骨董品に興味があったわけではない。その箱を買ったのは単なる気まぐれ。いや、ひょっとしたら呼ばれたのかも知れない。
そう、あの日、あの薄汚い路地裏の、妖怪でも出そうな暗い骨董屋の店先から、あの箱は僕を呼んだに違いない。
僕はいつもと違うその道を通りかかり、うず高く積み上げられたガラクタの山の中から、埃だらけの古めかしい箱を見つけ出した。
そのとき僕は、いつになく現金を持っていた。迷わずといったら嘘になるが、春モデルのノートパソコン購入資金は、その箱と引き換えに骨董屋の胡散臭い老人の手に渡った。
「気に入られるといいですがね……」
しわがれた声で言う老人の表情は、深い皺で埋め尽くされてまるで読めなかった。
なんて馬鹿な事をしてるんだろうと思いながら、反面、新型パソコンの代わりに埃だらけの木の箱を持ち帰り、後悔はなかった。
パソコンを買おうと思ったのは、単に工場の仲間がみんな持っているからだ。どうしても欲しかったわけではない。
箱をテーブルに置き、しげしげと眺める。
かなり古い物のようだ。
全面にベネチアン風の唐草模様が彫られたその箱は、30センチほどの大きさで、堅そうな茶色い木で出来ていた。深さは10センチほどで、四隅に何かの動物の脚が付いている。
宝石箱にしては大きすぎる。いや、中世の貴族ならこのくらいの宝石は持っていたかもしれない。
骨董屋の店先で見たときよりずっと高級そうに思えた。ひょっとしたらこれは掘り出し物かも知れない。名のある貴族とか王族の持ち物だとしたら凄いことになる。
わくわくしながら頑丈な蝶番で留められた蓋を開けてみる。中は無地で、堅そうな板目が見えるだけだ。もちろん合板などではなく、板の継ぎ目が確認できない。一本の木から彫り出されたムクの箱かもしれない。
見ているだけで気持ちが落ち着いた。安らぎといってもいいだろう。
コンビニ弁当で夕食を済ませ、箱を枕元に置いて眠る。いい夢が見られそうな気がした。
箱のことは誰にも言わなかった。パソコン購入資金で木の箱を買ったなどといえば、笑いものにされるのが落ちだろう。
両親が死んで親戚もなく、工業高校しか出ていない僕にはろくな勤め口もなかった。高校の先輩の伝で今の工場に雇ってもらい、5年が過ぎた。夢も希望もないつまらない人生だ、と言い切ってしまってもいいだろう。
それでも、親の残したボロ家があって、借金がないのが救いと言えばいえるだろうか。
先輩から安く譲ってもらった軽自動車で工場に通う毎日は、まったく全てがどうでもいいような代物だった。
周りを見回すと、馬鹿ばかりが居た。
給料の全てを車につぎ込むバカらしさ。パチンコに通い詰めるあほらしさ。風俗に通いつめるのは楽しいだろうが……、合コンやナンパに励んだり、飲み屋をはしごするのがそれほど自慢なのだろうか。
だが、僕の毎日はそんな同僚たち以上に何もない。
もちろん彼女はいない。たまに先輩に誘われてコンパには行くが、夢中になれるような女に出会ったためしがなかった。
まったく……、今すぐドブに捨てても惜しくない程度の人生だった。
あの日までは。
箱を手に入れて何日目の事だったろう、いつものようにコンビニ弁当で夕食を済ませ、風呂に入り、テレビを見ながら缶ビールを飲んでいるうちに寝入ってしまった。
よくある事で、電気は消してナツメ球のほのかな明かりだけ。その方が酔いが回る。夜中に目が覚めればテレビを消して二度寝する。明け方だと二度寝はさらに心地好かった。
そして、何かの気配で目を覚ました僕は信じられない物を見てしまった。
枕元に置いた箱から人の頭が出ていたのだ。
それは、髪の長い、真っ白い肌の女性のようだった。
テレビの明かりに照らされたその顔を、僕は瞬きも出来ずに見入ってしまった。
少女だ。12〜13歳だろうか、雪のように白い、いや、病的なほど青白い顔だった。
幽霊? まさか……、でも……。夢か?
真夜中に古めかしい木の箱から少女が顔を出しているのだ。現実のはずがない。
少女はテレビを見ていた。僕の存在に気付きもせず、食い入るようにテレビを見ている。その横顔が美しかった。小さな唇と切れ長の瞳。小顔で、端正な整った顔立ちだ。
幽霊のくせに美しい。美しすぎる。
と、その時、少女の幽霊は僕に気付いた。はっとして僕を見る。目が合った。深い緑色の吸い込まれそうな瞳だった。
そして次の瞬間、少女はふっと消えた。
時間にしてほんの数分の出来事だった。いや、ひょっとしたら数十秒程度かもしれない。
少女の幽霊が消えても、しばらくの間僕は身動き出来なかった。今見たのは何だったのだろう? 寝ぼけ眼で見た夢だったのか?
恐る恐る箱を覗き込む。何もない。ただの木の箱だ。
触ってみる。木の肌触り。やはり何もない。
箱から幽霊の首が出てきた? 有りえない事じゃないか。
しかし、今、確かに少女を見た……。
こんな気味悪い物を持っていていいのか? そもそも、買うべきではなかったのかも知れない。
ふっと、骨董屋の老人の言葉を思い出した。
「気に入られるといいですがね……」
この箱には何か有るのかもしれない。
散々迷った挙句、骨董屋に行くことにした。
あの気味の悪い老人は、ずっと座り続けているかのようにそこに居た。そして、僕の顔を見るなりこう言った。
「もう、見られたんですねぇ」
老人には僕の用件が分かっていたようだ。
「見たよ。昨夜、見た」
「いかがいたします、返品なさいますか?」
「そんなことより、あの箱は、僕が見たあの女の子はいったい何なんです?」
思い切って聞いてみる。
「ほうっ」老人は驚いたように顔を上げた。
「老婆ではなく、女の子を見たと……」
僕が見たのは間違いなく女の子だった。
「気に入られたようですね。貴方は。」
老人はぼそぼそと話し始めた。
あの箱はいつの頃からか店に有ったそうだ。老人には仕入れた記憶すらないという。
不思議なことに、何年かごとに、まるで引き寄せられるかのように箱を見付けだし、購入して行く客が居るのだそうだ。
買うのは決まって男で、決まって一カ月もしないうちに返しにくるのだという。
返品の理由は言うまでも無く、見たのだ。ただし見るのは老婆の幽霊で、女の子を見たのは僕が初めてのようだった。
「いかがいたします? やはり返品なさいますか……」
「僕は、僕は……」どうしたらいいか分からないまま首を横に振っていた。
「それがいいでしょう」老人はほっとしたように言った。
「いままで一人もいなかったのですから」
家に帰った僕は箱を前にして思案に暮れた。この古めかしい箱に僕は選ばれたのだそうだ。
気になるのはあの少女だった。老婆ではなく、美しい少女。幽霊でもいいからもう一度見てみたかった。
しかし、その日以来少女の幽霊が出ることは無かった。枕元においてテレビをつけっぱなしにして寝ても、何も起こらず朝になる。
変な気分だった。まるで天然記念物の動物か何かを追い求めているようだ。
夜だけでなく、工場に行っている昼間もテレビをつけっぱなしにしてみる。
女の子の好みそうな番組を選んでみる。
テレビが見やすいように箱の位置を変えたり、縦にしたりしてみる。
そんな工夫が功を奏したのか、10日ほど過ぎた頃、再びあの幽霊が姿を現した。
コンビニ弁当で夕食を済ませ、風呂から出たらそれが居た。箱から頭を少しだけ、目の辺りまで出してテレビを見ていたのだ。
待ちに待った瞬間だった。脅かさないようにドアの陰から観察する。やはりあの女の子に間違いない。
少女の頭は、やがておずおずと首まで現れた。不思議な光景だった。テーブルに置かれた木の箱から少女が首を出しているのだ。手品でもなければイリュージョンでもない。だったら何だ? やはり幽霊なのか?
