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Bookreview


レビュー:[雀部]&[増田]

『スキップ』

ISBN 4-10-137321-3

北村薫著

新潮社 1748円 '95/8/20
 昭和40年代、一ノ瀬真理子は、高校二年生だった。体育祭が終わり次は文化祭の準備にかかるある日、帰宅して微睡みから覚めると彼女は42歳の主婦になっていた。
 自分の娘であると主張する17歳の桜木美也子にとまどいながらも、彼女はなんとか自分を取り戻そうとするのだが・・・
 私が高校二年生の時は昭和44年です。そういう同時代性もあり、すぐにストーリーに溶け込むことができました。主人公は実は25年後の世界では、国語の高校教師なんです。高校三年生の生徒を高校二年生の"私"が教える危うさ、この設定がまた良いですね。
 あまり疑問を露呈することもなく、17歳だと主張する"私"の存在を優しく受け入れてくれる娘と夫。その後"私"は、夫と娘に助けてもらって健気にこの世界に適応しようとするのですが、そこらあたりのデテールの描き方も見事です。
 展開は全くSF的ではありませんが、すべての心優しきSFファンにお薦めです。

『ターン』

ISBN 4-10-137322-1

北村薫著

新潮社 1700円 '97/8/30
 銅版画の作家である真希は、運転する車で事故を起こし、意識を失う。真希が気が付いた場所は、母親と住んでいた家で、自分の服装や天気からすると、どうも事故の前日のようだ。家とか道路とかの環境は以前と変わらないのに、真希の目覚めた場所は、生き物の気配が全くしない世界だった。TV放送も無く、電話も通じない世界で真希は、色々な場所を探検しに出かけるが、毎日三時十五分になると、事故の後目覚めた場所・時間に戻ってしまうのだ。
 端的に言えば、ループした時間の環の中に閉じこめられた女性のお話なのですが、この人気のない、しかも何をやっても一日たてば消えてしまうという世界で、主人公の女性が自らの心を保ちつつ、なおかつ女性らしい感性を失わず謎解きに挑戦していく様は、感動的でもあります。
 著者は元々ミステリ畑の人ですので、構成も展開も破綻無く進んでいく様は、SFファンとしても安心して読めます。

