| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

SF俳句ノススメ

ニッポンのSF俳句

中条卓

というわけで今回はわが国のSF俳句を取り上げる。といっても私自身とりたてて俳句に造詣が深いわけでもなんでもないので、知人友人の句を無断で(ごめんよ今度一杯おごるからさあ)引用するほかにすべがなく、知人友人といえば例の俳句同人誌「恒信風」の同人以外は皆無なのであった。だいたい私は彼らが送ってきてくれたもの以外に句集というものを持っていないのだ。唯一の例外は歳時記であるが、歳時記の中からSF俳句を拾うのは不可能とは言わないまでも、まあ労多くして実入りの少ない仕事だろうなあ。

そういうわけで恒信風です。購入ご希望の方はこちらからどうぞ。

にしても恒信風はユニークな雑誌である。伝え聞くところによると俳句界というのは主宰者を頂点とした厳格な階級社会であるらしく、弟子は師匠の句風をこぞって真似るものらしい(違ってたらごめんなさい…今回謝ってばっかりだなあ)。しかるに恒信風は一度手にとってぱらぱらとめくっていただけば一目瞭然、同人の句風たるや千差万別、文語調の堂々たる正統俳句からポップでアバンギャルドな Futuristic Haiku まで、絢爛たる才能のごった煮なのである。主なるコンテンツは同人の自選10句あるいは20句を連ねたページだが、それ以外の内容をちょっと拾ってみようか:四畳半俳句講座・マダム蓮菩の俳句性格判断・寺澤一雄の謎の吟行記録・愛読者全員プレゼント「俳句折り紙」・そのほかエッセイありインタビューあり書評に紀行要するに何でもあり、なのである。ほら、読んでみたくなったでしょ?

かような恒信風であるからして、自由な発想から生まれた優れたSF俳句をいくらでも拾って来られるんである。論より証拠、私が過去に訳してきた恒信風同人の句からいくつか選んで供覧する:

solar eclipse...
the king's face is
cicada's face
日蝕や王様のかほは蝉のかほ
a dandelion___
Cape Earth's
wind force is
たんぽぽや地球岬の風力は
pen point squeaks
hunch of a glacial epoch
ペン先のきしみて氷河期の予感

「日蝕や」以下3句は村井康司(敬称略)の句。氏はわが国最大の国語辞典の編集にたずさわる日本語のエキスパートであり、玄人はだしのジャズギタリストにしてジャズ評論家、司会やらせりゃ日本一、そして必ずや後世に影響を与えるであろう偉大な俳人でもあるという極めてマルチタレントな人なのだが、それはさておき私はこの句に初めて出会ったときの衝撃を忘れることができない。これをSF俳句の範疇に閉じ込めちゃいけないと思うのだけど、SFとファンタジーの愛読者ならぐっと来るのではないだろうか。日蝕という不吉な予感に充ち満ちたイベント、白昼に出現する時ならぬ闇が明かす王の素顔は蝉だったと言うのだ。もちろんこの句の底に響いているのは「王様の耳はロバの耳」という聞き慣れた叫びであり、私と同世代の氏が幻視した相貌はバルタン星人のそれなのかも知れないが、これほどの衝撃をたった17音に込められる俳句とは、げに恐るべき文学形式ではなかろうか。「地球岬」「氷河期」という単語がそれぞれの句の時空におけるスケールをどれほど増幅しているかを見よ。なお、氏の「かにみそ日記」はウェブ上に公開されているので興味をもたれた方はぜひ訪れていただきたい。

being a soft
luminous body---
a viviparid snail of dream
やわらかき光体であり夢の田螺
a toad
a whirl of galaxy
spit out
ひきがへる銀河の渦を吐き出せり

佐怒賀正美は村井康司の同僚であり既に3冊の句集をものしたれっきとした俳人である。「光体」そして「夢」ということばの連なりからカスタネダを連想するのは私だけだろうか。「ひきがへる」の句では矮小にして醜い存在が壮大なる美を排出するという対比が神話的でさえある。氏の自選150句「四方のくちなは」は日本ペンクラブ電子文藝館で読むことができる。

snow has fallen
into the gene within you
雪降れりあなたの中の遺伝子に
D.....o....p...p..l.er ef.f..e...c....t
insect songs
ドップラー効果の果ての虫の声

「雪降れり」は数学者にして即吟の達人、亀山鯖男の句。遺伝子に降る雪とは一体全体なんなのか? この句は読む者の思考を停止させ、しんしんと降り続ける雪の中に置き去りにする。「ドップラー効果」は伊豆天城荘の若女将、蓮菩こと佐々木美季の句。救急車が通り過ぎた後の静寂を詠んだものであろうか。英訳の方はタイポグラフィカルな効果を狙ったもので、Scifaiku mailing list ではけっこう評判が良かったりしたが、ドップラー効果の定義からはしっかり外れているのがご愛嬌。

他にも紹介したい句は多々あるのだが、私の能力ではとても訳しきれなかったり今から訳すのが面倒だったりするので、前回に引き続き拙作をいくつか披露してお開きにしよう:

from the seashore
to my bed
comes the machine
海辺より私の床へ来る機械

これ、実は吾妻ひでおの名作「海から来た機械」を詠んだ句だったりする。似たような発想の句が「またぐらを夜の魚の過ぎゆけり」。

Pluto on the right shoulder...
the cold season has set in
右肩の冥王星や寒に入る
eyeball was
a monad___
spring wind
眼球はモナドなりけり春の風

海外のSF俳句は通常きわめて論理的なのだが、どうも私が作るものは感覚的すぎていけない。冥王星の位置と地球上の季節には何の関係もないだろうし、眼球がモナドだったら立体視ができないではないか。

water becomes clear:
intrauterine pollution progressed
水澄みて胎内汚染進みけり

環境破壊がいくぶん下火になったかと油断していたら環境ホルモンによる汚染がひそかに進行していた…というような考えオチも俳句としては今ひとつ。

finished writing
at the end of the world
a sudden rain___
書き終へて世界の果は驟雨かな

でもとにかく書き続けるしかないのだ。世界の果てを目指して。

トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