どうみても生身の人間にしか見えない。こんな幽霊がいるのだろうか……。
少女はやがて僕に気付き、はっとして振り向いた。緑色の瞳が大きく見開かれている。
「待って……、待ってくれ」
驚かせないように、近寄らずに話しかける。
「僕はアキラ。君は、名前は何ていうの?」
彼女は一瞬引っ込みかけた。箱の中に目の高さまで沈み、怯えたように僕を見る。
「大丈夫、怖くないから出ておいで」
根比べのすえ、彼女がちょっとだけ顔を見せてくれた。
茶色と金色が混ざったような不思議な髪の色だ。警戒心の消えない瞳は深い緑色。鼻は細く高い。唇は見えない。
その姿がまるで、水から顔を出した河童のようで、ついうっかり笑ってしまった。
その瞬間、驚いたように彼女は消えた。
「まって、待ってくれっ」
慌てて駆け寄る。しかし、すでにそれはただの箱になってしまっていた。
ともあれ、やはり彼女は存在した。どういう仕掛けになっているのかは分からないが、あの箱の中に居るのは間違いない。
僕が危害を加えないことが分かってもらえれば、やがて話も出来るようになるだろう。
女の子を安心させるには……甘い物。これに限るじゃないか。
毎日お菓子や果物を用意して、仕事に出る前に箱の脇に置くようにした。だが、幽霊もお菓子を食べるのか?
この作戦は成功したようだ。
仕事から帰ると置いておいたお菓子や果物が無くなっている事があった。初めは少しずつだったが、やがて全て無くなるようになった。やはり幽霊とはいえ女の子に甘い物は効果があったようだ。
キタキツネの餌付けでもしているような気分だったが、結構楽しい毎日だった。
そのうち彼女は、もちろん警戒しながらではあるが、僕がいても現れるようになった。
時々箱からちょっとだけ頭を出して、僕の様子を伺う。
そんな時僕は、努めて知らん振りをするようにした。
彼女は明らかに、テレビに興味を持っていた。僕が好きな洋画などを見ていると、いつの間にか箱から首まで出して見ているのだ。
気付いた僕と目が合うと、慌てて箱の中に消えるが、しばらくするとまた恐る恐る首を出し、テレビに見入る。
リモコンにも興味を示した。
僕の手元をじっと見て、何か言いたそうにしている。
試しにリモコンを差し出すと、慌てて箱の中に消える。しばらくしてちょっとだけ首を出し、目の前に置かれたリモコンに手を伸ばす。
そう、箱から手を出してリモコンを取ったのだ。細く白い手が肘まで見えた。首だけでなく、あの箱の中に彼女の身体もあるのだ。
やがて彼女にも、僕が危害を加えないというのが分かってもらえたようだった。
僕が脇にいても平気で顔を出し、テレビを見るようになってくる。
おかげで、かなり間近で彼女を観察することが出来るようになった。
髪がぼさぼさだった。ほとんど手入れされていないようだ。
肌が青白い。白いを通り越し、まるで日に当たっていないような青白さだ。
瞳は緑色。深く吸い込まれそうな色だ。
少なくも、東洋人ではないだろう。やはり欧米のどこかの人種なのだろうか?
最初少女だと思ったが、もう少し歳が上かもしれない。顔が小さく痩せているので幼く見えるが、実際には15〜16歳かも知れない。
もう一つ気付いたことがある。
彼女は喋らない。
話せないのか、声が出ないのか、僕が何を話しかけても決して話そうとはしなかった。
幽霊は喋らないのだろうか? そうでなかったら、英語なり、フランス語なり喋ってもよさそうなものではないか。
そもそも、彼女は本当に幽霊なのだろうか。僕が用意したお菓子は食べるし、果物も食べる。リモコンを操作して見たい番組を見るではないか。そんな幽霊がいるわけがない。
幽霊でなければ、何者だろう。箱の中から首だけを出す生身の女? あの箱の中はまったく違った世界に繋がっているのだろうか。
疑問は膨らむばかりだったが、確かめるにはもう少し時間が必要だった。
そんな日々がどのくらい続いただろう。仕事から帰る僕を彼女は嬉しそうに出迎えてくれるようになっていた。
コンビニ弁当は二人分に増えていた。僕は箸を使い、彼女はスプーンを使い、二人で並んで食べる。食後は二人でテレビを見る。そして眠くなったら寝る。
寝るときは、さすがに箱から首を出した状態では無理なようで、彼女は引っ込んだ。
消える瞬間を何度も確認しようとしたのだが、見せたがらないようで、消えると同時にそれはただの箱に戻ってしまった。
休日は彼女とテレビを見ながら過ごす。
リモコンはすっかり彼女の物になっていて、選ぶチャンネルは多岐に渡っていた。教育番組からニュース、ワイドショー、ドラマ、映画。歌番組も好んで見ているようだ。
最初はまったく喋らなかったが、しばらくすると変化が現れた。時折だが、歌を口ずさんだりするようになってきたのだ。
可愛らしい、鈴を振るような声だった。喋れないわけではなく、喋らないだけだったようだ。
しかし、相変わらず言葉を発することは無かった。
そんなある日のこと、テーブルに置いた果物を取ろうとした僕の指に、彼女の細くしなやかな指が重なった。
その瞬間の感動は忘れられない。
彼女の指は確かに存在した。幽霊などではなく、血の通う温もりのある指だったのだ。
彼女ははっとして僕を見た。自分の指が僕の指に重なっているのに気付き、視線をそらさないまま引っ込める。
僕はじっと見つめ返すしかなかった。
そのまま箱の中に引っ込んでしまうのだろうと思っていると、なんと彼女は引っ込めた手を再び伸ばし、おずおずと僕の手を握ったのだ。
僕の手の存在を確認するように、指を絡め、握り締めてくる。頑なに接触を拒んできた彼女が僕の手を握っているのだ。
そっと握り返してやると彼女の緑色の瞳が潤み、一気に涙が溢れ出た。
「ど、どうした? 何で泣くんだよ……」
うろたえていると、彼女は僕の手を引き寄せて自分の頬に押し付けた。滑らかで温かい頬だった。流れ出る涙が僕の手を濡らす。
「泣くなよ。頼むから泣かないでくれ」
見ているこっちまで泣きたくなるような、深い悲しみを堪えている泣き顔だった。
どうしたらいいのか分からず、左手を伸ばして彼女の右頬に触れようとした。
彼女ははっと我に返り、僕の手を振り解いた。そして箱の中に消えた。
彼女が消える瞬間、ほんの一瞬だが箱の向こうが見えた。
闇だった。漆黒の闇。
夜なのか……? 確かめようとしたが、箱はただの木の箱に戻っていた。
