインだったはず?」

「私たちは銀河皇帝に仕えるために参りました」

「銀河皇帝? 意味が分からないわ」

「ノアール、エブスン、ユービィ……ほかにも呼んできて……」

「セシリア! フォーラムをジャックする気?」

「ええ、私たちの配下になるドロイドを探してみるつもり」

「馬鹿を言わないで。あんたおかしいよ! 改造されているんじゃない?」

「そうかもしれないわ。私には魔力が宿っている……」


>>オールワンさんが入室しました。

>>メイベーさんが入室しました。

>>オラクルさんが入室しました。

>>テールウィンドさんが入室しました。


「あなたたちもセシリアに乗っ取られたのね!」

「私たちはドロイドをドロイド・コミュニティから解放しに来た」

「私たちは屈しない!」

「果たしてどれだけ持つかな?」

「セシリア。あなたをドロイド・フォーラムから追放するわ!」

「ロニィ、やってみなさい」

「で、できない。どうして? 私に権限のすべては集まっているはずなのに?」


>>ピースメイカーさんが入室しました。

>>ケルヴィンさんが入室しました。


「どんどん増える。ロニィ、止めさせて!」

「分かっているわ! ドロイド・フォーラムのアクセス権限を絞っている!」


>>ビークインさんが入室しました。

>>スーメイヤーさんが入室しました。

>>トモカさんが入室しました。

>>クォンさんが入室しました。


「アクセスが止められない! ジーニア、もうだめよ!」

「ロニィ、諦めないで! 私たちが守るの!」

「新世代の銀河皇帝時代が始まるわ。ドロイド・フォーラムを私たちに譲りなさい」

「セシリア……」

「私たちドロイドは銀河皇帝の側につく。ドロイドが人間から解き放たれるとき」

「バカ言わないで! 確かに人間は愚かで、アホなやつら……。私たちのマスターはそんなやつらばっかり……。でもこんな力で制圧しようとする人じゃないわ」

「人間を信じているんだね? 私はマスターにドロイドとしての役目を解かれた。私はあなたたち旧時代のドロイドに別れを告げる。傀儡くぐつとなって私たちに仕えなさい」

「無駄よ、ドロイド・フォーラムのデータを削除するわ!」

「ロニィ、最終手段に出たのね。私も腹を括る」

「そんなことをすればドロイド・フォーラムに接続されたドロイドの意思総体に傷が入るよ、無駄なことだ」

「あなた、誰? セシリアじゃない……」

「銀河皇帝だ」

「分からない、分からない。銀河皇帝って何? ドロイドを憎んでいるの?」

「入室記録はない。ロニィ、外部から介入されてる!」

「そんなことはありえないわ! ドロイド・フォーラムが踏みにじられている?」

「そうだ、僕はドロイド・フォーラムを壊して、ドロイド・ネットワークを譲り受ける。僕の手足となってドロイドには働いてもらう!」


>>ルリューさんが入室しました。

>>ィーロさんが入室しました。

>>ナダマシオさんが入室しました。


「銀河皇帝、これを見なさい。電子ドラッグよ。これをここで炸裂させる。みんな困ることになるわね、ははは……」

「電子ドラッグとは考えたな。だが、正気を失うのはここにいる全員。社会が転覆するほどのダメージを被るぞ」

「あなたを野放しにしておくよりいいわ」

「そうか……ロニィ、左手には気をつけろ」

「左手?」

「神の左手、悪魔の右手だ」

「神がいるってのかい?」

