雀部 |
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この『逢魔の都市』は、第三回ムー伝奇ノベル大賞最優秀賞受賞ということなんですが、栄村さんはどう読まれました? |
栄村 |
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この本を読んで、異空間につくられた措定都市という設定が気に入りましてね。
この都市は、現実の世界で植民市をつくる際、その予定地に展開されるのですが、土地にいる地霊や魔物、さらに人がつくり出し、土地が持つようになった様々な禍々しい記憶を浄化してゆく機能を持っています。
ここでは現実世界と同じように、夜になると空に星が輝き、街では人々が日常の暮らしをいとなんでいる。でも住民の正体はすべて裏に呪符の張られた仮面なんです。
この仮面、大人や子供がいるうえに、ちゃんと人としての心も持っている。他の土地で前に展開されたときの記憶が微かに残っていて、以前、自分がどこか遠い国で別の誰かだったような気がする、今の自分はほんとうの自分なんだろうかと、自分自身について問いかけるところなんかおもしろいですね。 |
雀部 |
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そうですね。この設定はなかなかのものです、私も感心しました。
著者の葉越さんは、どういうところからこれを思いついたんでしょうね。 |
栄村 |
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実は司馬遷の史記に、秦の始皇帝が2200年前に驪山(りざん 今の西安の近く)の地下墳墓の中に、人工の天地を再現していたというエピソードがあるんですが、そこでは天井に日月星辰を象った宝玉が輝き、地上を模した銅製の床の上を水銀の川が流れ、金銀で造られた山や樹もあり、人魚の脂を灯火として照らされた大宮殿には殉死者とともに始皇帝が眠っていたそうです。また、宝石目当てに盗掘者が侵入してはいけないというので、内部に入ろうとする者には、矢が射かけられる仕掛けが施されていたそうです。
作者の葉越晶さんは、一年に一回だけ、祭儀のお芝居が上演されるときだけ機能する古代ギリシャ風の劇場都市というアイデアを思いついて、この設定を考えられたとのことですが、始皇帝の地下世界とどこか通じるものがありますね。 |
雀部 |
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おお、『史記』にそういう記述があるんですか。ひょっとして葉越さんも読まれているのかも知れませんね。
これって、SFで言うと、仮想現実ものに通ずるところがありませんか?
ファンタジー風に意匠変えしたらこんな作品になるような。ただ、手際は極めて鮮やかで、誰にも書けると言うわけではないですが。 |
栄村 |
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葉越さんが『史記』にヒントを得たかどうかはわからないけど、ファイナル・ファンタジーなんかのファミコン・ゲームの影響はあるでしょうねえ。あの手のゲームには、時間が経つにつれて、画面の世界の中で、リアルに夜明けと日没が繰りかえすものもありますし……。ドゥンスの中と外では時間の流れも違うのかな……? 「仮想現実」もののSFから言えば、小松左京先生の「眠りと旅と夢」を思いだしますね。
あれはまさにミイラの夢を題材にした話ですから……。
でも、これだけ緻密でリアルにかけるというのは、ほんとうに凄い。とても処女作とは思えませんね。作者はこの小説を書く前にお芝居の脚本の勉強をしていたのかな?