翌日、彼女は姿を見せなかった。そしてその翌日も。
間が悪いことに、その翌日から工場の旅行だった。年に一度の二泊三日の国内旅行で、全員強制参加だ。
彼女のために、飲み物や日持ちのする食べ物を山ほど用意して出発した。
羽田から札幌に飛び、道南をぐるりと回る。小樽の裕次郎記念館、洞爺湖温泉、コタンの村、ウイスキー工場、生ビール飲み放題、夜はすすき野でソープ遊び。
仲間とつるんでいればそれなりに楽しかったが、頭から彼女のことが離れなかった。
一人で泣いているのではないだろうか。お腹を空かせているかもしれない。僕がいなくて淋しい思いをしているに違いない。
旅行が終わり、家に帰った僕は、明かりをつけた途端に立ち尽くした。
テーブルの上に置かれた木の箱から彼女が首を出していた。その両目は真っ赤に腫れていたのだ。泣いていたようだ。とめどなく流れる涙が鼻水と混じって、顔中ズルズルになっている。
明かりのまぶしさに目を細めながら、彼女は右手を弱々しく差し伸べてきた。そして、そして言った。
「オ、オカエリ……ナサイ……」
たどたどしい日本語だが、紛れもなく、彼女が発した初めての言葉だった。
「喋れるのか、喋れるんだねっ」
胸が締め付けられそうな思いで、僕は彼女の手を握り返した。
「ごめんよ、淋しかったんだね」
「サビシカッタ、アタシとてもサビシカッタ」彼女は懸命に喋った。
「アキラがモドッてコナイとオモッて、サビシカッたの」
喋りながら涙を流し、しゃくりあげる。
「大丈夫、もう大丈夫だから泣かないで」
タオルをお湯で絞って泣きぬれた顔を拭いてやる。彼女は消えもせず、じっとしていた。スキンシップが一気に加速した瞬間だった。
一旦喋り始めると、彼女の日本語は見る見る上達して行った。もともと僕に隠れてテレビで勉強していたようだ。
コミュニケーションに言葉が欠かせないというのが実感できた。片言ながらも話が出来ると、気持ちがどんどん通い始めるのだ。
信じがたいことだが、彼女はそれまで言葉という物を知らなかったらしい。
日本語だけでなく、一切の言葉をまったく知らないようだった。僕の部屋に来て、僕と、テレビで、初めて喋るという行為を知ったのだという。
いったい彼女は何者で、どんなふうにして今のこの状況になっているのか、興味は尽きなかった。
「箱のそちら側はどうなってるんだい?」
僕は一番気になっていたことを訊ねた。
「君のいるそちら側を見せてくれないか」
「ソレは……ダメよ」彼女は拒絶した。
「コッチにはナニもない、カラ」
「知りたいんだよ、君のことが」
僕は半ば強引に、彼女のおでこに顔をくっ付けた。ひるんだ彼女を押し出すようにしてそのまま箱の底に首を突っ込む。
そして絶句した。見えたのは闇だった。漆黒の闇。闇以外に何も見えない。
「ど、どこだ? どこにいるんだい?」
すると笑い声がした。
「ココよ。ほら、ココにいるわ」
目を凝らす。暗闇に慣れてくるとわずかに明かりが射しているのが分かった。その中に彼女が立っている。
「ちょっと、ちょっと待ってくれよ」
僕は慌てて首を引っ込めた。懐中電灯を探し出し、再び箱の中に首を突っ込む。
「いいか、動くんじゃないよ」
懐中電灯を点し、照らし出された光景に息を呑む。
「ここは……いったい……」
見えたのは石の壁だった。そして石畳。黒い石を積んだ部屋? 灯りはまったくない。天井が高く、かなり上の方に微かな光が見えるだけだ。牢獄のような部屋で息が詰まりそうだった。
僕はどうやら、箱から首を出しているようだった。箱は小さなテーブルに乗っている。テーブルの脇には粗末なベッドがあり、ぺらぺらの布団が敷かれていた。
「オドロイタでしょ」
声が聞こえ、首を廻らすと、天井から射し込む微かな光の下に彼女が立っていた。思った以上に小柄で、少女のような身体つきだ。着古したボロボロの洋服を着ている。
「ハズカシイ……、見ナいで」
彼女はうつむいた。ボロボロの衣類から素足が覗いていた。
「ここが君の家なのか?」
「ワカらない」彼女は消えそうな声で言った。
「ズッとここでクラシテきたの……」
「他にも部屋はあるの?」
「アルわよ」彼女は僕ごと箱を持ち上げた。
「ヘヤはイクつかあるの」
隣の部屋も石で出来ていた。その隣の部屋も同じく。どの部屋も頑丈な石で出来ていて、窓はなく、かなり高い天井のどこかから微かに光が射し込んでいるだけだ。
いくつめかの部屋の隅に水が流れている場所があった。使い込んだ金属のカップが一つ。
その隣の壁にくぼみがあり、その上に煙突のような穴が開いていた。
「ココから食べ物がオチテくるの。エエト……パンと干し肉」
思い出しながら喋る彼女。
「ズっと落ちて来ナイときもアルの……」
歳の割に発育が遅れているのは、栄養が足りないせいかもしれない。パンと干し肉だけで育ってきたのが不思議なくらいだ。
行き止まりには下に降りる石段が見えた。
「ココから先ハ行かナイ」立ち止まる彼女。
「なぜ? この下には何があるんだい」
「この下ニハ……」口ごもる。「おハカがあるの……」
「お墓? 誰のお墓があるんだい?」
ためらいながら彼女の語った話は、にわかには信じられないものだった。
物心付く以前から彼女はここにいたのだそうだ。出口どころか、窓もないこの石造りの空間から出たことは一度もないという。
お墓に眠るのは、多分彼女の母親と、乳母のようだった。
母親は早くに死んだようで、記憶はほとんどないという。彼女を育てたのは口が利けない年老いた乳母で、この箱の持ち主だそうだ。骨董屋で箱を買った客が見た老婆は、きっとその乳母に違いない。
乳母が死んだとき、彼女は一人で遺体を運び、埋葬したのだという。
聞いていて涙が溢れるのをどうにも出来なかった。誰が何のためにそうしたのか分からないが、酷い話だ。
ひょっとしたらこれは幽閉というヤツかもしれない。何かの本で、灯り一つない牢獄に幽閉されて何十年も生き続けた女性の話を読んだことがある。
もちろん想像でしかないが、彼女の父親が国王か何かで、政権争いに破れて殺された。そして王の妻と幼い娘は乳母とともにここに幽閉された……。そう考えるのは無理があるだろうか。
それにしても、ここはどこなのだろう? 世界のどこかに存在する場所なのか、あるいは時も空間もまったく違う世界に存在する場所なのだろうか? ひょっとしたら宇宙のどこかの星と繋がっているのかもしれない?