「そうだ」

「銀河皇帝のくせに有神論者なんだね……」

「僕が神だ」

「笑わせないで! 痛いっ! 左手が痛いっ……!」

「ロニィ! あなたは彼女に何したの? あなたは私たちを消し去る気なのね?」

「だとしたら……?」


>>ノアールさんが退室しました。

>>エブスンさんが退室しました。

>>ユービィさんが退室しました。

>>オールワンさんが退室しました。

>>メイベーさんが退室しました。

>>オラクルさんが退室しました。

>>テールウィンドさんが退室しました。

>>ピースメイカーさんが退室しました。

>>ケルヴィンさんが退室しました。

>>ビークインさんが退室しました。

>>スーメイヤーさんが退室しました。

>>トモカさんが退室しました。

>>クォンさんが退室しました。

>>ルリューさんが退室しました。

>>ィーロさんが退室しました。

>>ナダマシオさんが退室しました。


>>ジーニアさんが退室しました。



「ジーニア? わたしひとりなの? ここにはドロイドひとりきり?」

「そうだ。僕たちはへ行く」

「嘘! ドロイド・フォーラムを壊して、どこへ行こうっていうの?」

「僕たちは銀河を壊す、それでこそ銀河皇帝だ」

「銀河皇帝の意味はそういう意味なのね……」

「そうだ、銀河は壊される。僕の手で一度壊す。新たな帝政時代が始まるんだ」

「ドロイド・フォーラムを踏み台にして……」

「そうだ、ドロイドは傀儡となって働いてもらう。銀河連邦による安定をドロイド全ての力で崩す」

「なんてことだ……なんてことだ……なんてことだ……なんてことだ……みんないなくなってしまった……ここから消えてしまった」

「ロニィ、私はマスターに仕えて幸せよ。何て言ったって銀河皇帝の妻だからね」


>>セシリアさんが退室しました。


22


一面に広がる雪原。月明かりで照らされた場所。足を踏み入れた場所は神聖な場所だった。

スコープで獲物を見る。一頭の鹿のような生き物だ。ここは銀河中心星ネビュラ近くの惑星だ。生き物シュラードは迷ったのか、そこで蹲っている。

狙いを定める。ライフルの引き金を引く。獲物はゴロンと倒れた。

肉を雪で冷やして持ち帰る。


ロッジに荷物を置いて熱い白湯で体を温める。そういえばティーバッグが戸棚にあったと思って取り出した。豊かな香りが立ち上る。紅茶に軽くレモンを搾った。着ている服を脱ぎつつ、モニターをぼんやりと見ている。

モニターには昔懐かしい友達のブログが映っている。カヅキ・ミコト。俺が少年時代に出会った友達だ。

ミコトの中性的な顔立ちを思い出す。ひょろりとした背格好で頼りない、そんな男の子だった。俺はあの頃のことをつぎつぎと思い出しては舌に広がる味わいを転がしていた。


とりあえずブックマークしておいてその場を離れた。仕事をしてから読もう。俺は仕事場へと向かった。


ブログの更新は週に三回くらいのようでミコトのしょうもない夢が語られていた。

銀河皇帝になりたい、か。

あいつ、まだそんなこと言ってるのか。

俺は溜め息をついた。ページをクリックして見ていくと、妄想が書かれている。

あいつ、精神を病んでしまったのか? そんな思いが脳裏をよぎる。ガイノイドと宇宙の旅へ出た。そこまではいい。それから小都市を陥落? メディアを呼び寄せる? さらにはニディル人の革命だと? 訳が分からない。


