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BookReview

レビュアー:[栄村]

『大失敗 Fiasko』
> スタニスワフ・レム著
> Evolution de la pianete Phoebus,vue depuis Antinea.SSHUTEN & PEETERS (C)CASTERMAN S.A
> ISBN978-4-336-04502-7
> 国書刊行会
> 2800円
> 2007.1.30発行
> "Fiasko" by Stanistaw Lem 1987
 あらすじを丁寧に紹介することで、小説の持つ〝話のおもしろさ〟と〝テー マの深さ〟を読み手に伝えたいと思いまして、今月は粗筋の前半だけをお送りします。(栄村)

タイタンでの冒険とピルクス船長

 物語は土星の衛星タイタンで始まります。
 土星の磁気圏内を航行していた若い航星士パルヴィスは、タイタンから緊急の呼びだしをうけます。彼は宇宙港で、大型二足歩行マシンに乗った二人の操縦士が行方不明になり、捜索に向かったピルクス船長も消息を絶ったことを知らされます。パルヴィスの宇宙船は捜索に必要な高温放熱器を運んでいたために召喚されたのでした。彼はピルクス船長のもとで助手をしていたことがあり、直ちに捜索に志願します。

 タイタンは地の底に膨大な量の圧縮ガスを閉じこめていました。連絡がとだえた所は、やわらかい地盤のはるか下を洞窟が網の目のようにはしり、ときおり1千気圧もの間歇(かんけつ)泉が爆発的に噴きあげる地帯でした。
 行方不明になった二足歩行マシンも、くずれた地下洞窟がひきおこした大規模な陥没にのみこまれた可能性があります。
 ヘリによる捜索活動もおこなわれましたが、濃い霧が邪魔をして思うようにいきません。また行方不明者と連絡をとろうにも、荒れ狂う土星の磁気圏にタイタンが入ったいま、無線は使えず、衛星からのレーザー通信も間歇泉の嵐を通すには出力がたりません。この地域では過去にも4台の大型機械と数名の人命が失われていました。

 彼は二足歩行マシンに乗って、現場へと向かいます。この機械はディグレーターと呼ばれ、9階建ての建物の高さを持つ鉄の巨人でした。その姿は頭部のないゴーレムを思わせます。静止質量は1680トン。動力にはトカマク式核融合炉が使われています。
 全天球の4分の1をおおう巨大な土星の光が地上を照らすなか、ディグレーターは火山峡谷をぬけ、事故があった凹状地にある「バーナムの森」と呼ばれる場所へと急ぎます。

  シェイクスピアのマクベスから名をつけられた「バーナムの森」は、間歇泉噴出物が降りつもってできた結晶の森でした。
 〝うごく森〟を意味するその名のとおり、地下ガスの噴出にしたがって場所を移動してゆきます。
 何千もの亀裂から沸騰しながら噴きあげるアンモニウム性の塩水が、タイタンの空を深海の底にかえていました。
 地下からの噴出物は汚れた黄色い雲となって凹状地の空をおおうように広がっています。噴出物は零下90度という気温のもとで、粘着性の糸を引く奇怪な雪となってふりそそぎ、地上で半透明のガラス状にかたまります。
 爆発をかさねる間歇泉は、やむことのない雪を降らしました。ふりつもる凝結物は、やがて真珠のような淡泊色からまぶしい乳色まで、あらゆる白色の陰影をおびた結晶の森をつくりだしました。なかでも垂直にかたまったものは、地球の0.38倍という低重力により、木の幹のように空をめざして高さ400メートル以上に成長するものの、やがてはその重みを地面がささえきれなくなり倒壊します。

 近くから見た〝森〟は、内陸氷河の先端のようでした。無数のからまりあう結晶体の枝が、大小さまざまな穴をつくりだしています。
 ディグレーターは巨大な鉄の足でかたまった結晶を踏み潰(つぶ)し、遭難者の捜索のため、森へと入ってゆきます。
 高温放熱器を搭載した鉄の巨人は、重さが1800トンにもなっていました。いま、立っている場所が巨体をささえる地盤の限界であり、それ以上足を踏みだせば、大規模な陥没を引きおこすのではないか、また、そびえる凝結物の塔がみずからの重さにたえかねて突然崩壊し、粉塵と破片の何百メートルものあつい層の下敷きになるのではないか、という不安がパルヴィスの頭をよぎります。
 遠くからは雷鳴のように間歇泉の爆発音がきこえてきます。予期せぬ爆発は、近くなくとも大きな陥没をひきおこす可能性がありました。
  どこからともなくあらわれる雪が、高温放熱器で樹脂状の結晶をとかして奥へと進む巨人を、白い妖怪へと変えてゆきます。
  「バーナムの森」は、ディグレーターを静かにのみこんでいきました。
 
