| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

BookReview


『紫の砂漠』

松村栄子著

ISBN4-89456-782-2
C0193

レビュー:[雀部]&[増田]

角川春樹事務所 820円 2000/10/18刊
粗筋:
 入ることはタブーとされている紫の砂漠のはずれ、村人が塩取りで生計を立てている塩の村のシェプシは、砂漠を眺めているのが何より好きな七歳の子供だった。前年に砂漠で光る音響盤をみつけたシェプシは、それを巫祝に見せ、神の元に返す約束をしていた。
 ある日、砂漠から詩人=<聞く神>の使いがやってくるのに出くわしたシェプシは、自分の運命が大きく転換していくのを知る・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 芥川賞受賞作家の描く、リリカルでファンタジックな世界。ジェンダーと血縁による家族制度も崩壊しているように見えるこの社会で、真実の恋と若者の成長を描いたこの作品は、ファンタジーの衣を被ってはいますが、その骨格(伝説)には、確固たる裏付けがあり、SFファンにも推薦できますねヽ(^o^)丿
[増田]  《紫の砂漠》は、『真実の恋』をするまでは性別が決まらないという星を舞台に、まだ『真実の恋』を知らない主人公のシェプシが、禁断の地とされている砂漠を冒険するお話です。
[雀部]  性別を選べるってのは『ファイナルジェンダー−神々の翼に乗って−』(ジェイムズ・アラン・ガードナー著)でも出てきたんですけど、なんと『紫の砂漠』では、子供は七歳になると聞く神のもとに集められ、告げる神によって運命の親のもとに授けられるんですね。ここらあたりは、現在の家族制度そのものに対する強烈なアイロニーになっていると思いますが、増田さんはどう感じられましたか。
[増田]  読んでる時は、何か不自然に感じてしまいました(^^;)。自分の子に対する親の愛情というのは、あって当然、無かったらそっちの方がおかしいと思いますので、むしろ『自分の子を手放したがらない』という盗賊達の方に親しみを感じてしまいます。親が『運命の子』の方を可愛がる理由というのも、最後の七年間に『恩返し』をしてくれるから、という風に説明されていたのも釈然としません。『運命の親』は『運命の子』に仕事を教える師匠でもある訳で、師匠が弟子に感じるような親しみは覚えないのでしょうか?
[雀部]  うん、そうですね。だから、敢えてそれをひっくり返したかったんじゃないかと思うのですが。世間一般もそう思っているし、それが必然のように考えられていることを疑ってかかるというのは、SFの常套手段です。
[増田]  なるほど。そこまでは考えませんでした(^^;)。
 疑う事さえ考えない、最も普遍的な常識をひっくり返した時に何が見えてくるか、ということですね。
[雀部]  物事の本質に迫れるわけですよね。
 昔から、子供を殺すなんてのは、おそらくどの部族でもタブーだったと思います。
 それは、人間が一生の間に、比較的少数の子孫しか残さないという生物学的理由からであって、数万人もの子供が産まれるとしたら、きっと子供に対する感覚は全く違ってくると思います。想像できませんよね、そういう感覚。それを想像して、読者に提供してくれるのが、優れたファンタジーなりSFだと思います。
[増田]  《紫の砂漠》という作品は、私自身は、『ジェンダーに対する反旗』という著者お得意のテーマを掲げつつ、『見守るまなざし』の意味に重きを置いて書かれたお話と読みましたが、雀部さんはいかがだったでしょう?
 この作品には『見守る神』や一の書記などシェプシを見守る存在もあれば、シェプシ自身もジェセルを見送ったり、詩人を看取る役割をふられていたりする訳ですが。
[雀部]  う〜ん、私は松村さんの他の著作を読んだことがないので、なんとも言えないのですが、<聞く神>は秩序を作られたとあったり、<聞く神>が<告げる神>と<見守る神>を生んだという人(ショサ)が居るくらいだから、<聞く神>がメインかと思っていました(^_^ゞ
[増田]  詩人は「どんなものにも見つめるまなざしがあってこそ意味がある」と言いますし、砂漠を旅している間、シェプシはまなざしを感じ続けている訳ですよね。ラストでもそれらしい事が書いてありますし……。
 著者の他の作品だと《僕はかぐや姫》《001にやさしいゆりかご》《至高聖所》を読みましたが、例えばデビュー作の《僕はかぐや姫》の主人公は、自分の事を「ボク」と呼ぶどこか女性になる事を拒否しているような女子高生だったりします。

