文芸としてのSFは我が国においては気息奄々たるありさまであり、SF的素材を扱ったアニメやゲームの隆盛とは対照的である。SFは今やお子様のおもちゃなのだ。いや、そもそも「えすえふ」という謎めいた呪文がSFであり
science fiction の略であることなど時代の記憶から消去されて久しいのではあるまいか。かたや俳句はなるほど盛んであり、それが何より証拠には名だたる名所旧跡にはもれなく投句ポストが設置してあるくらいだ。しかしまあ基本的に俳句は老後のたしなみであって、いい若者が履歴書の趣味欄に大書したくなるようなものではない。つまるところSF俳句などというものはさほど濃くもないSFと俳句それぞれの影が消えるか消えないかぎりぎりのところで交わったトワイライトゾーンに生息する魑魅魍魎のごときもの、どちらから見ても異端のゲテモノであって公の場では口に出すことさえはばかられるような危うい存在なのである。
でもね、海外じゃ違うんだな、これが。
日本から輸出されたアニメやコミックは欧米の若者の間でカルト的な人気を誇っている。SFを好んで読むような連中はまず間違いなく
AKIRA を知っていて、日本はSF大国だと思いこんでいる。もっと日本のことを知りたい→日本語で書かれたものを読んでみようか→そういえば日本には世界で一番短い
haiku という定型詩があるじゃないか… これは私の想像にすぎないが^^;)、こんなふうにして知的好奇心にあふれた欧米の若者がたどりつくのがSF俳句なのだ …というのはちょっと無理があるかなあ。でも、欧米における
haiku 人口の年齢層が日本よりもかなり若くて知的レベルが相当に高いのは確かだと思うよ。
話は7年前にさかのぼる。
当時、個人ホームページからの情報発信に熱心だった私は自分が所属していたSF同人誌「ソリトン」や今でも所属している俳句同人誌「恒信風」に掲載された自分の作品をせっせとウェブ上に公開し、下手な英訳なども試みていた。(注:私の個人ホームページは今や物置と化しているので、お願いですからのぞかないでくださいまし)そんなある日、突然ミシガン大学の学生と名乗る男性からメールが舞い込んだのだ。どうやら
"SF" と "haiku" をキーワードにウェブを検索していて私のウェブページにたどり着いたらしい。SF俳句―彼の造語では
SciFaiku ―のページを作ったので見て欲しい。また、メーリングリストもあるので参加してみないか、という内容だった。彼とは
diamondbullet 社の創始者で
usability に関する著書のある Tom
Brinck 氏、そして彼の作ったページとは今やSF俳句の聖地となった The
SciFaiku Manifesto (SF俳句宣言)であった。おそるおそる参加したメーリングリストには当時20人近くのメンバーがいて、その顔ぶれもアメリカカナダオーストラリアスウェーデンと多彩であった。その後トラフィックが増大してついていけなくなったため脱落してしまったが、およそ2年間にわたる彼らとの交流はなかなかに楽しくまた創作意欲を刺激されるものであった。ところで、
俳句とはなんぞや? はたまた SciFaiku とは?
俳句は「季語と切れ字を含む5‐7‐5の定型詩」であるとひとまず言い切ってしまおう。無季の俳句や自由律あるいは長嶋肩甲氏の唱える五九四俳句はどうなんだ!というお叱りを受けそうだが、これが一般的な定義であり出発点なのだからしかたがない。米国の小学生なら一度は必ず
haiku を作らされるそうだが、彼らが教わる haiku は「季語 (season word) と切れ字 (kireji)
を含む5‐7‐5音節 (syllable) の3行詩」である。そして SciFaiku はこの季語のところにタイムマシンやスペースシップやエイリアンといったSF用語を代入したもの、と考えるとわかりやすい。実はそんなに生やさしいものではなかったのだが、私がとりあえず作り始めたSF俳句はそのようなものであり、SciFaiku
mailing list にポストし始めたのはその英訳版であった。次回は恒信風同人の作品を、その次にはウェブ上の優れた
SciFaiku を紹介していく予定であるが、ここでは恥ずかしながら私自身のウェブページから3句だけ引用しておく。
A beast named hippocampus
gets excited --
in an early evening of spring |
海馬てふけもの騒ぐや春の宵 |
Upon a gravitational
wave detector
sheds a torrent of rain! |
重力波検出装置に驟雨かな |
I wonder
if there is a maximum prime number...
the Milky Way |
最大の素数はありや天の川 |
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