 突然、乳白色の森がまばらになり、気泡のようなドーム状にふくらんだ空間が、目の前にひらけます。
 中央に遭難したディグレーターの一体が、黒い巨体をよじって横たわっていました。鋼鉄の体からながれでてくる熱が、胴体のふくらみの上の大気をかすかに震わせています。
 パルヴィスはディグレーターをおりて捜索にあたりますが、コックピットに人影は見あたりません。
 どうやら搭乗者は、突然の崩壊にまきこまれたたものの、内部の原子炉を全開して瓦礫をとかし、その後、うごかなくなった機体をすてて徒歩で森に向かったようです。次の行動を考えるパルヴィスですが、「バーナムの森」は時間を与えませんでした。頭上をおおう結晶の枝でできたドーム状の天井が、熱のためにとけだし、いまにも崩落しようとしていたからです。固まった間歇泉噴出物の天井はディグレーターの高熱放射器の円蓋(えんがい)を圧迫し、鋼鉄の巨人は重みにたえかねて、じりじりと傾いてゆきます。
 パルヴィスの全身に衝撃が走りました。
 急いでコックピットにもどったものの、雷鳴のような轟音とともに衝撃がおそい、ディグレーターは倒壊します。
  落下の衝撃による地面の陥没もおこり、機体は上から雪崩のようにふりそそぐ瓦礫の下敷きとなります。右半身のコントロールは麻痺し、鉄の脚も左の膝板が破裂し、右も反応がありません。コックピットにはディグレーターを動かしていた油圧装置の油が流れこんできます。
 瓦礫に完全に埋没し、もはや脱出できないことを悟ったパルヴィスは、ヴィトリファックス(ガラス固定化装置)を作動させて肉体をガラス固化し、運命を未来の救助の手にゆだねます。

蘇生と恒星間探索

 永い年月が流れました。
  22世紀、タイタンでは約3200光年先の知的生命の徴候を示す惑星クウィンタに向けて、遠大な探索計画が進行していました。
 軌道上では全長1.6キロ、船体重量10億トンにもおよぶ巨大な探査船が建造され、地表では船尾を光の柱で叩き、太陽系外まで加速させるレーザー投射機の設置が決まります。この計画によりタイタンの姿は激変しました。大気は剥がされ、人工衛星からの熱集中放射で山脈は赤く溶けた溶岩の海となった後、低温弾道爆弾で凍結され平原となりました。そして、あとには放射化学工場と水素核動力基地、さらに探査船をおしだす反動でタイタン自体がくだけ散る危険性を孕むほどの強力なレーザー投射器の森が建設されました。

  かつてパルヴィスが遭難した「バーナムの森」もきれいにとりはらわれました。埋没していたディグレーターとともに数体の遺体が掘りだされます。ガラス固定化されたものの中で、蘇生の可能性のあるものは地球に送られることになるのですが、輸送中のロケットの加速で生じた重力が遺体を損壊することがわかります。そこで最新の蘇生装置を備えた探査船に移されました。
  旅の間によみがえらせる試みがおこなわれるのですが、たった一体のみが蘇生(正確にいえば、二人の人間のいくつかの器官をひとつにつぎあわせて)に成功します。しかし、生きかえった者の記憶は失われ、自分が何者だったのか思いだすことができませんーーただ、地球に保管されていた過去の資料から、その姓が「P」で始まるピルクスか、パルヴィスか二人の男性のうちのどちらかに狭められるですが、真相は明かされません。よみがえった者は宇宙船の乗組員からマルコ・テムペという名が送られ、新しい生活をはじめます。

  異星人の文明があると思われるハルピュイア星群ゼータ恒星系の惑星「クウィンタ」にむけて、探査船は亜光速航行に入ります。
  神話に登場する人物にちなんで、船は「エウリディケ」と名づけられていました。
  いくつもの球体がビーズのように一直線に繋がった胴体、先端両側からはりだす翼につけられた熱核反応炉、最前部に備えられたアンテナ群から、その巨大な宇宙船は構成されています。遠景から見た姿は、頭部に触角か角をはやし、左右にひろげた翼と丸くふくらんだ節々を持つ、蛾か蝶の幼虫のようなかたちをしていました。