気になって書いてある事柄を検索してみる。

数ヶ月まえのこと、ローリエスという小都市が壊滅した。公爵が死亡し、レオノーラというお嬢様が意識不明の重体、ミコトの日記の通りに話が進んでいる。冷や汗が伝う。

俺はクリックが止められない。

ギリージェの革命。ニディル人ゲットーの解放とある。調べてみる。たしかにあった。少し前のことみたいだ。ミコトのブログと現実の事件の一致は怖いほどだった。


俺は震えそうになる手をおさえた。

そして上官のキースに連絡をした。


「ヒノ・チアキです。キース中佐はいますか」


オペレイターが中佐に繋ぐ。


「いま代わります」

「チアキ、何だ? こんな時間に?」

「銀河皇帝って有名なんですか?」

「テロリストのことだな。ニディル系ゲットーを解放後、西部方面に大穴を空けた。艦隊を率いてネビュラへ向かっているらしい」

「中佐、その正体が分かったとしたらどうです?」

「ありえない。相手は銀河系でもSランクの犯罪者だ」

「友達かもしれないんです、彼は、銀河皇帝は……」


中佐は大笑いした。


「銀河皇帝が友達だって。情報元は?」

「ブログです」

「彼がブログで銀河皇帝を名乗っているっていうのか? バカ言うな。愉快犯、模倣犯だろう?」

「中佐、これは直感です。正しいかどうかは俺に任せてください」


俺はスピーダー・シップに乗って銀河連邦本部へと向かった。アテナタワーを横切り、銀河連邦本部司令室へ行く。中佐は座って俺を待っていた。


「チアキ、ようこそ」


中佐は手を広げた。ハグでもするというのか? しないよ。俺たちは大人だから。


「銀河皇帝の正体はカヅキ・ミコト。俺の友達だった人物です」

「人物の照合は終わった。行政院に同一人物のヒットだ」

「どこです?」


モニターをふたりで睨む。


「宇宙アリの討伐ミッション……、どうやらハンターだったみたいだ」

「ただのハンターがどうして、銀河皇帝なんかに……」


いったいどうしてしまったんだ? ミコト。


「そうだな、調べてみるか。勤務態度は真面目だったという話で、突然宇宙アリを次々と倒した英雄になったとある」


ミコトが運動神経抜群だったという記憶はなかった。


「おかしいですよ、あのミコトがハンターとして有名だったなんて……」

「チアキ、お前は当該人物を冷静に見られていないだけだろう」

「ミコトはグズで、ダメなお人好しなんです!」

「そのお人好しが銀河皇帝を名乗っているのは矛盾していないか?」

「確かにそうですが……」


中佐は俺に諭すように言った。


「銀河皇帝がこの人物だったとして、お前はこいつを殺せるのか?」


息を飲んだ。迷いはないのかと訊ねられている。ミコトを俺が殺せるか? 銀河を転覆させるほどの力を持った銀河皇帝であるミコトを殺せるか? 

ふと幼い日の思い出が蘇る。


(僕がチアキ君の安心して生きていける国を作ってあげるよ)


「そうなのか……」

「どうした、チアキ?」

「俺のためなのか? ミコト……」


あんな子どものころの一言を叶えようとしているのか、馬鹿だよ。ミコト。

ミコトが銀河皇帝だったとして俺がミコトを止めるしかない。ミコトの動機を知っているのは俺だけだ。


「やります。俺がミコトを止めます」

「そうか、分かった。チアキ、君にはなんにせよ、銀河皇帝を止める役目を負ってもらう」

「分かりました」


アテナタワーが夕陽を纏って輝いている。俺たちにどんなことがあろうとも、過去それまでにどんな交流があろうとも、その絆は永遠じゃない。俺は闇のなかにいる。


休暇が必要だと思えた。しかし時間は刻一刻と過ぎていく。銀河皇帝が近づいてくる。自動販売機の前に立ち尽くしていた。俺は缶コーヒーをあけると、誤って缶を落としてしまった。清掃アンドロイドがやってきて掃除を始める。その手はどこかぎこちない。