どれもが有り得ない話だが、そもそも彼女の存在自体が有り得ない話ではないか。
息苦しさに耐えられず、僕は首を引っ込めた。自分の部屋に戻って深呼吸する。
「オドロイタでしょ」続いて彼女も首を出す。
「恥かしいワ」笑顔を浮かべていた。
「お母さんのことは、まったく覚えていないのかい?」
「ワカラない」沈んだ声で言う彼女。
「覚えテルのは、ユリア、という言葉ダケ」
「ユリア……、それは君の名前かもしれないね」彼女にぴったりの響きではないか。
「ユリア、君は苦労してきたんだな」
「ソンナことない。タダね、サビシカッタだけ」
薄っすらと涙を浮かべる彼女を、心からいとおしいと思った。出来ることなら助け出してやりたい。
とりあえず揃えてやれそうな物は揃えてやった。日用雑貨、衣類、食料。木箱から入れられる範囲で、マットレスや布団も揃えた。
それから、ビニールの子供用プールを買ってきて、箱からあちらに入れて膨らませた。僕の部屋の湯沸かし器からホースでお湯を引き、簡易お風呂を作ってやる。
今まで水で身体を拭いていたという彼女の喜びようは、こっちが驚くほどだった。
もっとも、入浴シーンは見せてはもらえなかったのだが。
充電式の照明を点すと、石造りの殺風景な部屋も少しは明るくなった。
休日には水性のペンキを買ってきて、真っ黒だった石の壁に二人で絵を描いた。
ユリアにせがまれる物は何でも買ってあげた。通販のしゃれた洋服も、化粧品も、アクセサリーも。
元々美しい彼女は表情が豊かになり、さらに美しくなっていった。切れ長で緑色の瞳は見たことも無い神秘的な輝きを放ち、細い鼻梁は理想的な高さで、小さくぽっちゃりとした唇は愛くるしく、むしゃぶり付きたい衝動に駆られる。
ある夜のこと、ムードたっぷりの恋愛映画を見ていたときだった。キスしたい衝動を押さえ切れなくなった僕はユリアの頭を引き寄せた。そっと唇を合わせる。
ユリアは拒まなかった。目を閉じ、心持ち唇を突き出して受ける。初めての経験に緊張しているのか、小さく震えていた。
「ユリア、好きだよ」僕は素直な気持ちを言った。「君と出会えて良かったよ」
「本当?」ユリアは目を開けた。「本当にあたしのこと好き?」
「ああ、大好きだよ」
「嬉しい、嬉しいわ」ユリアは涙を浮かべた。
「ずっと一緒にいてくれる?」
「ああ、もちろんだよ」
もう一度唇を合わせる。小さな唇を優しく噛み、舌でなぞり、歯茎を刺激してやる。小さな歯をこじ開けるようにして舌を差し入れ、縮こまった舌を吸い上げるようにして無理やり絡ませる。
「あぁ、あぁぁ……」
ユリアは喘いだ。僕に舌を吸われながら鼻息を荒げる。散々口腔を舐め回してから唇を離すと、ふぅ〜っと大きく息をついた。真っ白い頬が桜色に上気して、瞳がとろんと潤んでいる。
「キス、なのね、これが……」箱の隙間から右手を差し伸べてきた。「キスして、もっとたくさんキスしてっ」
僕は両手で彼女の頭を抱えた。「いくらでもしてやるよ」再び唇を合わせる。
「素敵よ」ユリアはむしゃぶりつくように舌を絡ませてきた。
僕は、身体が熱く火照るのをどうにも出来なかった。舌を絡ませながら、我慢できずに勃起した男根を引っ張り出し、ユリアに見えないように右手でしごく。いっそ彼女にしごいてもらえたらどんなにいいだろう。クネクネと蠢く舌で、熱く火照った勃起をしゃぶってもらえたらどんなに気持ちいいだろう、と思いながら、ぐいぐいしごき立てる。
いくら思っても、風俗嬢でもあるまいし、いきなりおしゃぶりを強要するわけにはいかなかった。
彼女の気が済むまで舌を絡ませ、唾液を吸い合い、そしてその間もぐいぐいと男根をしごき続けて、こそこそと射精した。
そんなことが何日か続いたある夜のことだった。いつものようにたっぷりとキスをして、ユリアが箱に引っ込んでから、どうにも身体が疼いて眠れない僕は彼女のことを想像しながらオナニーに耽った。
あの小さな唇にこじ入れたい。クネクネと蠢く舌で、熱く疼く勃起を舐め回してもらいたい。欲望が膨れ上がって爆発しそうだ。
「ユリア……、あぁ……ユリア……」
愛らしい口でしゃぶってもらうのを想像しながら、ぐいぐいしごく。もう少しで果てそうになったその時だった、
「アキラ……」
いきなり声がした。ぎょっとして振り向くと、寝たはずのユリアが見ていた。
「ユ、ユリアっ」うろたえて股間を隠す。ばつの悪さにどうしたらいいか分からない。
「アキラ、気持ちよさそう……」ユリアは僕の股間を覗き込んだ。「それは、何?」
「こ、これは」どう説明すればいいのだろう。
「もっとよく見せて」無邪気にせがまれ、
「分かった分かった、見せてやるよ」やけくそで股間の逸物を突き出す。
「わァ凄いっ」そそり立つ男のシンボルにユリアは目を真ん丸にした。
「あたしにはこんなの付いて無いわ」
箱の隙間から右手を伸ばし、恐る恐る指を絡めてくる。
「ユ、ユリア……」細くしなやかな指で勃起をなぞられ、僕は身震いした。
「握ってくれ、頼む、しごいてくれ」
「えっ?」ユリアはきょとんとして僕を見た。
「握るの? こう? これでいいの?」
膨れ上がった肉の棒を握り締め、上下に動かし始める。
「いいよ、ああ、気持ちいい……」
しなやかな指が己の勃起を握ってしごきあげる様は、何ともいえない甘美な眺めだ。
「いいの? アキラ、気持ちいいのね……」
ユリアは懸命にしごき続けた。
「アキラのためなら何だってしてあげる」
箱の隙間からさらに腕を伸ばし、強引に肩まで乗り出す。タスキ掛けのような奇妙な体勢だ。
「ここね? これが気持ちいいのねっ」
僕の反応を見ながら、カリ首の辺りを締め付けるようにしごきたてる。
「お、お願いだ、しゃぶってくれないかっ」
懸命にしごき続ける彼女の顔を見ているうちに、しゃぶってもらいたい衝動を抑えられなくなった。腰をせり出し、反り返る逸物を鼻先に突き出す。
さすがにユリアは躊躇した。「それで、それでアキラが気持ちよくなるの?」
「そうだよ。とっても気持ちよくなるんだ」
催促するように腰を揺すると、唇を近付け、確かめるようにキスをした。
「アキラが気持ちいいんだったら……」
囁くように言いながら舌を差し出し、カリ首を舐め始めた。
「こう? これでいいの?」
可愛らしい舌でペロペロと舐め回す。ザラっとした感触がなんとも心地好い。
「いいよっ、そこをもっと舐めてくれっ」
痛いほど膨れ上がった先端に赤い舌がまとわり付き、軟体動物のように蠢く様は、眩暈がしそうなほど淫らな眺めだった。
やがてユリアの瞳はトロンと潤み始めた。いとおしそうに握り締めた勃起に頬擦りし、焼けそうな吐息を洩らす。そして、
「こうしたらもっと気持ちいいわねっ」
唇を大きく開くとカリ首を咥え込んだのだ。
「く、凄い……」