  「エウリディケ」号はハルピュイア星群まで片道3200光年の深淵を渡っていくため、光速の約99パーセントの速度まで加速します。しかし、相対性理論による時差が生じ、船内で流れるわずか数分の時間が地球では数十年にも匹敵してしまいます。このため地球への帰還は2000年後という途方もない事態になりますが、出発から十数年後には太陽系にもどるため、クウィンタ星から5光年離れた場所にあるブラックホールの重力場を使って時間を操作する作業に入ります。

ブラックホールとタイムマシン

 「ハデス」と冥界の王の名が付けられたハルピュイア星群のブラックホールは太陽400個分の質量を持つ星でした。
 ブラックホールの周囲には非常に強い重力場が作られます。そのため、ある半径より内側では脱出速度が光速を超え、光ですら外に出ることはできません。重力場はまわりの空間の時間の流れにも影響をあたえ、かりに、もしこの半径に近づきつつある宇宙船をブラックホールから離れた位置から観測した場合、船内の時間がゆっくりと進んでいることに気づきます。

 22世紀には巨星が重力崩壊を起こしブラックホールに変化するとき、さまざまな形態をとることが観測とシミュレーションで明らかにされていました。崩壊時の星のかたちも、ただちに球形になるのではなく、円盤のように平らになったり、紡錘形のように引きのばされたりをくりかえしながら、わずかの時間、水滴のように〝震動〟することがわかっていました。玉葱を半分に切ると芯が木の年輪のような多くの皮の層におおわれているように、〝震動〟するブラックホールはシュヴァルツシルドの半径を核として、緩慢に流れる時間や、停滞する時間、あるいは逆転--逆流する時間帯などさまざまな、多層化した時間帯にとりまかれます。

 「エウリディケ」号はこの多層化した時間を発生させるため、巨大な共振爆弾を「ハデス」に対して使用することになっていました。
 先行して飛ぶ「オルフェウス」と名づけられた巨大ミサイルのおそろしい威力は、その1000分の1のものが実験で使われたとき、土星からタイタンに継ぐ大きさの衛星を消し去っていました。「エウリディケ」号は「オルフェウス」の一撃で「ハデス」を音叉のように震動させ、緩慢に流れる時間帯や過去に逆流する時間帯を空間の中につくりだし、一種のタイムマシンとしての役割をあたえます。そして、通常なら往復に2000年かかる旅も、時間逆転帯を航行することで、わずか10数年で太陽系に帰還することが可能になります。

 ところで「エウリディケ」という船の名前はーーギリシャ神話の有名な竪琴師オルフェウスの妻の名からとられたものですが、「ハデス」、「オルフェウス」、「エウリディケ」、そして「テンペ」(「オルフェウス」と「エウリディケ」がはじめて出会った谷の名)と一連の名を目にするとき、なにか神話がこの物語の奥深いところにあるものを暗示しているようにも思えます。

 オルフェウスの神話は竪琴師オルフェウスが毒蛇に噛まれて死んだ妻エウリディケを呼び戻すため冥界におもむく話です。
 彼の卓越した竪琴の技は冥府の王ハデスの心を動かし、亡くなった妻を地上に戻すことが許されるのですが、そのかわりとして「自分は妻の前を必ず歩き、冥界からぬけだすまでの間、決してうしろをふりかえってはならない」という約束をハデスによって結ばされます。
 オルフェウスは闇の中を地上へと向いますが、冥府の主は妻を返してくれたのか、ほんとうにうしろからついてきているのか、という疑念と不安がおこり、決してふりかえってはならぬという約束が心に重くのしかかってきます。そして、目の前に地上の光が見え、冥界をあと少しでぬけるというところで約束を破り、後ろをふりかえってしまいます。妻が目に映ったと思った瞬間、その姿は消え、ふたりのあいだには永遠の別れが訪れます。

  古代の人々は、常に筋道をたてて理解できる世界を身のまわりに見る一方、その向こう側に自分たちの知恵のとどかない暗黒の世界が広がっているのを知っていました。人間の持つ知恵や力はこの暗黒の巨大さの前にはほとんど無力であり、その存在は神話をとおして象徴的に示され、時をこえて人々に語りつがれてきました。神話が語られるとき、目の前には運命の不可解さや偶然の不思議さとともに、遠い昔からたえずくりかえされる人間の行いや、本質といったものが浮かび上がってきます。

