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BookReview

レビュアー:[雀部]&[彼方]

『ホミニッド―原人―』
> ロバート・J・ソウヤー著/内田昌之訳/L.O.S.164+WONDER WORKZ。カバーイラスト
> ISBN 4-15-011500-1
> ハヤカワ文庫SF
> 920円
> 2005.2.28発行
'03年ヒューゴー賞受賞作
粗筋:
 カナダの地下深くに設置された重水で満たされたニュートリノ検出装置。その動作を示すランプが一斉に点き、すわ超新星かと色めき立つ研究スタッフ。だが、重水タンクの中に出現したのは、異形の人間だった。
 一方、クロマニヨン人が絶滅し、ネアンデルタール人が進化の主役となった宇宙で、物理学者のポンターは、男性配偶者のアディカーと共に、量子コンピュータを使って巨大素数の問題を解いていた。突然の音響と共に忽然と消え失せたポンター、立っていた場所には大量の水があるばかりだった。いったいポンターは何処に? 一人残されたアディカーは、ポンター殺害の嫌疑をかけられてしまう……

『ヒューマン―人類―』
> ロバート・J・ソウヤー著/内田昌之訳/L.O.S.164+WONDER WORKZ。カバーイラスト
> ISBN 4-15-011520-6
> ハヤカワ文庫SF
> 920円
> 2005.6.30発行
粗筋:
 なんとか自分の宇宙に戻ったポンターは、最高グレイ会議をどうにか説得し、女性大使プラットと共にグリクシン(=クロマニヨン)の世界に旅立つ。双方の交流により文化や科学の分野で多くの得るものがあるはずだった。しかし、人類世界のテロ行為によって事態は混迷を深めていく……

『ハイブリッド―新種―』
> ロバート・J・ソウヤー著/内田昌之訳/L.O.S.164+WONDER WORKZ。カバーイラスト
> ISBN 4-15-011535-4
> ハヤカワ文庫SF
> 920円
> 2005.10.31発行
粗筋:
 ポンターの世界から各界の権威10名が人類世界に派遣され、ふたつの世界の交流が本格的になるなか、ポンターは平行宇宙同士を結ぶ恒久的な門を設置しようとしていた。
 人類の遺伝学者であるメアリは、ポンターの世界を訪れ色々な習慣の違いに驚くが、ポンターも、人類が様々な悪徳を放置していることを不思議がる。またポンターにとって"神"の概念もよく理解できないことの一つだった。二人は、結婚を真剣に考慮し始めるが、子供は望むべくもなかった。しかし、ポンターの世界で追放された遺伝学者の研究成果を利用すればそれが可能になると知ったとき……