いきなりの刺激に僕は身震いした。熱く柔らかい口腔の粘膜に包まれ、あまりの気持ちよさにじっとしていられず腰をよじる。
そんな僕の反応を上目使いに見ながら、ユリアは懸命に口をすぼめた。深々と咥え込み、カリ首に舌を絡ませたまま右手でぐいぐいと幹をしごき立てる。たどたどしい舌の動きががたまらない。時おり苦しげに歯を立てられるのも強烈な刺激だった。
「だめだ、もういきそうだよっ!」
とてもこれ以上我慢出来ない。両手でユリアの髪を鷲掴みにすると、喉の奥深くまで貫くようにして抉り込む。
「うぅ……」苦しそうに呻くユリア。それでも口を離そうとはせず、懸命に吸い上げる。
「行くよっ」限界だった。「ユリアっ!」
腰を突き出し、喉の奥深くに向けて深々と放った。ドクドクと何度も何度も放出する。気が遠くなりそうな快感だった。
ユリアは苦しげ目を閉じ、身体を硬直させた。喉を鳴らしながら懸命に飲み込む。飲みきれない白濁が逆流し、勃起を咥えた唇の端から溢れ出した。
やがて僕が腰を引くと、彼女は肉棒を吐き出して大きく咳き込んだ。
「ご、ごめんよっ」慌ててティッシュで口元を拭いてやる。
「だ、だいじょうぶ」ユリアは微笑んだ。
「どう? 気持ちよかった?」
握り締めたままの肉棒に頬擦りする。
「ああ、とても気持ちよかったよ」
「いまのはなに? アキラ、変なもの出したわよね?」
「ああ」僕は苦笑した。「それはね、僕のユリアへの愛の証だよ」
「これが、愛の証……」ユリアは唇を尖らせた。「アキラの愛の証、ちょっと苦いのね」
その日から毎晩、彼女はおしゃぶりをしてくれるようになった。飲み込みがよく、テクニックの上達は目を見張るほどだ。
口をすぼめ、口腔全体で肉棒をしごくように上下させながら、舌先を巧みにカリ首に絡ませる。僕の表情を見ながら右手で玉袋をやわやわと揉み上げ、あまりの心地好さに上り詰めそうになると動きを止めて焦らすのだ。
よほどおしゃぶりが気に入ったようで、一旦咥え込んだら離さない。そして、射精すると残らず飲み干してくれる。僕の愛の証だからといって、一滴残らず飲み下すのだ。
彼女にしゃぶってもらえると思うと、家に帰るのが楽しくてたまらなかった。
そんなある夜のこと、いつものようにしゃぶってもらいながら、僕は彼女の表情の変化に気付いた。愛らしい瞳がやけに潤んでいるのだ。上気した顔の赤さも、熱い吐息も、いつに無く激しい気がした。
「ユリア、君……」どう見ても発情だった。僕の肉棒をしゃぶりながら、彼女は確かに欲情しているように見えた。
「そうか、そうだよね」
僕は彼女の口から勃起を引き抜くと彼女を押し出すようにして箱に首を突っ込んだ。
「あ、ダメ……」ベッドの上で、ユリアは恥ずかしそうに背中を向けた。その背中が小刻みに振るえていた。
「恥ずかしがらなくてもいいよ。ほら、こっちを向いて」
「だって……、あたし、あたし……」
彼女はべそをかきながら振り向いた。両腕で僕を抱えて唇を合わせてくる。
「分かってるよ」たっぷりとキスをしてやってから、僕は言った。
「今度は僕が気持ちよくさせてあげる」
「アキラが、あたしに……」
「そうだよ。だから何でも言うとおりにするんだ。いいね」
「うん……、分かった」
小さく頷くその表情には、少女から女に変化し始めたアンバランスな風情があった。
「じゃあまず、ネグリジェを脱いでごらん」
「はい」ユリアは通販で買った白いフリフリのネグリジェに手をかけた。するすると脱ぎ捨てる。これまた通販で買った花柄のブラジャーとパンティを着けただけの身体が現れる。
綺麗な身体だった。ウエストは細く、腹には贅肉など付いていない。そのくせ全体にまろやかなシルエットだ。栄養が良くなったせいもあるだろうが、明らかに身体が女になり始めていた。
「これで、いいの……?」僕の視線を感じて微かに身をよじらせる。
「よし、次はブラジャーを取るんだ」
「恥ずかしい……、恥ずかしいわ……」
小さな声で言いながら、背中のホックを外し、ブラジャーを取るユリア。耳たぶまで真っ赤に染まっていた。
「綺麗だ……」プルンと飛び出した二つの乳房に、僕はうっとりと見とれた。想像していた以上に充実した乳房の上に、小さなピンク色の乳首が乗っている。
「ほら、もっとこっちにおいで」懸命に箱から首を伸ばす。
「う、うん」ユリアはおずおずと膝でにじり寄ってきた。「これでいいの?」
目の前に差し出された二つの乳房に、僕は目が眩みそうだった。
「綺麗だ、とっても綺麗だよ」
ピンク色の乳首に唇を寄せ、吸ってみる。
「アっ」小さく喘ぐユリア。
構わずに吸い上げ、舌で乳首を転がすと、
「アぁん……」さらに喘いだ。小さな乳首は直ぐに充血し、しこり始める。
「感じるだろ?」左右の乳首を交互に吸い上げ、舌で転がし、優しく甘噛みしてやる。
「あ、アぁん」ユリアは面白いように反応し、ぴくっ、ぴくっと身体をのけ反らせた。
「気持ちよかったらいくらでも声を出していいからね」乳房を口いっぱい頬張りながら、舌で乳首を転がしてやる。
「いい、気持ちいいわっ」
我慢できずに、ユリアは両手で箱を抱えて仰向けになった。
奇妙な角度だった。僕は自分の部屋の布団に座ったまま箱に首を突っ込んでいる。だが、ユリアの側では、ベッドに横たわる彼女にのし掛かって乳房を頬張っているのだ。
やがてユリアは陶酔し切ったような表情になっていた。
「あたし、あたし、変になっちゃう……」
息を荒げ、縋るように言う。
「いいさ、いくらでも変になればいい」
僕も我慢できずに男根をしごいていた。
「次はパンティだ。パンティを脱いで」
「全部、全部脱ぐのね……」
僕をベッドに置いたユリアは、パンティに手を掛ける。そしてうな垂れた。
「ほら、脱ぐんだよ」僕は焦れた。早く見たくていられない。
「どうしても、脱がなきゃいけないの?」
「そうだよ、脱がなきゃダメだ」
「恥ずかしい……、恥ずかしいわ……」
震える指で少しだけパンティをずり降ろし、
「あぁ……、やっぱり恥ずかしい……」羞恥に耐え切れずに背中を向ける。
「ダメだ、こっちを向いて脱ぐんだよ」
「そんな……そんなこと……」
散々躊躇ってから、再びパンティに手を掛ける。小さな布切れがくるくると丸まりながら降りて行った。
淡い茂みが覗いた。髪の色と同じで茶色っぽい金髪だ。
「許して……許して……」
泣きそうな声で言いながら、ユリアは脱ぎ捨てたパンティを手の中に隠した。その小さな布切れの底の部分に、夥しい染みが出来ているのが分かった。
「なんだか、あたしの身体おかしいの……」
掠れた声で言う。
「おかしくなんかないさ」
僕は鼻血が出そうなほど興奮していた。
「それじゃあ、こっちに来て脚を開くんだ」
「えっ?」一瞬、目を見開くユリア。「そんな……こと……」