 そして、この物語もなにか不吉な出来事が先に待っているのを予感させながら進んでゆきます。

事故

 太陽系を出てから船内時間にして数年後、「エウリディケ」号はハルピュイア星群のブラックホールの近傍空間に到達していました。
 乗組員たちは、今の位置から5光年先にあるゼータ恒星系の惑星クウィンタの観測をはじめますが、赤道付近の軌道に3~4兆トンもの氷の輪とおぼしきものと、不規則な強い電磁波、惑星上に光る細かい閃光を目撃します。この奇妙な現象に船内は騒然となるのですが、探査計画は予定どおり進められ、船からはテムペたち数人が乗りこんだ偵察船「ヘルメス」号がクウィンタ星へと飛びたってゆきます。

  「エウリディケ」号は、共振爆弾を搭載したミサイル「オルフェウス」を使用して、「ハデス」の地獄の門を叩き、〝ゆっくりと流れる〟時間の中で偵察船の帰還まで待機するプログラムに入ろうとしますが、クウィンタ星をめぐる謎の現象は収束のきざしを見せません。それどころか異常電波の放出は太陽のそれに匹敵するまでになり、閃光とともに高温のプラズマがクウィンタの月に発生します。さらにクウィンタ星にも惑星の大部分をおおう奇怪な雲の塊があらわれ、地表は急激に冷却化されてゆきます。「エウリディケ」号の乗組員は、「ヘルメス」号に注意をうながすメッセージを送りますが、双方の宇宙船は、もはやあらゆる連絡がとれなくなる段階に達しようとしていました。

 一方、総重量18万トンの「ヘルメス」号は、クウィンタ星まで最短の時間で到着するため、すさまじい加速をかけていました。その速度はもはや人間の判断能力をはるかに超えており、GOD(General Operational Device = 総合演算装置)とよばれる鳩の卵ほどの大きさの中枢を持つ電子脳が1兆分の1秒のスケールで、危険回避の判断を担っていました。船首前方数キロの空間には、放射能遮断装甲として巨大な円形の防護シールドが展開され、秒速30万キロに近い速度で激突してくる宇宙塵や、脳内のニューロンを破壊する宇宙放射能から乗務員を保護しています。

  宇宙船の加速は毎秒20Gまで達し、人間を2トンもの重量にしていました。この圧力下では呼吸のために肋骨は動かせないばかりか、胸郭も空気で満たされた肺も押し潰され、心臓は液体鉛よりも重くなった血液を押し出そうとして破裂してしまいます。そのため、乗組員はすべて前もって深海魚が巨大な圧力に耐えられるように「胎芽(エンブリオ)化」という処置を受けていました。
 体の血液は凝血度から免疫能力、酸素輸送にいたるまで血液とおなじ役割をはたす白い液体に入れかえられ、肺や内臓からは空気がとりさられました。胎児が母胎にいるとき胎盤と血液を交換するのにもちいられた閉塞器官が手術によってひらかれ、臍をとおして人工管から栄養物質と酸素をともなった人工血液がポンプで体内に送りこまれます。呼吸を停止した乗組員の体は、水のような液体で満たされた魚雷型カプセルに沈められました。体温も零度以上に保たれたまま、甲板中央に設けられた何層もの装甲と放射能防止絶縁材にかこまれた区画で、ひっそりと巨大な蛹のように深い眠りについていました。


  観測で明らかになるクインタ星自体も、不可解さを増してゆきます。
  クウィンタ星を囲むように、宇宙につくられた直径15000キロメートル、数兆トンの質量を持つ氷の輪は、地表の気候を混乱させていました。太陽光線を反射して平均気温をさげたばかりでなく、一部が大気との摩擦によって溶けて蒸気にかわり、地上に洪水さながらの豪雨をもたらしていました。貿易風の循環をかき乱し、巨大な輪のなげかける影の周辺部では、嵐やハリケーンが多発していました。氷の輪は当初から形も運動も計算されてつくられたものの、なにかの理由で放棄された巨大建造物のようにもみえますが、そもそも、輪のもととなる途方もない量の水を宇宙空間に打ち上げるのに、どんな動力が使われたのかさえも不明でした。

