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doru

 ついに老人はやってきた。ここを探りあてるまでに何十年という歳月を費やし、それに対応する苦労を重ねてきた。だがすべての苦労はここで報われるのだ。
 彼は石の門を調べはじめた。
「教授、この遺跡でいいんですかい」中年の小太りのガイドが顔にかかった汗を拭きながら聞いた。
 老教授は門の仕掛けを調べ、罠がないのを確認するとガイドといっしょにその遺跡にはいっていった。
 遺跡の中は、焼けつくような外とは違い、ひんやりとして古い遺跡独特のかび臭さが漂っていた。
「気をつけるがいい。ここには侵入者を寄せつけないための数々の罠が待っているはずだ」
 ふたりは一歩一歩確めるように歩いて行った。老教授の事前調査が功を奏したのか、たまたま運がよかったのか、それとも彼らの知らぬ力でも干渉していたのか、2時間後彼らは求める場所にたどりついた。

 遺跡の中央には王族の墓が並び、ある古文書にそのなかのひとつに死者を蘇らす箱が納められていると書かれているのだった。老教授は墓の一つ一つを開け、王の中の王がミイラとなりつつ守っていると言われる箱――死者を蘇らす箱をついに探しだした。箱は、王の中の王がミイラとなっても離すものかと語っているように、がっしり持っていた。
「とうとう見つけたぞ。これで妻は蘇る……これで妻は蘇る……これで妻は……」

 老教授は胸の内ポケットにしのばせた古びた写真に手をやった。

 あれは何十年前だったろう。妻と出会い、愛し合い、結婚した。そして長期の休暇をとりあわただしい日常を離れて絶海の孤島へハネムーン旅行にでかけた。素朴な島民のなかに親しくまじわり、時には暗い砂浜で生まれたままの姿で愛し合った。すばらしい日々だった。だが最後の日、ぼくらは南国での休暇の名残をおしむように海にカヌーで出た。その日は波が荒く、季節はずれのタイフーンが近くまで接近していることに気づかなかった。カヌーはバランスをくずして転覆し、妻は運わるく頭を打って溺れ、そのまま帰らぬ人となった。

 「教授?」現地人のガイドは老教授の異変にきずいたのかいぶかしげに声をかける、
 「おまえはよくやってくれた」教授は、彼の懐からしのび込ませていた短剣で男の腹をいきなり刺した。
 「どうして……」ガイドは血がどくどく流れる腹を押さえながら倒れた。
 「許せ。妻を生き帰らすためにはどうしても生け贄が必要なのだ」目を充血させながら、流れ出る鮮血を箱いっぱいに注ぎ込みながら教授はつぶやいた。写真といっしょに隠し持っていた妻の黒髪を一束とりだし箱にいれた後、自らの指を少し切りその滴り落ちる血もそこに加え、それからおもむろに呪文を唱え始めた。

 長かった。この年になるまで、妻を生き帰らすのを目標にして研究に研究を重ね、生涯を費やして考古学を学び、数々の墓石を盗掘し、古代語を習得した。古文書によれば、王の身体を寄りしろにして死者が蘇るはずだ。

 老教授が呪文を唱え終わったとたんにも黒いもの凄い煙が立ち、遺跡の中にばちばちと雷が天上から落ちてくるばかりの火花が飛んだ。箱の中から青い蛍光色をはなつエーテルがわきだし王の中の王にまといつくと、見守るうちに干からびたミイラがもりもりと肉をつけ、ついには黒髪を持つ裸体の女そこに横たわっていた。

「ああ、おまえ……!」老教授が長年に待ち望んだ妻の姿に思わず声をはっすると裸体の女はぱっちりと目を開き、蘇った自分の姿を興味深そうに見て、やがてしわがれた声で答えた。
「これは女の身体らしいな。みょうに力がはいらず頼りない。男の身体の方がよかった」
 女は老教授が驚きに目を見張っているのを眺めながら、咽喉を押さえ何度か試したうち、納得のできた声になったらしくうなづくと言った。
「どうだ? これで」
 男心をとろかすような魅惑的な声だった。
「おまえはわたしの妻じゃないのか?」老教授は聞いた。
「私か? 私はおまえが望んでいたものでもあり、またこの墓に埋葬されていた王でもある」
「じゃあ、わたしの妻でもあるというのだな」老教授はよろよろと裸体の女の身体に手を触れようとした。
「われに汚れた手で触れるでない!」低い鋭い声で静止がかかった。
 焼け火ばちを手におしつけられたように老教授は手をひっこめる。
「聞くがいい」裸体の女の声がいった。
 「老人よ。この身体はおまえが持ってきたものを素材に造られたもの。しかし心は王の中の王のものなのだ。だから気安くわたしに触ってはならない。とはいえ長い年月復活を待っていたわが魂を蘇らせてくれた恩はある。生前の自らの契約とおりおまえの望みを一度だけ叶えてやることにしよう。なんなりと言ってみるがいい」
「わたしにはわからない。混乱しているし、そんなことを急に言われても……」
「よろしい。願いはとっておくがいい。いずれまた出会うこともあろう」
 女はにっこりと笑って立ち上がり裸体のままの姿で遺跡から出ていった。後には呆然自失した老人と、腹を刺されて絶命しているガイドの死体だけが残っていた。