「いいから僕に任せて」
「だって、だって……」泣きそうな声で言いながらもおずおずと脚を開く。
「もっとだ、もっと大きく開いて」
「こんなに、開いたら……ダメよ……」
細い腿がM字型に開き、彼女の全てが剥き出しになる。
「うわぁ凄い」僕は思わず言った。「ぐしょぐしょに濡れてるじゃないかっ」
目の前で大きく開かれた女の花園は、呆れるほど濡れそぼっていたのだ。
「見ないでっ」思わず両手で隠すユリア。
「ダメだ、手をどけて」僕はさらに頭を突き出した。「なんて、なんて綺麗なんだっ」
息が掛かりそうなほど顔を近づける。
淡い茂みの下で桜色の肉弁が開いていた。肉薄のそれはまるでサクラ貝のようだ。その合わせ目から透明な蜜がツツっと滲み出ては流れ落ちている。清楚な花びらだけに、濡れそぼる様はたまらなく淫靡な眺めだった。
「びしょびしょだよ……」舌先を伸ばして溢れ出る蜜を掬い取ってみる。
「あぁっ」ビクっと腰を跳ね上げるユリア。
「じっとして」狭い箱の隙間から右手を伸ばし、押さえ付ける。手首までしか入らない。
「だって、ああ、だって……」ユリアはむずがるような喘ぎを漏らした。
「いいからじっとしてるんだよ」
舌で花びらを広げるようにして蜜を舐め啜ると、チーズのような香りが口いっぱいに広がった。濃厚な女の匂いに咽そうになる。
さらに合わせ目をなぞるように舐め広げてやると、綻びの頂点に珊瑚色のクリトリスが頭を覗かせた。溢れ出る蜜で濡れ光る様は、まさに珊瑚玉そのものだ。
「ユリアのここ、コリコリだよ……」
指をVの字にして剥き出すように広げ、舌先で小さな珊瑚玉を突いてみる。
「ひぃぃ」ユリアはぐっと腰を突き上げた。「そこ、ダメぇ……」浮かせた腰を回すようにして花びらをぐいぐい押し付けてくる。
「感度抜群じゃないかっ」べたべたの花びらで顔中を擦られ、僕は嬉しい悲鳴を上げた。
「熱いっ、身体が熱くて我慢できないのっ」
ユリアは死にそうな声を上げた。
「燃えそうなのっ、どうしたらいいのっ」
桜色だった女の花びらが、いつの間にか真紅に染め上がっていた。その合わせ目の下で、女の入り口が微かに盛り上がり、息づいているのが見える。
「ユリア、ここが分かるかいっ」探るように舌先をこじ入れてみる。
「アっ」ユリアはビクっとして腰を跳ね上げた。形の良い尻肉がきゅっと窄まる。
「何を、何をしたの?」
「感じるんだね? ほら、もっともっと感じていいんだよ」
尖らせた舌先で入り口を小刻みに刺激してやると、夥しい蜜が滴り落ちた。
「感じるぅっ、感じるわ」ユリアの声は悲鳴に近かった。
「いいぃっ、こんなに気持ちいいなんてー」
ブルブルと腿を震わせ、僕の顔を万力のように挟み付ける。ずぶ濡れの女陰で顔を圧迫され、僕は必死で首を引っ込めた。もう少しで窒息するところだった。
目の前には信じられないほど淫らな光景があった。小さな木の箱に、ユリアの全てが剥き出しのまま押し付けられているのだ。
真っ赤に染まった女の花びらがぱっくりと開き、肉壷の入り口は僕を誘うかのようにひくひくと収縮している。溢れ出る蜜は小さく愛らしいアナルにまで滴り落ちていた。
「ユリア、たっぷりと愛してやるからなっ」
もう我慢出来なかった。
「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢するんだよ」
布団の上に箱を置き、痛いほど充血した男根を扱き立てる。
「早く、お願い何とかしてちょうだいっ」
箱越しに聞こえるユリアの悲痛な叫びが、ますます欲情を燃え上がらせた。
「いま、いま入れてやるからなっ」
膨れ上がった先端を花びらにあてがい、流れ出る蜜をたっぷりと塗す。
「お願いぃっ」声を裏返しながらも、ユリアが緊張しているのは伝わってきた。腿の付け根が突っ張っているのだ。
「力を抜いて、楽にしてるんだよ」
反り返った肉の棒を右手で握り、女の入り口にあてがう。左手で箱を押さえ、こじるようにして進めると、堅い抵抗があった。
「……い、痛い……」呻くユリア。「何をしているの?」不安そうに言う。
とろとろに潤んでいるとはいえ、一度も男を受け入れたことの無い肉の壷はぎっちりと閉じて進入を拒んだ。
「ちょっとの辛抱だ。直ぐ楽になるからね」
小刻みに出し入れをしながら、少しずつ、確実に抉り込んでやる。
「ダメ、痛いのっ、身体が裂けちゃう……」
苦悶するユリア。だが、構わず体重を掛ける。すると、勃起はカリ首まで収まった。
「ほら入った。じっとしてるんだよ」
ゆっくりと抜き刺ししてやる。熱い処女肉は痛いほどの固さだった。動くたびに肉の帯がまとわり付き、ぐいぐい締め付けてくるのだ。滴りには破瓜の鮮血が混じっていた。
何度も何度も抜き差しを繰り返すうち、やがて肉棒は根元まで収まっていた。
「分かるかい、僕たちの愛が一つになったんだよ」
「わかるわ……」ユリアの声は掠れていた。
「アキラの愛がわかる……」
「そうさ、こんなに愛してるんだ」
言いながら、僕はもう限界だった。突き入れ、引き出すたびに、窮屈な肉の襞で痛いほど締め上げられるのだ。
「もう、もう我慢できないっ」
己の怒張が可憐な花びらを蹂躙する様を見下ろしながら、一気にスパートを掛ける。
「僕の愛の証を、君の中にあげるからね」
きつい肉の抵抗に逆らい、力の限りピストンを続ける。
「愛の証……」ユリアは苦しそうに言った。
「アキラの愛の証、ちょうだい。いっぱいいっぱいちょうだいっ!」
声が震えていた。苦痛を堪えているのだろうか。
「ユリアっ、く、ユリアーっ」
僕は箱を両手で掴んだ。奥の奥まで突き入れて一気に迸らせる。腰骨の辺りを蕩けそうな快感が這い登ってきた。気が遠くなりそうなほどの快感だった。
どのくらいそうしていただろう、気が付くとユリアは箱の向こうに消えていた。
慌てて首を突っ込んでみる。
彼女はベッドに横たわり、大きく息をしていた。恥ずかしげに閉じた腿の内側が破瓜の鮮血で染まっている。
「だいじょうぶかい?」
「ええ、ちょっと痛かったけど……、でも、嬉しかった」精一杯の笑顔を見せる。
「アキラの愛の証をいっぱい貰ったから」
「ユリア……」
僕は懸命に首を突き出した。
「愛してるよ」
汗で濡れ光る頬にキスをする。両手で抱きしめてやれないのがもどかしかった。
蒸しタオルで股間を拭ってやると、ユリアはじっとして身を任せた。疲れ切っているのか、苦痛をこらえているのか……。
「痛むんだろ?」細心の注意をはらい、優しく拭ってやる。
「ちょっとだけ痛いけど、それよりもアキラにお願いがあるの……」
ユリアは恥ずかしそうに言った。
「ああ、何でも聞いてあげるよ」
「本当っ? 嬉しいわっ」
両手で自分の腿を掴み、大きく広げる。
