この話の中においては、重力場が局所的でなく、全宇宙に広がる性質を持つものだということが話のネタになっているわけですが、一般相対性理論の世界においてはどうでしょう。
一般相対性理論のややこしい計算に関係した問題でもあったので、取り上げなかったのですが、一般相対性理論ではひとつの式で宇宙のあらゆる場所を同時に計算することはできないのです。
と言ってもわかりにくいでしょう。これはこういうことです。
重力のあるところでささえを失ったエレベーターは重力の中心に向って加速運動をすることになります。ありていに言ってしまえば落下します。すると、エレベーターの内部の重力は消失して、無重力状態になります。古典的には重力加速度と落下による加速度がつりあうことで、重力が消失することになります。このことはつまり、エレベーターの内部は加速度のない特殊相対性理論が成立する世界になるということです。このことから、重力の中の物体はその重力の中で自由落下させてやることで、慣性系にもっていってやることができるのですから、一度慣性系で計算してから重力のある状態に戻してやれば、重力の中での物理法則がわかることになります。この重力のある状態から慣性系に持っていく操作のことを一般線型座標変換といいます。(正確には、この操作は一般線型座標変換の一種ということになります。) そして、物理法則が重力の中でも成り立つことを、その物理法則は一般線型座標変換によって不変であるといいます。
ところが、よく考えてみましょう。天体の重力はニュートンの法則に従うと中心からの半径の二乗に反比例します。つまり、中心に近づくにつれて重力は強くなり、加速度も増大することになります。加速度系から慣性系への変換はひとつの加速度についてひとつのみです。つまり、重力の中心に近づくにつれて、変換の式が変わってくることになるということです。
このことがはっきりとわかるようになるのは、ブラックホールの近傍だったりします。地球の上だったりすると、ある程度上空に行っても重力加速度は1Gのままでほとんど変わらないのですが、ブラックホールの事象の地平の近くでは重力が急激に変化します。そのような重力場の中でエレベーターを落下させると、エレベーターの重心ではちょうど重力が中和されますが、エレベーターの下の方はもっと速く落下しないと重力が中和されない(下の方が重力が強いので)ため、下に引っぱられ、エレベーターの上の方では逆の理由によって上に引っぱられることになります。この力のことを潮汐力といいますが、自由落下するエレベーターの中の空間において一般相対性理論での計算が成り立つのは、この潮汐力が働いていないエレベーターの中心だけになります。なんと一般相対性理論は時空の一点一点それぞれについて計算をしないといけない理論だったのです。(潮汐力を打ち消すような加速度を加えれば、重心以外の点においても一般相対性理論は成り立ちます。)
このことは地球上の点を平面の地図で表わすことと似ています。ある限定された地域だけを描き表わすには平面の地図は有効ですが、地球全体を1枚の平面の地図で表わそうとすると、地図の端ではゆがみが生じてしまいます。一般相対性理論では全宇宙をくまなくカバーする地図を作れないことになるのです。
このことからも、時空が曲っているという比喩が用いられる理由がなんとなくわかってもらえるのではないかと思います。
さて、上では重力の中でのことを例に取って説明しましたが、それでは加速度一定の宇宙船の場合はどうなるのでしょうか。宇宙船の中での重力は一定になります。当然、宇宙船と並行して動く世界があったとしたら、その世界のどこを取っても重力は一定ということになります。(「ケイヴァー氏のその後」に出てきた例のようですね。)
では、そのような全体が加速度一定で動いている宇宙とはどうなっているのでしょうか。これは実は特殊相対性理論の枠組のなかでかなり計算できる部分なのですが、光速度の二乗を加速度で割った数値だけの距離後方で宇宙は終っています。ブラックホールならぬブラックウォールのようなものが宇宙船の後ろから追いかけてくるようなイメージを思い描いてもらえばいいと思います。そして、宇宙船より後方では光速は遅くなり、前方では速くなります。
結局、物理法則は局所的にしか成立しないようです。
ケイヴァー氏の世界の月星人は進んだ科学力を持っていたので、もしかしたら、これらの困難を解決する方法を持っていたのかもしれませんが……
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