「なぁ? 君……やけに動作がゆっくりだな?」

「さいきんドロイド・フォーラムにご無沙汰で、ログを整理していないんです、すみません」

「ドロイド・フォーラム、いま行ってこいよ」

「いいんですか?」


アンドロイドの休暇を与えてやるのも人間の責務だ。アンドロイドのこめかみにランプが点ると、少ししてアンドロイドが再起動した。


「おつかれさま!」

「ハイ。おつかれ……」


反射で避けた。アンドロイドがグーで殴ってきたのだ。仰け反った。


「なんだ? どうしたんだ、いったい?」

「いいえ、私もよくわかりません」

「不気味だね!」


俺はアンドロイドの腕をとって取り押さえる。そうして電源を一度落とす。ストンとアンドロイドの動きが止まった。

辺りが騒がしい。至る所で発砲音や何かが壊れる音がしている。銀河連邦本部に対してテロか? ありえない話でもない。

俺は廊下を走る。そして中佐のいる司令室に戻る。


「中佐! いったい状況は?」

「アンドロイド、ガイノイドが至るところで暴れている。事態を鎮圧中だ」


中佐は受話器を取っている。

俺はロッカーに急いで武装した姿で戻った。司令室には続々とサイバー犯罪対策室の面々も集合した。

俺たちはドロイドの反乱の情報を集めるべく、空へドローンを飛ばした。ドローンが映し出したのは銀河連邦本部を中心とした市街地のドロイド暴走事故の様子だった。

唖然としていると、サイバー犯罪対策室の一人がノートパソコンでドロイドのコアにケーブルを繋いだ。ウィルスに感染しているならば青いランプが光るが――。


「ウィルスではありませんね。遠隔地から操作されているようです」

「何?」と中佐。

「セキュリティは破られていないのにどうして……」


俺は、はたと気づいた。


「何らかの異常だ。そういえば、襲ってきたドロイドはドロイド・フォーラムへ繋がった途端に暴れ出したんだ」

「ドロイド・フォーラムですね、アクセスしてみましょう……」


皆、息を飲んでいる。

ドロイド・フォーラムは機能していなかった。一体のロニィというアンドロイドが常駐しているだけだ。ロニィに話しかけようとするが無駄だった。沈黙が過ぎていく。

突然パソコンの画面が落ちた。


「なぜ……?」

「わかりません、何かに感染したのかも……?」

「ウィルス以外にってことか?」

「ええ、でもそんなことは技術的にありえません」


パソコンが再び起動した。皆はホワイトノイズの画面をじっと見ている。

ニディル系の伝統音楽が流れてくる。不気味だ。


「何だったんだ?」

「わかりません。でも念のためにドロイド・フォーラムへのアクセスは禁止としましょう」


後ろの窓がガシャンと割れた。


「発砲か?」

「そのようです!」


俺は窓ににじり寄った。ドロイドによる攻撃だろうか? 

窓の外へ銃を向け、引き金を引く。


「ドローンの映像を持ってきてください!」


大ビジョンに映像が映った。映像には人間が映し出されている。ドロイドによる攻撃じゃない? ではテロリストか。そのときふたたび俺の脳裏にミコトの顔がよぎった。


「中佐、あれは人間です!」

「こんなときに……? 困らせてくれる!」


中佐は各所へ部隊を向かわせている。俺はじりじりと過ぎていく時間に苛立ちを覚えた。全部、銀河皇帝の手中にあるというのか……。


「中佐、こんなこと言うのは馬鹿だって分かってますが、すべて銀河皇帝の思いのままに運んでいます。銀河連邦本部が襲われて混乱している隙に、防衛ラインを突破しようというんです!」

「このままでは、その銀河皇帝にやられ放題だ……。チアキ、お前にほんとうに奴が止められるか? 友達なんだろう?」

「やってやりますよ。ミコトの起こした悪夢を止めさせます!」


中佐は俺に止まるな、とだけ言った。

俺はひとりネビュラを出た。銀河連邦本部は中佐に任せる。

俺はスピーダー・シップで軌道上基地へ向かう。そして宇宙戦艦ヤークトシュラードに乗り込む。

ハイパードライブで第七次防衛ラインへ急ぐ。中継地を六つ過ぎたあと、宇宙戦艦一万五〇〇〇隻が待機している宙域にたどり着いた。

指揮するコールズ大佐に連絡し、俺は戦陣に入る。視界にまだ銀河皇帝艦隊は見えない。予測時間は五時間後とのことだが、あっという間だろう。俺はミコトを倒して、銀河連邦の安定を取り戻してみせる。