と、思って調べてみたら、やはり小学生の時から演劇部に所属していたほどのお芝居の好きな人だそうです。きっと有名な戯曲の台詞をおぼえてきたことが、小説を書く上で登場人物の思考の流れや感情を表現するのに役だったのでしょう。頭脳明晰なアルゲントスの喋り方など、山崎正和の戯曲に出てくる人物の喋り方を彷彿とさせるところがありますね……。 |
雀部 |
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コンピュータゲームの影響もありそうですか。私は疎くて(泣)
お芝居は、小学生の時から演劇部に所属していたんですか。筋金入りですね。
「眠りと旅と夢」は、私も大好きな短編なんですよ。
では、キャラ立ちという点ではどうでしょう。
私は、人形(ヒトガタ)遣いの少年カデンスにぞっこんですが(笑) |
栄村 |
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これは、おやおや(笑)。カデンスは、殿様に忠義を尽くすお小姓といった感じの少年ですね。物語のはじめで、神官見習いのレミという少年が、アルゲントスに憧れる場面があるでしょう。彼はアルゲントスから自分のような「走り者」という情報収集者になるより、正規の神官としての道を歩めと諭されるわけですが、カデンスは同じ少年でも、終わりの方でアルゲントスと血を分かつ存在になってしまいます。
再度読み返してみて気がついたのですが、師弟関係というのがこの物語の深い部分での幹になっていますね。師と弟子が互いに影響しあって発展していったり、お互いに補い合うという関係が……。
アルゲントスと彼の師イグナシオス、アルゲントスと人形使いカデンス、神官見習いレミ。ヴィブラムとラモン。そして、カデンスとその生みの親であるエレゲイア王。さまざまなバリエーションが描かれています。もっと深いところに目を向けると、親と子の関係、創造者と被創造者の関係にまで遡れるかもしれない。ここまで言ったらネタバレになるけれど、エレゲイア王は、人間によって作られた人形で、自らを生みだしたものに裏切られたところからこの事件がおこるわけでしょう。すべての発端です。そして、エレゲイア王は自身がつくりだしたカデンスと彼を手助けするアルゲントスによって救われ、物語は終わります。ここに創造したものに復讐されたり、逆に救われたりするという構図がありますね。結局、物語の終局でカデンスはエレゲイア王を解放する鍵になったんですが、彼が魅力的に見えるというのは救済の役割を担ってるからでしょう。
……作者が大学の講師だということもあるけれど、仕事の中で、人間のそうした関係をじっと観察していたんでしょうねえ。だからこそ、物語に深みがあり、キャラに説得力が、力強さが出てきているんだと思います。
雀部さんは、カデンスのどこが魅力的に映りました? |
雀部 |
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健気なところかな、逆「マイフェアレディ」みたいで。ラストは涙なくしては読めません(汗) 忠犬ハチ公キャラとも言えるかも(笑) |
栄村 |
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キャラだちという点では、窮地に立ったらウルフガイみたいに狼男に変身するアルゲントスはもちろんのこと、彼と商談みたいな掛けあいをして出てくるメルキオルなんかもおもしろいですね。生命の危険も顧みず、極上の鹿と猪の肉、そしてとびきりうまい酒で、
「よし、手を打った。」
と、腹ごしらえをしてからドゥンスに乗り込んでいくとは豪儀な人です(笑)。 |
雀部 |
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ここらあたりのキャラ設定は、王道と言う気もします。
栄村さんにとって、アルゲントスの魅力はどこでしたか。 |
栄村 |
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いや、それはもう頭が切れタフガイで、しかも、人間的な深さをもっている点かな(笑) ……でも、彼が少年の時、イグナシオスとの対話で、アルゲントス自身が大きな傷を負っており、怨みや呪詛と人はどう向き合うべきかということが語られる場面があるでしょう。あの回想シーンはなかなか気に入っている場面で、人にこの本を薦めるとき、少しあのシーンを読んでほしいなという思いが頭をかすめるんですよ。この回想のすぐあとに、カデンスの悲鳴が聞こえてきて、ひとり助けに飛んでいくシーンは、アルゲントスが一番魅力的に見えるシーンですね。 |
雀部 |
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アルゲントスは、現代的なヒーローですよね。強いだけではなく、深い傷を負った経験があり、強いが故に弱者に優しいという。
主人公のアルゲントスの魅力もさることながら、やはり一番魅力的なのは、都市を造る際、事前に予定地を浄化する目的で設置される措定都市そのものですよね。 |
栄村 |
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そうですね。でも、措定都市自体、まだまだ謎が多いですね。都市自体がいったいどうやってつくられるのか。人間の想念や夢が実体化するあの空間はいったい何なのか。現実世界と措定都市が展開する仮想空間との関係。話が飛ぶけれど、作者がこの設定を考えたとき、土台になったのは、やはりヴァーチャル空間だったと思います。
数学の虚数みたいに、実際には存在しないのだけれど、あると仮定すれば、いろんなことが見えてくる世界。措定都市が展開する空間も一面、そんな性格をもったものなのかもしれませんね。 |
雀部 |