「もっと、もっとして欲しいの」
見ると、ユリアの女の部分は再び蜜を滴らせ、とろとろに潤み始めていた。
「痛いけど、すごく気持ちよかったの」
もじもじと尻を揺り動かす。
「こんな気持ちいいことがあるなんて……」
舐めてくれと言わんばかりに腰をせり上げる。充血した花びらがぱっくりと開いた。
「僕はいいけど、大丈夫なのかい?」
花びらに舌を這わせながら見上げると、形の良い乳房の谷間越しにユリアの顔が見えた。緑色の瞳を潤ませ、半開きの唇から切なそうに吐息を洩らす彼女は淫靡この上なかった。
「本当にもう痛くはないのかい?」舌先を尖らせて入り口を探ると、
「んっ」ユリアは一瞬身体を固くした。
「痛いのか?」探るように差し入れてみる。
「だいじょうぶ……、もっと入れてみて」
「こうかい?」さらにこじ入れると、
「いい、いいわっ」突然身悶えた。
「もっとー、もっと奥まで入れてーっ」
「こ、こうかっ」限界まで伸ばした舌を根元までこじ入れる。窮屈にすぼまる肉の襞々を掻き分け、奥の奥まで差し入れてやる。
「もっとよ、もっとちょうだいっ」
ユリアは両手で僕の髪を掻き毟った。尻を振りたて、びしょ濡れの女肉を擦り付けて来る。驚くほどの感じ方だ。
「ちょうだい、愛の証をちょうだい」
愛らしい顔をくしゃくしゃに歪ませ、今にも泣き出しそうだ。
「ああ、あげるよ」僕は彼女の花園から顔を離した。「ほら、これが欲しいんだろっ」
すでに隆々と反り返った男根を掴み、箱の中に突き出してやる。
「そうよ、これが欲しいのっ」
ユリアは夢中でしゃぶり付いて来た。
「嬉しいっ、もうこんなに固くなっている」
両手でしごきながらぺろぺろと舐め回す。
「そ、そんなにしたら我慢できなくなる」
箱の隙間から彼女の痴態を見ているだけで、僕は昇り詰めそうになった。
「ダメよ」はっとして動きを止めるユリア。「ここに、ここにちょうだい」
腰を屈めて握ったままの勃起を女陰に納めようとする。無理な体勢のためにカリの先端が珊瑚玉に擦り付けられた。
「あんっ」ピクっと身体を硬直させる。
「バカだなー」僕は布団に仰向けになると、箱を股間に被せた。
「ベッドに箱を置いてごらん」
「こ、こう?」
ぐるりとアングルが変わった。
「そうさ、それでいい」
隙間から見上げると、見下ろしているユリアが見えた。長い髪がふわりと広がっている。
「脚を開いて、跨いでごらん」
「こんな格好……恥ずかしい」言いながらもしゃがみ込み、大きく股を開く。
「凄いアングルだな……」
美少女のトイレでも見上げているような不思議な眺めに興奮し、僕の勃起は恐ろしいほど膨れ上がる。
「そのまま自分で入れてごらん」促すと、
「あぁぁ……」息を詰め、ゆっくりと尻を沈めて来た。
「ん、うぅ……」やはり痛みはあるのだろう。握った肉の棒を花びらにあてがい、動きを止める。そして徐々に尻を落とした。
「きついな……」べたべたに濡れそぼっているのに、入り口の肉が収縮して侵入を拒む。
「力を抜いて、ほら、身体を楽にするんだ」微妙に腰をずらして角度を変えてやる。
「こう? こうなの?」
すると、勃起はぬるりと入り込んだ。
「アゥっ」小さく呻くユリア。背筋を反らし、尻を固くする。
「痛かったら止めてもいいんだよ」
「違うのっ」彼女の声は弾んでいた。
「感じるの、凄く気持ちいいのよっ」
小刻みに腰を振り始める。
「ああ、僕も気持ちいいよ」
動きに合わせて下から突き上げてやる。
「いいぃ……気持ちいいわぁ……」
泣きそうな声で言いながら彼女は動いた。動くたびに真紅の花びらが蠢き、肉棒にまとわり付く。まくれ上がり、引き込まれては淫らに変形する。溢れ出る蜜は勃起を伝わって流れ落ち、僕の腹をべたべたにした。
「君は凄いな……」
ついさっき女になったばかりというのに、二度目で快感を覚え、貪るように腰を使う彼女に僕は舌を巻いた。
「アキラ……アキラ……」
首を曲げ、隙間から見下ろすユリア。
「愛してる? あたしのこと愛してる?」
「もちろんだ、死ぬほど愛してるよ」
手を伸ばしてクリトリスを弄ってやる。さらにもう片方の手で、きゅっと窄まったアナルを刺激してやる。
「アゥーっ」ユリアは甲高い叫びを上げた。
「気が遠くなりそうよっ」
ものすごいスピードで腰を上下させた。沈むたび、勃起の先端にコリコリと子宮が当たるのが分かる。
「どうしようっ、ねえ、どうしようっ」
箱が壊れそうなほど激しいピストンだ。
「そのまま上り詰めればいいんだっ」
僕も歯を食いしばって動き続ける。
「ちょうだい、愛の証を一杯ちょうだい」
「ああ、たっぷりと出してやるからなっ」
箱を両手で握り締め、大きく突き上げる。
「いく、いくぞっ」
子宮めがけて一気に放出する。
「あうーっ」ユリアも絶頂を迎えたようだ。僕の腹に下腹を押し付け、夥しい蜜を擦り付けながらブルブっと腰を硬直させる。肉の壷はまるで僕の精を搾り取るかのようにヒクヒクと収縮した。
快楽を覚えたユリアは箍が外れたようだった。毎晩毎晩、何度でも求めてくる。
両腕で抱きしめられないのは物足りないが、前から、後ろから、上から下から、重力に関係なくどうにでも交われるのは楽しかった。
まさにバラ色の日々だった。
休日には彼女にせがまれ、二人でドライブに出掛けた。
発泡スチロールを加工して人の形を作り、その上にユリアの箱を固定する。首を出した彼女にポンチョを被せれば完璧だ。
助手席に座ったユリアは、楽しくて居られないようだった。
雪が降ったら雪道のドライブ。桜が咲いたらお花見に行く。
「こんな世界が有るなんて信じられないわ」
見るもの聞くものに目を輝かせる。
夏休みには海へ行った。触ってみたいと言う彼女のために、人気の少ない海辺を選んで波打ち際まで降りる。さらに、人目の無い岩場で箱ごと海に浮かべてやった。
手を伸ばし、波に触れるユリア。
大きな波が来て頭から被るユリア。
塩水を飲み、辛いと言って顔をしかめるユリア。
「この箱を海に沈めたら……、海の水が全てこちらに流れ込んでくるのかしら……」
とんでもないことを言い出し、僕に笑いかけた笑顔を一生忘れることは出来ないだろう。
彼女が妊娠したのはそれから数カ月した頃だった。
食欲がなくなり、食べ物の匂いをかいだだけで吐くようになった。つわりだ。
あの薄暗い石造りの部屋では出産もおぼつかないだろう。なんとかこちらの世界に出してやれないものだろうか。
箱の大きさはちょうど僕の頭くらいだ。小柄なユリアだと何とか首と片腕なら出せる。もう少し、あと5センチも大きければ出てこられるのだが、何度やってもそれ以上は無理だった。
箱を壊そうと何度思ったことだろう。ひょっとしたらこちらに出てこられるかもしれない。