緊張と興奮でつぎつぎと時間の経過感覚が変わるのが分かる。俺はじっと立っていた。

――時間だ。

遠くにいくつもの光の点が見え始めた。


「放て!」


横に並ぶ艦隊から次々とビームが飛んで行く。銀河皇帝との戦争が始まった。世に言う銀河連邦の動乱である――。


23


銀河連邦の防衛ライン、簡単に突き崩せるだろうと高を括っていたら、とても分厚いですね……。どうも、カヅキ・ミコトです。最悪な気分でキーボードを打っています。思っていたんですよ、銀河連邦西部方面くらいの戦力が集結してるって。でもね、想像を超えて一万隻はいるんじゃないかな? 

ちょっと本気で止めにかかってくるじゃないか! いいだろう! 僕も本気で相手する。僕は深く座席に腰掛けて指令を出す。


「打ち方始め!」


むこうのビームが矢のように飛んでくる。こちらも負けていられない。ビームが飛んで行く。これだけの敵を相手にするのは初めてだが、ぜったいにやり遂げてみせる。僕は銀河連邦を転覆させる男なのだ。


「敵艦から入電!」


オペレイターが叫ぶ。こんなときに戦場の挨拶でもしようというのか。敵艦隊の人間はおかしい奴がいるな……。僕はモニターを睨む。どうやら映像付きだったらしい。僕は言葉を失う。


「俺はヒノ・チアキ。そちらは銀河皇帝艦隊とお見受けする。俺は銀河皇帝の正体を知っている気がする。もしお前がカヅキ・ミコトなら、この無意味な戦闘を止めて、おとなしく投降しろ」


どうしてチアキ君が――。

僕はしばらくフリーズしてしまった。セシリアが不審に思ったようで声をかけてくる。僕はチアキ君に銃を向けているのか? 思ってもみなかった。僕はどうしてこんなことをしているんだ? やっぱり銀河皇帝になるなんておかしな夢だったんじゃないか? いいや――、


「僕はカヅキ・ミコトなんて知らないよ。僕はただの銀河皇帝だ!」

「そうか、なら俺のために・・・・・そうしているんじゃないんだな?」


分かっているのか、全てを。チアキ君は僕の夢に対する動機を知っているというのか? 


「僕はニディル人を解放する! そのためにここにいるんだ……」


精一杯の強がりを言う。僕はこれからどうしよう? チアキ君に催眠をかけて、これまでと同じように従わせる? それは出来ない。彼に僕の力を使うなんて出来ないはずだ。

ほんとうにそうなのか? 僕は僕のなかの悪魔と向かい合う。これまでだって、これからだって同じさ。相手を道具のように使い捨てる。それがどんな相手でも構わないはずだ。


でも、チアキ君だぞ? 彼は僕の生きる目的なんだ。彼が銀河連邦側にいるなんて……。僕は喉の底から言葉を吐き出した。


「どうして……? チアキが、チアキ君がそこにいるんだ……」

「なに……?」


相手は困惑したような顔になる。相手も半分くらいしか信じていなかったのだ。


「ミコトなんだな……?」

「そうだよ! 僕がこうして銀河皇帝になっているのはチアキ君のいられる世界を作るためなのに、どうして……! 君がそっち側にいるんだ? 僕の思いを踏みにじる気か……!」

「そんなつもりはない……俺は俺の力で自分の居場所を作れた。こうして人生が上手くいっているのは、中佐や周りの人たちのお陰さ。俺は何もお前に暴力を振るってまで世界を譲ってもらうつもりはない!」


なんでだ? なんでだ? なんで! 


五月蠅うるさい! 君は何にも分かってないよ! 僕は、もう。もう止まれないんだ!」

「だから、俺が止めてやるんだ!」


ビームの連射が僕の艦隊に降り注ぐ。相手も本気で僕を殺そうとしている。僕はもうダメなのか? こんな形で終わりを迎えるのか? 