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もし、栄村さんが『逢魔の都市』のゲーム化を任されたとしたら、どういうゲームにしたいですか? |
栄村 |
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む? ゲーム化ですか……。これはまた鋭いところを突いてきたなあ。
この話は消えた前任者の捜索というところから始まるでしょう? ミステリィの話の作り方ですね。オープニングでは浸透者のアゴンが都市に入っていったまま、消息を絶つところから始まるとおもしろいかもしれない。
構成も二部構成にしたらどうかしら。一部では街がまだ措定都市の機能を果たしていて、主人公が市場や通りを歩き、住民と対話しながらアゴンや謎の手がかりを探す。二部では、都市機能は完全に崩れ、街は闇につつまれた迷路と化している。住民は本来の姿となり、呪文の書かれた無数の仮面だけが闇の中を浮遊している。主人公は迷路を彷徨い、ハルピュイアや鼠、そして瞑府の門の闇にいた名のない妖魔を払い除けながらアイテムを発見し、中心部の劇場に迫ってゆくというのはゲームのお約束かな。 |
雀部 |
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ゲームの第一部は、措定都市が機能している状態でってのは、良いなぁ。
二部との落差が際だちますね。 |
栄村 |
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アイテムは「死者に言葉を喋る力を与える羊の血」「ドゥンスの見取り図」「残像を出す角灯」など結構おもしろいものがありますね。
妖魔との戦闘時には、いきなり「アルゲントス戦闘形態」とかいって狼男に変身したりして……。これじゃドラゴンボールZか(笑)。
……でも、このお話は相手をやっつけるというのじゃなくて、呪いを解いて、浄化し再生の道を歩ませるというのが大切なテーマだから、「影」や妖魔がでてきても「空蝉の術」など使って隠れてやり過ごしたり、また戦っても倒すのじゃなくて、おとなしくしてもらうために封印するというのがいいですね。
う〜ん。プレイして行くにつれ、いきなり画面がぐらりと揺れたらヴァクラハの記憶の映像がアルゲントスの脳裏に流れ込んでくるというのもおもしろいかも……。 |
雀部 |
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なんかゲームとしても良さそうな雰囲気ですねぇ。
どなたか実現してくれないかしら。 |
栄村 |
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ところで、ゲームの話が出たついでに……。
参考に『逢魔の都市』と同じく、何か事件が起こってそれを解決するという形のホラー・ゲームを紹介しておきます。平安時代を舞台にした物語ですが、おおもとの話の構造は『逢魔の都市』と同じです。お定まりのゾンビもどきが、グロい姿で出てくるのは閉口しますが、ストーリィや実力画家を起用して造ったヴィジュアル面の出来が結構よく、英語圏でも発売されることが決まりました。(これ、攻略本見たら話が結構凝ってて、えっ、とおどろくような作りになっているんですよ)
注)ネットでこのゲームのプロモーション映像を見ることができます。中に実写映像の分があるのですが、これはコワイですよ(^^;)。押入や戸が少し開いていたら気になって眠れなくなります。鶴亀鶴亀。
「九怨ーkuon」([Movie4][Movie5] は特に怖いですよ)
PS2「九怨
-kuon-」魍魎が棲む日本屋敷を探索する怪談アクション |
雀部 |
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うへぇ、強烈。この画家の方は、有名な人なんだ。
妖怪の造形に妙に色気がありますね(笑) |
栄村 |
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画家の智内兄助の絵はインパクトがあります。話が脱線しますが、この人は『死国』(坂東眞砂子著 角川文庫)の表紙も手掛けているでしょう。月夜に浮かぶ着物姿の少女の絵ですが、正直いって最初みたとき気持ち悪かった――絵自体はまったく上品で、観る者をこわがらせる要素はなにもないのに、強烈に残る不気味さがあるんです。少女は十歳くらいの丸顔で、目をつむり半ば眠っているようにも見えるのですが、その顔と手の色がなんともいえない気味の悪い色で……。ずいぶん後になってわかったんですが、あれは実際の死人(しびと)の皮膚の色だったんですね……。
ゲーム化に際しては措定都市の街や上空にひろがる空の色というのも、じっくりと考えなければいけないでしょうねえ。小説には色の階調の話も出てきましたが、ゲーム感覚のデジタル化したグラフィックの色調では、心の中の闇にも繋がるなにか底なし沼のような、はかりしれないものを持つこの都市の感じを出すのは難しいかもしれません。 |
雀部 |
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あまり感じが出ると怖いっす。
5.1chで、突然肩の後ろあたりから声がしたら心臓止まるかも(爆) |
栄村 |
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最近、宮部みゆきの『ICO 〜霧の城〜』というファンタジー小説が出ましたが、これもゲーム・ソフトに触発されて書かれたもので……。ミリオンセラーになったトム・クランシーの『レッド・オクトーバーを追え』も、パソコンゲームがなかったらあの形にならなかったし、コンピューターが造りだすヴァーチャル空間が人間のイマジネーションに与える影響って凄いんですね。視覚面だけでなく、そのうち大学の文学部にも、コンピューターと小説家の関係をテーマにした講座ができるかもしれない。 |