  惑星から放射される出力10億ワットと推定される強力なホワイトノイズも科学者の頭を悩ませていました。すくなくとも数百の発信機が大陸で作動し、電波を放射しているのは観測されるのですが、数にみあうだけの受信機構が存在しないばかりか、送信機がたがいの電波をかき消すようにして電波を放射しているのです。
 そして、さらに不可解なのは、規模も質量もことなる百万にもおよぶ人工衛星の存在でした。クウィンタ星の高軌道、低軌道、月のはるか先におよぶ楕円軌道内で、ふたつ、または、三つ一組で運行しており、目的も役割もまったくの謎でした。

  物理学者がさまざまな仮説を立てている最中、クウィンタ星の月を遠隔偵察するためにさし向けられた5機のうち、2機の探測機が突然消息を絶ちます。やがてGODは残された探査機に向かって3機のクウィンタ星の宇宙飛翔体が接近しつつあることをしらせます。飛翔体が衝突コースを採るなか、探測機は回避しようと無数の金属箔とバルーンを放出して追跡の目を欺きにかかりますが、効果はありません。そこでナトリウムに酸素を注いで火の雲をつくり、飛翔体を中に突っ込ませます。この隙に探測機は螺旋をえがいて雲の外にとびだし、たがいに衝突して消滅します。

 軌道上に展開したすべての観測探査機に帰還命令が発令されました。
  GODはクウィンタの月の裏側に、秒速60キロの速さで移動する巨大な核プラズマの炎が出現したことを報告します。
 「ヘルメス」号は船体を彗星に偽装させて、薄い大気が存在する月へ調査におもむきます。
 月への着陸後、複数の偵察ヘリを飛ばしますが、そのうちの一機が峡谷の岩肌を強烈な熱で溶かして疾走する火の玉を発見します。探測の結果、峡谷の地下深くには無数のネットワークのように通路や縦穴があり、火の玉は地底にある大規模なエネルギー施設から動力を得て動いていることをつきとめます。
 さらなる調査のため自動機械が派遣されます。「ヘルメス」号の指揮官は、その帰還を待ったあと、閉鎖されたトンネルを掘りおこしたいという物理学者たちの要求をたちきって、すぐに船を離陸させます。というのも、これだけの規模で着工された地底の大規模構造物の用途が不明なうえに、地下にいたるすべての縦坑や通路は、重機械が残されたままふさがれていました。そのありさまは、まるで作業中になにかが起こり、あわてて避難したようにも見えたからでした。

コンタクトの試み

 クウィンタ星からは見えない月軌道に移動した「ヘルメス」号は、異星文明とコンタクトをとることを決断します。
  しかし、先に消滅した探測機の運命を考えて、船自体は姿を隠したまま、かわりに遠隔操縦ができる大型の宇宙探測機を使って人間の平和的意図を説いたメッセージとさまざまな情報群ーー太陽系の位置や地球の映像、生物圏の誕生の概略、人類発生のデータ、そして連絡方法を示したプログラムなどをくりかえして送信することにします。惑星をとり囲む電磁波を貫通させるため、レーザーや赤外線、紫外線を使い、あらゆる周波数で送信がおこなわれましたが反応はありません。

  この間、探測機はクウィンタ星の地表の映像を「ヘルメス」号に送りつづけました。
  大陸には、一面に突起物をもつ規則正しいブロックの群れや、半金属的に光る星形の建造物が地球の大都市のように密集している地域、そして、レーダーの送受信アンテナらしき、陶器のキノコを思わせる数百万個の円錐形の傘の集積が見つかります。しかし、うごくものはなく、日没後の闇を照らす明かりもありません。
  山間部では、盆地の底をふくらんだ金属の円盤がおおい、低い建築物にとりかこまれ、コンクリートでおおわれた宇宙基地らしきものも多数発見されますが、ここでも動くものはありません。映像は大洋の水を宇宙空間に運ぶために使われた巨大な機械をさがしますが、それとおぼしき場所は、氷の輪と薄い大気の摩擦で土砂降りの雨がふり、すべてを灰色の帳の中におおいかくしています。惑星は死んだような沈黙に支配されていました。
  ただ、熱量の測定によって地下深くに、溶解したマントルをエネルギー源とするものが活動しており、夜、極地の氷山を亡霊のように緑がかった黄金色に染めるオーロラーーそれも見えざる巨大な手に操られているように惑星の自転とは逆方向にまわっているのが、なにか圧倒的な力を持つものがこの星に存在し、地下で息づいているのを示しています。