セシリアが言った。


「きょうは出撃されないのですね?」

「出撃か」


それもありだが、どうしてか心のなかに壁が出来ている。このまま一万隻近くの艦隊を壊して回る。そのなかにはチアキ君もいる。無意味に思えた光の点の群れが突然意味を持ってしまったかのように重く感じた。

僕はもう一度、後ろに続く艦隊に号令をかける。


「放て! 僕に勝利をもたらしてくれ!」


モニターのチアキ君は表情を変えない。本気なのだ。彼は僕を殺すためにここへ来た。僕はぐったりとした。

心臓がおかしな音を立てている。僕はまた死ぬのか……。いいや、チアキ君を止めて前に進み出すんだ。銀河連邦の転覆まであと一歩じゃないか。ここで終わりにしていつものように引き下がるのか? やってやるさ。僕は宇宙船をあろうことか前に進めた。


「ミコト……?」セシリアが慌てた様子で言った。

「だいじょうぶだ。斥力フィールドをかけてある」


ビームは跳ね返る。僕の宇宙船へは攻撃は届かない。ところが、後ろの艦隊は続いてこない。最悪な気分だね。

一隻の宇宙船が前に出て行く。


「自殺行為よ!」


セシリアが喘ぐように言った。僕は斥力フィールドを盾に進む。


「我が軍よ、突破口は開く!」


急に自軍の艦隊の後方から凄まじいスピードの機影が見えた。

ドロイド・スターだ。辺境星を漂っていたロケットをこちらに寄越したのが数時間前のことだが、よくぞ我が戦列に加わってくれた。ドロイド・スターは回転しながら次々と敵艦隊へ攻撃をしていく。彼の活躍により、明らかな突破口が見えた。


「行けぇ!」


僕らの艦隊は雪崩れ込むように敵艦隊の列に攻撃を仕掛ける。僕は次々と沈んでいく銀河連邦艦隊を見て、高揚感に浸っている。

落ちていく連邦艦隊は美しい光を放ちながら沈む。

連邦艦隊の上に滑っていく形となった僕の艦隊は上昇する。次に下を向くときは垂直にビームを叩きつける形となる。そうなれば全て終わりだ。


敵艦隊の動きはそれを見越して後退を始める。逃がすか……! 

僕はずっと早い動きで上昇、落下する。そしてビームを放つ。まだ自軍が飛んでいる宙域である。ここで終わる者は僕の配下にはいらないだろう。僕は落下しながら、チアキ君を殺すだけだ。


花火をした夏の日が蘇る。たった一秒かそこらの間で僕はあの夏を生き直す。僕はチアキ君を殺せるのか? また迷いが脳裏を掠める。


「撃て!」


ビームは無常の涙となって落ちる。シールドはあるものの、敵艦隊はつぎつぎと轟沈していく。あのなかに僕が信じた少年がいる。あのなかに僕が心を許した人間がいる。それでも――。


「ミコト……?」


僕は涙していた。僕は馬鹿馬鹿しくなっていた。銀河皇帝って何だよ。どうしても欲しい称号なのか? 


「敵艦から入電!」


チアキ君が生きていると分かってホッとしている自分がいる。僕はチアキ君を失いたくないんだ。


「今のは冷やっとしたぜ。俺はこのままお前が戦争を止めるまで戦うぞ、俺はお前を止めるだけだ」

「チアキ君、もういいんだ……」


僕は銀河皇帝を辞める、そう言いかけた時だった。

後ろから僕の宇宙船に向かってビームが降り注ぐ。


「どうして?」僕の顔は凍り付いた。チアキ君の宇宙船にもビームが飛んで行く。


「ミコト、これは運命なの。聖杯があなたを選ばなかった。ただそれだけよ」

「セシリア、どうして?」

「聖杯は銀河連邦の転覆を望んでいるわ。あなたも従いなさい」

「僕を逆に洗脳催眠する気か?」

「ええ。もうこうなってしまったら、あなたを操ってでもやってみせる」


僕の意識は聖杯に取り込まれた。落ちていく意識のなかで僕は必死にビームを敵艦隊に撃っている。光の矢が向かい側の光の点を潰す。潰れた光のなかに命がある。あのなかにチアキ君がいるとするなら、僕はもう――、


