シュレーディンガー方程式を中心力のポテンシャルの下で考えます。中心力というのは、力の向きがある一点にむかっているような力の場で、重力とか電気力とかがこれにあたります。 今回は水素原子を考えるので、ポテンシャルは電気力の場となります。
具体的にはどういうことでしょう。水素原子は中心にプラスの電荷を持つ原子核があって、そのまわりをマイナスの電荷を持つ電子がまわってるという風にとらえることができます。ヘリウムなどのように電子の数が多くなってくると話がややこしくなってきますが、電子がひとつだけなら問題は簡単になります。
古典論の世界では、これは単純な2体問題として厳密に解くことができます。これは、惑星の運動における重力のかわりに電気力を使っただけで、答えは惑星の運動と同じく楕円運動となります。ケプラーの法則だって成り立つでしょう。しかし、前回までで見てきたように、この古典的な解は量子論の世界では成立しません。電子は原子核のまわりをまわりながら、電磁波を放出しつつエネルギーを失って、あっというまに原子核に落ち込んでしまいます。
では、シュレーディンガー方程式を用いたとき、水素原子はどのようにあらわされるのでしょうか。
結論から言ってしまうと、原子核のまわりの電子は確率的に存在していて、まるで雲のような状態になっています。その雲がどのように分類されるかを調べる必要があります。
解には3つの整数が出てきます。主量子数、方位量子数、磁気量子数です。この3つの整数によってシュレーディンガー方程式の解は完全に分類できます。
主量子数はエネルギー準位に関連してます。一番小さい1のときに、水素原子(厳密には、水素原子核のまわりの電子)のエネルギーは最低になり、存在する領域も小さいものとなります。 それぞれのエネルギー準位の間のエネルギー差は実験によく一致します。(というか、そもそも、エネルギー準位の差が実験と一致するようにシュレーディンガー方程式は作られてるのですが。)
方位量子数と磁気量子数を説明する前に角運動量について説明しなくてはいけません。
以前運動量というのを説明しました。物体の動いているいきおいのようなもので、質量と速度の積でした。角運動量というのはぐるぐるまわるいきおいの度合をあらわす量となってます。
古典的には回転中心からの距離と運動量の積が角運動量となるのですが、量子論の世界では違った風にそれがあらわれます。 角運動量は大きさと向きを持ったベクトルという量であらわされます。ベクトルは座標軸ごとの成分であらわすことができます。水素原子の解を見るとき、この角運動量の二乗と角運動量のz成分の2つに注目することになります。角運動量の二乗に対応する数として出てくるのが先の方位量子数で、角運動量のz成分に対応して出てくるのが磁気量子数です。二乗に対応することからわかるように、方位量子数は0を含む正の整数となります。対して磁気量子数は最大値の絶対値が方位量子数と同じになる正負の整数を取ります。
なぜx成分やy成分を考えないでz成分だけを考えるのでしょうか。実はx成分でもy成分でもどれでもいいのですが、中心力をあつかうのに便利な極座標表現を使うとき、z成分が一番簡単になるからなのです。ただ、3つの成分を同時に使うことはできません。水素原子の角運動量は、ふたつの成分を同時に測定することができないしくみになっています。ひとつの成分を確定しようとすると他の成分がぼやけてしまうのです。当然、そんな量は古典的な角運動量とは違ったふるまいをすることになります。 古典的な回転とは違ったものである、ということを説明してきましたが、古典的な回転のときと同じような現象もあります。電磁気学では電子がぐるぐると同じところをまわると、回転の軸の向きに磁場が発生することを示してます。原子核のまわりの電子は実際にまわってるわけではないのですが、まるでまわってるかのように磁場が発生します。その磁場と関連して出てくるのが磁気量子数なのでした。これによって、原子は小さな磁石のようにふるまうことができるのです。
さて、原子の方位量子数を0にするような状態を作ると、磁気量子数も0になり、結果として原子は磁石となりません。そんな状態の原子を磁石の間に通すと磁場がないのですから、原子はまっすぐ進むはずです。ところが、シュテルン
Stern とゲルラッハ Gerlach が行った実験によると、原子のすじはちょうどふたつにわかれていくことがわかりました。これは電子の「公転」による以外の磁場の発生原因があるとしか考えられませんでした。 公転があるなら自転があるのでは、ということで、この量はスピンとよばれるようになりました。実際には、電子が自転してると考えると色々と不都合が出てしまうので、本当に電子がぐるぐるまわってると考えてはいけません。そこは角運動量と同じです。スピンも角運動量と同じく二乗とz成分を考えます。角運動量の場合は整数になったのですが、電子のスピンの場合は-1/2と1/2しか取りえません。(ここで電子の場合と断ったのにはわけがあります。素粒子論で出てくるいろいろな素粒子は、必ずしも1/2となるとは限らないからです。)
水素のまわりの電子はこれらの量子数によって分類されるのですが、それぞれの分類された状態にはたったひとつの電子しか存在しえないことがわかってます。これはパウリの排他律といいます。実際にはひとつのエネルギー準位の軌道には電子はふたつはいります。これはスピンが
-1/2 と 1/2 のふたつの状態を取りうるからだと説明できます。角運動量はシュレーディンガー方程式から自然に導くことができるのですが、スピンは古典的には出てきません。これは相対論的量子力学を考えるときにはじめて自然に導入されるのでした。
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