『リセット』

ISBN 4-10-406604-4

北村薫著

新潮社 1800円 '01/1/20
 第二次大戦前の神戸、《六甲ハミガキ》に勤務する父親を持つ小学生の水原真澄は、ある日同い年の女の子八千代の居る会社の社主の屋敷に遊びに行きました。そこで中原淳一の『啄木かるた』で一緒に遊んだ八千代の従兄弟の結城修一に心引かれるものを感じたのです。それは、真澄が三つの時に、獅子座流星群を見た話をしたら、修一さんが「よかったね」と言ってくれたのが心に残ったからです。そしてそれは、修一さんも同じらしく、八千代に獅子座流星群のエピソードが載った『愛の一家』という本を貸してくれました。
 高等女学校に進学した真澄は、激しくなってきた空爆のなか、勤労動員に駆り出される毎日でありました。ある日、ジュラルミンの切れ端で、フライ返しを作った真澄は、それを届けに修一の家に向かい、そこで再び修一から本を借り、また会おうと約束したのでした。
 煎じ詰めて言うとreincarnationのお話である『リセット』は、戦時中の神戸、戦後の高度成長期直前の東京郊外の様子が、著者のリリカルかつ繊細なタッチで描かれ、求めあう魂が巡り合い結ばれるまでを感動的に描ききった傑作です。まあ、SF度・ファンタジー度は、ほとんど無いですけど。
[雀部]  私の感想は、書いたとおりなんですが、三部作のうちどの本が一番お気に入りですか?わたしは、最初の『スキップ』が大好きなんですが。
[増田]  ワタシ的には「スキップ」がお気に入りだったのですが、「リセット」に泣かされてしまってからはこっちの方がお気に入りになりました(^^;)。
 「スキップ」は、描写がすごくリアルですね。導入部から読者をぐいぐい引っ張っていくし、タイムスリップ(?)した直後、缶ジュースの中に落ちるタブを見て「汚い」と感じたりするところなど、ひとしきり感心してしまった覚えがあります。ただ、夫と娘が主人公の主張をすんなり受け入れてしまうあたりはちょっと不自然に感じました。私なら、自分の母親があんなことを口走り始めたらあんなに冷静ではいられないだろうな、と。
[雀部]  リアルですよね。17歳の高校生がいきなり42歳の中年のおばさんになったショックと戸惑いがきめ細かに書き込まれているし。まあ確かに普通に考えれば、17歳から現在までの記憶が、何らかの原因で無くなった記憶喪失症だと考えますよ。私もいくらSFを読み慣れているとは言え、カミさんがそんなことを口走れば、こいつおかしいんじゃないかと思うのが必定(爆)
[増田]  その辺、周囲の人間の戸惑いをもうちょっと書いてほしかったなという気もしますよね。まあ、一人称では難しいのかもしれないし、本人の戸惑いみたいなものはちゃんと書き込まれてはいるのですが。
[雀部]  そうですね。やはり一度は病院に連れていかないと(笑)
[増田]  「ターン」は、惜しくも直木賞を逃した作品ですよね。あの時は「直木賞該当作なし」の時で、候補に挙げられていた他の作品には「OUT」なんかがありました。選考委員の評を読むと「ターン」については「よくできているし、ルーチンワークとしては問題ないが、それだけでは優れているとは言えない」と。私自身は、二人称文体など、冒険しているなと感じました。あれはすごく面白いですね。内面との語り合いというか、自省というか、ああいう書き方があるなんて思ってもみませんでした。
[雀部]  二人称で書くというのは難しいんですけど、上手くはまると独特の効果があげられますね。内面との語り合いとか意識の流れを追っかける書き方は、主流文学にはよくあるのですが、SF・ファンタジー系ではあまりやらないですね。そうでなくても非日常の異物が出てくるから、よけい分けがわからなくなるという^^;
[増田]  やってみればすごく面白くなると思うんですけどね(^^;)。
 SFやファンタジーの世界では非現実的なものも一定のルールはあるとはいえ「お約束」で読者には受け入れられちゃうから、逆にそこいらへんにガツンとくらわす作品があってもよいのではないかと。現実と非現実の境界が読者にとっても曖昧になるような、夢遊病的・白昼夢的な、何と言うか、アニメ「少女革命ウテナ」の小説版みたいな(無理か(^^;))。
 ターンで面白かったのは、内省的な部分だけじゃなくて、普通に三人称で書くような部分まで二人称になってたことです。やっぱり初めて読んだ時には違和感がありましたけれども(^^;)。
 でも、私にとっては初めて読んだ北村作品が「ターン」だったので、思い入れはあります。
[雀部]  現実と非現実の境界が曖昧になるというのは、いわゆるメタフィクションですよね。日本では筒井康隆さんの著作が代表的ですが。古典というとトマス・ピンチョンあたりかなぁ?
 『ターン』は、もうこれははっきりファンタジー系だと思うんですが。
[増田]  秋にはワーナーマイカル系で映画が公開されるそうですが、どういう風に映像化するのかな? 主演は牧瀬里穂、泉洋平には歌舞伎役者の中村勘太郎だそうです。
[雀部]  ありゃ、そうなんですか。なんとか成功して欲しいものです。とは言っても所詮、原作と映画は別物ですが。牧瀬里穂さんは、イメージ的にはあっているかも知れませんね。ちょっと美人すぎるけど :-)
 映像的にも『ターン』の方が撮りやすいでしょうし。『スキップ』だと、主役の役者さんの演技力次第なんじゃないかな。
[増田]  「リセット」は、泣かされてしまいました(^^;)。すごくありがちなテーマで先の展開もわかるのですが、それでもつまらないとは感じない。その時代時代の雰囲気や空気もすごく大切にされていて、「ターン」の夢遊病的・白昼夢的な雰囲気とはまるで逆です。
[雀部]  私は北村さんの二つ下なんです。だから当時の雰囲気や空気感ってすごく感じますね。あ〜、確かにそうだったなぁって・・・あ、もちろん一部じゃなくて二部からですが。戦時中の描写は、もちろん想像で書かれているのでしょうが、実にリアルで、まるで見てきたようですね(笑)なんていうか、奥ゆかしくて偲ぶ恋やなぁって。まあ私なんかは、一部を読んでいる時は、あれれいつから本題に入るの(?)って思いは常にありましたけど(爆)
[増田]  戦時下の描き方は、何だか落ちるところに落ちたような気もします(^^;)。もちろん見てきたわけじゃないですけど、加賀乙彦「永遠の都」(舞台は昭和十年〜二十二年の東京)でも戦時下はあんな感じに描かれていました。三島由紀夫「仮面の告白」からの伝統なんでしょうか(^^;)。
[雀部]  う〜ん、さすがに私も生まれる前のことはなんとも・・・(爆)
[増田]  この三部作では、それぞれ文体が一人称、二人称、複数視点で、スポットを当てられる主役的な人物は女性、名前にはすべて「真」の文字が入っているなど、ストーリーはそれぞれで完結しているものの、三冊併せて一つの作品なんだなと感じました。「リセット」は三冊の締めくくり、大団円ということがすごく意識された作りになってますね。
[雀部]  あ、本当だ「真」の文字がみんなに付くぞ。気が付かなかったなぁ(汗)
 じゃ、共通のテーマは<「真」実の愛>かな?
[増田]  というか、例えば「ターン」なんかではすべてが終わった後に真希と洋平が付き合うかといったら付き合わないと思うんです。二度と会わないか、良くてもたまに会ってお喋りするくらいだろうと。このシリーズでは、人が自分や他人をどれだけ思いやれるか、そういうことを書きたかったんじゃないでしょうか。それも愛かな(^^;)。
 三冊の主人公に共通しているのは、いずれも、自分や自分の周りにいる人が大好きだってことなんじゃないかと思うんですね。
[雀部]  あれも愛、これも愛・・・ってことで(笑)
 で、どういう方にこの三部作をお薦めします?
 私は、SFでいうとロバート・F・ヤングやジャック・フィニイ、ロバート・ネイサン等がお好きな方は、読んでもらいたいですね。日本だと恩田陸さんの『光の帝国−常野物語』がお好きな読者には、絶対のお薦めだと思います。
[増田]  まずは北村薫ファン(^^;)。
 それから、最近の「癒し系」に食傷気味の人。
 後はやっぱりケン・グリムウッドの「リプレイ」(新潮文庫)を読んだ人でしょうか。
[雀部]
 48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。
 ホームページは、http://www.sasabe.com/
[増田]
 本紙主任編集員。本業はしがないフリーライター。SFとファンタジーをこよなく愛する社会的廃人。


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