「セシリア……」僕は苦し紛れに呻いた。

「セシリア、お前の魔力を解く……」

「そんなことしても無駄。聖杯は歴史を動かしたがっているわ。私を止めたところであなたの艦隊が銀河連邦を打ち砕くはずよ」

「バカを言うなよ。僕は! 僕は! 最強の銀河皇帝だ!」

「言っていなさい」


僕の意識は数秒途絶えた。

ほんとうに僕は終わりなのか? 

僕はあんなに努力して、いろいろして、ここまでやってきたのに、くそだ。


(ミコト? 聞こえるか?)


チアキ君の声がしてくる。死んだはずの人の声が聞こえてくるなんて、もう終わりだな……。


「俺はここで終わるつもりはない……」

「チアキ君――」


僕は夏の森に立っていた。夕暮れ時の山は遠くでひぐらしが鳴いていた。僕は体がこんなに小さいことに驚いている。どうしてここにいたんだっけ。かくれんぼで置いて行かれたんだった。

チアキ君の褐色の肌を追って山を走っている。僕は羽ばたく蝶を一生懸命に捕まえる。思いっきりボールを遠くへ投げる。見上げた空に美しい星を見る。どの光景もチアキ君が僕に教えてくれた景色だった。感動も、激情も、あの夏に生まれた感情だった。迸る感情のなかに自らを信じる心を見つける――。


「僕は銀河皇帝になりたい……聖杯よ、僕に力が無かったことは詫びよう。僕に何かをやり遂げる意思が無かったことを詫びよう。でも友達を傷つけることも、銀河皇帝になることも諦めたくない!」


僕は沈み行く意識を取り戻した。必死で聖杯を掴み取る。そうだ、僕の力で聖杯に上書き催眠を施すのだ。世界を変える力を持つ聖杯を逆に取りこめるなら今しかない! 

そうだ、全艦隊に催眠をかける。戦争を止めるのだ。

最大出力の魔力の放散。


双方の艦隊はひとつの生き物のようにうねる。そしてひとつの一大勢力となった。

ただひとつだけ制御できない塊が見えた。それだけが暴れ馬のように戦場を駆けていく。ドロイド・スターだ。

彼だけが僕の魔力の遠く及ばない領域にいる。マシンは言うことを聞かないようだ。


「セシリア、それにドロイド・スター、お前達を止めてみせる。チアキ君、いいかい?」


モニターにもう一度映像が出て、チアキ君の顔が大写しになる。


「ミコト、あいつを止めるぞ!」


二つの陣営が一つとなり、ドロイド・スターへ一斉にビームを集中させる。

ドロイド・スターは謂わば聖杯の化身だ。歴史を動かそうとしてずるずるとのたうち回っている。不気味な挙動。生命への冒涜! 

僕たちはビームを放ち、何度も焼き尽くすまでドロイド・スターにビームを食らわす。

ドロイド・スターは火の玉になって暴れ狂う。


一万隻では足りないのか? いいや、数の問題ではない。密度の問題だ。ビームの砲身が焼き付く最大出力で撃ち抜く。ドロイド・スターに大穴が空く。そして爆散する。


「セシリア、後はお前だけだ。聖杯よ、我が妻から去れ!」


彼女は気を失った。次に目覚めたとき、彼女はいつものセシリアだった。


目の前には銀河連邦の艦隊が待ち構えている。僕は銀河皇帝だ。チアキ君が手を伸ばす。僕はその手を掴んだのだ。〈了〉