雀部 >  《ネアンデルタール・パララックス》三部作完結ということで、よろしくお願いします。
 一巻目の『ホミニッド―原人―』は、ヒューゴー賞受賞作ということで期待して読んだのですが、彼方さんはどう読まれましたか。ハヤカワ文庫SF1500番記念作品ということで、早川書房のほうでも、気合いを入れているようですが。
彼方 >  よろしくお願いします。
 オビと裏表紙読んで思わず買ってしまった(^^;んですが、買ってからなんとなく苦手にしている、ソウヤーの作品だと気づいてしまったなぁと、最初は思ったんですよ。それでも読み始めてみたら、いやぁ、面白い(^^;。パラレルワールドを扱った作品は沢山あるけど、それにネアンデルタールがホモ・サピエンスに取って代わった世界を絡ませるというのは、目新しいんじゃないかなと。だけど、それ以外にもいくつも話の種があるのが凄いです。
雀部 >  あらら、ソウヤー氏が苦手だったんですか(笑)
 私的には、ソウヤー氏の作品って、けっこうSFファンのツボを心得ているなあという印象があります。欠点は、ちとご都合主義であるとか、SF的には科学的設定が甘いところがあるとか。
彼方 >  確かに、話のテーマとしては面白いものを書くとは思ってるんですが、アメリカ的文化に毒されたのか(^^;、なんとなく話がタルイとゆーか、エッジが立ってないとゆーか(^^;。
 スペオペの様にどきどきするような話でもなく、イーガンや谷甲州・林譲治の様にエッジの効いたコアなSFと言うわけでもなくと、良品だけど刺激が無いのが物足りないんですね。
 その点、本シリーズは、様々テーマで飽きさせない作りになってました。もっとも『ヒューマン』ではくじけそうになりましたが(^^;。
雀部 >  どこらあたりで、くじけそうに?(笑)
彼方 >  そうですねぇ。ポンターと人格彫刻師の会話が挟み込まれてますけど、これがちょっと興醒めだったり、真ん中あたりでベトナム戦没者慰霊碑を前にしての会話がありますけど、こればっかりはアメリカ人でもなく、キリスト教徒でもない人間にとっては、なかなか感情移入しにくいところじゃないかと。
雀部 >  人格彫刻師って、ネアンデルタール人の精神分析医みたいな役割でしょ。あれは物語を整理して読者に説明する役どころかと思っていました(爆)
 あのベトナム戦没者慰霊碑前のエピソードは、作者自身も感情移入を拒否している書き方なんで、その読み方で正解では(笑)
彼方 >  挟み込まれていると言えば、『ハイブリッド』では大統領の演説があったけどあれはなんだったんだろう。結局、本筋には絡んで来なかったし。
雀部 >  各章の冒頭に挿入されているヤツですね。アメリカ人の演説好きの象徴(笑)
 そういや、『ホミニッド』でアディカーを告発したボルベイ、彼女とポンターとの関係もあまり進展しなかったなあ。一時は、メアリとポンターと三角関係になるかと期待したのだけど(爆)
彼方 >  そういえばそんなこともありましたっけ(^^;。メアリとアディカーの方に話が集中してしまったので、あまり印象になかったり。
 演説好きのアメリカ人と言えば、アメリカ人ってカウンセリング好きでもありますよね。で、カナダ人の反映としてのネアンデルタールとしてみた場合に、実際のカナダ人は、どうなのかなぁと。そう思うと、なんでいきなりカウンセリング受けているんだろうと不思議に思ったりするんですよね。読んでる最中は、単に人格彫刻師の言動が気に入らなかっただけなんですが(^^;。
雀部 >  なんか嫌みたっぷりなキャラでしたね。きっと、読者からの突っ込みどころを代弁していたんだ(笑)
 著者も作中で書いていることなんですが、アンチWASPというか、ネアンデルタール人とクロマニヨン人に託した、カナダ人偉い、アメリカ人ダメという図式は、気になりませんでしたか(笑)
彼方 >  解説読んで初めて気づいたので(^^;、たいして気にはなりませんでしたが、言われてみればそうかなぁと。とかく、最近のアメリカの行動を見ているとソウヤーの言いたいことも判るかなと。
雀部 >  私はちょっと鼻についたもんで。科学知識の違いとか宗教のあるなしについてはどうでしょう。ポンターの世界では、フレッド・ホイル氏ばりの定常宇宙論しか無いようですね。これは彼らが神を生み出してないから当然なのかも知れませんが、ここらの設定は面白いと思いました。
彼方 >  宗教についてはどうなんでしょうねぇ。無宗教の人間にしてみると、なんで宗教の有無が宇宙論のバリエーションに関連するのかが不可解なんですが。ただ、なんで人類に宗教が発生して、ネアンデルタールに宗教が発生しなかったのか。という下りは面白かったです。それも、解説を読むとまったくのネタという訳でもないようですし。ネアンデルタールとの比較をみるにつけ、なんで宗教のような非合理のかたまりを生み出して、それを捨てられないんだろうなぁとつくづく思います。