 私が興味を持ったのは、子供時代に性別をあいまいにさせる事によってジェンダー固定・性別分業への異議申し立てをしているように見えながら、『真実の恋』を知った後、女性になった者は何の疑問もなく家庭に入って昔ながらの古い価値観によるジェンダーを受け入れ、性別による役割を果たしている事です。
[雀部]  性によるジェンダーの規定じゃなくて、ジェンダーによる性の規定になっているんですね。もちろん、その根本を成すのは<真実の恋>であるわけですが。
 もし、どちらもが"守る性"を選んだ場合はどうなるかとかも書いて欲しかった気がします(SF者の立場から言うと^^;)
[増田]  やはりこの作品のキモというのは、家族制度とジェンダーギャップなのでしょうか。
 つまり、生物学的な性別によってジェンダーが決定されて、両性が社会通念上当然と思われる役割を果たす事によって家族制度が成り立っているというのがこの現実世界なわけですが、この作品世界ではそれがまったく逆さまになっている訳ですよね。
 子供は共同体の共有財産であり、生まれついての性別もないから、ジェンダーを強制されることがない。自らの役割を選んだ時に初めて性別が決定されるということは、この作品世界の人々は、一部の現代女性が感じているような、性別による社会的抑圧から解放されているという事でしょうか。
 たった今考えた事なのですが、このあたり、雀部さんはどう読まれましたか?
[雀部]  自分が選んだ性別だから、文句は言いにくいだろうなぁ^^;
 でもやはりジェンダーは、あるんじゃないかな。それにストレスも。真実の恋に燃えている時は、そんなことは問題にならないにしても、結婚して落ち着いてくると、色々出てきそうな気がします。この本では、そこらあたりはあまり追求してないけど。
[増田]  出てきませんでしたね(^^;)。シェプシが子供だからという理由もあるのでしょうが……。
[雀部]  というか、子供は中性の扱いだからでしょうね。
 <生む性>でもなく<守る性>でもない子供の存在があるから、両者の差異が際だつというのもあるかも知れませんね。
 それと、この本ではラスト近くになって、<なんとかの神>とか<砂漠の妖精>とかでてくるからファンタジーかと思いながら読んでいると、徐々にその背景に、SFの骨格(<なんとかの神>の成立理由)が浮かび上がってきてたいそう感心させられたのですが、増田さんは、こういう構成はどう思われますか?
[増田]  最初は純粋なファンタジーだと思って読んでいたので、ちらほら出始めた時点で何だか裏切られた気がしました。改めて本の帯を見ると「SFフェア」。納得して読み続けました(^^;)。
 私はむしろ、色々な要素を組み合わせることのできる構成力に感心しながら読みました。ファンタジーであり、SFの骨格もあり、女性作家にしても滅多に見ないような瑞々しさもあり、心の動きを緻密に描写する筆力もあり。まあ、そうでなくては海燕新人文学賞なり芥川賞なりは獲れないのでしょうけど、実のところ最近の「SFモドキ」「ファンタジーモドキ」「文学モドキ」に辟易していた私には楽しめました。オープニングのシェプシが砂漠の風に吹かれるシーンは、私の大好きなシーンです。
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。
ホームページは、http://www.sasabe.com/
[増田]
本紙主任編集員。本業はフリーライター。どちらかというとファンタジー派。

トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