  しびれを切らした「ヘルメス」号は、宇宙探査機を通じてクウィンタ星に、武器をいっさい搭載しない無人機「ガブリエル」号を砂漠に着陸させる旨を送信します。

  「ガブリエル」号は、プログラムを自己点検修正する能力を持つ人工知能を搭載していました。推進機関は惑星までの40万キロの空間をわずか10数分で飛行する能力を持っています。予定ではクウィンタまで一気にとび、電離圏に到達したのち、減速に入ることになっていました。大気圏突入後は推進機関のある船尾をきりはなし、船首上部モジュールのみが地表に着陸します。分離された船尾は、推進機関の技術を相手にしられることをさけるため、大気摩擦を利用して最小限の放射能もださずに溶解される運命にありました。

  モニターで乗組員に見守られるなか、「ガブリエル」号はクウィンタに飛行を開始しますが、惑星の手前で突然コースを変えたかと思うと減速をはじめ、その後急上昇に転じます。というのも、クウィンタから4個の物体が発進し、赤道上から追撃軌道をとって「ガブリエル」号に接近していたからでした。
  回避運動にはいる「ガブリエル」号ですが、追撃機は東と西の二手に分かれ、猛烈なスピードで追ってきます。
  「ガブリエル」号と追撃機は惑星からその直径ほど離れていましたが、激しい推進力は惑星上にうかぶ巻き雲を顫動(せんどう)させたほどでした。GODはモニター上に10数秒後におこる衝突予想地点をえがきだします。
  四方からせまる追撃機が「ガブリエル」号をとらえようとした瞬間、「ヘルメス」号の重力計はするどい破裂音を発します。画面にうつる惑星が、ふくらむ風船のように巨大化したように見えたかと思うと映像はとぎれてしまいます。ふたたび映像がもどったとき「ガブリエル」号と四機の追撃機は消滅していました。乗組員はこの光景に言葉を失います。

  武器を搭載しない「ガブリエル」号は、相手に危害を加えず、また真空中で捕獲され分解される危険性をさけるようプログラムされていました。そのため、追跡を受けた場合、逃げきれるよう数兆電圧もの力を持つテラトロン駆動を積んでいました。
  人工知能は追撃機から逃れることができないのを予測したとき、自己消滅を決定します。自爆すれば相手を巻きこんでメガトン級核爆弾100個分の核爆発をひきおこすため、駆動ユニットをショートさせ、一瞬で崩壊する陽子の10のマイナス50乗分の直径を持つ超微少マイクロ・ブラックホールを生みだしたのでした。モニターの中のクウィンタ星が一瞬ふくらんだようにうつったのは、ブラックホールがまわりの空間に影響をあたえたからです。 しかし、人間の10億倍の思考力を持つ人工知能でさえ、その計算能力には限界がありました。
  人工知能の予測を裏切り、追撃機は「ガブリエル」号の消滅にともなう空間の崩壊にのみこまれ、太陽の反対方向にふきとばされました。

  「ヘルメス」号は重苦しい雰囲気につつまれます。一連の行動が侵略とうけとられないか、という不安が頭をかすめ、また、回収されたクウィンタ星の追撃機の残骸からは推進機関の一部とも、レーザー砲とも考えられるものが見つかります。いつしか、乗組員の口には「力の誇示」という言葉が囁(ささや)かれるようになります。
  さらに、たとえ人間が5年かかっても、その100万分の1秒に思考するほどのバイト数におよばない--という「ガブリエル」号の人工知能でさえ誤りをおかしていた事実と、助言者としてのGODへの完全な信頼が崩れはじめたとき、ある異変が船をおそいます。

 クウィンタ星が「ヘルメス」号に対して攻撃を始めたのでした。

 以下次号


[栄村]
レムの30年来のファン。「砂漠の惑星」を読んだのが、SFに本格的に身を入れるきっかけとなりました。彼が亡くなる前に一度、ポーランドを訪れたかったのですが……。
生前、レムが言っていたように、インターネットで世界中から情報が入ってきて便利になる反面、駆けめぐる膨大な情報のために、ますます世の中は複雑化し全 体像が掴みにくくなっているような気がします。彼のような広い知識と視野をもつSF作家は、これからますます生まれにくい状況になっているのかもしれませ んね。

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