 それと、ネアンデルタール世界のコンパニオンについては、すごく注目してしまいました。前に、新城カズマ先生に著者インタビューさせていただいたときに、自己監視システムについて触れたことや、林譲治先生の作品に出てくるウェッブについて興味があるので、コンパニオン欲しいなぁと思いつつ読んでました。アリバイ履歴館の事を考えると、勇気いりますが(^^;。
雀部 >  宇宙に始まりがあるなら、誰が始めたんだと(笑)
 コンパニオンやアリバイ履歴館に関しては、作者も気になると見えて、ネアンデルタールは、プライバシーを気にしない(セックスに関してもあまり隠そうとしない)とかいう描写がありましたね。でも、最近子供が虐待されたり、殺されたりする事件を見ていると、真剣に考えても良いアイデアだと思います>アリバイ履歴館
彼方 >  いや、別に誰かが「光あれ」って言わなくても、良いと思うわけですよ(^^;。
 セックスに関しては、生殖のためなのか、快楽のためなのかの違いで、扱いが違ってくるんじゃないかと思ったりします。
 犯罪のことを考えるとアリバイ履歴館も抑止力としては有効化と思うけど、世知辛い世の中ですよねぇ(^^;。でもって、アリバイ履歴館の職員としてはモラルが要求されるわけですけど、そーゆー世知辛い世の中で、モラルも崩壊してるし・・・。なかなか難しいですよね。
雀部 >  そのアリバイ履歴館の抜け道も、ちゃんと提示してありましたね。ちょっと感心しました(笑)
彼方 >  どんなシステムにも抜け道がないと、想定外の事象に対応できませんから(^^;。
雀部 >  あとポンターの報復行為は、“目には目を、歯には歯を”的なところがあり面白いと思いました。性犯罪者というのは、本能的にそういう犯罪行為を犯すのだから、矯正プログラムなどは効果がないというのが斯界の主流意見だと聞きます。性犯罪の再犯者は去勢するという罰則があっても良いのではないかと感じました。
彼方 >  罪に対して、有効な刑罰を処すのは良いとして、“目には目を”ってのはどうなんでしょうねぇ。負の連鎖が増殖してしまうんじゃないかなぁ。普通の生活している限りは、まず問題ないにしろ、コンパニオンが届かない場合があって、不当逮捕の可能性が無いわけじゃないし。そして、不当逮捕された場合は、アリバイ履歴館のデータが無いってだけで、誤認である事を立証する術がないってのも、怖いですよね。
雀部 >  やはり現在の犯罪捜査技術も残しとかないとダメかも。
 まあ、ポンターの世界の、犯罪者の家族は一族郎党断種処置的な処罰は、まず受け入れられないでしょうけど。アディカーの逮捕は、誤認による不当逮捕そのものですね。ソウヤー氏も、そこらが分かっててストーリーを書いた気がしませんか(笑)
彼方 >  いや、まぁ、お話の都合上で、誇張して書いてるんだろうとか、カナダとアメリカの比較だとか、あえて極端に書いているんだろうとは思いますが。やっぱり、イラク戦争を皮肉ってるのかなぁ:-)。
 断種処置は、ちょっと間違うと優性思想だよなぁ。とか、宗教による倫理観の縛りが無いにもかかわらず、そして遺伝子が関係すると判っていて、遺伝子操作を行うという選択肢を取らなかったのか、ちょっと疑問だとか思ったり。
 このあたりの描写がなければ、二分冊で済んだんじゃない(^^;?
雀部 >  ポンターの世界の構築は、けっこう緻密にやられていると思うのですが、どこが一番面白いと感じました? 私はやはり、一年のある時期だけ女性パートナーと一緒に暮らすという点と、それに付随する男女両方の婚姻関係が両立するというところです。良い点、?な点にもかなり考察が行き届いてました(笑)
彼方 >  なんと言ってもコンパニオンと、アリバイ履歴館と、それをとりまくネットワークを含むシステム一式ですね。この分厚い三分冊を読み通した原動力の半分ぐらいは、コンパニオンにあります(^^;。
 婚姻関係については、やっぱり年中発情期なのは人間だけなのね(^^;。ぐらいでしたけど、改めて考えると、発情期以外は離れて生活するようになったのは、いつからなのかとか、同性との結びつきについてポンターの世界の他の生物種はどうなんだろうとか、考察する余地がありますね。
雀部 >  年中発情してるのは、人間と鼠だけ(爆笑)
 他の生物種のことまで考察すると三巻でも収まりきらないからじゃないですか(笑)
彼方 >  そんなこんなで、表舞台はかなり良くできているけど、谷甲州先生とか林譲治先生とかの土木系SF(^^;を読み慣れていると、インフラ部分の構築がいまひとつかなぁとか思ってしまいます。解説にもあったけど、電気とかのエネルギー供給がどうなっているのかとか、高度な技術文明を支える工場についてどうなっているのか、クリーンな環境が描写される毎に、わずかながらにも違和感がありました。
雀部 >  土木系というと小川一水さんもそうですよね。ソウヤー氏は、元々そういった部分の書き込みはしない作家なので、しょうがないと言えばしょうがないです。