 翌日から不可解な事件のニュースが世界中をかけめぐった。昼夜を問わずあらゆる土地でミイラ化した人間の遺体が発見されるというのだ、さらにそれだけではなかった。そのミイラ化した遺体は24時間後にはひとりでに再び動き出していづことなく消え去るらしい。
 すぐに老教授は妻の姿をしたあの女――王の中の王のしわざだと気がついた。恐らく彼女があの姿でいるためには人間の精気が必要なのだろう。そして、毎日一定数の犠牲者がないと身体を保っていることができないのにちがいない。老教授は自分のしたことを後悔しはじめた。助手を殺したことだけではない。もしかしたら自分はさらに悪質なパンドラの箱を開けてしまったのではないかと思えてきたのだった。
 日がたつにつれて、犠牲者の数が増えていった。姿形は愛しい妻のものでも、その心は過去の邪悪な王の中の王のものだった。いたたまれずに老教授はあの遺跡にもう一度行って見た。しかし女の姿はなかった。驚いたことに石室の中はどれも空になっていた。恐らく自分の精気の一部を与えたのだろう――他の王族のミイラまでもが蘇っているようだった。
 日がたつうちにだんだんミイラ化事件はテレビや新聞では取り上げなくなった。収まったからではない。あまりに数が増えすぎてもはやニュースの枠を超えて社会全体にパニックがひろがりつつあったからである。

 そしてある日とつぜん全世界の大都市の上空に巨大なUFOが出現した。取材のために飛び立ったヘリコプター、警戒のために発進した戦闘機はUFOの発する熱線兵器でつぎつぎに打ち落とされた。そればかりでなく人々が逃げまどうなかそれらのUFOの下にどこに隠れていたのかミイラたちがぞくぞくとわき出すようにして集ってくるのだった。ミイラたちは手当たり次第に人間たちを襲いはじめ、頭上と地上の脅威に人間社会は混乱をきわめた。もはや全世界的な惨劇というしかなかった。
 ミイラたちは家々に押し入り、生き残っている人間を探しだし、無理矢理接吻しては精気を吸いとって仲間を増やしていく。人間たちのうち比較的早くミイラとなったものは、仲間から比べてもスキルが強いのか、青い蛍光色のエーテルを自分を中継して外部におくりだしている。そしてUFOの下にいて、羽を生えて宙を待っている天使とも悪魔ともつかない王族に青いエーテルとなった精気がぞくぞくと集まり吸い上げられる。

 人々の流れに逆らって老教授は間近のUFOの真下にたどりつくと空を飛ぶ王族たちの群れにむかって絶叫した。
「もうたくさんだ。妻の姿を借りた王の中の王よ。いまこそ私の願いを聞いてくれっ」
 一瞬UFOからの光りが一筋落ちたかのように思えた。そして6枚の羽を持ったあの王の中の王がゆっくり飛んできた。
「おまえか。願いを決めてきたのか?」
「ああ、もうたくさんだ……こんなことやめてくれ」老教授は押し殺した声で言った。
 しかし王の中の王は首をふって言った。
「そればかりはかなえられない。もとはといえばおまえがあの箱で私を行き返らせた結果がこれなのだから。自分に対して行われた行為の結果をもとにもどすことはわたしにもできない」
「じゃあこれならどうだ? わたしがおまえを目覚めさせる前にわたしをつれもどしてくれ。――そうだ、妻がまだ生きている過去にわたしを送ってほしい」
 老教授の妻の姿をした王の中の王は微笑みを浮かべた。
「それはかなえてやることはできる。ただし時を越える以上おまえの振る舞いによっておまえ自身の存在がどうなるかはわからない。それでもかまわないのだな?」
「ああ、かまわない。それがわたしの願いだ」

 ざぱーんざぱーん。気がつくとひとり老教授は海辺に立っていた。目の前を若い男女を乗せたカヌーが行きすぎる。はっと気づいて老人は西の空を見た。黒い雲がたちのぼっている。彼は近くの原住民の家に駆け込むと大至急カヌーを出してくれるように頼んだ。
 思ったとおり海は急に波高くなり、カヌーはひっくりかえり、若い女が意識を失ったまま海に投げ出されて流されていく。先回りをしていた老人は着ていた服をみな脱ぎ捨て、飛び込むと女を救出した。
 若い女は舟の中で海水をげえげえ出していたが命は大丈夫そうだ。浜につくと若い男が心配そうに飛んできた。
「もう大丈夫だ」老教授はそう言って立ちあがった。
「ありがとうございます。せめて名前を聞かせてください」若い男がそう言っている声を背に彼は浜を後にした。
 老人の身体がすけてきた。王の中の王が言っていたのはこのことだろう。つまりタイムパラドックスだ。死んだはずの妻を助けたことで老人のやってきた未来そのものが消えてしまうのだ。しかしこの歴史では二人は幸せな家庭を築いていくだろう。消えながら老人は満足そうに笑い、最後の瞬間に考えた。この歴史にも王の中の王の墓はあるはずだ。どこかの馬鹿な老教授があの箱を開けなければいいが。

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