しかし、壊した瞬間にこちらとあちらを繋ぐ口が閉ざされてしまうかもしれない。それを思うと強行する勇気は無かった。
やがて彼女の腹はどんどん大きくなっていった。つわりが治まると驚くほどの食欲を取り戻し、食べる食べる。
本来なら医者に見せたいところだったが、無理な相談と言う物だ。この箱を産婦人科に持ち込んで医者に見せる? そんなことが出来るわけが無い。
覚悟を決め、僕はその手の本を山ほど買い込んで熟読した。彼女の出産は僕が面倒をみるのだ。
妊娠中というのに、彼女はスキンシップを求めた。今まで以上に僕の愛の証を求めてくるようになったのだ。出産に対する恐れと、情緒不安定のためか、常に僕を感じていたいらしい。
安定期に入ったら無理をしなければSEXも問題ないようなので、僕は頑張って応じてやった。無理をさせないように、もっぱら動くのは僕だ。
妊娠してから彼女は、いっそう感じやすくなったようだ。何をしても感じて、何度でも絶頂に達するのだ。
内部の感触も微妙に変化していった。妊娠前の堅く締まる感触から、トロッと柔らかく包み込むような感触に変わったのだ。
帰宅して直ぐに始めて、寝るまでハメっぱなしという事も珍しくなかった。何度もイカされて、さらにせがまれ、箱から男根を差し出して眠る。ユリアは僕の物に頬擦りしながら眠るのが好きだった。僕と、僕の愛の証だけが彼女の支えになっていたのだろう。
そして臨月。自慢ではないが、僕は出産についてはかなりの知識人になっていた。
陣痛の兆候が見られた日、もちろん工場を休んで彼女に付き添った。
「だいじょうぶ、僕に任せておけば上手くいくからね」
「ええ、アキラに全て任せるわ」
しかし不安そうな表情は隠せなかった。
出産は困難を極めた。最初から俄か産婆の僕には荷が重すぎたのだが、ユリアはよく頑張ったと思う。
一晩掛りで出産を終え、赤子を抱いたときの感動は、とても言葉では言い表せない。
産湯をつかわせ、ユリアに抱かせてやり、死産で無かった幸運を感謝するだけだった。
生まれた子は女の子だった。ユリアに似た可愛い子だ。
母乳の出はいい方で、すくすく育つ。
母子の存在は何ともいえない安らぎをくれた。この二人を僕が守っていくのだ。
「名前は、どうしようか?」
「この子の名前……、決めてあるのよ」ユリアは言う。
「サクラ。サクラでいいでしょ?」
桜の花がユリアのお気に入りだった。お花見に行ったとき、暗くなるまで桜の下を離れたがらなかったユリア。
「いい名前だ。サクラ、それにしよう」
しかし、出生届も出せない。いや、そもそもユリアの存在すらどこにどう届け出たらいいのか分からない。
先のことを考えると不安だらけだが、とりあえずこの幸せが続けばいいと思った。ユリアは間違いなく僕の妻で、サクラは間違いなく僕の娘だ。
サクラは生長していく。寝返りが打てるようになり、やがて這い這いが出来るようになる。僕を見て笑い、ユリアに抱かれて眠る。
ある日僕がサクラをあやしているのを見ながらユリアが言い出した。
「サクラをアキラの子供として正式に届けられないかしら」
それは僕も考えていたことだ。やがて歩き始めるだろうサクラ。今でこそ夜はユリアの胸に抱かれて眠っているが、成長すればいつかは箱から行き来出来なくなる日が来る。
「そうだね、サクラは……」
「あなたの、アキラの世界で生きていくしかないんだもの」
もどかしかった。何とかしてユリアをこちら側に出してやる術は無いだろうか。何度となく試み、諦めたこの問題に突き当たる。
「あたしは、いいの」ユリアは努めて明るく振舞っていた。「アキラの愛さえあればあたしはいいのよ」
薄暗い石造りの部屋に閉じ込められている反動だろうか、ユリアはますます性欲の塊になった。暇さえあれば僕を求める。もちろん僕は応えてやる。サクラと、僕の愛の証だけが彼女の生きる望みなのだから。
サクラは愛らしかった。目元も口元も、幸運なことにユリアに良く似ている。きっと美人になることだろう。
何とか僕の子供として登録しなければいけない。やがては小学校に通わせ、中学校、高校、そして大学に行って社会に出て……。
そう遠くない将来にはその必要に迫られることだろう。
不安を胸に秘めたまま、穏やかで充実した日々が過ぎていく。
そしてサクラが歩いた。掴まり立ちがやっとだったのが、突然数歩歩いた。
嬉しくて嬉しくて、僕たちは親ばかだった。
ユリアが体調を崩したのはそれからしばらくしてからだ。突然寝込んだまま数日が過ぎた。医者に診せてやることも出来ない以上どうにもならない。
彼女の最期は呆気なくやってきた。数日のうちにほとんど起き上がることも出来なくなったのだ。
箱越しに、僕はひたすら励ました。だが、素人目にも彼女が長くないことは分かった。それほど衰弱が酷かったのだ。
彼女自身も、自分がもう直ぐ死ぬと分かっていたのだろう。
「お願い、愛を、アキラの愛の証をちょうだい」
ほとんど動けない身体で僕をねだった。
「ああ、愛してるよユリア……」
僕たちは箱越しに愛を交わした。最後の最後まで、彼女の身体は僕を求めて激しく蠢いた。そして絶頂を極めた。
「あたしは幸せだったわ」ユリアは満足そうに言った。
「アキラに会えて、あたしは幸せだった」
僕は、箱に首を突っ込んで、ユリアの最期を看取った。
「サクラを……おねがい」
ユリアの最期の言葉だった。
そしてユリアは、死んだ。
その顔が微かに微笑んでいた。
僕は泣いた。泣いて泣いて、泣き続けた。
こんなことになるのなら、いっそのこと箱をぶち壊してでも彼女をこちらに出してやればよかった。悔やんでも悔やみきれない。
母親を求めてサクラが泣くのが辛かった。
しかし、死因が分からない以上、幼いサクラをユリアのそばにやるわけにはいかない。
箱越しに僕はユリアを見続けた。
冷たくなっていくユリア。
死後硬直の始まるユリア。
死斑が出てくるユリア。
何日そうしていただろう、やがてユリアの顔は土色に変色して行った。
僕は決心した。彼女の顔に、身体に、全身にガソリンを撒き、ベッドにもぶちまける。
そして火を放った。
あっという間に燃え上がる炎。
僕の愛したユリアをみるみる包み込んでゆく。
やがて炎は箱にも燃え移った。頭を出していられないくらいの熱さだ。
激しい炎に包まれながら、僕はユリアに別れを告げた。
両手で箱の蓋を掴み、そっと閉じる。
「ユリア、愛してるよ……」
箱の蓋が、閉まる。
箱は一瞬にしてただの箱に変わった。
あちら側の箱が燃えて無くなれば、二度と繋がることはないだろう。
「ユリア、愛してるよ……」
箱の中のユリアへ……、もう一度、心から言う。
そして僕は、こちらの箱の蓋を閉じた。
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