 で、どうでしょう。《ネアンデルタール・パララックス》シリーズは、ミステリファンが読んでも面白いと思うんじゃないでしょうか?
彼方 >  最近読んだミステリの受売りなんですけど、ミステリ小説の基本要素として"Who done it", "Why done it", "How done it"があって、これらの謎解きを論理的に解決していく過程を楽しむのがミステリ小説の醍醐味なんだそうで、その小説を読んで全く同感な訳で、でもって、《ネアンデルタール・パララックス》シリーズはと言うと、その三要素が冒頭で読者に開示されてしまっているわけで、ミステリとしてはちょっと・・・かな。ただ、特殊解として、物語世界に移入して不当逮捕とも言える状況から、それをひっくり返す過程を楽しむことになるのでしょうけど、その過程は、やっぱりSFになっているわけで、どうなんでしょう(^^;。面白そうというと、ナインイレブンぐらいの確率で、アリバイを実証できる世界で、その0.000000001%にハマってしまった場合に、どうなるかって所ですかね。
 システム屋さんとすれば、こんな重要なシステムで、まさに生死にかかわる事柄に対して、もっとフェールセーフに振っておくべきだし、実装にしても運用担当者の処置が硬直しすぎで、遠からず破綻するシステムとしか見えなくて、面白いどころじゃなかったですが(^^;。
雀部 >  やはり本職は、見るポイントが違うなあ。このシステム構築を任せると言われたらどうでしょう? 難しいけど、やり甲斐があると思われますか。
彼方 >  職業病です(^^;。無意識にシステムの抜け穴探すようになったり、人の揚足取るのがうまくなったり・・・。
 このシステムの構築ですけど、人類世界で考えるなら、そりゃ物凄い規模のプロジェクトになるだろうし、やり甲斐はあるでしょうね。だけど、実証プロジェクトだけで良いです。全世界への普及時には逃げます(^^;。いや、セキュリティ確保とか、プライバシー保護とか、なんかいろんな団体さんから総攻撃受けそうで(^^;。でもって、ポンターの世界だと、なんかこう、凄いシステムとかって感じじゃないんですよね。インフラ部分が見えてこないから。それに、作中に出てくる技術にしても、一人でとか、せいぜい家内制手工業な体制で、いろいろ出来ちゃうんで、そんなものかなぁって。これって、書込みが足りないのか、本当にテクノロジーが進んでいて、魔法にしか見えないのか、判断に迷うところですが:-)。
雀部 >  魔法でしょう(笑)
 SFでいうと、ロバート・A・ハインラインの『異星の客』とかロバート・シルヴァーバーグの『時の仮面』みたいな、一種異化作用を狙った作品がお好きな方には特にお薦めできると思います。
彼方 >  パラレルワードものではあるものの、それだけにとどまらない作品です。いろいろ、なんだかなぁとか言いつつも、この分厚い三分冊を読み通すだけの面白さはあります。てことで、長編SFが好きなら、誰にでもお薦め出来るのではないかと。
雀部 >  まあ二分冊だったら、より良かったと(笑)
 ラストに割と大ネタが仕掛けてあるんですが、もっとダイナミックに盛り上げても良かった気はしませんでしたか?
彼方 >  裁判部分がどうにも冗長に思えてしまって。だけど、これが無いと話が始まらないし:-)。長編大好きなんで、長いのは全然構わないんですけどね。
 うーん、ソウヤーとしてはダイナミックな方だったんじゃないかなぁ(^^;。ソウヤーらしい作品に仕上がったと思います。これが、ブリンだったりしたら、つまらん。とか言ってるかもしれませんが(^^;。
 それよりも、あのラストの大統領演説が、果てしなく気になるんですけど。
雀部 >  ラストの章の冒頭の“偉大な旅をつづけ、驚異に満ちた探索をつづけ、遙か彼方の星々へ”というやつですね。例の有名な“Ad astra per aspera.(アド アストラ ペル アスペラ)困難を通して宇宙へ”をパロったのかと思いました(笑)

 ソウヤー氏のファンにはもちろん、食わず嫌いの人も含めて、いままでソウヤー氏はどうもといった方にも、薦められると思います。
彼方 >  やっぱり食わず嫌いは良くないです(^^;。
 いろいろ重箱の隅突いてますけど、物語としては良くできているし、読んでいて面白かったです。


[雀部]
私的ソウヤー氏ベスト順(笑) 1.フレームシフト、2.スタープレックス、3.ターミナル・エクスペリメント
[彼方]
コンピュータシステムのなんでも屋さんしてます。アニメとSFが趣味。SFと言いつつハードコアSFからライトノベルまで乱読気味(^^;。
ココログ始めました。http://kanata.cocolog-nifty.com/kanatalog/

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